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第26章「遭遇〜襲撃者ストーム」

 翌朝。

 全員で決めた時間に起床——約一名寝坊して仁と有子に通話連打で起こされた重明と言う男もいたが——し、現実世界で朝食を摂った後、一行は一斉に『VRO』にログイン。

 部屋を出て、四人一緒になって、朝食が運ばれてくるのを待つ。

「私、こっちの朝ごはんが楽しみで、朝ごはん少なめにしちゃった」

 なんて笑うアリ。

「おいおい、こっちでの食事では実際の腹は膨らまないし、栄養にもならないんだから、現実の食事もちゃんと摂れよ」

「いいの。ちょっと食事を抜くくらい、ダイエットみたいなもんよ」

 ジンがアリの言動を嗜めるが、アリはどこ吹く風、と言った様子だ。

 運ばれてきた朝食もやはり見事な和食膳。

「おー、すっげー、けど肉はないのかー」

「贅沢言うんじゃないの」

 オルキヌスの賞賛と落胆にアリがツッコミを入れる。少なくとも後者は料理を持ってきた女将さんがまだいる状況で言って良いセリフではない。

「当館自慢の汲み豆腐やだし巻き卵などを是非ご賞味ください」

 だが、女将は動じず、提供する和食の詳細について解説し始める。

「へぇー、どれもうまそうだなぁ。いただきます!」

 単純なるオルキヌス、解説を聞き、全てが美味しそうに見え出したらしく、そんなことを言って食事を開始する。


 食事を終え、チェックアウトを済ませた「JOAR」一行。

「ご宿泊、ありがとうございました」

 女将さんに見送られ、一行は旅館を出る。

 直前。

「ふぅ、昨晩は何事もなくてよかった……」

 そんな呟きがため息と共に聞こえてきた。

「どう言うことだ?」

 その言葉とため息を耳聡く聞き逃さなかったオルキヌスは一人首を傾げる。

 周囲を見ても他の三人が気にしている様子はない。

「なぁ、さっきの女将さん、ちょっと様子おかしくなかったか?」

 旅館の外の駐車場。車に乗り込もうとする三人にオルキヌスが問う。

 だが、三人の答えはそうだったっけ? とか、別に普通じゃなかったか? と言った、何も気にしていない様子の返答だった。

 オルキヌスは自分の考えすぎか、とも思ったが。

「やっぱり気になるぜ、ちょっと聞いてくる!」

 その場で反転し、再び旅館に向かって走り出す。

 三人は突然向きを変えて駆け出したオルキヌスに驚き、旅館に迷惑をかけないように、と制止の言葉を投げながら追いかけ始める。

「女将さん、さっきため息を吐いてましたよね。何かあったんですか?」

 旅館に入ったオルキヌスは単刀直入に問いかける。

「あぁ、聞かれてしまってましたか、すみません。お客様には関係のない話なので」

「ほら、オルキヌス、迷惑かけるなって」

 追いついてきたジンがオルキヌスを嗜める。

「今晩は、って言ってましたよね? 夜に何かあるんですか? 俺達、『JOAR』って言ってそれなりに強いパーティなんです。きっと役に立ちますよ」

「おい、オルキヌス……」

 ジンが止めに入ってきたので、オルキヌスはこれが最後のチャンスと捲し立てる。

「……そちらのあなたも」

「え?」

 女将さんがジンへ視線を向ける。ジンは突然視線を向けられ動きを止める。

「そちらのあなたも、事情を話せば協力して頂けますか?」

「え、あぁ……」

 一瞬悩むが、答えは決まっていた。オルキヌスが勝手な勘違いで暴走していると思っているから止めに来ているだけなのだから、本当に困りごとがあるのなら、それを助けない理由はない。

 ジンはその通りに答えた。

「では、お話ししましょう」

 後ろからアリとリベレントが追いついてくる。

 女将さんは言う。

 今、このプレイヤータウン「New Onsen City」は何者かに土地を狙われているのだ、と。

「NOCを狙っている奴がいる……?」

「はい。彼らは領主の持つプレイヤータウンの権利書を求めており、領主が出歩いているところを襲撃してきたのです」

 領主はなんとか命からがら自分のプレイヤーハウスまで逃げ込み事なきを得たが、それ以来引きこもる領主を誘き出そうと、「New Onsen City」を狙う連中は二日に一回程度の頻度で、モンスター集団をトレインしてきて街を荒らしていくのだという。

 今、「New Onsen City」に人の往来が少ないのは彼らが暴れるからなのだ、と女将さんは語った。

「こんな素敵な場所を、許せねぇな」

「えぇ、全く同意だわ」

 この話を聞いて真っ先に怒りを露わにするのはオルキヌスとアリだ。

「もちろん、助けるわよね」

 アリが無言を保っているジンとリベレントを振り返る。

「あぁ、もちろん。『JOAR』は困ってる人を見捨てる奴だ、なんて噂を立てられちゃたまらない」

 ジンの考えでは、オルキヌスが「JOAR」だ、と名乗りを上げた時点で、自分達に選択肢はなくなっていた。せっかく少しずつでも名声を高めているところなのだ、それが、こんな小さなところで悪名を立ててしまうわけにはいかない。

