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第1章「チュートリアル〜VRO」

 目の前に広がる「通行禁止」のオーバーレイ表示が視界のその向こうに見える歩行者用信号機が青に変わると同時に消え、高校の制服を着た少年が横断歩道を渡る。

 エクステンデッド・リアリティXRが発達したこの現在において、あらゆる標識や信号が拡張現実ARにより拡張表示されるのはもはや少年にとって常識である。

 少年が耳にかけているデバイス《オーギュメントグラス》は、そんな XR業界でも大きなシェアを獲得している「ハーモニクス・ソリューション」のもので、このような XRが「本当の現実」になるにつれ、「本当の現実」を提供する巨大な複合企業メガコープこそが国家に代わる権力者になりつつあった。

 横断歩道を渡り終えた少年は、そのまま「石倉いしくら」と表札の出ている家に入る。

「ただいま」

「おかえり、さとし、おやつあるわよ」

 仁に対し、母親が声をかける。

「ごめん、メタバースで友達待たせてるから」

 母親に可能な限り申し訳なさそうな声で謝罪してから、二階の自分の部屋に入る。

 自分の部屋に置かれたヘルメット型の機械を取り出す。今月出たばかりの給料で購入したフルダイブ型HMD《ヴァーチャルヘッドギア》である。《オーギュメントグラス》でもヴァーチャルリアリティVR世界へのフルダイブは可能なのだが、《ヴァーチャルヘッドギア》の方があらゆる面で性能が良く、仁は「あの世界」に行くならきっとこいつを買ってからだと決めていた。

 仁は《ヴァーチャルヘッドギア》を起動し、昨日のうちにインストールしておいたアプリケーションが準備完了状態にあるのを確認して、被り、ベッドに寝転ぶ。

「ダイブスタート!」


 生体ログイン画面が出現し、自動的にサインアップが実行され、キャラクター作成画面に移行する。

 近年のVRゲームは研究が進んだ末、二つの制約があるのが常だ。一つは「プレイヤー自身と肉体の性別を変更出来ない」、もう一つは「体格は現実の体格に近いものに固定される」。

