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第8章「レイド〜お台場ボスバトル 下」

「どういうこと!? どうして、味方が攻撃してくるの?」

 突然の状況の変化に、思わずアリが叫ぶ。

「味方? 何を言ってるんだ、俺たちはそれぞれライバルだ。信用できるのは自分達パーティのメンバーだけだぜ」

 オルキヌスに対してフォトンラージソードで切り掛かってきた男がそう言って嗤う。

 2本のフォトンラージソードがぶつかり合い、青白い発光が何度となく生じる。

「そんな……」

「ショック受けてる場合じゃないぞ、このままじゃ包囲される!」

 ショックを受けるアリにオルキヌスが叫ぶ。

「一点突破でお姉ちゃんと合流しましょう」

「了解!」

 オルキヌスは水平方向に薙ぎ払うWS《スライドクリーヴ》で一気に迫る敵プレイヤーを薙ぎ払い、前進する。

 アリも《ガンド撃ち》で攻撃してこようとする敵に赤黒い弾丸をぶつけ、動きを塞ぐ。

「お姉ちゃん!」

「アリちゃん!」

 合流した四人。しかし。

「おら、《カラミティストライク》!」

 敵のフォトンラージソード使いがWS《カラミティストライク》で大上段に斬りかかる。

 リベレントがこれを大楯で受け止める。

「はぁっ!」

 WS《ハードパリング》でそれ弾き返す。

 だが、そのWS 発動後の硬直を逃さず、騎士のプレイヤーがWS《シンプルスライド》で横薙ぎの斬撃を放つ。

 今度はこれをオルキヌスが受け止める。

 その隙を逃さず、ブラスター持ちのプレイヤーがオルキヌスに射撃を開始する。

「ルックス・ムーラス・クストーディオ!」

 ジンが魔法UIの動きが早くなるスキル《高速詠唱》を交えつつ光の壁をオルキヌスに展開し、ブラスターを軽減するが、それでもその全てを防ぎ切るには至らない。

 しかも、ジンの《マジックウォール》は一人の仲間にしか展開できない。つまり。

 また別の大剣使いが、最も防御能力の弱そうなアリに襲いかかる。

「きゃあ!」

 アリは咄嗟にバックステップしつつ斬撃を回避しようと試みるが、その大剣はかすっただけでもアリに大きなダメージを与える。

「アリ!」

 ジンが《ライトニングソード》を構えて、大剣使いの次なる追撃を防ぐ。

 剣と大剣が火花を散らす。

「へぇ、その雷の剣、あんたがまさか噂のラッキーニュービーか?」

「へっ、だとしたら残念だったな、ここでそのレアアイテムとはおさらばだ!」

 側面から騎士のプレイヤーが攻撃を仕掛けてくる。

 ジンは咄嗟に側面に飛んでこれを回避しようとするが、大剣使いの攻撃を受け止めている関係上、避け切ることは難しく、HPゲージが減少していく。

「まずいぞ、このまま包囲されるとカバーしきれない。一度集団の外側にまで下がろう」

 ジンはWS《パラライズウィップ》を発動し、目の前の大剣使いを黙らせ、魔法の詠唱を始める。

「トニートル・サジッタ……」

「分かった!」

 オルキヌスも、WS《スライドクリーヴ》で周囲の敵を吹き飛ばし、退路を開くべき場所に向けて突進する。

「スルクールズ・シコッティルデ・プルーヴィア!」

 ジンの詠唱で逃走経路の敵が痺れる。

 その隙を逃さず、オルキヌスが一気に横薙の斬撃を放って、敵を吹き飛ばす。動き自体はWS《スライドクリーヴ》に似ているが、あくまで手動で再現したものなので、威力はWSには及ばない。

