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第四十話

謁見の間は静寂に包まれていた。

グロムガルド帝国で絶大な権力を握る四人の公爵たちは、アドリアンを凍りついたような目で見つめていた。彼らの顔には、怒りと困惑が入り混じっている。

当然、四人の公爵たちの心象は最悪である。トルヴィアは「あちゃあ……」と言わんばかりに顔を手で押さえ、皇帝は唖然とした表情でアドリアンを見つめていた。


「……殿下。この神聖なる場に道化を呼ぶとはどういう了見なので?」


若い公爵が不愉快さを隠しきれない声色で言った。

その言葉にアドリアンはクスリと笑って答えた。


「おぉ、ザウバーリング卿。ご自身のことを道化などと仰らないでください。そんなことを言ったら、本物の道化さんが傷つきますよ。だって、貴方の方がよっぽど滑稽で面白いんですから」


ザウバーリングと呼ばれた若い公爵は一瞬何を言われたのか分からず、目を丸くするが次第に怒りに顔を赤く染めていった。


「き、貴様!この私を誰だか分かっているのか!この魔環公ザウバーリングを、人間風情が虚仮にしてタダで済むと思うなよ!」


アドリアンはザウバーリングの怒りの表情を見て、さらに楽しそうに笑みを深めた。


「魔環公様。そんなに怒らないでください。お顔が赤くなると子供の頃、魔法の失敗で髪を赤く染めてしまった時みたいですよ。あの時は、一週間も部屋から出てこなかったそうですね」


ザウバーリングの顔から血の気が引いた。


「な……何?」


アドリアンはまるで古い友人と話すかのように続けた。


「そういえば、幼少期にお人形遊びが大好きだったとか。今でも密かにミニチュア魔導人形を集めているんでしたっけ?魔法の専門家としては素晴らしい趣味ですね。でも、公の場では『男らしく』振る舞おうと必死なんでしょう?」


ザウバーリングは言葉を失い、口をパクパクさせるだけだった。他の公爵たちも、驚きの表情でザウバーリングを見ている。

アドリアンは最後の一撃を放つ。


「あぁ、それと寝る時に抱くぬいぐるみの名前……ミス・フラッフィーでしたっけ?彼女は健在ですか?魔導師の威厳も大切ですが、たまには心を癒やすのも大事ですからね」


ザウバーリングは完全に沈黙し、顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。

先程まで皮肉を言っていた彼だが、もはや何も言えずにいる。

場の空気が凍りつく中、ザラコスの巨体が震え、尻尾がわずかに揺れる。

その表情は笑いを堪えているのが明らかだった。


「確かミス・フラッフィーはドラコニア皇国製だったと記憶していますが……?騎士団長閣下、ご存じですか?」


アドリアンがザラコスをチラリと見る。彼はうむと頷いた。


「ミス・フラッフィーは皇国でも『女児』に大人気の入手困難な『可愛らしいウサギさん』のぬいぐるみですな。まさか帝国で目にするとは……」


ザウバーリングの顔はさらに赤みを増し、今にも倒れそうになっている。


「さて、次は……」


アドリアンは、モノクルを掛けた機計公ベレヒナグル卿に向き直った。その目には、悪戯っぽい光が宿っている。


「さて、機計公ベレヒナグル様。この世界でも計算がお好きそうでなにより。でも、人生の幸福指数の計算は忘れていませんか?」


ベレヒナグルが眉をひそめる。


「何を言っているんだ、貴様」


アドリアンは軽やかに続ける。


「歪んだモノクル越しに世界を見すぎて、以前『愛』を数式化しようとして大失敗したとか。結果、婚約者に逃げられてしまったそうですね。愛は計算できないということに気付くまでに5年もかかったみたいで」


ベレヒナグルの顔が青ざめた。

アドリアンは声を変えて真似をする。


「婚約者さんの最後の言葉は確か……『あなたの愛情指数は、私の許容範囲の下限を下回りました。そんなに計算がお好きなら、どうぞ計算機とでも結婚してください。さようなら』でしたっけ?」