 どちらも医学的にそうした方が良いとされている制約で、今、仁がログインしようとしている開発者不明のメタバースVRMMO『VRO』もその例外ではないらしい。

「ちぇ、今回もこの小型な体格か」

 仁は身長が小柄なのを気にしており、その設定にあまり好感が持てない。だから、フルダイブ型メタバースはあまり遊んでこなかった経緯がある。

 とはいえ、文句を言っても現状は変わらないので、簡単に見た目を整えて、完成とする。

「ヴィジョン選択? あぁ。確か三つのヴィジョンに大きく分けられるんだっけか」

 『VRO』は三つの異世界「ヴィジョン」から侵食を受けている地球が舞台だ。

 剣と魔法のヴィジョン「ナイトアンドウィザード」、スペースオペラのヴィジョン「スペースコロニーワールド」、現代ファンタジーのヴィジョン「ファンタジックアース」。

「魔法剣士が使えるヴィジョンは……『ナイトアンドウィザード』かな?」

 仁は魔法剣士が好きだった。器用貧乏と言われつつも、魔法を使いつつ、近接戦闘も出来るジョブというのが好きだった。

「あった」

 仁は無事、「ナイトアンドウィザード」に魔法剣士設定があるのを確認し、決定、最後に名前を決める。

「まぁ、いつものでいいだろう。『Jin』、と」

【キャラクター作成が完了しました。日本リージョンの「ナイトアンドウィザード」ホームタウンでゲームを開始します】

 あ、開始地点って出身ヴィジョンごとに違うんだ、友達に伝えてないな。と不安に思ったのも束の間。

 周囲の風景が、緑に覆われた水上の神社へと転移する。

「ここは……厳島神社?」

 どうやら、自分は行く津島神社の大鳥居から出てきたらしい。

「よう、待ってたぜ。いやぁ、推測が当たってて助かった」

 周囲をキョロキョロと見渡す仁ことJin ジンに対し、声をかけてくる男が一人。

 短い緑髪をオールバックにした大柄の男。ジンはその姿を既に一度以上見せられていた。

「よう、重明しげあき!」

「おいおい、ここはVRMMOだぜ、リアルでの呼びは無しで頼む」

 リアル割れは色々危険なんだぜ、と滔々と説明してみせるのは、彼の幼馴染にして学友の関原せきはら 重明しげあきだ。

「すまんすまん、えっと……オルシヌス?」

 見上げると、大柄な男の頭上には「Orcinus」と表示されている。

「オルキヌス、な」

「オルキヌスか」

「じゃ、狩場に行こうぜ。色々教えてやるよ」

 そう言って、オルキヌス自身の保有する乗り物である近未来的なデザインの車をその場に出現させる。

「おぉ、流石『スペースコロニーワールド』出身、車もカッケェ」

「だろう?」

 二人はパーティを組み、車に乗って移動を始める。驚くべき事にオルキヌスの車は水上をも走り、瞬く間に広島市に到達。

 広島県はあちこちが「ナイトアンドウィザード」ヴィジョンに侵食されており、そこから出てきたという設定の如何にもファンタジックな見た目の敵MOBがポップしている。

「まず普通の攻撃だが、武器を構えてこう普通に攻撃すればいい」

 オルキヌスが見本とばかりに青白い光に覆われたフォトンラージソードと呼ばれる大剣で敵を一撃で撃破していく。

「普通にって……まぁ、要するに剣なら斬れ、棍なら殴れ、って事だな?」

「そうそう」

 ジンは見様見真似で、《ショートソード》という名前らしい片手剣を振るって、周囲の敵MOBを狩っていく。

 やがて。

【Level Up】

 などという表示が出てきたりする。

「レベル制なのな」

「おう。ステータスは自分で割り振る形式だから気をつけろ。魔法剣士は魔法系と物理系どっちを伸ばすか悩ましいよな。じゃ、次はウェポンスキルな、基本的にWSって略すから覚えとけ」

 オルキヌスは WSについて説明する。

「WS は武器ごとに最大二種類まで設定されている武器固有の特殊技で、柄を捻ると発動する。右捻りと左捻りで二種類、ってわけだな。初期武器だと一種類だからどっちに捻っても同じ技が発動するはずだぞ」

「えーっと、《リポスト》?」

「カウンター技だな、攻撃を喰らった時にその技を待機していたら、自動で攻撃を避けて攻撃を喰らわせてくれる」

 やってみろ、とオルキヌスが言うので、ジンは突っ込んでくるイノブタらしき敵MOBの前で《ショートソード》を構えて、柄を捻る。

「うお、体が、勝手に!?」

 ジンは恐ろしい反応速度でイノブタの突進を回避し、鋭い一撃を突き立てる。WS《リポスト》だ。

「び、びっくりした」

「すごいだろ? 本当の自分には出来ない反応速度だ」

「す、すごいけど、体が勝手に動くのは慣れないな」

「そこは慣れていくしかないな」

 じゃ、最後は魔法か。とオルキヌス。

「この世界には魔法と魔術の二種類がある。設定的には……」

「ナイトアンドウィザード由来の技術が魔法で、ファンタジックアース由来の技術が魔術なんだろ、それは察しがつく」

「流石、VRMMO慣れしてないだけで、ゲーム慣れはしてるもんな」

「おう。で、俺は魔法が使えるんだよな?」

 魔法剣士なんだし、とジン。

「魔法には発動体ってアイテムが必要だ。杖だったり腕輪だったりする。杖の方が取り回しが悪い代わりに魔法効果にプラスの恩恵があったりするけど、魔法剣士は剣との兼ね合いでもっぱら腕輪だな」

「これか」

 腕輪を構えると、腕輪を中心に青白い魔法陣、というか、二重の円が出現する。一つだけ単語が書かれているのが見える。

「それが魔法用のUIらしい。そこに使える単語が浮かび上がるから、それを組み合わせて呪文にするらしい」

 呪文についてはステータス画面で見られるぜ、と言われて、ステータス画面を見て。

「今使えるのは《マジックミサイル》だけか」

 と呟く。

「ルックス」

 二重の円の内側に唯一書かれた単語を読み上げる。

 すると、二重の円が縮小し、新たな二重の円が出現する。そこにもやはり単語が書かれている。

「サジッタ」

 再び二重の円が動く。

「スルクールズ」

 今や四重となった円の魔法陣が輝き、青白い光の矢が敵に向けて放たれる。

「魔法は熟練度制で、熟練度が一定まで上がると使える単語が増えるらしいぞ」

 じゃ、あとはひたすらレベル上げしようぜ、とオルキヌス。


 直後、足元に青白い曲線が出現する。いや、どこかを中心に発生した円が拡大している?

