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第三十八話

──グロムガルド帝国。

世界に名だたる大国家であり、魔力鉱石「シャヘライト」をいち早く確保し、その魔力によって莫大な富と高度な技術を得た国。

主種族をドワーフとするこの帝国は鍛冶と技術、そして戦うことを至上の悦びとする勢力であった。


そして、そんな国の首都……帝都『シュヴェルトベルグ』にアドリアンとメーラはいた。

二人が乗る魔導馬車が地下帝都の大通りを進むにつれ、メーラの目は次々と現れる驚きの光景に釘付けになった。


「わぁ、すごい!下に向かって建物が伸びてる!」


道路の両側には、人間の世界では考えられないような低い建物が立ち並んでいる。

しかし、その代わりに地下深くまで掘り下げられた建物も多く、まるで逆さまの塔のようだ。

建造物の多くには至る所に歯車や管が露出しており、蒸気を噴き出している箇所もある。


「見てごらん、メーラ」


アドリアンが窓の外を指さす。


「グロムガルド帝国は『シャヘライト』の確保に熱心に取り組んでる国なんだ。その鉱石から得られる魔力で、魔導工学が飛躍的に発達したんだよ」


通りには、人力や馬力ではなく、シャヘライトの力で動く乗り物が行き交っている。小さな歯車が絶えず回転し、青白い光を放っている。

店先には、魔導機械の部品や、シャヘライトを加工した宝石が並んでいる。職人たちが、精密な作業に没頭している姿も見えた。


「アド、あれはなに……?」


メーラが別の方向を指す。


「あれは魔導エレベーターだ。地下都市の別の層へ移動するのに使うんだ」


巨大な円筒形の構造物が、青白い光を放ちながら上下に動いている。

この巨大な地下空間は想像を絶する広さで、何十層にも分かれた構造になっているのだ。

道行くドワーフたちは人間よりも背は低いが、がっしりとした体格で、皆何かしらの道具や機械を身につけている。

若者は少年少女のような可愛らしい姿、歳を取った男性ドワーフが生やしている髭には、小さな装飾品がキラリと光っている。


「すごい、すごいです!地下にいるのに、全部が光ってる……!」


通りの至る所で、シャヘライトの青い輝きが見える。街灯、看板、そして建物の装飾にも使われている。

メーラは姫という役割も忘れ、地下帝国の光景に興奮していた。


「魔族の姫に喜んでもらえて、私も嬉しいわ。他の種族からしてみれば、ドワーフの街は奇妙に映るみたいだけどね」


大興奮のメーラの様子を見てトルヴィアもまんざらでもなさそうだ。

しかし、その瞳は鋭くメーラを捉えていた。今のメーラの言葉遣いは高貴な者のものではない。

まるで村娘のような、そんな口調。トルヴィアの疑念が大きくなる中、アドリアンが囁くように言った。


「魔族の姫って以外と敵が多くてさ。普段は姫という立場を隠しているんだ。どうだい?メーラ姫ってば村娘の振りが上手いだろ?」

「……ま、そういうことにしといてあげる」


不意に、広大な広場がメーラの視界に入った。


「ほら、あそこの広場」


トルヴィアが得意げに説明する。


「あれは『時の祭壇』よ。シャヘライトの力で、地上の時間を正確に把握できるの」


広場の中央には、巨大な時計のモニュメントが立っている。その周りを、青白い光の帯が絶えず回転していた。

幻想的だが、先進的な雰囲気を醸し出す空間だ。まるで異世界にきたかのような錯覚さえ覚える。

馬車が進むにつれ、ドワーフたちの日常生活も垣間見えた。

彼らの食事は地上とは全く異なり、キノコや地下で育つ野菜が中心のようだ。そして、驚いたことに酒場が異常に多い。


「ほらメーラ。ここ、酒場が妙に多いだろ?」


アドリアンが軽やかな口調で言う。


「ドワーフたちにとって、酒は単なる嗜好品以上の意味があるんだ。彼らの文化では、酒を酌み交わすことが重要な社交の場なんだよ。政治の話も、商談も、時には戦略会議さえも酒場で行われることがあるくらいさ。なにしろ頭の中身が酒で満たされてるからね」

