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第七十一話

漆黒の装甲を纏った魔導機械兵が闘技場に佇む中、対して入場してきたのは一人のドワーフの戦士だった。

鋼鉄公アイゼンが誇る弟子の一人にして、加護の力を宿した歴戦の勇士である。


「へっ、随分と面白い玩具が出てきたじゃねぇか」


彼は意図的に挑発するように、嘲笑を浮かべながら言った。


「だがよぉ、この俺様が鉄クズの山に負けると思ってんのか?げははは……!」


豪快な笑い声が闘技場に響き渡る中、新型魔導機械兵はただ静かに佇んでいた。

その漆黒の装甲から漏れる青白い魔力の輝きだけが、まるで獲物を狙う猛獣の眼光のように、不気味な光を放っている──。


「ブルクハルトは『地の剛力』の加護を宿した歴戦の勇士よ」


アイゼンは満足げに髭を撫でながら、意図的に声を上げた。


「王国との戦で百の敵を薙ぎ払い、森林国との小競り合いでは一個小隊を壊滅させた猛者だ。魂の通わぬ鉄屑ごときに、遅れなど取るはずもない」


その言葉に、ザラコスは「ほぅ……」と呟き巨大な尻尾を揺らしながら頷いた。


「うむ。確かにあの戦士からは、並の戦士とは比べ物にならないほどの凄まじい闘気が漏れているのう」

「へぇ?そう思うのかい、ザラコス?」


アドリアンはからかうように言った。


「俺には単なる筋肉自慢のおっさんに見えるけどね。まるで『これから派手に負けます』って看板を下げてるみたいだ」


その言葉にアイゼンは激昂したように、キッとアドリアンを睨み付ける。

しかし、アドリアンは涼しい顔で微笑むだけだった。まるで、これから始まる見世物を楽しみにしているかのように。


──そして、開始の合図と共に、豪快な雄叫びが闘技場に響き渡った。


「うおおおおっ!」


ブルクハルトの巨躯が、まるで小山が動き出したかのような威圧感を纏って突進する。

しかし、新型魔導機械兵は一切の無駄な動きを排した精密な動作で、音もなく宙へと舞い上がった。

その漆黒の装甲が闘技場の照明を反射し、不気味な輝きを放つ中、機体の腕部が青白い光を纏い始める。

そして眩い閃光が放たれた──。連射された魔導光線が、まるで雨のように地面を蹂躙していく。


「な、なんだあの光は!?凄い威力だ!」

「地面が溶けてるぞ!?」


だが、ブルクハルトもその名に恥じぬ反応を見せる。

巨躯とは思えぬ俊敏さで宙へと跳躍し、両手に携えた巨大な剣を振り上げながら叫んだ。


「名工ドルヴァインが魂を込めて鍛え上げた『雷鳴剣』で、てめぇを真っ二つにしてやるぜぇっ!」


その時、魔導機械兵の機体から一本の細い剣が展開された。

それは耳障りな高周波音を発しながら、漆黒の機体の手の中に収まっていく。


「舐められたもんだぜ!そんな針みたいな棒切れで、この雷鳴剣と打ち合うつもりかぁ!?俺様が真っ二つにしてやらぁ!」


ブルクハルトは小馬鹿にしたように笑う。

そして、二つの剣が交差する──。

その瞬間。


「──え?」


それは誰の声だっただろうか。

ブルクハルトの巨大な剣は、あっさりと真っ二つに切断されていた。

火花も散らず、抵抗もなく、まるで空気を切ったかのように。

戦士の手元には、ただ無残に切断された剣の根元だけが残されていた。


「ば……馬鹿なっ!?」


驚愕の声を上げたのは戦士ではなく、アイゼンであった。

彼は信じられないものを目にしたかのように、瞳を極限まで見開いている。

ブルクハルトが持っている剣はドワーフの名工が魂を込めて造り上げた至高の逸品だ。

それがあんなに簡単に両断されるなど……あってはならなかった。


「──超振動魔導ブレード」


驚愕するアイゼンの横で、ベレヒナグルがポツリと漏らす。


「シャヘライト結晶が生み出す魔力波動を増幅させ、刃に極限まで高周波の振動を与える。その振動は分子レベルで物質を切断する──これぞ最新鋭の殺傷兵器だ」


ベレヒナグルは、意図的に杖をトンッと叩きながら、冷ややかな笑みを浮かべた。


「面白いと思わんかね?名工と呼ばれる職人が何年もかけて魂を込めて鍛え上げた宝剣が、工場で規格品として量産される武器に負けるという皮肉を。時代は確実に変わりつつあるのだよ、アイゼン卿」