【警告。レイドにはフルパーティでのみ挑むことができます】

 という警告が出て円の外側へと強制的に移動させられる。

「おぉ、レイドエリアだ!」

 嬉しそうにオルキヌスが叫ぶ。

「レイドエリア?」

「おう、突発的に現れる異世界からの侵食って設定でよ。四人組で組んだパーティだけが挑める高難易度コンテンツだよ。負けたら即データ初期化っていうハードな仕様なんだが、それ故に、レイドで優秀な成績を収めたパーティはすぐネットでも話題になる」

 そう言って憧れの表情を浮かべるオルキヌス。

「いつか、レイドに挑むのが俺の夢なんだ」

 要するにエンドコンテンツか、あまり興味は持てないな、とジンは思った。

 けれど、オルキヌスの憧れならば、自分もパーティの一員として協力したい、とジンは思った。


 ◆ ◆ ◆


 それから一週間後。オルキヌスに効率の良い狩場などを教えてもらったジンは一人前の戦士に育っていた。

 現在の2人の主なターゲットはフィールド上にポップするボスMOB「フィールド・ネームド・モンスターF.N.M.」。

 今日も、F.N.M.を狩りに、ゲーム内の石川県金沢市、兼六園まで来ていた。

 兼六園は広さ約12ヘクタールに及ぶ国の特別名勝に指定されている池泉回遊式庭園である。

 しかし、その美しい光景は無数の稲光と稲妻で破壊されていた。

 金沢は元々雷の多い地とされるが、それでもここまで雷が落ちることはないだろう。

 そう、F.N.M.『雷の一角獣』による攻撃である。

「ちぃ、攻撃が厳しい」

 思わずオルキヌスが回復アイテム《医療スティム》を自身の体に突き刺しながらそう呻く。

 どちらも共にアタッカーであるジンとオルキヌスであるが、オルキヌスは大剣でガードが出来る分、オルキヌスが盾役タンクを務める事になる。

 そのオルキヌスが厳しいと言っているのだから、戦いの厳しさが伺えるというものだ。

「おいおい、フォトン系の武器は雷に耐性があるって話だっただろ」

 ジンは魔法の詠唱で《マジックミサイル》を放って牽制しつつ、オルキヌスに叱責する。

「そりゃ、言ったが、ここまで激しいとお前を庇いながらじゃ限界がある」

 見たところ他のプレイヤーも消耗している。

 今のところこのF.N.M.は大したアイテムをドロップしないことで有名で、やってくるプレイヤーも多くはない。

 だからこそ相性もよく狙い目だと思って訪れたのだが。

「くそ、これだけ雷を連発されると近づけない!」

 文句を言いつつ《マジックミサイル》を連射するジン。

「残りのHPゲージ的にお前の土属性の魔法剣をぶつけてやれば、削りきれそうなんだが……」

 成長したジンは魔法剣士特有の魔法、「魔法剣」を使える。簡単に言えば剣に属性を付与し強化する魔法だ。

「なら、一か八か、《リポスト》に賭けよう」

 自分達ではあの雷攻撃を捌けない、なら WSに頼ろう、とジンは言う。

「《リポスト》? あれは近接攻撃にしか効かないぜ」

「だから仕掛けてきてもらうのさ。オルキヌス、《角笛》を吹いてくれ、さっきから見ていて気付いた。あいつ、大きくヘイトを稼いだ時は必ず突進を仕掛けてくるんだ」

 《角笛》はヘイトを大きく稼ぐ事の出来る使い捨てアイテムだ。ヘイト管理系のスキルを持たないオルキヌスを補うために使っている。

「わ、分かった」

 オルキヌスが《角笛》を吹く。

 直後、雷の一角獣が一直線にオルキヌスに向かって突進を開始する。

「本当に来た!」

「ラピス・アダレレ・グラディウス」

 ジンの剣に土が纏わりつく。

 オルキヌスが雷の一角獣の突進を回避する。

 発動するはWS《リポスト》。ジンは恐るべし反応速度でその突進を回避し、鋭く、横一文字に敵を切り裂いた。


【RARE DROP】

「ん?」

 直後、騒ぎが起きた。

 まだ発見されていなかった雷の一角獣のレアドロップ。それが今、初心者の手によって発見されたのだから。

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