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第9章「騒動〜目指すは世界一」

【レアアイテムニュービーコンビと美少女コンビが手を組み、レイドに突入、勝利をもぎ取る】

 そんなニュースが『VRO』をはじめとするVRMMOのニュースを取り扱うネットメディアなどで小さな記事になった。

 本当に小さい記事ではあるが、マイクロポストSNSでちょっと噂になるのとは訳が違う。

 事実、マイクロポストSNSではこれまで以上に噂になっているし、学校でも前以上に噂話になっているのが聞いてとれた。


「以上の経緯から、各国メガコープはヨーロッパ大戦という大規模な企業間紛争を引き起こしたが……」

 仁達は今、学校で授業を受けていた。

 受けている科目は「メガコープ史」。

 国よりメガコープの方が権力が強い今の世の中、公立学校などというものは、よほどの場合でない限り利用されず、メガコープが設立した私立学校が主な学校のこととなっている。

 ふと、仁の視界右上にチャット通知を示すARポップアップが表示される。

 仁は周囲の様子を伺ってから、教師が他所を向いている間に頭を掻くふりをして、そのポップアップをタップした。

 チャットは重明からだった。

【Shigeaki.S > ようよう、ネットニュース見たかよ?】

 仁は一瞬悩んでから、机の下、膝の上にホロキーボードを展開し、ブラインドタッチで応じる。

【Satoshi.I > いや、授業に集中しろよ】

【Shigeaki.S > だってよう、メガコープ史なんて大体母体企業の自己満足だろ? 大学試験に出るわけでもないしよう】

 どうやら、重明は授業が暇で暇で仕方ないらしい。

 とはいえ、彼の指摘もあながち間違いでもなく、メガコープ史はその学校の母体となるメガコープの歴史を勉強する科目であり、大学試験にも企業試験にも役には立たない。

【Satoshi.I > いや、そうでもないぞ。ヨーロッパ大戦やアメリカ大戦みたいなでっかい企業間紛争の近代史は試験にも出るし】

【Shigeaki.S > そういうもんか。けどまぁ、ヨーロッパやアメリカは未だに小規模な企業間紛争が頻発してるんだろ? そういう意味じゃ日本人でよかったよなぁ】


 ヨーロッパ大戦やアメリカ大戦はこの世界の近代史を語る上では欠かせない出来事だ。

 民間軍事会社PMCさえ有するメガコープの乱立は企業間の争いを物理的な血と鉄による争いへと発展させ、無数の企業間紛争を巻き起こした。

 それが最大規模まで発展した出来事の一つが、ヨーロッパ大戦であり、アメリカ大戦だ。

 二つの大戦の末、世界は世界ワールド巨大複合企業メガコープ連結体ネクサスと呼ばれる連合体を作り、今では大規模な抗争は彼らにより抑止されている。

 だが、それでも小規模な企業間紛争は絶えず、今でもヨーロッパやアメリカでは絶えずどこかで小競り合いの企業間紛争が起きていると言う。


「おい、石倉、ちゃんと聞いてるか? さっき言った部分、答えてみろ」

 げ、と思いながら、仁は慌てて立ち上がる。

 確か、さっきまでヨーロッパ大戦の話をしていたはずだ。そして、この科目は仁の通う学校の母体となる「エレベート・テック」社の歴史を説明していたはず。

 とすると。

「え、と。歴史的に『ハーモニクス・ソリューション』と対立していた、『エレベート・テック』は、ヨーロッパ大戦に戦力を派遣していました」

「その通り。日本は企業間紛争とは無縁だ、という考えは根強いが、『ハーモニクス・ソリューション』や我が社、『エレベート・テック』のように、PMCを有する企業は日本にも存在する。そして、そう言った企業は、外部で起きている企業間紛争に戦力を提供することで見返りを受けていた」

 教師の説明はそこから、「エレベート・テック」はワールド・メガコープ・ネクサス成立以後、そういった戦力提供事業からはいち早く撤退した、という輝かしい実績の話に移っていく。


