「せっかく飛べるようになったんだし、どこか遊びに行かねーか?」
レイドも来る気配ねーしよ、と提案するのはオルキヌスだ。
彼らは今、すっかり溜まり場となっているお台場の喫茶店にいる。
結構居心地のいい雰囲気なのもあるが、皆、なんだかんだ最初にレイドに挑んだ場所としてお台場を記念の場所と感じているのも大きい。
「あ、あの、それなら!」
意外にもそこで声を上げたのはリベレントだった。控えめな彼女は自分から何かを提案することは珍しい。というか、アリ以外の面々からすると初めてのことだった。
「だったら、日本海にあるって言う蓬莱島に行きたい、かも」
「蓬莱島?」
「うん、日本海の上に浮かんでる浮遊島なんだって」
オルキヌスのオウム返しに、リベレントが頷く。
「へぇ、浮遊島! そりゃ確かに俺達の新しい愛車にぴったりのロケーションだな、な、ジン?」
「ああ、いいと思う。けど、なんでまた?」
オルキヌスがリーダーであるジンに話を振ると、ジンは頷きつつ、リベレントに理由を問いかける。
リベレントが自己主張するのが珍しかったので理由が気になったのだ。
「う、うん。蓬莱島は根は白銀、茎は黄金、実は真珠でできている木々に覆われたそれはそれは美しい島らしくて、だから行ってみたいって言うのもあるんだけど……」
「何それすっげーじゃん、収穫したら金になりそー」
「オルキヌス、お姉ちゃんの話の途中でしょ」
リベレントの話にオルキヌスが興奮して声を上げるが、アリがそれを制する。
オルキヌスも自分が悪い自覚があるのですぐに謝るので、喧嘩は生じない。
「そこには、金烏っていう三本足の太陽のように輝くカラスと、玉兎って言う月のように輝く三日月の模様の入ったウサギがいるんだって。私、玉兎をテイムしたくて〜」
両頬に手を当てながら、リベレントが言う。
「どれどれ、へぇ、ヒーリング能力が高いペットなんだな。いいんじゃないか?」
ジンがゲーム内からブラウザを開き、Wikiを確認しながら呟く。
ペットは一キャラクターにつき一体まで連れて歩くことが出来る、攻撃の対象にならず、自身の得意な能力でプレイヤーを支援してくれる頼りになる存在だ。回復能力が高いということは、タンク役であるリベレントの耐久能力が実質的に上昇すると言うことになり、パーティ自体の強化に繋がる。
「よーし、じゃあいくぜ、蓬莱島へ」
「おー!」
「うん!」
オルキヌスの号令にジンとリベレントが応じる。
一方のアリは。
(お姉ちゃんはペットとしての性能とかじゃなくて、玉兎の可愛さだけでペットにしたいと言ってると思うけど、まぁ、いいか)
などと一人考えていた。
(きっとこのメンバーなら、メリットがなくても結局蓬莱島に行ってたと思うしね)
と思うくらいには、アリはJOARの面々を信用しているのだった。
「おっと、ちょっと待ってくれ」
早速車に乗り込もうとするリベレントやジンをオルキヌスが止める。
「どうしたんだ、オルキヌス?」
ジンが扉を開けたところで止まり、オルキヌスを振り返る。
「いや、玉兎をテイムしにいくのはいいけどよ。お前ら、キブルは用意してんのか?」
「キブル? って、ペットフードのカリカリのことだっけ?」
「いや、元の意味は知らねーけど、『VRO』でキブルって言ったら、テイム用の餌の事だよ」
流石はこのメンバーの中で一番『VRO』歴が長いだけはあるというべきか、オルキヌスはテイムの仕様をちゃんと理解していた。
テイムするにはテイムしたいエネミーに合わせたキブルが必要だ。そして、玉兎はまだテイムが成功した例が少ないため、Wikiには対応したキブルが載っていない。
すぐさまブラウザを開いてWikiを確認したジンがなるほど、と頷く。
「そうだったんだ。私、テイムのシステムって全然知らなかったよ、ありがとう、オルキヌス君」
「いいんすよ。けど、調べた通りだとすると、厄介だな。レアエネミーは対応したキブル以外では滅多にテイム成功しない。こりゃ、行くはいいけど、失敗覚悟だな」
