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第八十三話

地下26階層。

かつてはベレヒナグルの実験場として、研究者たちが行き交い、魔導機械の開発製造を行う一大拠点であったこの階層は漆黒の影に飲み込まれようとしていた。

歯車の軋む音と魔導結晶の輝きに満ちていた空間に、今は悲鳴と混乱の声だけが響く。


「な、なんだこいつらは……!?」


白衣を纏ったドワーフ研究者が、突如として現れた漆黒の影に後ずさる。

その黒い影は次第に形を成し、人の形を模しながらも、どこか歪な姿となって彼に襲いかかる。


「うわぁぁぁ!!」


実験室の扉が次々と破壊され、研究者たちの悲鳴が響き渡る。

魔導機械の生産ラインは停止し、シャヘライトの輝きは次第に影に飲み込まれていく。

一瞬のうちに、階層全体が混沌に包まれていった。

貴重な実験データや、開発中の機械たちが次々と破壊されていく中、研究者たちは為すすべもなく、ただ逃げ惑うことしかできなかった。


「民と実験場を守れ!」


魔導機械兵の一団が轟音と共に現れる。

青白い魔力に包まれた巨体が、地響きを立てながら廊下を駆け抜けていく。

腕部から展開された魔導砲が次々と輝きを放ち、シャドリオスの群れを貫いていった。


「増援、増援を!確認された敵性体、推定3000体以上!数が多すぎて戦線維持が……!」

「くそっ……何なんだこいつら!?倒しても倒しても湧いてくる……!」


魔導弾を放ちながら、若い操縦士が叫ぶ。魔導機械兵の青い光が放つ軌跡が通路を美しく彩るが、それでも黒い影の数は増えていった。

押し寄せる漆黒の波に、魔導機械兵たちは徐々に後退を余儀なくされていく。

この広大な地下階層に、まるで津波のように黒い怪物たちが湧き出ているのだ。

その時──。


「機械兵に後れを取るな!我らが生身の戦士の力を見せつけよ!」

「おぉ!」


轟音と共に、鋼の扉が弾け飛ぶ。

アイゼンの率いる精鋭の戦士たちが、咆哮と共に姿を現した。


「この戦いを、我らが陛下と鍛冶神に捧げん!」


アイゼンの巨体が、轟音と共に地を蹴る。

彼の右手には名工ドルヴァインが魂を込めて打ち込んだ大剣、左手には戦神の加護を受けた大槌『震天鎚』。その武具から漏れる魔力が、戦士達の士気を高めていった。


「我らが純然たる武の道を示せ!シュタールユング!ブルクハルト!」

「ははっ!」


その号令と共に、『風の申し子』シュタールユングが優雅に宙を舞い、『地の剛力』を宿したブルクハルトが雄叫びと共に突進する。

戦士たちの息の合った連携が、シャドリオスの群れを次々と薙ぎ払っていく。


「なんという力だ……あれが、鋼鉄公アイゼンと、その戦士たちの底力か!」

「隊長!戦士たちと連携し、戦線を押し上げましょう!」


青白い魔力を纏った魔導機械兵たちが、戦士たちの動きに呼応するように前進していく。

アイゼンの『震天鎚』が大地を揺るがし、シュタールユングの風の剣閃が空を切り裂き、ブルクハルトの怪力が敵を粉砕していき、魔導機械兵の放つ光線がシャドリオスの群れを打ち砕いていく。