【Shigeaki.S > ナイスカバー】

【Satoshi.I > なにがナイスカバー、だよ。誰のせいだ】

 重明のチャットさえなければ、こんなことになっていないのだ。

【Shigeaki.S > まぁそう言うなって。それでさ、せっかく話題になってんじゃん?】

【Satoshi.I > まぁ、話題にはなっているな。で?】

 嫌な予感をしつつ、仁が先を促す。

【Shigeaki.S > この後、昼休みだろ? 放送室乗っ取ってさ、名乗り上げねぇ?】

【Satoshi.I > はぁ?】

 おい待て、と制止のメッセージを送ろうとタイピングしようとした直後。チャイムの音が聞こえる。

【Satoshi.I > おいまt】

【Shigeaki.S > じゃ、行ってくるわー】

 授業終了の礼と同時に重明が駆け出す。

「おい待て!」

 思わず、声に出し、駆け出した重明を追いかける。


 同時に、自分一人では止められない可能性を考え、有子にもチャット申請を飛ばす。

【Yuko.M > 突然どうしたのよ】

【Satoshi.I > しげあきがちまよった】

 咄嗟に要件を変換の手間を惜しんで送信する。

【Satoshi.I > ほうそうしつでなのりをあげるといいだした】

【Yuko.M > はぁ?】

 そうタイピングをしている間に、仁が重明に追いつく。

「待て、落ち着け重明」

 重明を後ろからは羽交い締めで押さえ込む。

「うお、離せ仁。なんのつもりだ」

「名乗るのはまずい。そもそもリアル割れの危険を最初に教えてくれたのはお前だっただろ」

「そんなの有名じゃないからだ。今名乗りあげれば、ネットでの知名度がそのままリアルでの知名度になるんだぜ! 名乗らなくてどうする」

「マジ、落ち着けって」

 羽交い締めにしているとはいえ、小柄な仁に対し、重明は大柄だ。今は不意打ちで抑え込めているが、それにも限界がある。

 そこに有子も駆けつけてくる。

「ちょっと屋上行きましょ」

「なんでだよ、俺は放送室行くんだよ」

「どうせ、名乗りに行くなら、みんなで言った方がいいでしょ。一度、屋上で作戦会議しましょ」

 え、有子も名乗り上げる側なのか? と不安そうに仁が有子の方を見る。

 有子は分かってるわよ、と仁にアイコンタクト一つ。

「そっか、じゃあ一度屋上行くか」

 納得した重明はそのまま屋上に向かう。

 ほっと、一息ついた仁と有子は文字通り、ため息を一つ吐いてから、それに続く。


「で、どうやって名乗りをあげるよ?」

「その件なんだが……、今名乗りをあげるのはやめておいた方が良くないか?」

「は? なんだよ、名乗り上げるために集まったんだろ?」

 仁の言葉に重明が露骨に不快そうな表情を示す。

「そうだけど、名乗りをあげるのにもベストなタイミングがあるってことよ」

 有子がフォローを入れる。

「どう言うことだ?」

「あんた、本当に噂話を聞いた? まだ『JOAR』って名前さえ広まってないのよ? その状態で、『俺たちが噂のパーティです』って名乗っても仕方ないでしょ? せめて名前が広まってから出ないと」

 重明の問いに有子が答える。

「確かに、『JOAR』って名前は噂話に含まれてないな。ネットニュースにも載ってなかった」

「マジか、そうだったのかぁ」

 有子の言葉に仁が頷く。

『その上で本当に名乗りをあげる必要があるのかはちゃんと考えないとダメだよ?』

 そこに恭子が通話で会話に加わってくる。

「恭子さん!? ど、どういうことですか?」

『この前、出会った「キャメロット」ってパーティを覚えてるよね?』

「もちろん! 『キャメロット』と言えば、イギリス最強のパーティだろ!」

 恭子の言葉に、重明が力強く頷く。

『あれだけ有名な「キャメロット」でさえ、リアルは公表してないんだよ? なんでか分かる?』

「え……そりゃあ……、なんでだ?」

 言われてみると理由が分からない。

『それはね、「キャメロット」がリアルで攻撃を受けるのを恐れてるからだよ』

「『キャメロット』ほどのパーティが?」

『うん。「キャメロット」ほどのパーティだからこそ、ゲーム内では勝てないから、リアルでどうにかしてやろうって考える人がいるの。今や、倫理観のないメガコープを頼れば、簡単に暗殺者でもなんでも送り込める時代なんだから』

「暗殺者って……」

 思わぬ言葉に苦笑する重明。

「アメリカではメガコープが力を持つ時代になる前から、スワッティングってネット犯罪があったからな」

 スワッティングとは、嘘の通報をすることで、警察の緊急部隊などを派遣させる悪質なネット犯罪の一種だ。

『それに「キャメロット」はメガコープとスポンサー契約もしてるからね。ライバルメガコープから襲われる可能性もあるんだよ。重明君がもっともっと有名になりたいんでしょ? だったら、この先メガコープと契約する事も考えなきゃ』

「いや、それってヨーロッパの話でしょ? 日本でそこまで……」

『いや、「キャメロット」はイギリスのチームだし、そもそも。日本でもライバルメガコープ関係者の暗殺程度の話は時々ニュースになるぞ。大体は犯人不明のまま終わるけど』

「マジかよ……」

「思い直せよ、重明。そもそもリアル割れの危険を俺に教えてくれたのはお前だったろ」

 重明は唸った後に。

「そうだった、浮かれておかしくなっていた。パーティ全員を危険に晒すところだった。すまん」

 重明は自身の間違いを改めた。

「けど、けどよ。もし、俺達を攻撃することが無理なような地位になれたら、つまり、日本一超えて、世界一にでもなった時はよ、きっと名乗り出て、その名声を現実でも得ようぜ」

 重明のその言葉に、一同は驚いた。

 それは、世界一になろう、と言う誓いの言葉であったから。

「あぁ、分かった。きっと世界一になろう」

 仁がやれやれ、と言いながら応じる。

「ふん、えぇ、言ったからには必ず、必ずよ!」

「うん、有子ちゃんがそう言うなら」

 三人は重明の言葉に頷き、きっと世界一のパーティになろう、と誓うのであった。

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