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第四十二話

帝都『シュヴェルトベルグ』の壮大さは想像を遥かに超えるものだ。

帝都の中心に聳え立つ巨大な宮殿……その宮殿こそがドワーフの皇族が住まう居城であり、帝国の中枢を司る場所でもある。


「わぁ……綺麗……」


その宮殿の一画にある窓からメーラが顔を出して、帝都の景色を眺めていた。

地底の天井には光り輝く鉱石が埋め込まれており、星空のような輝きを放っている。

その光り輝く鉱石は、ドワーフ達の手により加工され帝都の至るところに装飾として使われているのだ。


「おはようメーラ。昨日はよく眠れたかい」


メーラが部屋の窓から帝都の幻想的な景色を見つめていると、アドリアンが部屋に入ってきた。

彼はメーラの横に立ち、窓の外を見る。


「アド!うん、よく眠れたよ!」


二人きりの時はメーラもお姫様口調ではなく、普通の女の子として会話する。

なんだか久しぶりに素のメーラと会話したような気がして、アドリアンは思わず微笑んだ。


「それは良かった。ここは地下だから朝も夜も分からなくなる……人間や魔族にとっては慣れないと少しキツイかもね」


アドリアンはメーラと並んで帝都の景色を見下ろしながら話す。

色々と騒動に巻き込まれた二人だったが、今この時だけは平穏を感じられた。


──あの後。


謁見の間で四人の公爵とトルヴィア姫に拒絶の返答を叩き付けられたアドリアン一行。

だが、幸いにも帝都を追い出される訳でもなく彼等は宮殿の一画にある貴賓用の宿泊室に案内された。


『魔族の姫とその騎士、そして皇国の騎士団長殿。暫く我が宮殿でゆるりと過ごされるがよい。地上での生活に比べれば不便で不満な点も多いだろうが、ワシはお前達の滞在を歓迎しよう』


と、皇帝からの有難いお言葉を受けたのだ。

ザラコスは帝国の貴族たちとの面会があるらしく、二人とは別行動になってしまった。

皇国の騎士団長という肩書も魑魅魍魎が蔓延る高貴な宮殿では足かせにしかならないのかもしれない。


「どうだった?最高級のベッドの寝心地は」


その瞬間、メーラは目を輝かせてアドリアンを見た。


「うん、ふっかふかで雲の上で寝てるみたいだったよ!あのね、すごいの!お布団がもこもこでふかふかなの!それにね、地下なのにお日様の匂いがしてね、すごく気持ちいいんだよ!」


