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第23章「異変〜仁のストーカー」

 夏休みが近づくある日。

 学校に向かう道中で、仁はふと視線を感じた。ふと視界の隅に黒い人影が見えた気がしたのだ。

 だが、振り向いても誰もいない。その代わりに、何故かコピー機から香るようなオゾン臭に似た臭いが仄かに香った気がした。

 気のせいか? と首を傾げつつ、しかし、ふとした瞬間にやはり視線の気配。

 家の中にいてもなお、窓の外をふと見た時に人影を見る時がある。

 ストーカーというやつだろうか、と仁は少し不安になる。

 だが、視線を感じた直後にどれだけ周囲を探しても、オゾン臭がする程度で人影は見えない。

 不思議なことに学校内ではその気配はなく、気配を感じるのは学外に限られていた。

 学内は学生と教師しか入れないから監視出来ないのか? と考えつつ、しかし、そういうことなら、と仁は素早く方針を切り替える。


 数日経っても視線の気配は消える事なく、ついに仁は学校の屋上に「JOAR」の面々を集めた。

「よう、どうしたんだよ。学内で『JOAR』集合とは珍しいじゃねぇか」

「重明、迂闊に『JOAR』の名前を口にしないで」

 既に、「JOAR」は四回ものレイドを乗り越えており、うち三回は最優秀を獲得、最後の一回に至ってはラストアタックまで獲得しており、その名前は広まりつつある。

 有子は既に学内でも時折「JOAR」の噂話をしている生徒がいるのを聞いたことがあった。

「すまねぇ」

 有子の説明を聞き、重明が素直に謝罪する。

 とはいえ、重明の言う通り、学内で「JOAR」が集合するのは珍しい。

 重明と仁は一緒に食事をとるが、そこに有子が加わる事はほぼないし、恭子と通話を繋ぐなんて事は滅多にない。

 故に、全員が仁に何かあった、あるいは大事な提案がある、のだろうと察していた。

「あぁ、真剣な表情しているところすまない、もしかしたら気のせいかもしれないんだが……」

 仁は少し言いにくそうにしながら、事情を説明する。

「それ、ストーカーかも、じゃなくてストーカーじゃない!!」

 説明を聞き終えた、有子が声を上げる。恭子も頷いている。二人は女性としてストーカーには人一倍敏感であった。

「いや、でも姿は見えないんだよ。気のせいかも……」

「そこが解せないのよね……、よほど隠れるのが上手いのか……」

 ただ、そこまで強く言い切られても、仁には自信がない。実際、有子もその部分について上手い説明は思いつかない。

「なぁ、ちょっと馬鹿な事言っていいか?」

 そこで、口を開いたのは重明だ。

 一同が重明の方を見る。

「いや、オゾン臭がしたってのが気になってよ。オゾン臭がして姿が見えないって、それ、光学迷彩じゃねーか?」

「なっ」

 思わぬ言葉に三人が絶句する。筋は通っているからだ。

「いやいや、光学迷彩って、ストーカーはメガコープ軍にでも入ってるって言うの?」

 冷静さを最初に取り戻した有子が呆れ顔でそう返事する。

 既に光学迷彩は既存技術である。空間プロジェクターによって周囲の風景を投影して周囲の風景に溶け込む光学迷彩は、空間プロジェクターの放電技術の関係で、オゾン臭を発生させる性質を持つ、と言うのが知られている。

 とはいえ、光学迷彩を実現するための空間プロジェクターは高額で、一部のメガコープ軍の特殊部隊が装備している程度である、と言うのは有名な話だ。

 ストーカーなどと言う個人的な犯罪のために一般人が持ち出せる技術ではない。

「だよな、すまん。仁がピンチかもってのに、馬鹿なこと言った」

 重明も薄々はそう思っていたので、あっさりと自分の発言を撤回した。

「でも、オゾン臭がしたってのは私も気になるよ」

 一方、その発言を無意味なものと思わなかったのは恭子だ。

 どれだけ探しても姿が見えないと言う事実と、オゾン臭がすると言う事実。

 この二つを組み合わせて見える事実は光学迷彩しかないのではないか、と恭子は言う。

「おぉ、恭子さんが言うならそうなのかな」

 重明は単純に恭子の発言を受け入れる。

 他の面々も、恭子が言うならそうなのかも、と思い始める。

「とにかくストーカーは心配よ。さっさととっ捕まえててやりましょう」

「俺達で? 危険だ、通報した方がいい」

 有子が拳を手のひらにぶつけてやる気を示すのに対し、仁は反対する。

「通報? そんなの意味ないわ」

 警察機能を業務としているメガコープ「トラストセキュリティ」の男性のストーカー被害への動きが鈍い事は残念なことに非常に有名だった。

 有子の指摘に仁は唸る。

「分かった。じゃあ頼めるか?」

 仁はたっぷり一分悩んだ末、一同の顔を見渡してそう言った。

 当然、誰も嫌だ、なんて言わなかった。


 作戦は有子と恭子の立案によりあっさりと決まった。

 翌日の下校時間。

 仁はいつものように下校を開始する。

 有子と駅で別れ、電車を降りた後、分かれ道で重明と別れる。

(来た、気配だ)