「な、な、何を、馬鹿な……」

「あ、それと」


アドリアンは、ついでのように言う。


「この世界でも魔導計算機の誤作動で国庫の半分を溶かしかけたんじゃないですか?大丈夫、私から言うことはありませんよ。ただ、次は小数点の位置に気をつけてくださいね」


ベレヒナグルは完全に言葉を失い、モノクルの奥の目が恐怖で見開かれていた。

彼の最も隠したい秘密を、このように軽々と暴かれるとは思ってもみなかったのだ。

アドリアンは最後にウインクをして言った。


「最後に一つ。毎晩、魔導機械に愛の言葉をささやきかける趣味、おやめになった方がいいと思いますよ『魔導機械兵31050号……今日も美しいよ』なんて。婚約者に逃げられて女性不信になるのも分かりますが、たまには生身の御方とも会話をなさった方がよろしいかと。先程までなされていた腹の探り合いじゃなくて、もっと健全な会話をね」



ベレヒナグルが硬直したように立ち尽くす中、アドリアンはくるりと華麗に身を翻し、女公爵に向き直った。

アドリアンと視線が交差した瞬間、女公爵……シェーンヴェル卿はビクンと身体を震わせた。


「輝美公シェーンヴェル様。今日もお美しいですね。まるで人形のようだ……本当に」

「な……何を言うの……」


アドリアンは続ける。


「美しいだけではなく、貴女は一流の魔法使いだ。特に『永遠の美』の魔法は素晴らしい。でも、40年前から顔が変わっていないのは、さすがに周りも気づき始めているんじゃないですか?」


シェーンヴェルは言葉を失い、扇で顔を隠そうとした。


「いや、本当に素晴らしい。しかもそれに加えて、毎朝3時間かけて施すという特殊メイクの技術は見事です。シャヘライトの粉を混ぜた化粧品で肌を輝かせ、魔法で髪を艶やかにする……大変な労力でしょう?」

「お、お黙り!私の美しさは生粋の……」


彼女の言葉を、アドリアンは指を立てて遮った。


「毎晩のお風呂は相変わらず金の浴槽でしたっけ?シャヘライトの粉末を溶かして……贅沢ですね。でも、あれ一回で一般家庭の一年分の収入が消えるって知ってました?国民の皆様方が知ったら激怒しそうですけど、もう言わない方がいいですかね?」


シェーンヴェルは完全に沈黙し、顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。

アドリアンの言葉は彼女の秘密を的確に突いており、反論の余地がなかったのだ。


「ふぅ、これで少しは静かになったか。まともな『議論』をするには煩い方々には少し口を閉じて貰わないといけないからね」


三人の公爵が沈黙する中、アドリアンの目は最後の公爵へと向けられた。


「……」


髭を蓄えた武人然とした老公爵……。その佇まいは歴戦の戦士を思わせる。

彼は鋭い目付きでアドリアンを睨んでいた。

アドリアンは、彼の鋭い眼差しを受け止めながら、柔らかな笑みを浮かべた。


「鋼鉄公アイゼン卿、貴方は寡黙な御方だから別に静かにさせる必要はないけど……俺は『公平』な男だからね、他の公爵様方と同じように、少しだけ恥ずかしい思いをして貰おうかな」

「貴様、何者だ」


アイゼンの低い声が響く。

アドリアンは親し気な声色で言った。


「アイゼン卿。昔、大規模な戦闘の最中に突然お腹を壊して、陣を離れざるを得なくなったことがあったらしいですね。『鋼鉄の意志』も、時には自然の呼び声には勝てないとはね」


アイゼンの目が見開かれた。


「あぁ、それと。敵陣に忍び込もうとして落とし穴に落ちてしまったことがあったと言っていましたね。一晩中助けを待っていたとか。大将軍様が、穴の中でぶつぶつ独り言を言っていた姿……見たら一日中笑うのには困らなさそうだ」