その言葉に呆然とするアイゼンだったが、試合はまだ続く。


「くそっ!今度は力比べだ!」


切断された宝剣を投げ捨て、ブルクハルトは豪快に叫ぶ。

その言葉に新型魔導機械兵は、静かに超振動魔導ブレードを収納。まるで挑戦を受けて立つかのように、両腕を大きく広げた。


「そうだ、武器が強いだけなのだ……!」


アイゼンは必死の形相で叫ぶ。


「『地の剛力』の加護を持つブルクハルトに、単純な力比べで勝てる者などいるはずがない……!」


しかし、ベレヒナグルはふっと意地の悪い笑みを浮かべた。


「哀れな話だ。君たちの誇る『加護』など、もはや時代遅れの遺物にすぎない。我が三重連動型シャヘライト結晶による出力増幅システムは、そんな古臭い神の贈り物など軽く凌駕しているのだよ」


その言葉に呼応するかのように、魔導機械兵の装甲から青白い魔力が溢れ出す。

そして──。


「うっ……く……!?」


ブルクハルトの巨体が、まるで子供を押しのけるかのような易しさで押し込まれていく。

その光景に、観客も、貴賓席の面々も、ただ唖然と目を見開くばかりだった。


「そ、そんな……馬鹿な……!ぐっ……!?」


新型魔導機械兵は、不要な荷物でも投げ捨てるかのように、ブルクハルトの巨体を場外へと放り投げた。

その圧倒的な力の差に、会場が水を打ったように静まり返る。

ベレヒナグルはその静寂を見渡しながら、冷徹な声で言った。


「この機体には今は古参兵であるファティマが搭乗しているが、これは一時的な措置だ。将来的には全て無人化する予定でね。不要な人員を削減でき、維持費用も大幅に抑えられる。これこそが、合理的な未来というものだ」


