金鳥と玉兎をテイムし終えた翌日。
「JOAR」の面々は帰宅を急いでいた。
それもそのはず、学校に行っている間にレイド予兆発生の噂がマイクロポストSNSで広まっていたからだ。
「みんなログアウト地点どこだ?」
仁が一同――重明、有子は勿論、通話で繋がった恭子にも――に問いかける。
「私はお台場の宿泊施設よ」
有子が答え、強固も同じだ、と答える。
「俺は喫茶店の直ぐ傍で車中泊だ。仁も一緒だよな?」
「ならみんな、お台場か。じゃあやっぱりいつもの喫茶店の前で集合だな」
仁の言葉に一同が頷く。
まもなく駅。電車内での通話は禁止なので、恭子とはここで一度お別れとなる。
みんな駅でそれぞれの電車に乗り、分かれる。
すぐに『VRO』内で再開するために。
お台場から離陸したオルキヌスの車は音速でレイドの目的地へと向かう。
目的地へ着陸した一行の前に待ち受けていたのは、停泊している中規模サイズの宇宙戦艦だった。
「うへぇ、また宇宙戦艦かよ」
「油断するなよ、今度はやられるわけにはいかないんだからな」
思わずそんな言葉を漏らすオルキヌスにジンが警告する。
レイドではやられればモニュメント化をすっとばして即消滅、どころか、データ初期化である。決してやられるわけにはいかない。
レイドは開始目前。既に多くのパーティが集まっている。
彼ら全員がライバル。前回のようにこちらを狙ってくる可能性さえある。
【15秒前】
「はじめまして、諸君。私達はパーティ『時代』!」
突然、サイバーチックな見た目のパーティ、そのリーダーらしき男が語りだした。
「おい、『時代』だってよ?」
「有名なのか?」
「おう、『スペースコロニーワールド』出身オンリーのパーティで、レイドを最優秀パーティとして何度も突破してる強豪だぜ」
オルキヌスが解説する。
レイドはやられれば即初期化。それを何度も経験しているというのはそれだけステータスになる。更に何度も最優秀パーティとなればそれ以上だろう。
【10秒前】
「まずは、スポンサーの紹介をしたいところだが、時間もないので省かせていただく。今回のレイドはおそらく防衛系だ」
「時代」のリーダーらしき男の語りは続く。
(やっぱそれだけ有名だとスポンサーもつくのか)
とジンはなんとなくそんな事を思った。
【5】
「単刀直入に言う。防衛ミッションは協力が不可欠だ。我々の指揮下に入ってもらいたい」
そんな事を堂々と宣言した。
【3】
同時、ジンの視界に共有チャットの招待が来た。
ジンは思わず、味方三人に視線を向ける。
「相談をするには時間がない。あんたが決めて、リーダー」
事情を察したアリがそう言う。リベレントも頷き、やや遅れてオルキヌスも頷いた。
【2】
ジンは考える。
確かに防衛ミッションをばらばらの状態で挑むのは危険だ。
どれだけのメンバーが招待を受けるのかは分からないが、招待を受けないような面々は確実に他の面々の足を引っ張りに来るだろう。
そして指揮に従って戦った人間のほうが確実に戦果は高くなる。
しかし、指揮をした人間も名声が欲しくて戦っているはず。自身の戦果が最大化されるように動くだろう。
つまり、最優秀パーティを得るのは難しくなるはず。
【1】
もう時間がない。
(最優秀パーティは諦めることになるかもしれないが、初期化のリスクを下げるためには指揮下に入ったほうがいい。どのみち最優秀パーティは「時代」が取る可能性が高い。それなら……)
【RAID – DefenseBattle – Start】
ジンは【Yes】のボタンをタップした。
【[Share] one > 指揮下に入っていただき感謝する! 私は「時代」のリーダー、ワンと言う。短い間だがよろしく頼む】
ワン、1という意味だろうか。
その間に、指揮下に入らなかったのであろうメンバーが散っていく。どうやら指揮下に入ったメンバーの方が多そうだ。