 仁は急いで駆け出す。

 まずは作戦第一、突然駆け出す。

 こうすることで、相手が仁を追いかけたい場合、どうしても音を立てて走ることを余儀なくされる。

 足音が二重に聞こえる。やっぱり、誰かに見られてる。と仁は確信を強める。

 素早く角を曲がり、袋小路で立ち止まって振り返る。

 やはり、オゾン臭がするばかりで、人影は見えない。

「そこ!」

 だが、直後、袋小路を封鎖するように恭子、有子、重明が現れ、水鉄砲で周囲に水を散布する。

「!」

 結果、途中、水が不自然な挙動を取り、空間が歪むかのように風景が歪む。

 空間プロジェクターのレンズに水が入って映像投影に支障が出たのだ。

「本当に光学迷彩!?」

 驚く仁。

「そこか!」

 正体を暴こうと、重明が飛びかかろうとする。

 が、それより早く、慌てて、ストーカーらしき男が光学迷彩を解除してその姿を表す。

 その姿はサングラスに真っ黒なスーツというなんとも怪しい。

 重明に対し、制止するようなポーズを示す。重明は慌てて止まる。

 重明としても、姿を現してもらうのが目的だったので、突進を続ける理由はなかった。

「私は怪しいものではございません。皆さんに危害を加えるつもりはありませんので、どうか、道を開けていただけませんでしょうか」

 追い詰められているはずの場面にも関わらず、男は冷静に主張する。

「ストーカーが何言ってるのよ! 警察に叩き出してやるから、身元を明かしなさい!」

「そうだぜ、何が目的で仁をストーカーしてたのか答えやがれ!」

 有子と重明が質問を投げる。

 だが、男は何も答えず、沈黙を守る。

「こいつ、だんまりか!」

 重明がヒートアップし、質問をさらに重ねるが、男の口は開かない。

「こいつ!」

 重明が拳を握り、一歩踏み出したのを見て、男がようやく口を開く。

「皆さんに危害を加えるつもりはありません、と申しました」

 そう言いながら、男は懐に手を入れる。

「こちらも手荒な真似はしたくありません。どうか手は出されませんよう」

 声色が先ほどより強い。それは明確な警告だった。

 軍隊が使うような光学迷彩を持っているほどの男だ。その懐から銃が飛び出してきてもおかしくはない。

「重明、下がりなさい」

「お、おう」

 有子が緊張した声でそう言うと、重明もまた乾いた口を開いて応じる。

 相手が脅威となる、それも命を一発で失わせかねない何かを持っている事を示唆されれば、有子も重明も無理はできない。

「懸命な判断です」

 ゆっくりと男が頷く。

「くそ……尻尾を掴んだのに何もできねーのか」

「ううん、もう通報はしたよ。このまま逃さなければ、警察が来て彼は逮捕される」

「なるほど、道を開けるつもりはない、と。では仕方ありませんね」

 直後、ジェットの轟音が響く。

「VV!?」

 突如として四基の推力偏向ノズルを搭載した車両が上空に出現する。

 VV。垂直離着陸車両VTOL Vehicleの略である。メガコープが持つ空飛ぶ車だ。

「おい、恭子。特殊強襲部隊SATなんて呼んだのか!?」

「ち、違うよ。あれは……」

 恭子が首を振る。

「失礼、私の迎えです」

  VVからワイヤー製の梯子が降りてくる。男がそれに捕まると、 VVは飛び上がった。

「待て!!」

「それでは失礼致しました。『JOAR』の皆様方」

「なっ」

 その言葉に思わず一行が驚愕する。

 この男、自分達を「JOAR」だと知っている……?


 しばらくして、警察がやってきた。

 恭子は自身の《オーギュメントグラス》に録画していた映像を見せ、通報したが、サングラスで顔のほとんどが分からないのもあり、逮捕は難しいとのことだった。

「嘘だよ、『ハーモニクス・ソリューション』と事を荒立てたくないだけだよ」

 警察が去ってから、恭子はそう言った。

 思わぬメガコープの名前に思わず聞き返す一同。

 恭子は言う。VVの側面に「個々のニーズに合わせたテクノロジーソリューションを提供し、人々の生活を調和ハーモニクスさせる」という文字が刻まれていた、と。

 それは紛れもなく「ハーモニクス・ソリューション」のキャッチコピー。あのVVは「ハーモニクス・ソリューション」のものなのだ、と。

「けど、けどよ、どういうことなんだ? なんで『ハーモニクス・ソリューション』が仁をストーカーなんてするんだよ」

 困惑した様子の重明。

「それだけじゃない。あの男は私達を『JOAR』の皆様方、と言った。おそらく、仁がジンだと、『JOAR』のリーダーだと知ってたのよ」

 有子が言う。

 だが、その理由も、どこでリアルを割ったのかも分からない。

 一つだけ分かったのは、学校では監視されていなかったのは、学校がライバル企業「エレベート・テク」の管理下にあるからだろう、と言うことだけ。

「とりあえず、今後はもっと迂闊な発言を慎まないとだな」

 仁がそうまとめる。

 何が目的であったのであれ、自分達が「JOAR」だとバレてしまったことが今回の事件のきっかけのはずだから、と。

 一同は頷く。

 重明はあの時、名乗りを上げなくてよかったぜ、なんて呟く。

 懐に手を入れられた瞬間のヒヤっとした感覚を、重明は忘れられずにいた。


 翌日はテストの返却日だった。

「やった! やったぜ、仁! 有子! 赤点回避だ! お前たちのおかげだぜ! 勉強ってちゃんと意味があるんだな!」

 昼休み。テンション高く仁と有子に声をかける重明。

「そ、よかったわね」

「あぁ、本当よかった」

 これで、夏休みを思う存分満喫出来る。

 あと数日すれば終業式。いよいよ、夏休みが始まる。

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