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第17章「日常〜お台場慰安旅行」

「すまない、みんな、俺の判断ミスで最優秀を逃したかもしれない」

 すっかり溜まり場となったお台場へと戻る間、ジンはずっとそれを謝っていた。

「『時代』の指揮下に入った時点で、最優秀を『時代』が取るのは目に見えていた。それでも、私達の安全と確実な勝利のために指揮下に入る事を選んでくれたんでしょ」

 とか。

「あなたが素早く『時代』の指揮下に入って、そこであれだけ貢献したから、準最優秀を取れたんでしょ。もし指揮下に入ってなかったら、いいところは全部『時代』の指揮下に奪われて、これほどの戦果はきっと上げられなかった。あなたの判断は間違ってない」

 とか、アリが必死でフォローを入れるが、ジンの落ち込みには勝てない。

 おそらく、リーダーになって初めてのレイド。相当気合を入れて挑んだのだろう。その分ショックが大きい事は想像に難くなく、その落ち込みようはアリにも理解できたが、とはいえ、これだけ言葉を尽くしても落ち込みが解消されないとなるとどうすればいいのか想像もつかない。

「じゃ、お疲れ様」

「お疲れ様〜」

「おう、お疲れ様。今日もバッチリ活躍できたな」

「お疲れ様、みんな本当にすまない」

 お台場に到着して、一同はそれぞれログアウトするための場所に移動していく。

 といっても、アリとリベレントが宿屋で、ジンとオルキヌスは車中泊なので、アリとリベレントだけが車から降りて離脱することになる。

 それにしても、「今日もバッチリ活躍できた」か。オルキヌスの能天気さが今は羨ましい、とアリは思った。

「ねぇ、お姉ちゃん。どうやったらジンを元気づけられると思う?」

 宿屋に向かう道中、アリは姉であるリベレントに相談する。

「ジン君は私達の安全を優先して指揮下に入る事を選んでくれたんだよね」

「うん、そうだと思う。最初は最優秀パーティなんて諦めてたと思うよ」

 それが、左翼が当初順調だったことで、欲が出てしまったのだろう。元を糺せば、自分が楽観的な予測を語ったせいかもしれない、とアリは思った。

 むしろジンはよく頑張った方だ。後方からの妨害プレイヤーからの奇襲に対してもあれ以上にないと言うぐらいに彼は適切に対応したとアリは自信をもって言える。

「じゃあ、最初に選んだ判断理由が間違いじゃなかったって、思って貰えばいいんじゃないかな」

 つまり? とアリは聞き返す。

「パーティ全員が初期化されなくてよかったー、って思わせればいいんじゃないかな」

 リベレントが軽いノリでそんな事を言うが、アリにはどうすればいいか見当もつかない。

「具体的には?」

「それはアリちゃんが自分で考えた方がジン君も嬉しいんじゃない? じゃ、今日は落ちよっか」

 気がつくともう宿屋だった。別に話を聞きたいなら、リアルで声をかければいいだけだが、こう言う時の姉は案外頑固なので、教えてくれないだろう、とアリは思った。

「じゃ、また晩御飯の時にね」

 そう声をかけて、リベレントがベッドに入り、そのままログアウトしていく。

 アリもそれに倣ってベッドに入り、ログアウトをした。


 ◆ ◆ ◆


 翌日。土曜日。学校によっては半日授業がある日であるが、仁達の学校はおやすみである。

