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第七十二話

熱気に満ちた闘技場に、開始の鐘が高らかに響き渡った。

漆黒の装甲を纏った魔導機械兵と、傷一つない麗しい戦士が相対する。

『鋼の祭典』は遂に最終戦の時を迎えていた。


「では、始めようか」


シュタールユングは涼しげな微笑みを浮かべながら、風を纏うように身構える。

対する魔導機械兵からは、青白い魔力が脈動のように漏れ出していた。


「ああ、存分に楽しませてもらおうじゃないか」


ファティマの声が魔導機械兵の胸部から響く。

その瞬間、巨大な機体から轟音が響き渡った。観客席からは期待と興奮の声が渦巻く。


そして、二人の戦士が同時に動き出した。


「いくぞっ!」


一瞬の閃光のように、シュタールユングの姿が消えた。

風を纏った彼の動きは、残像となって闘技場を駆け巡る。しかし魔導機械兵もまた、尋常ならざる動きに反応を返す。

肩部の魔導砲から放たれる無数の光線が、シュタールユングの予測進路を的確に捉えていく。

青白い光が闘技場を照らす度に、観客からは歓声が上がった。


「はっ!」


シュタールユングの雄叫びと共に、彼は宙へと舞い上がった。

その軌道は風を自在に操り、空中に足場を作り出したかのように宙を走り抜けるが……。


「そうはさせるか!」


魔導機械兵が放つ超振動魔導ブレードが、閃光となって空を切り裂く。

しかしシュタールユングは、蝶が舞うかのように優雅にそれを躱し、逆に機体の懐に潜り込んでいく。


「甘い!」


ファティマの声と共に、機体の装甲から青白い衝撃波が放たれる。

それは風の加護すら押し返すほどの威力を持っていたが、シュタールユングは咄嗟に後ろに退き、間一髪で回避した。


「むぅ……!互いに一歩も譲れぬ戦いだな……!」


ザラコスは一瞬の攻防を見て、感嘆の息を漏らす。

魔導機械兵の放つ攻撃の数々は、闘技場を青白い光で染め上げ、シュタールユングの描く風の軌跡は、芸術作品のような美しさを見せていた。

それは、戦いというよりも──壮大な舞台である。


「は、早すぎて何がなんだか分からねぇ!」

「あんな凄まじい戦い、見たことがないぞ……!」


観客のざわめきと熱狂が際限なく高まる中、貴賓席でも驚きの声が上がっていた。

鋼鉄公アイゼンは、思わず立ち上がりかけるほどの衝撃を受けていたのか、震える手で髭を弄りながら言う。


「このワシですら目が追い付かぬシュタールユングの動きを、あの鉄の塊が捉えているだと?馬鹿な……」


一方、機計公ベレヒナグルもまた、動揺を隠せない様子でモノクルの位置を直しながら呟いた。


「なんということだ……生身の戦士が、あの魔導砲を避け、全ての攻撃を予測して回避するなど……そのような計算など、あり得ないはずなのに」


二人の公爵たちが戸惑いの声を上げる中、アドリアンはフッと意味ありげな笑みを浮かべた。


「アドリアン、楽しそうね!」


そんなアドリアンに、レフィーラが無邪気な声を投げかける。


「流石は守護者様、俺の心の内まで見抜いちゃうなんて。実は凄い戦いを目にして、子供みたいにワクワクしてたんだ」


その言葉にレフィーラは頬を膨らませ、抗議するように言う。


「もう!『守護者様』なんて堅苦しく呼ばないで!レフィーラでいいの!」

「これは失礼」


アドリアンは軽やかに謝ると、興味深そうに尋ねた。


「じゃあレフィーラ、君ならあの二人を相手にしたらどう戦う?」

「え?う~ん」


レフィーラは腕を組んで真剣に考え込む素振りを見せ、そして──。


「私なら、遠くから精霊の力を込めた弓矢で、一発で決着をつけちゃうと思うわ。だって、わざわざ近づいて戦う必要なんてないもの」


ベレヒナグルとアイゼンの表情が、見る見る内に引き攣っていく。

しかし、そんな二人の反応にも気付かず、レフィーラは無邪気に話を続ける。


「私には正直、なんで近付いて戦うのか分からないけど……ほら、あの魔導機械兵の光線だってちょっと中途半端だと思うのよね」

「な、何を!」


ベレヒナグルが激昂したように声を上げる。


「私の完璧な計算で設計された魔導機械兵が中途半端だと?笑止。そもそもあの新型の魔導砲は射程距離が2kmもある。弓矢などという時代遅れの武器とは格が違うのだよ」

「えぇ?たった2kmしかないの?」


レフィーラは純粋な驚きの表情を浮かべ、首を傾げながら言った。


「私の精霊弓なら10km先の軍勢だって、簡単に消し飛ばせるのに」


その無邪気な言葉に、ベレヒナグルの口がピタリと止まった。

モノクルの奥の瞳が、僅かに震えている。


「まぁ、まだ遠くへの攻撃手段があるだけいいけど……」


レフィーラは首を傾げながら、無邪気に分析を続ける。


「あっちの戦士さんは、近接格闘だけなの?それに、速さは凄いけど、実戦だと鎧も盾も付けないとすぐに弓矢でハリネズミにされちゃうでしょ?でも鎧を着たら、あの素敵な動きもできなくなるし……中途半端なのよね」

