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第24章「レイド〜猿々森砂丘攻城戦」

 夏休みに入ってしばらく。一行は自分達のプレイヤーハウスで駄弁りながら偶に狩りに出かける日々。

 そんな中平日の日中にレイドが発生。一行は早速現地へ向かった。


 かくして、青森県下北郡東通村、猿ヶ森砂丘。

 太平洋湾岸に広がる海岸砂丘である。

 またの名を下北砂丘とも呼ばれており、古くは防衛装備庁の弾道試験場「下北試験場」として使われていた歴史を持つ。

 現在も軍需を製品として扱う複数のメガコープが共有資産として試験場を買い上げており、装備の試験などに使われている。

「また砂丘かぁ」

 鳴き砂の音を響かせながら砂地を歩きつつそう呟くのはオルキヌスだ。

 そういえば、この前のレイドも砂丘だったっけ、とジンは思い出す。

「けど、今回は前回とは違うタイプみたいよ」

 そう言ってアリが視線をやった先には巨大な砂で出来た西洋風の城が堂々と建っていた。

「噂の攻城戦、ってやつか」

「えぇ、分かりやすくて助かるわね」

 攻城戦。書いて字の如く、城を攻め落とす事を目的としたレイドだ。

 城壁か城門を破壊し、内部に侵入。敵がひしめく城の内部を制圧しつつ進み、最終的に城の最上階にあるフラッグに一人でもプレイヤーキャラクターが触れるとレイドは終了となる。

 原則的にはフラッグに触れたパーティが最優秀パーティに選ばれることが多いが、交戦を避け漁夫の利を得てフラッグに触れたパーティが最優秀パーティに選ばれなかったなど、稀にフラッグに触れたパーティ以外が最優秀を得る時もあり、ゲーム的には何かしらの評価システムが動いているのだろう、と推測されている。

「今回も誰か指揮官が名乗りをあげるのかな」

 とジンが呟くと、アリがそうね、と返事をする。

 攻城戦は防衛戦ほどでないにしろ、ある程度まとまった動きが出来たほうが戦闘を圧倒的に有利に進められる。

 なので、以前のレイドで「時代」が名乗りを上げたように、誰か攻城戦に慣れたパーティが名乗りをあげる事にジンは期待していたのだが。

【15秒前】

 だが、15秒前に至っても、誰も名乗りをあげる様子がない。

【10秒前】

 これはまずい、とジンは思った。

 恐らくだが、時間帯が悪い。今は日中。多くの人間は仕事をしている時間だ。

 有力なパーティの人も多くは仕事をしているはず。故に指揮を言い出すパーティがいないのだ。

 このままではこのレイドはぐだぐだで終わる。ヘタをすると「JOAR」を含めた全てのパーティが全滅して終わるかもしれない。

 冗談じゃない、とジンは思う。こんなところで終わってはたまったものではない。

【5】

「はじめまして、諸君。私達はパーティ『JOAR』!」

 逡巡と言うには長い5秒の思案の末に、ジンは「時代」の語りを思い出しながら、思い切って声を張りあげる。

 ジンの行動にジン以外の「JOAR」一同が驚愕の表情でジンを振り返る。

「単刀直入に言う。攻城戦は協力が不可欠だ。我々の指揮下に入ってもらいたい」

【1】

 時間がない。ジンは急いで共有チャットの招待を周囲のパーティリーダーに一斉送信する。

【RAID – SiegeBattle – Start】

 レイド開始の合図と同時に、全体のうち半分程度のパーティが駆け出す。少なくとも半分程度のパーティはジンの申し出を完全に無視した事になる。

「っ」

 だが、ジンには唇を噛む時間などなかった。

 直後、共有チャットへ次々に賛同のメッセージが届く。

【[Share] Upper > どうしたんです、JOARさん。早く指示を。このままでは主だった攻城兵器は先行した者達に使われてしまいますよ】

 そんな中、そんなメッセージを見て、ジンはハッとしてすぐにタイピングを始める。

 送ったのは謝罪と感謝。

(頼む、金烏。また俺に空からの視界を見せてくれ)

 次にジンがしたのは、プレイヤーハウスを作る時に出来た空からの視界の獲得。そのためにジンは空を見上げた。

 直後、空から砂の城を見下ろす視界がジンの視界に映り込む。

(来た!)