 とはいっても生活習慣をなるだけ崩さないようにしようとしている仁の朝は学校に行く時と同じくらい、案外早い。

 今日はどうするか……、と考える。

 仁のアバターであるジンはまだ他の仲間と比べてレベルの低いので、いつもなら一人で『VRO』でレベル上げに励むのだが、昨日のこともあり今日はそんな気分ではなかった。

 のそのそと体を起こし、母親の用意した朝ごはんを食べていると、アリから通話が入った。

「おはよう、もう起きてるなんて感心ね。重明なんて、完全に通話で起きたって感じだったのに」

 通話に出ると、AR映像のアリが向かい合わせの椅子に座って表示される。

 向こうも食事の途中なのだろう、パンか何かを口に運びながら、と言った様子だ。

「食事中なら食い終わってからかけてこいよ」

 呆れた様子で仁がそう言うと。

「あら、重明君? 今日は朝早いのね」

 なんて母親が声をかけてくる。確かにあいつなら飯食いながら通話くらい普通にしてきそうだ、と頷きつつ、否定するのも面倒なので、否定せずにおく。

 その関係で、「重明にも電話したのか?」とは問えずに終わる。

「善は急げって思ってね。今日、お姉ちゃんが車出してくれるから、『JOAR』のみんなで遊びに行きましょう」

 突然の申し出に、仁はなんでまた……、と問いかける。

「いいじゃない、それとも用事でもあった?」

 幸か不幸か、むしろ用事がなくて困っていたほどである。

「なら決まりね。学校最寄りの駅で合流しましょ」

 通話が切れ、AR映像が消える。

 重明に電話済みと言うことは、もう根回りは終わっていると言うことだろう。観念して、仁は出かける準備をして、家を出るのだった。

「晩御飯はどうするの?」

「分かんない、分かったらチャット送る」

「なるべく早めにね」


 駅に到着すると、既に有子と恭子が駐車場で待っていた。

 車は可愛らしい白色のEV軽自動車だ。

 招かれるまま後部座席に座ると。

「来てくれてありがとう」

 などと有子がお礼を言うものだから、少し面食らって調子を崩す仁だった。

 やがて、重明も電車一本分遅れてやってきて、ついに一行は移動を始める。

「どこに行くんだ?」

「私達の思い出の場所、行きつけのお台場よ」

 勿論、今回はリアルの、ね。と有子は笑う。


 車に揺られることしばし車はレインボーブリッジを通過し、お台場の北口駐車場へと入った。

「こんな都心の駐車場、高いんじゃないですか?」

 心配そうな仁の問いかけに、恭子は、ここは二十四時間以内なら四千円くらいだから安い方だ。中央駐車場は時間で計算されるからすごく高い、なんて話をしてくれる。

「じゃ、ここからは歩きましょ。始まりの地、海浜公園へ!」

 いつの間に作ったのか有子は「JOARご一行」と書かれた手旗を持って歩き出す。

 まだ有名でないから出来ることだな、と思いつつ、仁達は有子に従ってついていく。


「海だー! ここにあの海龍がいたのかー」

 到着したのはおだいばビーチ。

 砂浜と海の広がる最高に海を感じさせるロケーションである。

「で、どうするんだ? 泳ぐにはまだ早いぞ」

 かつては降雨時に合流式下水道の未処理水が放出されてしまうという問題から、水質が担保されないがために、おだいばビーチは基本的に遊泳禁止であったが、現在はその問題も解決し、遊泳も可能になっている。

