パーティ用のプレイヤーハウスを手に入れた「JOAR」一行。
喫茶店に代わり、気がつけばみんなで集まり駄弁る場所となっていた。
「コーヒー淹れたよ〜」
家具も最小限のものからさらに増えており、誰かがいつの間にか買ってきていた『スペースコロニーワールド』製のコーヒーマシンでリベレントが全員分のコーヒーを淹れたりしている。
「よっしゃー、棚出来たぜ〜、これでコーヒーマシンを床置きしなくて済むぜ〜」
意外にも家具の拡充に積極的なのがオルキヌスで、なんとそのためにクラフトスキルまで磨き始めていた。
「おぉー、なら、色々ものを置けるね!」
玉兎を撫でながら椅子に座るリベレントがそういって笑う。
「私、キッチンにコンロ欲しいな」
「コンロは俺の木工スキルじゃ無理だな。どこかで買わねーと」
リベレントの提案にオルキヌスが首を横に振る。
「なら次の目標はコンロね。また時間ある時に家具屋巡りでもしましょう」
そうアリが楽しげに告げる。
「もうすぐ夏休みだしな。そうなれば一日中『VRO』で遊び放題だぞ」
レイドはもちろん、自己強化だってやりたい放題、と嬉しそうにジンが言う。
前回のレイドからこっち、学校の時間にレイドが発生することが多く、なかなかレイドに参加出来ていないのもあり、休みになっていつでもレイドに参加出来ると言う状況はとても嬉しいものなのだった。
そこからは、夏休みになったら何をやりたいかの相談で話は大盛り上がり。
家具を作るのに夢中なのか話題に加わらないオルキヌス以外の三人はどこそこまで出向いてF.N.M.狩りに集中したい、だの、折角だから料理スキルをあげまくりたい、だの、そんな話題がひっきりなしに飛び出す。
「せっかくだから現実世界でもどこか遊びに行きましょうよ。ちょっと遠出して泊まりがけでさ」
「そうだよな、折角リアルでも知り合いなんだし、リアルで遊びに行くのもいいよな」
みんなすっかり浮かれているため、いつものジンなら「男女で学生だけで止まりなんて危険じゃないか?」等と言いそうなアリの提案に、あっさりと頷いた。
「なぁ、オルキヌス。お前も家具作りはその辺にして話に加わらないか? 今、夏休みに——」
「あぁ、聞いてたよ。自己強化したり遠出したりしたいんだろ?」
「なんだ、聞いてたのかよ。なら、なんで会話に加わらなかったんだ?」
意外にもオルキヌスは話を聞いていた。ジンはその様子に首を傾げつつ、問いかける。
「あぁ、俺、中間テストの結果悪くてよ。期末テストもこの調子だと、夏休みは毎日補習だから、一日中ログインとか遠出とかってのは無理なんだよ」
あっさりと、これまでの会話の盛り上がりをぶっ壊す事を、オルキヌスは言った。
「はぁ?! 何をお前、そんな決まった事みたいに言ってるんだよ!!」
ジンが椅子から立ち上がり、オルキヌスのそばにしゃがんで、両肩を持って揺さぶる。
「あうあうあ。だって、成績は成績だし仕方ないだろ?」
「現状を変えようと努力しろよ! お前抜きではレイドには挑めないんだよう! 補習中にレイド発生したらどうする気だ!」
がくがくがくと、ジンがオルキヌスを揺さぶるが、オルキヌスはどこ吹く風で、そんなこと言われてもなぁ、などと言っている。
「よし、リーダーとして命じる。全員今すぐログアウトして『デレクト』に集合。リベレント以外は教科書とノートを全部持ってくること」
たっぷり一分はオルキヌスをガクガクした後、このままではいけないと思ったジンはおもむろに立ち上がり、全員を見て、そう言った。
「そうね、これは看過出来ないわ」
「そうだね」
アリとリベレントは頷き、二階へと移動を始める。
「なんだよー、みんなそんな真剣な表情してー」
何が起きているのか分からないのは、オルキヌスのみであった。
一時間後。一同はファミレス「デレクト」に集合していた。
「よし、重明。お前の実力を見たい。まずはこれらの問題を解いてみてくれ」