【[Share] Jin > 東側は攻撃の手が薄い。我々は東側からの城内侵入を目指す】

 当初、多くのパーティは城の西側に集合していた。

 その関係で、西側に最も多くの戦力が集中しており、次点で最も戦力が集中している西側を避けたと思われるパーティによりその隣の面である北側と南側に戦力が集まっていた。

 最も遠い東側は現時点ではまだ侵攻が始まっていない。

 ジンは賛同してくれた仲間達と東側に向かいつつ、パーティ全員の戦力把握に務める。

 同時に、攻城兵器の運用経験があるパーティを尋ねる。

 全てを把握すると、ジンは各パーティに金烏越しに見た攻城兵器の配置を伝えた上で、それぞれにどの攻城兵器を担当するか、どの攻城兵器を防衛するかを伝える。


 ここで改めて攻城戦の流れを確認しよう。

 攻城戦は大きく分けて三つのフェイズに別れる。

 第一フェイズはまず城の内部に入るまでの戦いだ。

 城内に入るには城壁と城門が邪魔であり、投石器や破城槌と言った攻城兵器を使って城壁や城門を破壊する事になる。あるいは攻城塔を用いて直接城壁を乗り越えると言う手もある。

 いずれにせよ、攻城兵器は充分な距離まで城に近付く必要がある。

 当然、攻められる側もこれに何の対処もしないはずはなく、基本的に城内から迎撃戦力を差し向けてくる。

 攻城兵器は迎撃戦力の攻撃に晒されると破壊されてしまうため、戦闘は攻城兵器を守りつつ、攻城兵器を城に近づけていく事になる。

 何らかの方法で城壁を超えれば第二フェイズとなり、迷路のようになっており、敵も続々と出てくる城内を探索し、最深部への道を探る事になる。また、このフェイズはむしろ他プレイヤーとの足の引っ張り合いがメインとなる。

 最深部に到達すれば第三フェイズとなり、最深部を守る総大将との戦闘になる。

 総大将を倒せば後はその後ろにあるフラッグに触れれば勝利だ。


 ジン達連合パーティは城の東側に到着。いよいよ第一フェイズが始まる。

 まだ東側に到達していなかったはずのジンからの指示が的確で、その通りの位置にフリーの攻城兵器が残っていた事は、多くのパーティから驚きを持って受け入れられた。

【[Share] Upper > なるほど、優秀な偵察手段を持っているんですね。君達に従って良かったです。それで、「JOAR」の諸君はどう動きます?】

 似たようなチャットは多く届いた。

 ジンは答える。自分達は遊撃に就く、と。

 所定の位置につき、攻城兵器が実体化し始めると、東側にも迎撃部隊が差し向けられる。

「いくぞ、みんな!」

 ジンが「JOAR」仲間達に声をかけ、城から飛び出してきたばかりの敵集団に一気に突っ込んだ。敵は緑色の肌の小人。ゴブリンと呼ばれる『ナイトアンドウィザード』の敵だ。

 リベレントの《ウォークライ》が一気に城門から飛び出してきたばかりの敵集団の注意を惹きつける。

塵は塵にDust to Dust灰は灰にAsh to Ash!」

「マキシーメ・エト・マキシーメ・マンニョム・イグニス・スパエラ・シェリング・スルクールズ・シコッティルデ・マキシーメ・エト・マキシーメ・ムルチ・プルーヴィア・エアステリスコ・シァエロム」

 アリの《イグニッション》と、そしてやや遅れてジンの《マキシマムファイアスフィアレイン》が発動する。

 アリの魔弾がリベレントに殺到する敵集団の中央に打ち込まれ、敵集団が分散したところへ、無数の巨大な炎の球体が落下、敵集団を一気に吹き飛ばす。

 そこにオルキヌスの《スライドクリーヴ》が炸裂し、敵は一気に総崩れになった。

 敵の迎撃部隊は全滅させられるごとに強くなる仕様がある。故に、第一波は相応に弱い。とはいえ、 「JOAR」がそれを一瞬にして全滅させたと言う事実はとてもではないが無視できるものではない。

