翌日。
ネットの海は大変賑やかだった。
曰く、「『VRO』を始めたばかりの初心者が、いきなりレイドのラストアタックを獲得し、まだ攻略wikiにも載っていないレアアイテムをゲットした」だとか。
曰く、「その武器はこれまで見つかっていなかっただけあり、超強力」だとか。
曰く、「F.N.M.を一撃で倒して見せた」だとか。
エゴサーチAIがご丁寧に見つけて、仁の視界に表示してくれるジンの噂には盛大な尾鰭がついていた。
SNSと言えばメタバースSNSを指すことが多くなった現代であっても、手軽さの面で勝るからか、マイクロポストSNSはしつこく生き残っており、今のように多くの人々が根も葉もない噂をグローバルネットワーク上にばらまいていた。
ジンが挑んだのはレイドではなくF.N.M.だし、手に入れたレア武器 《ライトニングソード》はレアと言えばレアだが、『VRO』のパワーバランスを崩壊させるほどに出鱈目に強いと言うことは決してないし、当然、 F.N.M.を一撃で倒したりなどはしていない。
《ライトニングソード》は強い雷属性の効果を帯びており、水属性の敵に対してはめっぽう強い。
あの後、試し切りとばかりに琵琶湖に住むファンタジックアース世界のF.N.M.『水虎』と戦いに行き、最後の一ゲージを《ライトニングソード》の持つWSとそこからのコンボ攻撃で削り切って見せたので、それに尾鰭がついたのだろう。
「ま、人の噂も四十九日って言うし」
やがてネットの人間も飽きて、噂をするのをやめることだろう。
そんなことを考えていると、AR表示された通行禁止の文字が消え、信号が青になったのがわかる。
仁は黙って信号を渡り、通学路を学校に向けて歩き出す。
「よーう、仁ー!」
そんな声が聞こえてきて、視界のAR表示に後方から声をかけられたことを示す表示が出現する。
本来は片耳難聴など方向感覚が鈍い人間がそれを補うのに使うアクセシビリティ機能だが、仁は単純に便利なので、使っている。
「おう、どうした、重明」
仁は振り返らず、言葉だけ返す。声の主人はオルキヌスのプレイヤー、重明であった。
「どうしたもこうしたもあるかよー、お前にも見えてるだろー。すっかりお前、有名人だぜー」
「有名人って……、尾鰭のついた噂ばっかりじゃねぇか」
追いついてきて隣に並んだ重明の言葉に、仁は呆れたように返す。そもそもそのプレイヤーがジンと言う名前であることすら広まっていない。
「気にすんなよそれくらいー。有名になれるってのはいいことじゃねーの」
「なんでお前はそんなに嬉しそうなんだよ」
自分のことでもないのに満面の笑みの重明に仁は訝しげに尋ねる。
「そりゃーお前、これまでずっとVRMMOをやってこなかった大の親友の幼馴染がよ、一躍有名人だぜ? 嬉しいに決まってるじゃねぇか」
分かんねぇか? と言う重明に、分かんねぇ、と返す仁。
「有名つったって、所詮は遊びの架空世界の話だろ? そりゃ企業メタバースでの地位が現実のその企業での地位に影響する事例はあるけど、VRMMO、まして開発者不明だとな」
と言う仁に分かってねぇなぁ、と重明が呆れる。
「今や、『VRO』は世界で一番有名なVRMMOなんだぜ? 誰もがその内部の動きに注目してる。そんなVRMMO内部での知名度だぜ? 現実世界でも意味があるに決まってるじゃねぇか」
「
だが、仁のその言葉はすぐに撤回されることになる。
学校に到着した仁を迎えたのは、『VRO』でレアアイテムを手に入れた初心者の噂だった。
「おう、仁、お前聞いたかよ、最近お前も始めた『VRO』で、レアアイテムをゲットした初心者がいるんだってよー」
「お、おう。聞いた聞いた」
2-Bの教室に入るなり、仲の良いクラスメイトがそんな話題を振ってくる。
教室中の話題に耳をすませてみても、ファーストフード『ファースト・オーダー』の新商品が美味しかった、とか、『ハーモニクス・ソリューション』の新製品の使い心地は、と言ったよくある話題に紛れて、多少の人間が『VRO』のレアアイテムを話題にしていた。
それは、ジン自身——ジンと言う名前は伝わっていないが——に対する話題は少なく、どちらかというとレアアイテムの詳細に関する話題が中心ではあったが、ジンが昨日起こした事象を話題にしていると言う事実は変わらなかった。
昼飯時、屋上にて。
「な? 現実世界でも有名だろ?」
「あ、あぁ……」
思いもしなかった展開に、仁は曖昧に頷く。
「どんな気分だよ」
「居心地悪いだけだよ。俺のことだと知らず、みんなが俺の話してるんだぜ? それ俺のことだぜって名乗り出るわけにもいかないし、どうしていいのか分からねぇよ」
「嘘つけよ、お前。その上がった口角はなんだよ。内心ではまんざらじゃないんだろ?」
居心地悪そうに体を揺すりながら仁がそう言うが、それが演技であることを小さい頃からの付き合いである重明は見逃さない。
「へっ、馬鹿野郎。自分のことを周りの人間が噂してくれてるんだぜ、嬉しくないわけあるかよ」
「そうこなくっちゃな、仁!」
ようやく仁が本音を明らかにしてくれて嬉しそうに重明が仁へ肩を組むに行く。
「これからもジンとオルキヌスの二人でどんどん有名になっていこうぜ!」
肩を組んだ重明は嬉しそうに左右に揺れる。仁も仕方ないな、と言いながらそれに付き合い、左右に揺れる。
直後。
「へぇ、あんたが噂の男だったんだ」
そんな声が頭上から聞こえてくる。
ジンが視界に表示された方向を見上げると、屋上の塔屋に一人の小柄な少女が立っていた。
肩甲骨を覆うほどの黒髪をワンサイドアップにした小柄な少女が腰に右手を当てて、仁王立ちしていた。
「とうっ」
と長い黒髪を靡かせて飛び降りてくる小柄な少女。
「
それは仁と同じ、2-Bの
「えぇ、そう言うそっちは石倉君よね?」
「見波さんも『VRO』とか興味ある人だったんだ、さっき教室ではそんな噂話は興味ない、みたいなこと言ってた気がしたけど……」
「そりゃそうよ。せっかく最近は私達が有名だったのに、その話題を完全に掻っ攫われたんだもの。イラっともするわ」
右腕で長い髪を靡かせてそう告げる有子。
「興味あるどころか、プレイヤーだったのか……」
「そゆこと、あんたら、プレイヤーネームは?」
「えっと、ジン、だけど」
「オルキヌスだ」
「ふーん、仁を読み替えでジン、か。なるほどね」
なるほど、と頷くと有子はそのまま続ける。
「今晩23時、『VRO』の日光東照宮に来なさい」
有子はそう言うと、塔屋の扉へ向かって歩き出す。
仁はそれを聞いて、日光東照宮? 日本リージョンの『ファンタジックアース』のホームタウンだな。見波さんは『ファンタジックアース』のアバターを使うのかな、と思った。
「いや、待て。来いって、なんでだよ。まさかデートのお誘いじゃないんだろ?」
重明が、それを静止をかける。
「決まってるでしょ。私達とデュエルしてもらうのよ。偶然レアアイテムを手に入れた程度の
そう言い切って、有子は塔屋に入って階段を降りて行った。