会場と同じように静まり返る貴賓席。そんな中、アドリアンは困ったような笑みを浮かべながら、震えているメーラの横に腰を下ろした。


「メーラ、今の戦いをどう思う?」

「え?えっと……」


メーラは戸惑いながらも、か細い声で答える。


「私には戦いのことは分からないけれど……あんな大きな機械が沢山やってきて、人々を攻撃するようになるのは……怖いよ……」


アドリアンは優しく微笑んだ。


「そうだね。それが普通の感想だ……」


彼は瞳を閉じる。そして、遥か昔の記憶が蘇る。

過酷な時代を生きた一人の科学者との、忘れられない会話──



『アドリアン。私は恐ろしいのだ。止めどなく湧き上がってくる自らの発想が。それらは必ず、多くの命を奪い、無慈悲に世界を蹂躙し、冷たい恐怖を振りまくことになる』


モノクルの奥に隠された、意思の宿った瞳がアドリアンを見据えていた。


『頼む、友よ。この研究室にあるもの全てを焼き尽くしてくれ。魔族の脅威が去った後、次なる脅威となるのは、この研究室と……私の頭の中にある悪魔の知識なのだから』

『ベレヒナグル、それは……』

『この過酷な時代だけが、私という存在を必要としている。平和な世界に、私のような存在は──』



「アドリアン?どうしたのだ」


ザラコスの声が響き、アドリアンの意識は現実に引き戻された。


「ああ、なんでもないさ」


アドリアンは意地の悪い笑みを浮かべながら言った。


「ただ、モノクルを愛用する友人が、最期に少しばかり理性を取り戻した時のことを思い出していただけさ」

「はぁ?」


ザラコスが困惑したように首を傾げるが、アドリアンはそれには応えず、闘技場へと視線を向ける。

彼が過去に耽っている間に、試合はかなり進行していたようだ。


「ふむ、我が弟子たちは全滅したか」


魔法使いの弟子を多く持つザウバーリングは、特に動揺した様子もなく淡々と観戦を続けていた。

彼にとって武の大会など、所詮は蚊帳の外の出来事なのだろう。


「なんて野蛮な祭典なの……男の汗がここまで飛んできそうで、本当に嫌になるわ」


シェーンヴェルは艶のある声で言った。


「次回からは『美の祭典』に変更してくれないかしら。この汗臭い喧騒は、私の繊細な神経を殺しかねないの」

「シェーンヴェル卿、貴女はドワーフでありながら、その美意識はエルフに限りなく近いですな」

「あら、そう?フェイリオン殿にそう言っていただけるとは、何とも光栄ですわね」

「ええ、特に森林国の宮殿にいる鼻持ちならない女官たちと、そっくりな言動と生意気な雰囲気で……あ、いや、なんでもございません」


シェーンヴェルに至っては最初から全く興味を示さず、エルフたちと優雅な会話を楽しんでいた。

そんな公爵たちを横目に、アドリアンは皇帝と、トルヴィア姫に話し掛ける。


「皇帝閣下」


アドリアンは明るい声で言った。


「今回の祭典は実に面白いですね。特に、筋肉自慢の戦士が、可愛らしい少年兵の操る魔導機械兵にポンポン跳ね飛ばされていくところなどが」


アドリアンの皮肉めいた言葉に、皇帝ゼルーダルは思わず口元を緩ませた。


「はっはっは、実を言うとワシも笑いを堪えるのに必死だったぞ。アドリアンよ、お前という男は本当に困ったやつだ」

「陛下!」


トルヴィア姫が憤然とした様子で割って入る。

彼女の表情には、この祭典を茶化すような会話への苛立ちが、如実に表れていた。


「おっとトルヴィア。君はどの試合が面白かった?個人的には、あの立派な『雷鳴剣』が、量産型の細い剣にスパッと切断されたシーンが印象的だったけど」


その言葉に、トルヴィアの頬が怒りで真っ赤に染まる。


「アンタね、この神聖な式典によくも魔導機械兵を入れて滅茶苦茶にしてくれたわね」

「いやぁ、何を仰る」


アドリアンは意地の悪い笑みを浮かべながら、からかうように返した。


「ほら見てごらん?観客は皆、これ以上ないほど熱狂してるじゃないか。それに──」


彼は間を置き、声を落として続けた。


「俺はただの観客だよ。魔導機械兵の参戦を提言したのは、機計公と鋼鉄公なんだからね。文句なら彼らにどうぞ」


アドリアンの視線の先には、互いに無言のけん制を繰り広げる二人の公爵の姿があった。

トルヴィアは大きな溜め息を吐き、疲れたように椅子に座り直した。


「……何かあったら、アンタが責任を取りなさいよ。私は知らないから」

「もちろん」


アドリアンは意味ありげな笑みを浮かべながら、からかうように答える。


「俺が『責任』を持って、全てを面白いように──じゃなかった、円満に収めるから安心してくれ」


その企むような笑顔に、トルヴィアは不安を覚えずにはいられなかった。

そうして試合はつつがなく進み──。


「いよいよ最後の試合!?楽しみっ!」


レフィーラの甲高い声が貴賓席に響き渡る。

最終戦に残ったのは、麗しい顔立ちをした戦士、シュタールユング。


「はぁ、これまでの相手は全て退屈な芝居の道具に過ぎなかったな」


シュタールユングは優雅に前髪をかき上げながら、観客に手を振る。


「このままでは、我が師アイゼン卿に申し訳が立たないというものだ」

「シュタールユング様、素敵ーっ!」

「いくら魔導機械兵でも、あの御方には敵わないわ!」


女性たちの熱狂的な声援が響く中、対するは最新鋭の魔導機械兵。


「ふぅ……ようやく新型の操縦にも慣れて来たぜ」


その操縦士は革新派の中核を成すベテラン戦士、ファティマである。


シュタールユングと漆黒の魔導機械兵が対峙する中、観客席からは期待と興奮の声が渦巻いていく。

貴賓席からは、アイゼンとベレヒナグルが、まるで己の命運を賭けるかのような真剣な眼差しで見守っていた。

この戦いは単なる試合ではない。それは誰もが感じ取っていた。


『旧武』と『革新』。


伝統と新鋭。相反する二つの道が、今、この闘技場で激突しようとしていた。


「さぁ、最後の戦いだ」


アドリアンの呟きが、微かな風に乗って消えていく。

彼の瞳の奥には、まるで全てを見通したかのような色が宿っていた。

そして──『鋼の祭典』最後の戦いの幕が、今まさに切って落とされようとしていた。


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