戦士たちの活躍により、シャドリオスは着実に数を減らしていった。


しかし戦いの最中、異変が起きる。

漆黒の化け物たちがまるで泥のように混ざり合いながら、不気味に蠢き始めたのだ。


「なんだ……あいつら、何をしている?」


ブルクハルトが訝しげに呟く中、シャドリオスたちの体が溶け合うように重なり合っていく。

うねうねと蠢く黒い塊から、低く不気味な唸り声が響き始める。


「grrr……!aaaaaaa!!!」


それは生き物とは思えない悍ましい雄叫び。

融合した漆黒の塊が徐々に形を成し、天井に届くほどの巨体となって立ち上がる。

その姿は人の形を模しているようでいて、どこか歪で、複数の腕と赤い瞳を持つ怪物のようだった。


「な……なんだあの化け物は……」


魔導機械兵の操縦士が震える声を漏らす。

広大な地下空間の天井まで届く巨体が放つ威圧感に、ドワーフたちは息を呑んだ。

一瞬の静寂の後、その巨体が轟音と共に動き出す。無数の腕が、まるで鞭のように宙を切り裂き、周囲の柱を粉砕していく。


「退け!全員退け!」


アイゼンの怒声が響くが、すでに遅かった。巨大な漆黒の腕が、魔導機械兵も戦士たちも、玩具のように薙ぎ払っていく。


「ぬぅ!やらせんぞ!」


アイゼンの咆哮が轟く。両手に持つ武器が大地を震わせ、巨体に衝撃波を叩き込む。その振動に呼応するように、シュタールユングが風を纏いながら宙を舞った。


「風よ、我が師と共に!」


風の申し子の加護が生み出す足技が、巨大シャドリオスの体を幾重にも切り裂いていく。

そして地を這うように、ブルクハルトが雷鳴のような雄叫びと共に突進する。


「てめぇの体、俺様が叩き潰してやるよ!」


地の剛力の加護を宿した拳が、漆黒の巨体を打ち砕いていく。

三人の連携が織りなす攻撃は、壮絶な破壊力を見せていた。


「なっ……!」


だが、彼らの攻撃は虚しかった。切り裂かれ、砕かれた箇所が、瞬く間に影となって再生していく。


「AAAaaaaaーーー!!!!」


巨大シャドリオスの腕が、稲妻のように三人を薙ぎ払う。必死に防御を固めるも、その一撃の威力は尋常ではない。


「くっ……このままでは……!」


万事休す、そう思われた瞬間──。


「アイゼン卿!戦士たちよ!この化け物の弱点は頭部だ!」


機械仕掛けの杖を掲げ、幾何学模様を描く魔導装甲に身を包んだドワーフが宙に浮かんでいた。

モノクルの奥で瞳が鋭く光る──機計公ベレヒナグルである。


「──狙撃する」


ベレヒナグルの機械仕掛けの杖が、まるで精密機器のように構え直される。その先端に幾何学的な魔法陣が展開し、眩い光を放つ。

モノクルの奥の瞳が冷徹な光を放つ中、精確な照準と共に光線が放たれた。

轟音と共に放たれた光線が、巨大シャドリオスの頭部を直撃する。漆黒の巨体が大きく揺らぎ、壁を打ち砕きながら暴れ回る。


「gaaaaa!?」

「おぉ、ベレヒナグル様だ!」

「魔導機械兵団、機計公に続け!一斉砲撃だ!」


士気を取り戻した魔導機械兵たちが、一斉に魔導砲を展開する。青白い光が螺旋を描きながら収束し、流星群のように頭部へと襲い掛かる。

その光景は凄まじくも美しかった。シャヘライトの輝きが空中で交差し、光の交響曲のような壮麗な光景を作り出していく。


「ふむ……機械兵団の射撃精度が0.002%ほど狂っているな。これは後で調整が必要か」


ベレヒナグルは魔導兵装のブースターを全開にし、巧みな機動で空を舞う。

その動きは無駄を徹底的に排除した機械のような正確さで、仲間の射線を微塵も妨げることなく、最適な攻撃位置を確保していく。


「いまだ!トドメを刺すんだ!」


ベレヒナグルの声が響き渡る中、アイゼンの巨体が地を蹴る。

老将軍とは思えぬ跳躍力で宙へと舞い上がり、右手の古の大剣と左手の震天鎚を力いっぱい振り下ろす。


「うおおおおっ!」


轟音と共に、二つの武具が巨大シャドリオスの頭部を砕く。


そして──


「aaaa……」


漆黒の巨体が、不気味な呻き声を上げ、影となって四散していく。

その様子を見ていた兵士や民たちは、大歓声を上げた。


「おお!機計公と鋼鉄公のお二方の連携で、化け物を打ち倒したぞ!」

「両公爵様万歳!これぞ帝国の誇り!」


戦士たちと魔導機械兵の操縦士たちから歓声が上がる中、ベレヒナグルがゆっくりと地上に降り立った。

魔導兵装から漏れる青白い光が、静かに消えていく。


「見事な一撃だ、アイゼン卿」


モノクルの奥で瞳を輝かせながら、ベレヒナグルが言う。


「貴殿こそ、素晴らしい計算に基づいた指揮であった」


アイゼンも彼を認めるように頷く。

かつての仇敵同士が、今は互いを認め合うように言葉を交わしている──。

その表情には、もはや以前のような敵意は微塵も感じられなかった。


そんな時──


一陣の風が吹き抜けた。


「あれ?もしかして遅れちゃったかな?」


アドリアンが、メーラを優しく抱きかかえながら姿を現す。

その余裕げな足取りは、まるで散歩にでも来たかのような軽やかさである。

そんな彼を見て、二人の公爵が不敵に微笑みながら口を開いた。


「遅かったではないか、英雄どの」

「あの程度の怪物なら、ワシとベレヒナグルで十分だったわい。英雄どのの手を煩わせずに済んで良かったくらいだ」


二人の公爵は、まるで昔からの親友であるかのように息の合った掛け合いを見せる。

かつての憎しみも対立も、まるで嘘のように消え失せていた。


「……?」


メーラは目を丸くする。

アドリアンの腕の中で、彼女は困惑したように首を傾げた。以前は水と油のように相容れなかった二人が、こんなにも打ち解けているなんて。


「不思議かい?この二人がこんなに仲良くしているだなんて……」


アドリアンの囁きに、メーラは無言で頷く。

彼女の瞳には、純粋な驚きと戸惑いが浮かんでいた。


「元々ね……」


アドリアンは遠い目をして、まるで懐かしい風景でも見るように、打ち解けて話をする二人の姿を見つめる。


「二人は誰よりも信頼し合える戦友だったんだ。ただ、その絆が……誰かの手で、歪められていただけなんだよ」


その言葉には深い意味が込められているようで、同時にどこか悲しみを帯びていた。

アドリアンの瞳に映る二人の姿は、まるで聖なる光景のように輝いて見える。


それは、彼の記憶の中に永遠に刻まれた、ある情景と重なり合っていた──。

かつて誰もが認める戦友であり、そして最期まで戦った二人の姿が、アドリアンの脳裏に蘇っていく──。


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