「期末テストお疲れ様ー!」
四人の声が重なり、ジョッキがぶつかり合う。
ここは『VRO』の中、「JOAR」のプレイヤーハウス。
一行のジョッキにはオルキヌスが記念にと買ってきたタル型のマーガリンビールサーバーから注がれたマーガリンビールが注がれている。
マーガリンビールは『ファンタジックアース』世界に存在するイギリスで有名なノンアルコールカクテルと言う設定の飲み物だ。ちなみにここにいる一行は全員が初めて飲むところである。
「苦いなっ!」
一口、口につけるなりそう顔を顰めるのはオルキヌスだ。
「そうね、ちょっと苦いわね」
アリはそういって強がるが、その真意は表情が如実に語っている。
「おいオルキヌス、まだこんなにあるんだぞ、どうするんだよ」
ジンは笑いながら、オルキヌスに問いかける。
「こんなに苦いだけとは思わなかったぜ」
「そうかな、確かに苦いけど、ちゃんと喉越しはいい感じで美味しいと思うけど」
リベレントはお気に召した様で、おかわりを飲もうとしている。
「よ、よかった。あとはリベレントさんが好きに飲んでいいですからね」
「あ、そう? ありがとー」
三人は期末テストが終わったところ。今日はちょっと羽を伸ばそう、と『VRO』内でのんびりしていた。前の様にファミレスや誰かの家でないのは、『VRO』内の方がお金に余裕があるのと、プレイヤーハウスという居場所が出来たのが大きいようだ。
リベレントが用意していた料理を楽しみながら盛り上がる中、ジンは視界の隅に表示させていたマイクロポストSNSのあるポストが目に止まる。
「鳥取砂丘でレイド発生の予兆だ」
「今が昼過ぎだから、レイド開始は大体夜の十九時くらいかしらね」
ジンの言葉に素早く頭を切り替えたアリがそう分析する。
「あぁ、ある程度この会を楽しんだら、一度解散してそれぞれレイドの準備。その後は、早めに晩飯を摂ってここに再集合だな。鳥取までは音速で飛べば30分もかからないから、集合は十八時くらいでいいだろう」
全員は頷いて、お疲れ様会を再開する。
それでも全員の表情にはレイドに挑む緊張が現れていて、先ほどまでの全力でハメを外さんとする楽しげなムードは失われていたけれど。
鳥取砂丘。
日本海海岸に広がる日本の代表的な海岸砂丘であり、諸説ある日本三大砂丘の中でも鳥取砂丘だけは議論の余地なしと言われるほどだ。
鳥取砂丘は定義上は東西約十五キロメートルほどの広さがあるが、植林や農地開発などが行われたため、砂丘らしさが残るのはこの東西約二キロメートル程である。
その東西約二キロメートル程しかないはずの砂丘が、砂丘全体である東西約十五キロメートルまで拡張され、そのあちこちがガラス化していた。
『スペースコロニーワールド』か『ナイトアンドウィザード』の侵食だろう、とジンは思った。だが、そのどちらなのかまでは絞れない。
【15秒前】
十五秒前の表示が出てもなお、周囲に特徴的な建造物の類は見当たらない。とすると、今回のレイドはボス戦か、とジンは考える。
しかし、ボスの姿は見えない。最初のレイドと同じでどこかに隠れているパターンか、とジンは仲間達に周囲への警戒を指示する。
【10秒前】
ジンは仲間達に、前回と同じ、前半は手を抜きつつ、後半で一気に攻勢に出るぞ、と確認する。
一同は勿論分かっている、とそれぞれ思い思いの返事をする。
みんな、前の様な集中攻撃を受けるのはごめんだった。
【5】
五秒前の合図に、一行が武器や魔術をスタンバイする。
【1】
周囲から唾を飲み込む音などが聞こえて来る。
【RAID – BossBattle – Start】
同時、砂中からそれは飛び出して来る。
巨大な角を持つドラゴン。ターゲットを合わせると名前は【SaRyu】と出る。
同時、口から砂と水の混ざった何かを吐き出し、周囲の敵を攻撃する。
突然の砂中からの強襲に対応できなかった一部のプレイヤーキャラクターが破片となって消滅する。
防御力のおかげで倒れることがなかったものも、トリモチのように粘つく砂と水の混ざったその攻撃に足を奪われ、動きを封じられたところに砂竜のタックルを喰らい、破片となって消滅する。
「初手からやってくれるぜ」
オルキヌスはそう言いながら、攻撃を開始する。
目立つわけにはいかない都合から、いつものようにリベレントがヘイトを取って抑えている間に攻撃、といった手は使えない。