メーラはまるで小さな子供のようにはしゃいでいた。


「そうか……それは良かった」


アドリアンはそんなメーラを見て微笑む。

こんな彼女の姿を見るのは久しぶりだ。孤児院では魔族のツノが生えてきてからはふさぎ込むことが多かったメーラ。

そして故郷の街を逃げるようにして旅に出た後も、何処か影のある表情が多かった気がする。

だけど色んな街で様々な出会いと騒動を経験する内に彼女の表情はどんどん明るくなっていった。

まるで、子供の頃……世間の厳しさも苦しみも何も知らない時のように。孤児院で、一緒に遊んでいた頃のように。


「まるでお姫様になったみたいで凄く……」


その瞬間、メーラの唇にアドリアンの人差し指がそっと当てられた。



「おっと『メーラ姫』。貴女様は本当のお姫様ではありませんか。何処で誰が聞いてるか分からないからね、気を付けないと」

「あっ……」


アドリアンはそう言うと指を離して微笑んだ。

そうだ、忘れていた。メーラはシュンとした表情で俯いた。

そんな彼女の姿を見てアドリアンは優しく微笑むと、彼女の頭にそっと手を置いたのだった。


「──でも、今、この時だけは『ただの魔族の少女』でいてもいいかもね。俺の気配感知には何の反応もないから」


その言葉を聞きメーラの表情がパァっと明るくなる。そして小動物のようにアドリアンに撫でられ気持ち良さそうに目を細めていた。

そのまま暫く二人は寄り添いながら、窓から見える景色を無言で眺めていた。

不意に、メーラが呟いた。


「ねぇアド」

「なんだい」

「……これからどうするの?」


メーラが言った「どうするの」というのはどうやって公爵たちの支持を取り付けるか?という意味だ。

四人の公爵の支持が得られなければ、連合は成立しない。だというのに、アドリアンは公爵たちに散々辱めを与えてしまった。

当然だが、アドリアンの心象は地に落ちているだろう。


「うーん、どうしようかな。もっと秘密をばらしてやるぞって脅してもいいんだけど……」


アドリアンの物騒な言葉にメーラが硬直するが、彼は肩を竦めて言った。


「俺は『英雄』だからね。そんなことはしたくないんだ」


では、どうするか。アドリアンは暫く考えた後に口を開く。


「メーラ、行き詰った時は普段と違うことをすればいいんだ」

「普段と……違うこと?」

「そう。例えば……そうだね」


アドリアンは顎に指を当てると、こう言った。


「観光とか、さ」




♢   ♢   ♢




ドワーフの地下帝国……。そこは優雅さと無骨さが同居する摩訶不思議な場所だ。

中央に位置する宮殿は絢爛の極みであり、その周りを取り囲むように貴族街が配置されている。

そして優雅な貴族街から一歩出ると、そこには工房や露店がひしめく職人街が広がっていた。

荒くれ者達の怒声と客引きの呼び込み声が絶えず聞こえてきて、それは正に帝都の『顔』とも言える賑やかな街並みだ。

その職人街にメーラとアドリアンはやってきていた。


「こ……ここは……」


メーラは目を輝かせて、辺りをキョロキョロと見回した。

先程までいた宮殿とは打って変わって、この職人街の雰囲気は混沌としている。

金槌で金属を叩く音、火に炙られて真っ赤に焼け爛れた鉄……その匂いを嗅いだだけで心が沸き立つようだ。


「どうだい?面白そうだろ?」


そんな場所に二人はいた。

お姫様然としたドレスではなく、ただの村娘のような装いのメーラと労働者風の服を着たアドリアン。

まるで以前の二人に戻ったかのようである。


「ここはね、帝都の職人街。色んな工房やお店がひしめき合ってる場所でね、ドワーフはここで自分の作品を作ってるんだ」


そう言ってアドリアンは露店の一つに足を向けた。

そこでは髭をもしゃもしゃと生やしたドワーフの店主がパイプを咥えて座っていた。

壁には剣や槍などが所狭しと並んでおり、客が希望の武器を手に取りその出来栄えを確かめている。


「ほら見てごらん。あの露店はドワーフの誇る『最高級』の武器屋さ。まあ、『最高級』っていうのは彼らの基準だけどね」


店主は不機嫌そうな顔でアドリアンを睨みつけたが、構わず彼は続けた。


「あそこの斧を見てごらん。柄が曲がってるだろ?ドワーフはそれを『芸術的な曲線美』って呼んでるんだ。まあ、普通の人間には単なる不良品にしか見えないけど」


メーラは困惑した表情を浮かべながらも、興味深そうに武器を眺めていた。


「おい、人間野郎!」


店主が怒鳴った。


「うちの武器の悪口を言うんじゃねえ!」


アドリアンは平然と肩をすくめ、「悪口じゃないさ。ドワーフ文化の素晴らしさを解説してるだけだよ」と微笑んで言い返した。

二人は次に、煙を吐き出す巨大な煙突がある鍛冶屋の前に来た。煙突から吐き出された煙は天井の岩盤にある穴に吸い込まれていく……。


「ここはね、帝都一の鍛冶屋様だ。煙がモクモクしてるだろ?あれは天井の穴を通って地上に排出されるんだよ」

「へぇ……」

「あの煙は彼らが『大気浄化』って呼んでる環境への貢献なんだ。まあ、他の種族からすれば単なる大気汚染だけどね。あの煙を見た瞬間、エルフ達は怒りで気絶するかもしれないな」


鍛冶屋の親方が顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げたが、アドリアンは意に介さない様子だった。