【[Share] Jin > 第二波が出現するまでの間に、攻城兵器部隊、全速前進!】

 しかし、多くのプレイヤーキャラクターは驚いている暇も感嘆している暇もなかった。すぐさまジンから指示が飛んできたからだ。

 攻城兵器は周囲のプレイヤーキャラクターが押す事で加速することも出来る。

 各攻城兵器を防衛する部隊も攻城兵器を押すことで一気に加速していく。

 第二波も現れるが、「JOAR」は同じ戦法でこれを迎撃、まだまだ攻城兵器は加速進軍を続ける。

 投石器の射程に入ったことで、投石器が城壁へと攻撃を始める。

 投石器は攻城兵器の中でも遠くから城壁を破壊出来る便利な兵器だが、その分、威力が破城槌よりは弱く設定されている。

 第三波が現れる。

 流石に敵も強くなってきており、リベレント一人では抑えられない。

【[Share] Jin > 投石器の防衛部隊は進軍開始、敵集団を各個に迎撃せよ!】

 ジンは投石器の防衛部隊に進軍を指示。敵集団の迎撃に当たらせる。

 既に投石器以外の攻城兵器は投石器より全面に出ており、投石器が真っ先に狙われる可能性は低いためだ。

 西南北の戦線はまとまった指揮官がいないため遅々とした進軍になっている中、東の戦線は確実に城壁に攻城兵器を接近させられていた。

 やがて、城門に破城槌が到達する。

 周囲の城壁に攻城塔が投石器により破壊された城壁に接触する。

【[Share] Jin > 攻城塔の防衛部隊はそのまま城内に侵入し、制圧任務に就け。迎撃部隊及び破城槌の防衛部隊は破城槌が城門を破壊すると同時に城門より侵入する】

 ジンは指示を飛ばし、城壁の外から魔法を放ってくるゴブリンに対し魔法で攻撃を仕掛ける。

「ほう、指揮官パーティが一番槍かと思ったが、破城槌の安全を優先するとは」

 攻城塔は城門を破壊せずともキャラクターを城内に送り込めるが、梯子を用いるため同時に送り込める数に制限があると言う制約がある。

 そのため、大人数を城内に送り込むには、やはり破城槌による破壊が一番なのだ。

 やがて、破城槌が城門を破壊する。

「突入!」

 ジンを先頭に、一斉に連合パーティがなだれ込む。


 後のことは語るほどの事でもなかった。一番乗りした「JOAR」連合パーティが瞬く間に城内を制圧し、見事「JOAR」のジンがフラッグに触れた。

【RAID Complete】

【Most Best Party : JOAR】


「やぁ、お疲れ様です 。『JOAR』の諸君」

 レイド完了後、多くのパーティが共有チャットでお礼を言いその場を離脱していく中、四人組、つまり一つのパーティがジンの元を訪れた。

「あなたは……、『富岡』のアッパーさん?」

「えぇ、我々は流離の城攻め集団、『富岡』。城攻めレイドや城攻めイベントにだけ参加しています」

 と自己紹介するアッパーさん。

 そんなプレイの仕方もあるのか、と思うジン。

「そんな私だからこそ断言出来ます。ジン君、君の指揮は素晴らしかったです! 是非、またの機会があれば一緒したいですね!」

 そう言って送られてくるのはフレンド申請。

「もし城攻め関係で何かあったら連絡してください。我々は結構暇人ですからね」

「えぇ、よろしくお願いします」

 ジンは頷き、フレンド申請を受理する。

 それを見て、満足げに「富岡」の面々は去っていく。


「よかったじゃない、素晴らしい指揮だった、ってさ」

 アリが近づいてきて、ジンに声をかける。

「あぁ、良かった。なんとかまっとう出来たみたいだ」

 こうして、ジン達の夏休み最初のレイドは成功に終わった。

 「JOAR」は指揮者としての実力も発揮し、その話題性はさらに跳ね上がる事となるのだった。

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