塵は塵にDust to Dust灰は灰にAsh to Ash!」

 そこにアリも追撃をかける。

「お姉ちゃん、押し込んで!」

「分かった!」

 リベレントが盾を斜めに構えて一気に退路の敵に向けて突っ込んで押し込み、弾き飛ばす。 WS《ハードバッシュ》だ。

「トニートル・サジッタ・スルクールズ・シコッティルデ・プルーヴィア!」

 ジンは落ち着いて冷静に詠唱し、さらに電撃を放つ。より早口で詠唱することもできるが、そうすると、呪文を噛む恐れがある。呪文を噛むと詠唱は失敗ファンブルし、その時点までの詠唱状態に応じた魔法が暴走して発動し、自分に襲いかかってくる。ここでそうなってしまうとリカバリーが難しくなる。

「抜けた!」

 クールタイムが終わったWS《スライドクリーヴ》を発動し、オルキヌスがついに敵集団を突破する。

 追撃をかけてくる剣とブラスターによる攻撃を最後尾に戻ったリベレントが受け止める。

 すぐにオルキヌスも防御に加わり、左右に抜けようとする敵を押し留める。

 攻撃は一方向からだけになり、防御は容易になった。

「まさかこんなことになるなんて」

「言われてみれば、レイドは最優秀なパーティだけが名前を開示され讃えられるシステムだし、優秀なスコアを叩き出しているほど報酬が良くなるシステムだ。味方……いや共闘者の足を引っ張る事は十分に考えられた。迂闊だったな」

 アリの言葉にジンが呻く。そうと知っていれば、あれだけ序盤で暴れる事はなかった。もっと後半になってから一気に攻勢に出た方が得だった、と。

「だがどうする、俺たちの削ったHPゲージは精々一本と半分くらいってところだ。このままじゃ最優秀を取り逃がすぞ」

 攻撃を防ぐために立ち回りながらオルキヌスが言う。

 オルキヌスが欲しいのは名声だ。そのためには最優秀をとって名前を大々的に売りたいところだった。

「それどころじゃないわよ。このままじゃ全員すり潰されて、全員データ初期化よ!」

 アリが、悲鳴に近い声を上げる。レイドに参加するようなレベルの有力プレイヤーに一斉に襲われ、HPゲージが赤色まで削られ、アリの精神は限界に近かった。

「うん、そうだよね……、このまま頑張ったって……」

 アリの言葉にリベレントも同意する。リベレントは先ほどから正面から敵の激しい攻撃を受け止めており、一度でもミスすれば自身が大ダメージを受け、味方を崩壊に巻き込みかねない。極めて強いストレスとプレッシャーに晒されている状態だ。

「お、おい、リベレント、諦めるつもりか」

 慌てて、ジンが声をかける。リベレントがプレッシャーに負けて全てを投げ出そうとしているように感じたのだ。

「いや、リベレントの気持ちは分かるぜ、ジン。俺も正直、このまま最優秀の目もないのにただ身を守り続けるのは、キツい……」

 だが、意外にもオルキヌスがリベレントを庇った。オルキヌスももう精神の限界が近いようだ。

「キツいって……。ここで投げ出したら、最優秀どころか、全部初期化されるんだぞ。俺はまだ初めて一週間強だからいいけど、お前らは今日のためにずっと頑張ってたんだろ!? それが全部台無しになるんだぞ」

 三人の中で、このゲームに最も固執していないのがジンだった。しかし、だからこそ、ジンは冷静さを保ったまま、この状況を見ていた。

 だが、その言葉は届かない。三人はすっかり失意しており、今にも全てを投げ出しかねない状態だ。

 まずい、とジンは思った。このままでは他ならぬ三人自身が後に後悔する事になる。ジンは『VRO』を気に入り始めていた。だから、こんなところで、終わってほしくなかった。

「待って、聞いてくれ。まだここから、ゲージを削る方法はある。共闘者パーティは戦力を二分して俺達を攻撃してるから、海龍のゲージの減りは緩やかだし、それぞれのパーティの与えたダメージ量は少ない」

 タンク二人が諦めた瞬間、『JOAR』は崩壊する。ジンは必至で、タンク二人に呼びかけた。

「そう……なのか?」

 その言葉にまず反応したのはオルキヌスだった。彼は最優秀を取りたい気持ちが強い。だから、希望があると聞けば必然的にやる気が出た。

「あぁ。そして、俺達が戦闘に加わって最優秀を目指して戦えば、それだけ海龍が倒れるのも早くなる。そうなれば、リベレントの負担は短くなるぞ」

「そう……なの?」

 その言葉にリベレントが反応する。自身へのプレッシャーこそがストレッサーであるリベレントは、それが軽減されると聞けば、まだやる気が出る。彼女とて、本当は初期化などされたくないのだから。