砂上を高速で
ジンはアリからバフを受けつつ、風属性の魔法砲撃で他の後衛プレイヤーキャラクターに混じって攻撃を加えていく。
リベレントは積極的にヘイトを取らないなりに、たまに後衛に突撃を敢行して来る砂竜に割り込んで防御し、《ハードパリング》で前衛プレイヤーキャラクターが攻撃する隙を作り出していく。
誰も考えることは同じなのか、あるいは今回は有力プレイヤーが来ていないのか、削りは緩やかに進行していく。
何回目になるか分からないジンを含む後衛による魔法砲撃が放たれ、ついに砂竜のHPゲージが半分を割る。
砂竜が大きく咆哮を上げ、砂中に潜る。
行動パターンが変化したのだ。
一気にいくぞ、とジンが仲間に声をかける。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
砂中から飛び出してきた砂竜に向けてリベレントが飛び上がり、《ウォークライ》しながら、WS《ハードバッシュ》を砂竜の頭部にぶつける。
それでヘイトが移動したか、砂竜は向きをリベレントへと変更し、突撃を敢行する。
呑気に構えていた一部プレイヤーを巻き込んで破片へと変えつつ、砂竜の鋭い角がリベレントの大楯へとぶつかり、火花を散らす。
「一気にいくぜ!」
「ヴェントス・アダレレ・グラディウス!」
左右からオルキヌスとジンが攻撃を仕掛け、《カラミティストライク》と《魔法剣・風》を受けた《レインピアッシング》が同時に炸裂、そこからの連続攻撃が一気に砂竜のHPを削っていく。
さらに後衛による魔法砲撃もあわさって、残りHPは1ゲージといったところ。
直後、砂竜は顔を大きく振って、その角でジンを投げ飛ばした。
しまった、攻撃が有効すぎてヘイトを取ってしまったか、とジンは失策を悟るが、既に自身は無防備な空中。
砂竜は砂上を泳いでジンに迫る。
「くそ、ヴェントス・サジッタ・スルクールズ!」
《ウィンドミサイル》で牽制を放つが、全く意に介さず、突っ込んでくる。
直後、カラスの鳴き声が響いて、ジンのそばに金烏が突っ込んでくる。
「金烏!」
咄嗟に金烏の足を掴むと、金烏は鳴き声一つ、必死で羽ばたいて空中を滞空し、砂竜の上を通過する。
「ありがとう」
手放して地上に降り立つ。
だが、脅威は去っていない。再び反転した砂竜がジンに迫っているからだ。
周囲のプレイヤーキャラクター達も砂竜を攻撃しており、特に後衛による魔法砲撃は着実にHPゲージを削っているのだが、ジンに到達する前に倒れるほどではない。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
リベレントが再び《ウォークライ》を発動し、ヘイトを稼ごうとするが、砂竜は一瞬そちらに向いてトリモチを吐いただけで、未だにジンを狙っている様子だ。
「ごめん!」
真正面からトリモチを喰らって動けなくなったリベレントはこれでジンを庇いに行けなくなった。
「これは……アレを一発で決めるしかないか」
迫り来る砂竜に、ジンは WS発動の構えを取る。
取った構えは《リポスト》のもの。
迫り来る砂竜の突撃。
ジンの体は自動的に地面を蹴り、大きく跳躍して、砂竜の突撃をギリギリのところで回避する。
風で靡く革服が砂竜の角と触れ合い、僅かに破ける。
「ヴェントス・アダレレ・グラディウス!」
《魔法剣・風》の力が《マジカルレイピア》に纏わりつく。
そして、《リポスト》の一撃が振り下ろされる。
(Wikiで見た。WSの着弾地点はある程度力を込めれば制御出来る。ここで弱点に命中させられれば……)
砂竜の首筋へと意識を集中させ、腕に力を込める。
結果、振り下ろされた《マジカルレイピア》の一撃が首筋を切断する。
【RAID Complete】
【Most Best Party : JOAR】
【Last Attack : Jin】
それがトドメとなった。
ついに、ジンがラストアタックを取ったのである。
「やったな」
「やったわね」
「やったね」
三人がジンに駆け寄って来る。
「あぁ」
破れてしまった革服に代わり、ラストアタックボーナスとしてドロップした「砂竜の革服」なる防具を身に纏う。
周囲のギャラリーからもおぉという声が上がる。
歓声が響く中、ジン達は車に乗って異世界からの侵食が解除された鳥取砂丘を後にしたのだった。