「な、なんだと!」


アイゼンは勲章を震わせながら、必死に反論する。


「生身の戦士が持つ技と力は、そんな単純な物差しでは測れぬ!加護と魂が織りなす芸術、それこそが真の戦いというものだ!」

「でも」


レフィーラは無垢な瞳で、まっすぐにアイゼンを見つめる。


「私が指揮をする弓兵部隊なら、そんな芸術的な戦い方する前に、矢の雨で戦場ごと消し飛ばしちゃうと思うわ」

「……」


アイゼンの口が開いたまま、固まってしまった。


「私だったら、魔導機械兵は遠距離火力に特化させて、戦士さんたちには前衛として敵の接近を防いでもらうわ。そうすれば、お互いの長所を活かせると思うの」


その的確な指摘に、二人の公爵は沈黙して俯くしかなかった。

彼らは忘れていたのだ。この見目麗しい少女が、森林国の最高戦力『守護者』の一人であることを。

実戦経験も、軍を率いる指揮官としての才覚も持ち合わせているのだと。


「流石はレフィーラ嬢!」


アドリアンは愉快そうな笑みを浮かべながら言った。


「実に合理的な考えじゃないか。ところで俺の記憶が正しければ、合理性を重んじる種族というのは確かドワーフのはずだったんだけどね。今日の光景を見てると、少し記憶違いをしていたみたいだ」


アドリアンの皮肉めいた言葉に、貴賓席は重い沈黙に包まれた。

しかし、闘技場では壮大な戦いが繰り広げられていく──。


「ただの機械だと思っていたが……中々やるじゃないか!」


シュタールユングの描く風の軌跡が、青白い光を纏った魔導機械兵と交錯し、観客の歓声が沸き起こった。


「そっちこそ!生身とは思えん動きだ!流石はシュタールユング卿!」


シュタールユングが繰り出す蹴りを、魔導機械兵は装甲で受け止め、即座に超振動魔導ブレードで反撃。

その一撃を風で薙ぎ払い、シュタールユングは宙を舞う。

魔導機械兵は魔導砲を連射し、青白い光線が闘技場を埋め尽くすが、シュタールユングはその全てを華麗に躱していった。


「……?」


しかし──次第に様相が変化していく。魔導機械兵の動きが、徐々に加速しているのだ。

青白い光の残像が、かつてない速度で闘技場を駆け巡り始めた。

その光景に、ベレヒナグルが違和感を覚えたように呟いた。


「おかしい……。機体の反応速度が、私の計算を遥かに超えている……?このような数値は、理論上あり得ないはずだが……」


その呟きには、明らかな困惑の色が混じっていた。


──その時だった。


魔導機械兵の装甲から漏れる青白い光が、突如として不気味な輝きを増す。


「なっ!?」


ファティマの驚愕の声が響く。

操縦桿が制御を無視して勝手に動き、魔導機械兵の動きが明らかに異常な速度を帯び始める。


「これは……!」


シュタールユングは風の加護で間一髪、魔導機械兵の攻撃を躱す。

しかしその攻撃は、もはや計算された動きではなかった。狂った機械のように、無秩序に、そして──途方もない威力で繰り出されていく。


「そ、操縦が効かねぇ!?シャヘライトの出力が暴走している!!」


ファティマの必死の声とは裏腹に、魔導機械兵の動きは更に加速していく。

装甲の隙間からは青白い光が漏れ、まるで生き物のように蠢き始めていた。


「なんだあれは……!?」

「機体が、化け物みてぇになってやがる!」

「おい、あれ大丈夫なのか!?」


観客の不安げな声が渦巻く中、ザウバーリングが冷や汗を浮かべながらベレヒナグルに問いかけた。


「お、おい。機計公。あれも貴殿の計算の内なんだろう?随分と派手に暴れているようだが……」


その言葉に、ベレヒナグルは黙って冷や汗を流すばかり。

そんな中、アドリアンが軽やかな声で割って入る。


「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ、魔環公閣下」

「お、怯えてなどおらんわ!私はただ……」

「どうやらこれは、ベレヒナグル卿の素晴らしい計算の範疇を超えてしまったようですよ。分かりやすく言えば──制御不能になって暴れ出した、というわけです」


その言葉と共に、貴賓席に氷のような静寂が広がる。

アドリアンはその反応を見定めるように、そっと目を瞑った。

まるで、遥か昔の記憶を辿るかのように──。


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