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第10章「クエスト〜小田原城防衛戦」

 重明が暴走した後の夜。仁は不安ごとがあり、『VRO』の有志による攻略Wikiを睨んでいた。

 それは、昨日やった最初のレイドについて。

 多人数に囲まれて危険に陥った時のこと。

 最後に諦めムードになっていたのを覆したのはともかくとして、その前段階の話。

 あの時、仲間達が素早く判断して離脱を選べたからなんとかなったが、もし判断が遅れていたら、どうなっていたか。

 おそらく、四方八方からの集中攻撃でお互いを庇いきれずに負けていただろう。

「お、これを提案してみるか」


 そうして、『VRO』内。

 お台場近くのプレイヤーメイドの喫茶店で、四人は集まっていた。

「へぇ、この店、プレイヤーメイドなのか。俺、こっち来てから戦闘ばっかりやってるから、その辺のクラフト要素とかよく知らないなぁ」

 喫茶店のコーヒーを啜りながら、ジンが呟く。

「なら、今からでもどこか遊びに行く?」

 ミルクティーの入ったティーカップをティーソーサーの上に戻しながら、アリが尋ねる。

「あ、いいねそれ」

 レモンティーに口をつけていたリベレントがティーカップを手に持ったまま頷く。

「え、俺は次のレイドの相談をするもんかと思ってたが」

 と、カフェオレを啜りながら言うのはオルキヌスだ。

「あんたねぇ、幼馴染にもっといろんな『VRO』の側面を見せてあげたいって思わないの?」

「いやぁ、俺も正直、バトルコンテンツばっかりやってきたから、素材収集ギャザリングとか素材加工クラフティングとかあんまり詳しくなくて……」

「なら、あんたも折角だから経験しなさいよ。そうね、どうせなら私達の活動拠点としてパーティハウス作るのはどうよ?」

「あ、いいね、それ」

「お、それ正直アガるかも」

 アリの提案に二人が乗っかる中。

「あー、すまん、今日はその、ちょっとやりたいことを提案したいんだ」

 言いにくそうにジンが口を開く。

「あら、そうなの?」

 意外にもアリは続きを促した。元々ジンのために提案だったのだ。ジンにやりたいことがあるというのなら、それを聞かない理由はない。

「実は、この近くに拠点防衛クエストってクエストがあるらしいんだ。この前、無数の敵に包囲されて困っただろ? その時に備えて経験を積みたいと思って」

「へぇ、いいじゃない」

 アリはその提案にすぐ頷いた。

「おぉ、いいんじゃねぇか。確かに今後も有名になれば、包囲される可能性は高くなるからな。対策出来るならそれに越したことはないぜ」

 レイドに参加したがっていたオルキヌスも同意した。アリの言葉でレイド以外の遊びに行くのもいいかも、と思い始めていたところに、レイドに関係のあるテーマとなれば、否定する理由はなかった。

「アリちゃんがいいなら、もちろん」

 そして、リベレントはもちろん、断らなかった。


 神奈川県小田原市。

 小田原城の復興天守閣がある場所は、現在どこにも侵食されていないが、周囲は「スペースコロニーワールド」の領域となっており、常々、「スペースコロニーワールド」のドロイド兵の襲撃を受けていると言う設定がある。

 彼らが受けようとしている「拠点防衛クエスト」はそういった『VRO』内でどこかの世界の領域に包囲された現実世界エリアの拠点を防衛すると言うクエストの総称であった。

 早速復興天守閣を上り、天守閣の最奥、五階の展望デッキにいるクエストNPCの元へ向かう。

「しかし、よく出来てるわよね。本物の小田原城の復興天守閣の中身にそっくり」

「アリ、見たことあるのか?」

 アリの言葉を少し疑問に思ったジンは話を掘り下げる。

「えぇ、まぁね」

「アリちゃんは、城廻りが趣味だったんだよー」

 ぼかすアリに首を傾げるジンに、リベレントが捕捉を入れる。

「へぇ。今はやめたのか」

「えぇ、今は『VRO』で忙しいから」

「なるほどな」


 それにしても、とジンは思った。

「それほどそっくりな建造物を世界中に無数に配置してる『VRO』の運営ってのは何者なんだろうな。やっぱり日本企業なんだろうか?」

 サービス開始からそれなりの時が経っているにも拘わらず、未だ不明な『VRO』の運営に思いを馳せるジン。

「でも、イギリスリージョンとかヨーロッパリージョンとかもすごい再現度らしいよ?」

「じゃあ、世界中に広く展開していて、どの国にも等しく影響力を持つ企業か……。そんな企業あるか?」

 メガコープは世界規模の企業だ。ジンが使っている《ヴァーチャルヘッドギア》や《オーギュメントグラス》を開発している日本企業『ハーモニクス・ソリューション』が世界中でその製品が愛されているのがその一例だろう。

 だが、出身国や地方を越えてその影響力を持っているかというと、そうでもない。特にヨーロッパやアメリカは先のメガコープ間大戦の影響を受けて、閉鎖的な傾向にあり、現地のメガコープの力を借りて商品こそ流通させることはできても、自ら流通させることは難しい。