「じゃあさ、みんなでこれが対応してそう! みたいなキブルを持ち寄ろうよ」
「え、それは構わないけど、読んだ感じ、キブルを置いたキャラクターのペットになるっぽいから、もしリベレント以外が用意したキブルが正解だった場合、そいつのペットになっちゃうぞ?」
リベレントの思わぬ提案に、ジンが思わず尋ね返す。
「うーん、まぁ、それでもテイム出来ないよりはいいかなって。誰がテイムに成功しても、私に触らせてくれるでしょ?」
という返しをした時点で、アリ以外も、「あ、リベレントは単に可愛いから玉兎が欲しいんだ」と理解したが、アリの推測通り、だから駄目、とはならなかった。
「じゃ、各自キブル集めに解散だな。一時間を目処に、またこの喫茶店で集まろう」
ジンが頷き、一同を見渡しながらそう宣言する。
全員が頷き、それぞれ散っていく。
一時間後。一行は再集合し、オルキヌスの車に乗って、日本海へ向けて飛翔していた。
皆で頑張って素材を集めたおかげで、オルキヌスの車はソニックウェーブを発しながら音速で飛翔しており、日本海まではあっという間だ。
ただ、そこからは少し難儀だった。
というのも、蓬莱島は日本海の上空を漂っているらしく、明確な位置が不明なのである。
というわけで、一行は速度を巡航速度に落とした車の上で蓬莱島の索敵を始める。
時間にして十五分ほど探しただろうか。
「あそこ、なにか空で光ってる!」
とアリが目ざとく発見したのがきっかけとなり、ついにオルキヌスの車は蓬莱島へと上陸を果たしたのであった。
「すごいな、これ、どうやって浮かんでるんだろう」
「ゲームだし、理屈とかないんじゃないか?」
「まぁ確かに」
「無粋ね」
ジンが空を飛んでる理屈を考え始めるが、オルキヌスが無粋な事を言う。
ジンは納得した様子を見せるが、アリは批判的だ。
「そんなことより、はやく玉兎を探そうよ!」
リベレントは気が急いて仕方が無いようでそんな話をしている三人を急かす。
「あんなに積極的なリベレントは初めて見た」
「私も、あんなお姉ちゃんは久しぶりに見るわ」
ジンがそんな様子のリベレントを評すると、アリは嬉しそうにそう言った。
「あんた達のおかげで、お姉ちゃん、最近楽しそう。ありがとうね」
「いや、こっちこそ。アリとリベレントのおかげで、オルキヌスは憧れだったレイドに参加出来た。オルキヌスはいつもテンション高いから分かりにくいけど、前より楽しそうだ。ありがとう」
「はーやーくー!」
アリとジンが並んで歩きながらそんなやり取りを交わすが、リベレントはそんな僅かな時間すら待ちきれないらしく、二人を急かす。
苦笑したアリがジンを促し、二人でリベレントの元へ合流する。
「じゃあ、玉兎を探そうー!」
テンションの高いリベレントがそう宣言する。
どうやって探す? と、ジンが問いかける。
アテもないし、分担で探すしかないんじゃないか? とオルキヌスが提案する。
「そうね、見つけたら、パーティチャットで合流しましょう」
口頭での会話がメインである『VRO』であるが、文字によるチャットも存在する。あまり使われていないのが実情ではあるが、たまにパーティー募集の
「全然見つからん……、本当にいるのか?」
襲いかかってくるキラーラビットなるエネミーを撃破しつつ、ジンが呟く。
視界右上に表示される時計を見ると、もう一時間は経過しているようだ。
まだレベルが低いジンとしては、こうして敵を狩りながらちまちまと経験値を稼ぐのは嫌ではないが、とはいえ、一時間もこうしていると、本当に玉兎というのは実在しているんだろうか、という気持ちにもなる。
直後、金色に輝くカラスが姿を表した。
「うえっ、ま、まさか、金鳥!?」
念の為ターゲットマーカーを合わせるが、やはり【KinU】と表示された。玉兎と並ぶ、レアエネミーだ。
「キブルはないが、せっかくなら……」
レアエネミーは倒せば美味しいのは言うまでもない。
ジンは左腕を金鳥に向けて魔法を詠唱しようと口を開く。
だが、金鳥は一鳴きすると同時に木々の間をうまく飛びながら、明後日の方向へと飛翔していく。