そうなると指揮下に入らなかったメンバーはここで排除されないように逃げるという判断は妥当だろう。
「俺達は指揮下に入ることを選んだ。これから動くぞ」
やや申し訳無さそうなジンにアリが自分でも同じ判断をしたはずだ、とフォローを入れる。
【[Share] one > 今から各パーティの配置を通達する。その通りに移動してくれ。人員の損耗具合や敵の配置を見てパーティ配置は調整するゆえ、逐次報告を頼む】
いまこの一瞬でタイピングしたのか、ずらり、と配置を記したリストが流れてくる。
どうやら、「時代」は最も敵が多い事が分かっている正面を担当するようだ。やはり最優秀は自分達で、ということか。
見れば「時代」の面々は全員、青色の刀状のエネルギー武器であるフォトンカタナを抜刀しながら、正面へと進んでいく。
「俺達は左翼の中央だ。行くぞ」
迫りくるのは以前にも戦ったドロイド兵士。
「各戦線での戦闘方法はこちらに一任されている。俺達流に戦うぞ。リベレント、ヘイトを稼いでくれ」
「うん、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ルックス・マキシーメ・エト・マキシーメ・マンニョム・ムーラス・クストーディオ!」
リベレントの《ウォークライ》が一気にドロイド兵士のヘイトを集め、ジンの《ラージマジックウォール》の魔法がリベレントとその背後にいる味方を守る。
「俺とアリはここから射撃戦に移行する。オルキヌスは突っ込んで撹乱だ。攻撃は《スライドクリーヴ》主体で頼む」
「了解!」
オルキヌスが一気に敵に突っ込んでいき、WS《スライドクリーヴ》で敵をまとめて薙ぎ倒す。
「ルックス・サジッタ・スルクールズ!」
「
吹き飛んで隊列が乱れたところを逃さず、ジンとアリによる魔法魔術が飛ぶ。
「ジン! こいつらドロイド兵は雷に弱い、雷魔法で攻めろ!」
「分かった! 聞こえたな、アリ」
「えぇ!
「トニートル・サジッタ・スルクールズ!」
プレイ歴の長いオルキヌスからの助言も飛び、今度は雷属性の魔術魔法が発動する。
オルキヌスが飛んでくるブラスターの射撃をうまくフォトンラージソードで受け止めながら、順調だ、と叫ぶ!
【[Share] one > 右翼根本の守りが崩壊しそうだ。今から指示するパーティ右翼根本へ移動せよ】
という指示が飛び、左翼中央の味方戦力が移動していく。
一瞬不安そうに大丈夫か、と呟いたジン。
「見た感じ、ここから抜けてる戦力が多いわ、私達がここを維持してる分、ここは余剰戦力が多いと判断されたのよ、名誉なことだわ」
対してアリがフォローをかける。
「なるほど。ならこのまま戦力が減った左翼を守りきれれば」
「えぇ、最優秀パーティも夢じゃない」
だが、いつまでも順調には行かない。
前方の状況に気を良くしていた「JOAR」の面々に脅威は後方から迫っていた。
「がはっ」
すぐ隣で一緒に戦っていた魔道士キャラクターがそんな声を上げる。
奇妙に思ったジンがそちらを見ると、その胴体から剣が生えていた。
直後、魔道士のアバターが砕けて消える。
「!?」
後方から何者かがその魔道士キャラクターを突き刺したのだ、と今更ながら理解した。
ジンが慌てて振り返ると、自分に向けて、接近してくる槍使いの姿が見えた。
「っ!?」
慌ててジンは《タップエクスチェンジ》で武器を《ショートソード》に変更し、WS《リポスト》を発動。鋭く放たれた突きを間一髪で回避し、その胴体に鋭い切断の一撃を食らわせる。
「ちっ、仕留め残ったか!」
「ルックス・ムーラス・クストーディオ!」
鋭く放たれる二連撃の突きをなんとか《マジックウォール》で受け止める。
「
「ちぃっ」
事態に気付いたアリが素早く魔術を詠唱し、槍使いを吹き飛ばす。
「逃すか!」
アリが稼いだ時間でクールタイムが終わった《タップエクスチェンジ》で再び武器を《ライトニングソード》に持ち替え、《ライトニングピアッシング》を発動、一気に槍使いを貫通する。