「何処で、そのことを」


アイゼンが驚愕の表情を浮かべ、アドリアンを凝視する。


「でも、そんなアイゼン卿が、トルヴィア姫のために作った手作りの人形。姫が泣いた時に、いつも『秘伝のくすぐり技』で笑顔にしていた姿。戦場で鬼神と恐れられた貴方のそんな在り方が、俺は好きなんです」


謁見の間に再び静寂が満ちた。

沈黙する公爵たちを見てアドリアンは満足気に頷いた。

メーラが小声で尋ねる。


「ア、アド?公爵の方々とお知り合いだったの?」

「いいや、初対面だよ。少なくともこの世界では」


ザラコスも、眉をひそめながら言った。

しかし笑いを堪えきれずに尻尾が震えたままだ。


「お主、他人の秘密が分かる加護でも持ってるのか?」

「まさか。ただ……彼ら本人に教えて貰っただけさ。遠い昔の、別の時間の中で」


その言葉に、メーラとザラコスは更に困惑した表情を浮かべる。アドリアンの言葉の真意を、彼らはまだ完全には理解できていなかった。

一方、四人の公爵たちは、自分たちの秘密を知り尽くしているかのようなアドリアンの言動に、戸惑いと警戒心を隠せずにいた。

そしてそれはトルヴィアも同様であった。


「……アンタ」


トルヴィアは証人としてアドリアンとメーラ、それにザラコスをこの場に連れてくることを選んだ。

だが、まさかこのように場を引っ掻き回されるとは思っていなかったのだ。

怒気が籠った眼光をアドリアンは正面から受け止める。


「お姫様、何で怒っているんだい?これで横やりを入れられる心配が無くなったんだから堂々と自分のやったことを主張出来るじゃないか」


アドリアンはおどけたように肩をすくめた。


「……あぁそうか!もしかしてキミも秘密を暴露されたいのか!うん、公爵様方だけに恥ずかしい思いをさせるのは皇族として忍びないよな!よし、トルヴィア姫。キミの秘密もここで暴露してあげよう!」


トルヴィアの顔が真っ赤になる。


「え……!?」


アドリアンは、まるで楽しそうに続けた。


「皆さん、ご存じですか?トルヴィア姫の部屋にあるクローゼットの中には、それはもう可愛らしいドレスが何着も……」

「あ、あ……アンタ!それ以上言ったら承知しないわよ!」


トルヴィアが慌てて叫んだ。

その瞬間、謁見の間に大きな笑い声が響き渡った。皆が驚いて振り向くと、それは皇帝ゼルーダルだった。


「くっくく……がっはっはっは!」


皇帝の笑い声が、まるで雷鳴のように謁見の間全体を揺るがす。


「こんな面白い茶番劇は初めてだ!お前たち、本当に良い芝居を見せてくれたぞ!」


ゼルーダルは、涙を拭いながら笑い続けた。


「トルヴィア、お前の秘密も気になるが……今日はこの辺にしておこう。この若者の話、もっとゆっくり聞かせてもらいたいものだ」


皇帝の言葉を受けて四人の公爵たちも、姫も無言で俯いていた。


「おや、トルヴィア姫への尋問はもう済んだので?」

「元より形だけのものだ、もういい。お前が言ったように茶番なのだからな。それより……」


ゼルーダルが玉座から立ち上がった。

そしてその巨体をアドリアンに近づかせた。


「ワシに何か話があるんだろう?──魔族の姫と、その騎士……そして皇国の騎士団長どの」


皇帝の鋭い瞳が三人を射抜く。


「ワシは、お前たちの『話』を聞きたいんだ。中身の無い議論よりも、ずっと面白いだろうからな」


ゼルーダルの声には威厳と共に、どこか期待のようなものが混じっていた。




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