学校の最寄駅、その駅前にあるファーストフード店『ファースト・オーダー』。
『ファースト・オーダー』はファーストフードを展開する世界最大規模のメガコープの一つである。
手広く様々な事業を手がけることが多いメガコープの中では、ファーストフードに特化した『ファースト・オーダー』はその事業範囲こそ狭いが、ファーストフードに限って言えば世界規模。他の追随を許さない文句なしのメガコープである。
その『ファースト・オーダー』の店舗の一角、ある机の周囲に、仁と重明、そして、有子とその姉が迎いあって座っていた。
「昨日も言ったでしょ。私達の負けよ。焼くなり煮るなり好きにしたらいいじゃない。それを何よ。こんなところに呼び出して」
有子は昨日の敗北がまだ尾を引いているのか、機嫌が悪そうだ。
「あはは、有子ちゃんがごめんね。あ、私は見波
その様子を見て、恭子は空笑いをしながら、名乗る。
「よろしくお願いします。恭子さん。仁です」
「あ、重明っす」
恭子の名乗りに、仁が挨拶を返し、重明も応じる。
「何が、よろしくお願いします、よ。私たちの間によろしくする関係なんてないじゃない」
二人のやりとりが気に入らないようで、有子はさらにそんな言葉を漏らす。
有子は耳が良い。だから、この店内でも、僅かに昨日のデュエルの噂が漏れ聞こえているのをしっかりと聞き取っていた。
まだまだ知名度の低いコンビ二人なので、それぞれの名前までは詳しく広まっていないが、「美少女コンビが負けた」という部分はしっかりと広まっていた。
それが有子を不機嫌にさせる。
「それなんだけど。出来たら、これからもよろしくして欲しい」
そんな有子の耳に、仁の言葉が続く。
「俺たちはレイドに参加したい。そのためにはパーティメンバーが四人必要だ。君達の強さは実際に戦ったからよく分かっている。是非俺たちのパーティに加わって欲しい」
仁はさらにそう続けて、頭を机に擦り付けるくらいに下げた。
「え、あ、お、俺からも頼む」
重明もすぐに仁の意図を理解し、それに続いて頭を下げる。
「ちょ、ちょっと。なんの冗談よ。あんた達は勝ったのよ? 私達に命令出来る立場なのに、何をお願いなんてしてんのよ」
困惑したように有子が言う。
仁は頭を下げたまま。
「このお願いを聞いて貰えるなら、俺達は仲間になることになる。そうなると仲間同士で一番大事なのは信頼だ。だから、無理矢理仲間にするんじゃなくて、同意してもらった上で仲間になって欲しい」
と答える。
「じゃあもし、嫌だと言ったら?」
「その時は別の仲間を探すよ」
仁は顔を上げて答える。その視線があまりにまっすぐなので、有子は思わず毒気を抜かれてしまった。
「……いいわ。私もレイドにはずっと興味があったもの。私に勝った相手を仲間に出来るなら文句はないわ」
そう言って、有子は髪を靡かせた。
「お姉ちゃんもいいわよね?」
「うん、有子ちゃんがいいなら」
有子が恭子を見ると、恭子は笑顔で頷いた。
「じゃあ、そうと決まればパーティ名を決めないとね!」
有子は身を乗り出してそう告げる。
「パーティ名?」
「あぁ、『VRO』では固定のフルパーティを組むと、その名前を決められるんだ。レイドの勝者とかとして表示されるから、名声を求めるなら決めないのは損だぜ」
仁の疑問に重明が答える。
「へぇ、流石、詳しいじゃない」
「まぁな。レイドにはずっと参加したいと思ってたから」
「じゃあ、仁君が私達を誘ったのは重明君のためってこと? 重明君、いい友達を持ったね……」
有子と重明のやり取りに恭子が目を輝かせる。
「そうかもな。ありがとな、仁」
「いや、俺も名声にはちょっと興味出てきたから……」