 勿論、純粋に楽しませてもらったこの温泉地を破壊しようとするプレイヤー達を許せないと言う気持ちも同時に持っているのだが。


 女将さんの話では、NOCを狙う連中は夜に現れると言う。

 そこで、「JOAR」は昼間は再び湯村温泉での買い食いや荒湯での調理を楽しんだ。

「生キャラメルいいわねー、いつか現地に行ってみたいわー」

 などと緊張感なく楽しむ「JOAR」一同。

 何せ相手のモンスターがどれほどの数だろうと、敵の首魁がどれほどの手練れだろうと、レイドではないのだ。

 失敗してもデータを失うわけではない。

 女将さんからの信頼は失うかもしれないが、データを失う恐れと比べれば比べものにならなかった。


 そして夜がやってくる。

 無数のモンスターの集団が「New Onsen City」に雪崩のように押し寄せてくる。

 先頭のプレイヤーの姿は見えない。おそらく《ハイディング》スキルか。

「NOCに入れる前に止めるぞ。俺が先制攻撃を仕掛けるから、リベレントはその後にヘイトを稼いでくれ」

 そう言うと同時、アリのバフを受けたジンの長い詠唱が始まる。

 まだ敵はこちらの存在に気付いていない。故にその《マキシマムファイアスフィアレイン》は敵集団の先頭集団を綺麗に飲み込み、後続集団をつんのめらせる。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 そこにリベレントが一気に飛び込み、《ウォークライ》で集団のヘイトを自分に向ける。

 そこにオルキヌスが突入し、《スライドクリーヴ》でまとめて薙ぎ払う。

 リベレントがヘイトを集め、オルキヌスがリベレントに敵が集中しすぎないように薙ぎ払い、そしてアリのバフを受けたジンが長い詠唱の魔法で一掃していく。

 そう、攻城戦のレイドでも見せたもはや「JOAR」お決まりの連携である。

 ちなみにジンとしてはもっと自分の近接コンボも交えたいので、少し不満だったりする。ジンは魔法使いではなく魔法剣士なので、両方を程よく使いこなしてこそなのだ、という思いが強いのだ。

 結局十分もしないうちに敵集団は殲滅されてしまった。

「さて、と」

 ジンが振り返り、路地の影に向けて腕輪のついた左腕を向ける。

 左腕には魔法発動用のUIである青い魔法円が出現しており、いつでも魔法を発動可能な状態であることを示している。

「そこに隠れている奴、出てこいよ」

 金烏の視界には《シースルー》スキルが乗っているのか、金烏の視界を借りたジンには《ハイディング》する男のの姿が見えていた。

「ちっ、高い戦闘力の上に《シースルー》スキルまで持ってるとは大した奴だな」

 路地の影から姿を現したのは黒い髪に赤い瞳の男。右手に丸盾バックラー、左手に片手直剣ロングソードを装備している様子だ。

 注視状態にすると【Storm】と言う名前であると分かる。

「ストーム、か。なぜNOCを狙う」

「答える必要は感じないな」

「そうか、ならデュエルしろ。俺が勝ったら全て話して、そして襲撃もやめてもらう」

 ジンは腰から《ライトニングソード》を抜刀し、そう告げる。

 いざこざはデュエルで決着をつける、というのが、この『VRO』の戦闘プレイヤーキャラクターから尊ばれる価値観だ。ストームが乗ってくるかは賭けだったが、分の悪い賭けではないはず。

「馬鹿を言え、こんなところで何も賭けないデュエルをしても何の益にもならない。せめてそっちは《New Onsen City の権利書》を賭けるくらいはしてくれないとな」

 デュエルは口約束の上でデュエルをすることも出来るが、実際にアイテムやお金を賭けてデュエルすることも出来る。

 ストームは口約束ではデュエルしないタイプだったらしい。

 どうする、とジンは考える。

 このままこいつを逃してしまえば、自分達がいない間にまだこの「New Onsen City 」が襲われるのは目に見えているからだ。

「しかし、まさかNOCがこれほど強い用心棒を雇うとはな」

 だが、その結論が出るより早く、ストームが口を開いた。

「良いだろう。ここは見逃してやるよ」

 ストームはその身を翻して空飛ぶダチョウのような動物を呼び出して騎乗して飛び立って行った。

「待て!」

 ジンが慌てて駆け出すが、特に敏捷性に能力値を振っているわけでもないジンは、騎乗動物より早く走れるわけもない。

 結局主犯であるストームなる男には逃げられてしまった。

 「見逃す」、確かにストームはそう言った。

 一体どう言う意味だ? ジンは首を傾げるが、旅館をはじめとした「New Onsen City 」のあちこちからは歓声が上がり、他の三人もすっかり喜びムードだ。

「ありがとうございました。今日も昨日と同じ最高級の食事でおもてなしさせていただきますので、ぜひまた泊まって行ってください」

 そんなことを女将が言うものだから、他三人の喜びは最高潮へ。

 ジンもそれ自体は嬉しかったので考察はやめ、大人しくお祝いに加わることにした。

 そして、いつしか、ストームの意味深な発言のことなんて忘れてしまった。


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