「あ、まて」
ジンは剣を抜きつつ、。金鳥を追いかける。
しばらく走っていると、開けた場所に出た。
直後見えた光景に、ジンはすっとんきょうな声をあげつつ、慌てて、足で踏ん張ってブレーキを踏み、近くの草むらに隠れ、剣を鞘にしまう。
というのは。
「あ、あれ、そ、そうだよな?」
動揺しつつ、ターゲットマーカーを合わせると、【GyoKuTo】。
そう、そこにいたのは背中に三日月のマークの付いた可愛らしい白兎だった。
玉兎は警戒心が強いらしく、すぐ逃げ出してしまうらしいので、ジンは急いで草むらの中に隠れた次第だった。
【[Party] Jin > おい、玉兎いたぞ。座標送る】
そう言って素早く座標をチャットで送る。
ジンが素早くメニューを操作すると、チャット欄にXYZの3つの数字で構成された座標情報が送信される。
「お手柄だよ、ジン君」
やがて三人が草むらに合流してくる。
「じゃあ、全員、キブルを取り出してゆっくり近づこうぜ」
一同は頷いて、それぞれキブルを取り出す。
「私のはこれ! 月のウサギといえば団子でしょ」
とリベレントが団子を取り出す。玉兎とは月に映るウサギのことであるので、納得だろう。
「俺のはこれだ。シンプルにうさぎ用のペレットにしてみた」
と言うのはオルキヌス。謎の緑色の塊はウサギ系のペットが愛食するペレットであるらしい。
「私はこれ、人参よ」
と、アリ。ウサギと人参の組み合わせはフィクションではよく見かけるから納得だろう。
「俺は、そのへんはみんなが持ってくるだろうから、少し奇をてらって、太陽パンだ」
と、言うジンの選択には、ツッコミが待っていた。
玉兎というのは月のウサギのことだ? だったら、月の光は太陽光を反射したものだから、太陽に由来するものを好む可能性もある。というのがジンの発想だ。
見てろよ、と反論するジン。奇をてらってはいるものの、本人は至って大真面目である。
全員がそれぞれキブルを手のひらに持って、そろりそろりと玉兎に近づく。
ある程度近づいたところで、玉兎はクンクンと鼻をヒクヒクさせて、キブル達に反応する。
「相手が反応した、キブルをそっと地面において、少し距離を取ろう」
オルキヌスがそう小声で仲間たちに呼びかけると、一同は頷いて、キブルをそっと地面に置いて、そっと後退する。
すると玉兎が少しずつこちらに近づいてきた。
「これは、当たりがあったか?」
と、小声でオルキヌスが呟く。
玉兎は左から順にキブルの匂いをかぎ、やがて。
パクリ、と玉兎が飲み込んだのは。
リベレントの用意した団子だった。
「やった!」
小声で、リベレントがガッツポーズを取る。
「まだだ、ただなんとなくで食べただけの可能性もある。近づいてくるのを待つんだ」
オルキヌスが小声で、リベレントに待ったをかける。
ごくりと誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。
それくらい静かな時間。
玉兎は突然駆け出し。
リベレントの胸に飛び込んだ。
「やったぁ!」
今度こそリベレントは大きな声を上げた。
それでも玉兎は逃げず、リベレントの腕の中で大人しくしている。
「あぁ、玉兎ちゃん可愛い〜」
嬉しそうにリベレントが玉兎のお腹に顔をうずめる。
「よかったな」
オルキヌスが腕組みしながら頷く。
「じゃ、帰るか」
ジンが太陽パンを拾おうとした、その時。
カラスの鳴き声がしたかと思えば、急降下してきた太陽の輝きのカラスが太陽パンをさらっていった。
「うわっ、き、金鳥!?」
再び急降下してきた金鳥が、腰に下げた《ライトニングソード》の柄に留まる。
「え、な、懐いた……のか?」
突然の事に驚くジン。
「装備欄確認してみろよ」
「KinU……装備されてる」
「良かったじゃない。古来より三本足のカラスに見初められるのは良い指導者の証よ。期待しているわよ、リーダー」
アリが目を細める。
予想外のこともあったが、無事、一行は目的を果たして蓬莱島を後にするのであった。