ところが、ここから先が地獄だった。
控えめな恭子を除く三人は自分の好みの赴くまま好き勝手なパーティ名を提案するものだから、会議の踊ること踊ること。
「やっぱ『重明と愉快な仲間達』だろ!」
と重明。
「いいえ、『黄金の夜明け団』よ!」
と有子。
「うーん、『ローハン』というのはどうか……」
と仁。
「じゃあ、アリとジンからとって、『アラビアン・ナイト』って言うのはどうかなぁ?」
「それは絶対に嫌」
と恭子の提案は即座に有子に否定される。
「有子ちゃん、そろそろ帰らないと門限が……」
「と、もうそんな時間か……」
会議が踊る中、外はまもなく暗くなろうとしており、恭子がそんな言葉を発する。
「ごめんなさい、そろそろ帰らないと、パーティ名を決めるのは今度ゲームの中で……」
「あ、な、なら! ジンのJ、オルキヌスのO、アリのA、リベレントのRからとって、『JOAR』、ジョアーってのはどうだ?」
帰り支度を始める二人に仁は先ほどから考えていたらしいアイデアを口にする。
「……へぇ。頭文字の順番には思うところはあるけど、これまでの個々の事情しか考えてないパーティ名よりいいわね」
自分と姉が後ろ何が気になったのだが、とはいえ、負けたのは事実だし、と有子はそれを飲み込んだ。
「うん、有子ちゃんがいいなら」
「……二人まで良いっていうなら、俺はそれに従うしかないな」
こうして三人の同意を受けて、パーティの名前は『JOAR』で決定となったのだった。
「じゃあ、『JOAR』のデビューについてはゲームの中で相談しましょ」
「あぁ」
◆ ◆ ◆
島根県松江市東出雲町を達国道九号線から緩やかな坂を登った先。
そこにその黄泉比良坂はある。
ただでさえ神秘的な雰囲気を持つその地一帯は『ファンタジックアース』に汚染されることで、より神秘的な光景へと変じていた。
そこで繰り広げられるのは撃破されれば即データ初期化の恐ろしい戦闘、レイド……ではない。
ぶっつけ本番で即データ初期化のレイドに挑むのは危険だと判断した『JOAR』の面々は、練習として、日本リージョンでも最強格と噂されるF.N.M.『腐敗神イザナミ』との戦闘に挑むことにしたのだった。
「ポップするわよ。準備はいい?」
視界に表示される時計を見ながら、アリが背後を見る。
「あぁ」
「おう」
「うん」
周囲には『JOAR』の他にも数パーティが待機している。ラストアタックは取り合いとなるだろう。
直後、千引の岩と言われている岩の隙間から腐敗した不定形の何かが這い出してくる。
その頭上に【
全員が一斉に武器を装備し、戦闘を開始する。
【ディーティクリエイション・ヨモツシコメ】
そんなスキル名が出現し、周囲にゾンビのような人型の生物が出現する。
「集団使役型のボスか!」
『JOAR』はレイドでは初見の敵に対処することが多いと言う理由から敢えて予習をせずに挑んでいる。
「俺とリベレントが前に出る!」
タンク役を務める二人が前に出て、それぞれWS《スライドクリーヴ》とスキル《ウォークライ》でヘイトを稼ぐ。
頭上に【Shikome】と表示されているゾンビ達は、一斉にオルキヌスやリベレント、そして周囲の他のパーティのタンク達に集まっていく。
「アリ、俺は詠唱の長い魔法で集まってきたゾンビを減らしつつ、イザナミにダメージを与える」
「分かったわ。私はあなたにバフを付与してあげる」
そう言うと、アリはジンの背中に右掌をくっつける。
架空の手のひらだけど、その手のひらはなんだか女の子らしい小ささで少しドキッとしたジンはそれを悟られないように、詠唱を開始する。
「ルックス・サジッタ・スルクールズ・シコッティルデ・プルーヴィア」