そういって仁はいくつかの問題集の問題をまとめて作った、各教科の簡単な実力が分かるテストをやるように、重明に迫った。
「な、なんで呼ばれたかと思ったら、いきなりテストかよ……」
困惑する重明だが、自分以外三人の視線が真剣なのを見ると下手に茶化すのもまずいと思ったのか、真剣にテストに取り組み始めた。
その間に各自もそれぞれ持ち寄った問題集や教科書、暗記アプリなどを開いて勉強を始める。
さらに一時間後。オルキヌス以外の一同は絶望することになる。
本人がどうしようもない、と言うだけのことはあり、とにかく点数が低いのである。
「英単語、漢字、歴史、メガコープ史辺りの成績がよくないのはまずいわね。暗記は一日じゃどうしようもないわ。今から暗記アプリをインストールさせて、毎日少しずつやらせる様にしましょう。今から暗記カードを作るわ」
真剣な顔で、有子が言う。
「よし、なら俺は数学、英文法、現代文辺りの暗記ではどうにもならない部分をフォローするよ。すみませんけど、恭子さんも付き合ってくれます?」
「うん、大丈夫だよ」
仁も真剣だし、恭子も真剣だ。
それもそうだろう。何せ期末試験はもう一週間後に迫っているのである。
「どうせ勉強なんてしたって無駄なのにようー」
やる気がないのは本人ばかりである。それでも与えられた問題はちゃんと取り組むし、教えてくれる言葉に耳を傾けるのは、それだけ「JOAR」の面々が軽んじることの出来ない相手になっていると言うことであるが、重明はまだそのことに自覚的ではない。
「英作文が弱いな。まずはこの英作文がどの文型に当てはまるかを考えるんだ」
「文型? SVOとかSVCのやつか?」
「そうそうそれそれ、覚えてるか?」
「どの文型がどの奴かってのは覚えてたと思ったけど、覚えてないな」
なら英作文は文型を覚えるところからだな、と仁は恭子に伝え、英語を教えるのをパスする。
現金な話だが、重明はどうも恭子に教わった方がやる気を出している様に仁には見えたからだ。
その間に仁は重明のレベルにあった数学の問題集を作成する。
概ね殆ど苦手な様子だが、テスト範囲の中では特に三角関数が苦手な様子なので、三角関数の問題をピックアップして作成していく。
数学もまた小手先の知識ではなかなか正解出来ない。そこで、一週間分の問題集を用意して毎日解かせることで定着させようと言う目論見だ。
「そういえば、有子はどんな暗記アプリ使ってるんだ?」
仁は《オーギュメントグラス》上で文書作成ツールを操作しながら、有子に話しかける。
「私? 私は『ハーモニクス・ソリューション』のを使ってるわ。定期的に自動的に単語テストとかが発生して、自分の理解度を試せるから便利なのよ」
「へぇ、それは確かに便利そうだ。俺もそっちに乗り換えようかな」
ちなみに、仁は通っている学校の母体である『エレベート・テック』のアプリを使っている。
「よし! 今日はここまで、明日以降も放課後はここに集合するからそのつもりで。しばらくは『VRO』もレイド以外では少し控えよう」
そろそろ有子と恭子の門限が近くなってきたと言うタイミングで仁がそう言う。
「そんなー」
文句を言うのは重明のみで、他の二人は至って真剣な目で頷くのであった。
そんなこんなで一週間が経過し、運命の日が訪れる。
『VRO』をしながらも毎日少しずつちゃんと勉強していた有子と仁は着実に問題を解いていく。
(相変わらず全然分かんねぇ……。あ、でもこれはなんか見たぞ)
対する重明は、相変わらず苦しみの時間を経験しながらも、しかし、教わった事を思い出し、なんとか少しずつ問題の一部を解いていく。
(すげぇ、なんか中間テストの時より解けるぞ! これがあいつらとの勉強の成果、って事なのか?)
勉強なんて頑張っても無駄、と思っていた重明。けれど、今回のテストは、なんだかこれまでとは違う気がした。