「くそ……」
槍使いが破片となって消滅する。
(俺が……いま、あの槍使いのデータを初期化したのか……)
前回のレイドにおけるジンは後衛であり、直接的に妨害プレイヤーを撃破する機会はなかった。故に、今自分の攻撃で味方プレイヤーが破片となって消滅するのを見たのは少なからずショックがあった。
ショックを受けている暇はないわよ、とアリが警告を飛ばす。
その言葉の通り、続々と敵対的なプレイヤーが姿を現す。
見れば周囲の後衛が続々と撃破されており、左右からも襲撃をかけようとしてきている。
「ジン! 支援はどうした!」
一方、前衛で敵の注意を集めていたオルキヌスや同様の役割を負う他のプレイヤーも危機に陥っていた。
後衛が倒れたことで、後衛からの援護射撃がなくなり、敵の増える勢いに制圧力が追いつかなくなっていたのだ。
【[Share] Jin > 左翼、妨害
素早く現状をワンへ報告しつつ、ジンは対処法を考える。
「アリ、君はオルキヌスの援護を続けてくれ。俺は接近する敵を迎撃する」
「迎撃って一人で?」
【[Share] One > 対人戦に自身のある近接戦闘ビルドのPCをそちらに何人か派遣した。到着までなんとか凌いでくれ】
「ワンさんが増援を送ってくれる。それまでなんとか凌ぐ」
「無茶よ、お姉ちゃんを足止めに」
「だめだ、リベレントが動けば、左翼の後衛は完全に決壊する」
現在、リベレントが抑えているから、ドロイド兵は後衛を攻撃出来ない状態にある。もし、リベレントがそれをやめれば僅かに抵抗出来ている面々もドロイド兵からの攻撃に倒れることになるだろう。
「……分かった。けど、やるからにはやりきりなさいよ。初期化なんて許さないから」
「分かってるよ」
アリがリベレントの方へ駆け寄って援護射撃を開始する。
それを見届けることなく、ジンは敵に向き直る。
妨害プレイヤーが接近してくるのを見届ける。
まだ攻撃はしない。ギリギリまで引きつけるつもりだ。
「マキシーメ・エト・マキシーメ・ルックス・アダレレ・グラディウス」
発動するのは《極・魔法剣・魔》。無属性の魔法剣だが、これには射程拡張という効果がある。頭に極とつくのは、さらに強化された状態で、より射程が延長されている。
(この魔法剣でWSが拡張されるのかは試したことないから、賭けになるが……)
最もこちらに接近している敵がWS発動の姿勢を取ったその瞬間、ジンもまたWS発動の姿勢を取る。
発動するWSは《パラライズウィップ》。
近接範囲の敵を強制的に麻痺させるそのWSが《極・魔法剣・魔》によって拡張され、惹きつけた敵全員を強制的に麻痺させる。
そして、麻痺が解ける頃、「時代」側の増援がやってきた。
それでなんとか体勢を立て直し、レイドは無事成功に終わった。
【RAID Complete】
【Most Best Party : Jidai】
左翼側で多くのプレイヤーが初期化されたが、それはレイドではいつものことだ。たくさんのデータ初期化者が出るからこそ、レイド生存者の名声が上がるのだから。
「やぁ、『JOAR』の諸君、今回はお疲れ様だったね。活躍を見る限り、きっと君たちが準最優秀報酬者だろう」
ワンさんが挨拶にやってきた。
それはそうだった。最優秀パーティ以外は掲載されないが報酬は出るし、本人には自分たちの貢献度がどれだけだったかが分かる。
「それだけの実力がありながら、私に従ってくれて本当に感謝する。きっと君達はこれからもっと有名になるだろう。何かあったら、私達の事を思い出してくれたまえ、きっとまた共闘しよう」
そう言って、送られてきたのはフレンド申請だった。
「ありがとうございます」
ジンが頷く。
そして、ワンさんが去っていく。
「くそ……最優秀……取れなかった……」
残されたのはワンさんがいなくなったのを確認してから、項垂れて悔しげに呻くジンの姿だった。