五単語の詠唱を終えると、魔法が発動し、ジンの左腕から空高く光の矢が飛び、その後、上空から光の矢が降り注ぐ。
アリのバフのおかげもあり、オルキヌスとリベレントがヘイトを集めていたゾンビは概ね撃破出来た。
「一気にいく!」
アリの近接攻撃バフを受けつつ、ジンは《ライトニングピアッシング》で一気にイザナミへと迫る。
一気に鋭い刺突を浴びせた後、連続攻撃を敢行する。が。
「げ、こいつ土属性か!」
表示されるダメージポップアップは青色でレジスト、の文字。これは属性効果でダメージが軽減されたことを意味する。
イザナミの攻撃をバックステップで回避しつつ、ジンはメニュー画面を開いて武器を持ち変える。
「ジン、武器を使い分けるなら《タップエクスチェンジ》スキルがおすすめよ」
そう言いながら、アリは
【瘴気・腐敗の霧】
そこにイザナミが新たなスキルを発動する。
紫色の霧がイザナミから発生し始め、それに触れた人間のHPを減らし始める。
「毒の霧か」
「任せて。
アリが風属性の魔術を放つと、腐敗の霧はそれによって一時的に晴れる。
「なるほど。ヴェントス・サジッタ・スルクールズ」
ジンも魔法を発動し、《ウィンドミサイル》を放つ。
「よし、俺がいく!」
その瘴気が晴れた間隙を塗って、オルキヌスが駆ける
「俺も続く。ヴェントス・アダレレ・グラディウス」
ジンも《ショートソード》に風属性を纏わせて、それに続く。
二人の攻撃がイザナミに届く。
直後。
「ソリッズ・スルクールズ・エト・シァエロム」
そんな女性の声が聞こえてきたと思ったと同時、夜中だった空に突然太陽が浮かび上がる。
同時、騎馬に乗った洋風甲冑の男二人が突入してくる。
「イグニス・アダレレ・グラディウス・シコッティルデ・ソリッズ」
その戦闘を務める男がそんな詠唱をして、片手剣を構える。
その剣は空に浮かぶ太陽のように鮮やかに輝いていた。
「いくぜ、《ガラティーン》!」
先頭の男による見たことのない WSが発動し、周囲のゾンビごと、イザナミを切り裂いた。
そこから続く連続攻撃で、まだ二ゲージ残っていたはずのイザナミのHPは一気に削られ、イザナミはラストアタックごと討伐されたのであった。
「なんだ、日本リージョンで強いとかって言うイザナミも所詮はF.N.M.、こんなもんか」
トドメを刺した騎士が笑う。
「ちょっと、私達の獲……むぐっ」
怒りを露わにしてつめかかろうとするアリをリベレントが止める。
「アリちゃん、相手が悪いよ、抑えて」
「どういうことだ?」
リベレントの言葉にジンが問いかける。
「今の剣、『キャメロット』のガウェインが持っているって言う《ガラティーン》だよ」
「ばっ、『キャメロット』ってイギリスリージョン最強のパーティじゃねぇか」
オルキヌスが思わずすごい声を上げる。
「うん、あの騎士二人はガウェインとギャラハッド。そして、その後ろで魔法を使っていたのは、おそらく、マーリン。リーダーのアーサーはいないみたいだけど……」
「イギリスリージョンで二桁のレイドを既にクリアしてるって言われる奴らがなんでこんなところに……」
『キャメロット』の三人はその疑問には答えず、周囲を見渡し。
「日本ユーザーのみんなも、ロビン・ルイスをよろしくな!」
と、ガウェインが『キャメロット』のスポンサーである航空機や車両を製造しているメガコープの宣伝をした後、騎馬を走らせ、去っていった。
『JOAR』、その初陣は完璧な勝利とは決して言えなかったが……。
「まぁ、連携出来てない、ってことはなかったよな?」
とオルキヌスが尋ねると、三人は頷いた。
「じゃあ次こそはレイドだー!」
オルキヌスはそう言って叫ぶと、三人は力強く頷くのだった。