 もし無理に成し遂げようとすれば、現地企業の物理的な妨害を受けることは必至だからだ。

 そんなわけで、現在のメガコープは自国内で大きく発展しつつも他国への進出は難しいのが現状だった。

 だから、これほどの精度を誇る世界規模で愛されるVRMMO『VRO』をどこの誰が作ったのかは多くの人々の疑問の的であった。

 当然、多くの人間が謎としていることを、高校生三人と大学生一人が顔を突き合わせても分かるわけもなく、所詮は単なる雑談なのであった。


 クエストNPCはこの小田原城の観光案内を担当している人物という設定で、歴史的背景などを細かく説明してくれた。

 そして、その途中で。

「ド、ドロイド兵です! 最近よく襲ってくるんです。お願いします、退治して頂けませんか」

「おう、任せろ!」

 オルキヌスがそう答えると、正式にクエストが発行され、視界右上に、「小田原城防衛」のクエスト表示が出現する。

【Quest Start】

 甲高いブラスターの音が聴こてくる。

「よっし、いくぜ!」

 オルキヌスが天守閣を駆け降りる。

「あ、おい、まずはリベレントが注意を惹きつけてからじゃないと」

 慌てて、ジンが止めるが、その頃にはオルキヌスは一階、受付のある階段の手前まで進軍してきていたドロイド兵に突撃し、横薙ぎの一撃、WS《スライドクリーヴ》をぶつけ、全面のドロイド兵のヘイトを稼いでいた。

「おいおい、リベレントがいるんだから、ヘイト稼ぎはそっちに任せればいいだろうに」

 と言っていると。

「きゃあ、上です!!」

 というクエストNPCの叫び声が聞こえてくる。

「私、行ってくる!」

「え、ちょ、アリ?」

 アリがさっきまで降りてきた階段を駆け上がる。まぁ敵は空中型だろうし、速射攻撃が得意なアリは適任か、とジンが思った直後。

「私、追いかけるね!」

 慌ててリベレントが追いかける。

「いや、相手はおそらく空中型、ここはリベレントより……」

 と言葉を紡ぐ間にも、リベレントは階上へと登っていく。

「ええい仕方ない」

 オルキヌス一人に任せるわけにもいかない。ジンはオルキヌスが形成する戦線に魔法で援護しつつ接近する。


「ありがとうございました。これ、お礼の小田原城武将扇子です」

 ぐだぐだにはなったものの、四人は無事、その能力差で圧倒し、力押しでクリアして見せた。

 報酬の扇子をもらいつつ、ジンは考える。

「なぁ、さっきの喫茶店に戻って、ちょっと話し合わないか?」

 楽勝だったわね、などと笑うアリや、訓練にはならなかったな、などと笑うオルキヌス達に向けて、ジンが神妙な顔で言う。

「ん? えぇ、構わないわよ」

 どうせこのあと予定ないし、とアリ。他の二人も特に不満はないらしい。


 そうして、再びお台場近くのプレイヤーメイドの喫茶店。

「『JOAR』のリーダーを決めた方がいいと思う」

 一同の注文したドリンクが届いて、それぞれ飲んでわちゃわちゃした空気が抜けてきたあたりで、ジンは切り出した。

「確かに、普通パーティにはリーダーがいるものよね」

 ジンの言葉にアリが頷く。

「あぁ。個々人が個別個別の判断で動いてたら、いつピンチになるか分かったもんじゃない。今回だって、敵が弱かったからなんとかなったようなもので、もし敵がレイド級に強かったら、負けてた可能性も高いと思う」

「なるほどな。なら、レベルが一番高いし、プレイ歴も一番長い俺がリーダーだな!」

 とオルキヌス。

「なるほどね。じゃ、私はジンに一票」

 すかさず、アリが告げる。

「え、俺?」

「えぇ。私達は元々デュエルで負けた身だもの、リーダーにはなれないわ」

「そんなことは……」

「私が気にするの」

 アリの言葉にジンが否定するが、アリは気高く答えた。

「けどよ、だったら、俺でもいいんじゃねぇの」

「そうね。ジンかオルキヌスで考えてみたところ、今回のクエストを探してくれたのはジンだったし、今回のクエストの結果から問題点に気付いたのもジンだった」

 それに、とさらにアリは続ける。

「私達とのデュエルで私達に勝った作戦を立てたのもジンなんでしょ? あと、私達三人が諦めかけてた初めてのレイドで、私達を叱咤して勝たせてくれたのも、ジンだわ」

 だから、私はジンに一票。とアリは続ける。

「うん、私も同意見かな」

 リベレントがそれに頷く。

「決まりね。一対二で、リーダーはジンってことで」

「ま、待てよ!」

 アリが話を進めようとするのをオルキヌスが止める。

「俺の方がいいって。レベルが一番高いのも、プレイ歴が一番長いのも、俺なんだぜ?」

「そうかもしれないけど、あんた、別にこれまでリーダーっぽいことしてないじゃない。強さとリーダーへの適性は別でしょ」

 オルキヌスの言葉にアリが冷静に告げる。

「な、な、な……」

 オルキヌスはここにいる四人の中で最も名声欲が高い人間だ。だから、彼は、このパーティのリーダーになりたかった。リーダーとして、有名になりたかった。

「なら、ジン、俺とデュエルしろ!」

 オルキヌスが虚空に指を走らせると、ジンの視界にデュエルの申し込みが届く。

「お前が本当にリーダーの適性があるって言うなら。レベル差を覆して、お前が勝利するはずだ」

 鼻息荒く、オルキヌスが言う。

「ちょ、ちょっと。強さとリーダーとしての適性は別って話をしたばっかりでしょ!」

「うるせぇ、ここは引き下がらないぞ」

 オルキヌスの目は本気だった。

 ジンとしてはリーダーと言う立場に拘りはない。オルキヌスがやりたいと言うなら、やらせてもいいとは思う。

 けれど、それで譲られてもオルキヌスは納得しないだろうし、自分を選んでくれた、アリやリベレントも納得しないだろう。

「分かった。やろう、デュエルで勝負だ。オルキヌス」

 だから、ジンは逃れる事は出来ないと判断し、そのデュエルを受け入れた。


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