「あぁ、俺達はまだやれる。この共闘者どもを凌ぎつつ、ボスにキツい一撃をお見舞いできる」

「その言葉、信じたぜ、ジン」

「私も、そう言う事なら頑張ってみる」

 ジンの言葉に、タンク二人が顔を上げる。

「アリ、タンクがやる気を出した。後はお前がやる気を出せば、お前は倒されない。けどお前がやる気を出さなければ、お前も倒される。決めるのはお前だ。黙って倒されるか、抵抗して倒されないか、お前はどうしたい?」

 あとは、アリだけだ。ジンはアリに呼びかける。

「……ってるでしょ」

「え?」

「決まってるでしょ。そう聞かれたら、抵抗して倒されないって言うしかないじゃない。ほら、そこまで言うならよっぽどの策があるんでしょうね、ほら、言ってみなさいよ」

 そう言って、アリもまた顔を上げた。他の三人がやる気を出しているのに、自分だけが下を向いているなど、アリは許せなかったのだ。

「よっぽどってほどのもんじゃないが、俺が大規模魔法で一気に削る。タンク二人はこのまま防戦を。アリは、タンク二人を回復しつつ、俺に継続的なバフを頼む」

「なるほどね、分かった」

 アリが頷き、ジンの背中に手のひらを当てる。

「マキシーメ・エト・マキシーメ・マンニョム・トニートル・スパエラ・シェリング・スルクールズ・シコッティルデ・マキシーメ・エト・マキシーメ・ムルチ・プルーヴィア・エアステリスコ・シァエロム」

 ジンが空中に左手を掲げると、その上空に巨大な雷の球体が出現し、それが無数に増えていく。

 詠唱の終了と同時に左手を海龍に向けると、一斉にその雷の球体が海龍に殺到し、そのHPを削る。

「こいつら、まだ諦めてないぞ!」

「あの魔術師を止めろ!」

 一斉に対『JOAR』担当プレイヤー達がその攻撃のターゲットをジンへと変える。

「させないよ!」

「させないぜ!」

 対して、二人のタンクがそれぞれその攻撃を防ぐ。

 オルキヌスはあえて敵集団に一歩踏み込み、戦闘集団に対し、横薙ぎの一撃WS《スライドクリーヴ》を放つ。

 それを回避するように放たれるブラスターや魔法弓、銃と言った遠距離攻撃手段を、リベレントがその大楯で防ぐ。

 ジンは一心不乱に詠唱を続け、着実に魔法による砲撃を続ける。

「急げ、そう長くは保たないぞ!」

 オルキヌスが叫ぶ。

「馬鹿ね、叫んだって、詠唱は早くできないわよ」

 詠唱で必死のジンに代わり、アリが反論する。もちろん、アリも必死で魔法陣の回転を調整し、ジンを支援し続けている。

 『JOAR』達四人からしてみれば永遠とも思える時間の末に。

【RAID Complete】

 ついに、海龍が消滅した。

 だが、問題はここからだ、ラストアタックはともかくとして、最優秀パーティは一体……?

【Most Best Party : JOAR】

「よっしゃーーーーーーーーー!」

「やったーーーーーーーーーー!」

 それが誰の声なのか、全員咄嗟に分からなかった。

【Last Attack : JoB】

 やはりラストアタックは取れていなかったが、だが、これで JOARの名前が公的に表に出たことになる。

「聞け! 俺たちはレアアイテム初心者と美少女コンビが結成した新パーティ『JOAR』だ!」

 大声で叫んだのはオルキヌス。

「おう。俺たちは『JOAR』だ!」

 それに呼応するように、ジンも叫ぶ。

 その言葉は周囲の共闘者だけでなく、周りのギャラリープレイヤー達にも届いたことだろう。

 今ここに、『JOAR』は有名人への真の第一歩を歩み始めたのだった。

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