 とはいえ、海開きにはまだ一ヶ月ほど早く、現状泳いでいる人間はいない。

「そこで、これを持ってきたわ」

 そう言って有子が取り出したのはビーチボールだった。

「ビーチバレーをしましょう」

「へぇ、面白そうだな。チーム分けはどうする?」

 意外にも乗り気の返事を返すのは重明だ。

「男チームと女チームでいいでしょ?」

「性差の分、不利じゃないか?」

「私達はその分、姉妹の絆があるからね」

 気になった疑問を仁が問いかけるが、有子は自信満々にそう返す。

「俺達も幼馴染の絆があるんだが……」

「じゃあ、もし明らかに不平等な結果に終わったら、私と重明、あんたとお姉ちゃんでやってみましょ」

「その組み合わせは……、あぁ身長か」

「そ、流石に高身長組対普通身長組じゃちょっと不公平でしょ」

 などと言いながら、試合が始まる。

 結論から言えば、第二試合が発生することはなかった。

 なぜなら……。

「私達……インドア派だって……忘れてたわ……」

 有子がぜーぜーと息を吐きながらそう呻く。

「あぁ……これは……試合が……一試合成立しただけで……奇跡だな……」

 仁もぜーぜーといいながら、頷く。

 そう、皆、ガッチガチのインドア派である。二回も試合するほどの元気など、なかったのである。

 否、そもそもさっきの試合も、ボールが明後日へ飛び明後日へ飛びを繰り返し、まともな試合とは言えなかったのだが。

「普段……仮想世界で……体動かしまくってるから……現実でも……同じように動ける気に……なってたぜ……」

 重明もまた、ぜーぜーと肩で息をしながら、頷いた。

 そう、VRにはそう言った誤解を招く作用があるのである。


「さて、いい時間にはなったし、そろそろお昼ご飯にしましょう」

 息が整うまでぼーっとビーチで海を見ていた一行。

 気がつけば太陽は天頂に達し、すっかり時間はお昼である。

「お、もしかして、恭子さんのお弁当とか?」

 重明がふと顔を上げるが、申し訳なさそうに恭子が首を横にする。今朝急に決まったから、準備する時間がなかったそうだ。

「大丈夫、もう予約はとってあるから」

 そんな突然決めたのか、と驚く仁に、対して有子は半ば無視するかのように話を先へ進める。

 再び有子が手旗を持って誘導し、一行は飲食店に入る。

 そこは海浜公園の敷地内にあるハワイアンレストランであった。

「少し高めだけどたまにはいいでしょ? 一人五千円だから、あとで払ってね」

 え、そんないきなり、と驚く重明。

「えぇ、いきなりだったから今すぐじゃなくていいわよ。またバイト代入ってからとかで」

 その言葉に常に金に余裕のない重明が有子に感謝の意を示す。

「ちゃんと後で払うのよ?」

 その様子に少し不安そうに有子が確認する。

「それはもちろんだぜ」

「安心してくれ、重明はこれで無責任なやつじゃない。借りた金はちゃんと返すよ」

 対して重明も当然だ、と自信満々に返す。仁も幼馴染としてフォローを入れる。

 一行はサラダから始まる美味しいコース料理を楽しんだ。

 飲み放題のソフトドリンクも飲みながら、滞在可能時間の二時間をたっぷり楽しんだ後、有子が口をひらく。

「次は水上バスのチケットを取ってあるわ、行きましょう」

 水上バスは日本の海上観光の大手メガコープ「観光汽船」のものだ。

 お台場から発信する便はお台場から浅草まで行き、浅草からまたお台場まで戻ってくる。

「一人四千円だから、これも後で払ってね。これも後でいいけど」

「地味に九千円か。もう恭子さんの電気代も合わせて、一万円きっちり払うことにするか?」

「いや、流石に車動かすのに四千円もしないと思うわよ……?」

 有名なアニメーターがデザインしたという風変わりなデザインのその水上バスは、緩やかに海の上を進んでいく。

 レインボーブリッジを潜り抜け、築地大橋、中央大橋など様々な形の橋を潜りながら隅田川に入り、どんどん隅田川を北上していく。

「東京って時々遊びにくるけど、こうやって川から見るのってちょっと新鮮だな」

「だな」

 ぼーっと水上バスから陸を眺めつつ、ふと思い出したように仁が有子を見る。

「そういえば、晩御飯はどうするんだ?」

「あぁ、流石に高くつくから、夜はレインボーブリッジを見たら帰る予定、ちょっと遅くなるけど家で食べて」

「分かった。伝えとく」

 といって、ホロキーボードを空中に出現させて母親に連絡を入れる。

「お、スカイツリーが見えてきたぞ」

 東京スカイツリー。かつては日本で最も高い建物とされていた電波塔。

 電波塔としての機能も今や終えており。今は、メガコープ「ハーモニクス・ソリューション」が建造したHSタワーがその役割を担っている。

「いつか、HSタワーもスカイツリーみたいに昔の産物、みたいに言われる時が来るのかねぇ」

「かもなー」

 それでも解体が行われないのは、日本の観光系メガコープが何社かで連合体アライアンスを組んで、スカイツリーを買収し所有。そのままの姿で保持しているかららしい。


 やがて水上バスはお台場に戻り。夜になったお台場で、一行はARイルミネーションの美しいレンボーブリッジを眺めていた。

「ねぇ、仁。昨日のことなんだけど……」

「あぁ、もういいよ。俺が悪かった」

 有子が意を決して仁に声をかける。だが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「今日一日、楽しかった。これからもみんなとこうやって騒ぎたいと思う。そのために、『JOAR』は解散させない」

 思わず聞き返した有子に対し、仁は決意に満ちた目で有子を見ていた。もう落ち込んで悔しがる彼はどこにもいなかった。

「だから、『時代』の指揮下に入ってみんなを守ったのは、間違いなんかじゃなかった」

 そう、彼は断言したのだった。

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