さらに進むと、ビールの香りが漂う巨大な酒場に辿り着いた。店の外にまで酔っぱらったドワーフたちがたむろしている。


「ここが職人たちの憩いの場さ。帝都最大の酒場だよ。朝から晩まで酔っ払いでにぎわってる。まあ、仕事の合間にちょっと一杯……が一日中続くんだけどね。さすが『勤勉』なドワーフさまだ」


中から酔っ払いの大声と割れる音が聞こえてきた。メーラは少し引いた様子だったが、アドリアンは楽しそうに笑っていた。


「さあ、メーラ。これがドワーフの文化だよ。粗野で、騒々しくて、時には危険。でも、彼らなりの『美学』があるんだ。理解できるかい?」

「う、うん……」


メーラは戸惑いを隠せなかった。彼女が宮殿で見たドワーフは貴族然とした上品で、華麗で……そして高慢なドワーフだった。

しかしここにいるドワーフたちは違う。男も女も豪快で、粗野。そして熱気と酒に酔いしれている。


「そう……これが、本来の彼等の姿なのさ。下らない権力争いなんかしないで、一丸となって『ものづくり』と『闘争』に没頭する……そんな種族さ。だから俺達は友達に……」


アドリアンが遠い目をしてそんなことを言い掛けたが、すぐにハッと我に返り首を振った。


「まあ、そんなこともいいんだ」


彼はそう言ってメーラの手を取ると歩き出す。


「さぁ『ただの魔族の少女』メーラ。いつもと違うことをしてみようか」

「ち、違うこと……?」

「そう……例えば……あの乱痴気騒ぎしてる酒場に遊びに行くとかね。フリードウインドの街で、行けなかっただろ?」


メーラの目が点になった。




♢   ♢   ♢




アドリアンはメーラの手を引いて、喧騒に包まれた酒場の扉を押し開けた。扉が軋むと同時に酒場内の喧噪が一瞬静まり返った。

中では、がっしりとした体格のドワーフたちが酒を片手に大声で笑い、歌い、時には喧嘩まがいの口論を繰り広げていた。その騒がしい空間に、人間の若者二人が入ってきたことで、一瞬にして酒場の空気が変わった。

ごつごつした体格のドワーフたちが、人間の若者二人を不審そうな目で見つめる。メーラは思わずアドリアンの腕にしがみついた。


「ア、アド……ここ……」

「大丈夫、心配いらないよ」


アドリアンは平然とした表情で酒場を見渡しメーラを促してカウンターへと歩み寄った。

二人が座ると、酒場に笑い声や冷やかしの声が響き始める。


「おい、人間の坊主共!迷子か?」

「玩具屋なら反対側の通りにあるぜぇ?」

「「ぎゃはははは!!!」」


野太い声と下品な笑い声が飛び交う中、アドリアンは涼しい顔でカウンターに腰掛けた。髭面のマスターが、眉をひそめて二人を見下ろす。


「何にする?」


マスターの声は低く、不機嫌そうだった。

アドリアンは、まるで高級レストランにでも来たかのような口調で答えた。


「ミルクを二つ」


その瞬間、酒場全体が爆笑に包まれた。メーラは顔を真っ赤にして俯いた。

マスターは笑いをこらえながら、軽蔑的な口調で言った。


「ミルク?ここは酒場だぞ、ガキ。ミルクなんざねぇよ。さっさと家に帰って、ママのおっぱいでも吸ってな」


再び笑い声が沸き起こる。しかし、アドリアンの表情は少しも崩れなかった。


「あれ、そうだったかな?でも、マスター。アンタ毎晩、裏口からこっそり牛乳を仕入れてたよな」


マスターの動きが止まった。


「『鋼の胃袋』と呼ばれる伝説の酒豪が、実は胃薬代わりに牛乳を飲んでいるなんて……皆に知れたらどうなっちゃうだろうなぁ。あ、大きな声で言っちゃったか。ごめんなマスター!」


マスターが手に握っていたガラスのコップが床に落ち、パリンと大きな音が響き渡った。


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