「へぇ……」


メーラは感心したように呟くが、トルヴィアが即座にキッとアドリアンを睨み付ける。


「ちょっと。流石に重要な話は酒場でなんてしないわよ。メーラ姫に嘘を教えないでちょうだい」

「おっと、これは失礼」


アドリアンは、まるで本当に悪いことを言ったかのように両手を挙げる。


「でも、酒場じゃなくても酒を飲みながらとんでもなく重要な話するだろ?ドワーフさんたちは素面じゃ頭が働かないみたいだし。酔っ払ってるほうが明らかに賢いもんね」

「……」


トルヴィアは一瞬言葉を失う。その目には、怒りと共に、わずかな諦めの色が浮かんでいた。

メーラは二人のやり取りを見ながら、困惑した表情を浮かべる。


「あの……ドワーフさんたちの文化って、本当に面白いですね。お酒とか、お酒とか……あとお酒……」

「そうだろ?でも、トルヴィアみたいに可愛く怒る子は少ないけど」

「私たちの文化はお酒だけじゃないのよ。……でも、確かに重要な部分ではあるけどね」


トルヴィアは、深いため息を吐いた。


「それにしてもアンタ、妙にドワーフの国に詳しいわね。ここに来たことがあるの?」

「あぁ、昔ね。何十年も前に……」


アドリアンは窓の外から地下帝国を見渡しながら懐かしそうに呟いた。彼の目には、この世界とは違う景色が映っているようだった。

別の世界での記憶。絶望が世界を覆い、希望が潰えそうになった時代。

食料も尽き、兵は残り僅か……そこで彼はこの地下で戦友たちと共に夜を過ごし、共に戦い、そして……


「何十年前って……アンタ何歳よ?」


トルヴィアの声がアドリアンを記憶の海から現実へと引き戻す。彼は一瞬、我に返ったように瞬きをした。


「何歳に見える?」


アドリアンが茶化したように言うと、トルヴィアは首を捻りながら答えた。


「そうね。クソガキみたいな幼稚な言動が多いから10歳前後ってとこかしら。まあ、精神年齢はもっと下だろうけど」


人間がドワーフの年齢を判別しにくいように、ドワーフも人間の年齢を判別しにくいのは確かだ。

しかし、さすがにアドリアンを見て10歳とまで思う者はいないだろう。トルヴィアの言葉は明らかな皮肉だ。


「う~ん、惜しいね。18歳だよ」


アドリアンがそう言うと彼女はニヤリと笑った。そして何かを言おうと口を開いた瞬間、それを遮るようにアドリアンが言った。


「トルヴィア姫は19歳だっけ?いやぁ、1歳年上のトルヴィア『お姉さん』と馬車を共にするなんて光栄の極みでございます、非才の身ながらこの身をあなたの為に捧げましょう」


アドリアンの誇張された敬意と皮肉に、トルヴィアの表情が一瞬で曇った。


「アンタってほんとイヤな奴ね。人の年齢を当てるなんて失礼よ。つーかなんでアタシの歳を知ってるのよ」


トルヴィアの拗ねた態度に、アドリアンは楽しそうに笑う。


「ごめんごめん。でも、俺より年上だってことを自慢したかったんでしょ?先に言っちゃってごめんね。お姉さまの気持ちを察することができなくて、本当に申し訳ありません」


彼女は更に拗ねたように顔を背けた。

その様子があまりにも子供っぽくて、メーラはついついクスリと笑ってしまう。

戦場で見せた勇猛果敢な姿からは想像できない。


──そんなこんなで。

三人を乗せた馬車が城に近づくにつれ、周囲の景色が一変していく。建物はより豪華で精巧になり、シャヘライトの輝きがより鮮やかになっていった。

城門が見えてきた。そこには魔導機械の歩哨が立っている。その目がキラリと青白く光り、馬車を捉えた。


「トルヴィア皇姫様のご帰還である!門を開けい!」


歩哨が声を上げると、重そうな門が開かれた。

馬車が門をくぐると、そこには壮麗な光景が広がっていた。


「さあ、到着したわ」


トルヴィアが言う。御者に手を引かれ馬車から降り立ったアドリアンとメーラの目の前に、息を呑むような光景が広がった。

中庭は地上の庭園とは全く異なる様相を呈していた。天井から垂れ下がる巨大な水晶が柔らかな青白い光を放ち、幻想的な雰囲気を醸し出している。

中央にはシャヘライトの力で動く噴水が据えられていた。水滴が空中で踊るように浮遊し、複雑な幾何学模様を描いている。


「……すごい」

「うーん、俺と知るお城と違うな。平和だとドワーフの遊び心が暴走するのかな」


二人は奇妙で美麗な光景に目を奪われながらトルヴィアの後に付いて行った。

大扉が開かれると、そこには広大なホールが姿を現した。天井は遥か上空に伸び、巨大な歯車のシャンデリアが吊るされている。

床は磨き上げられた青黒い石で敷き詰められており、歩くたびに足元から青い光の波紋が広がる。その光は、まるで水面を歩いているかのような錯覚を起こさせる。

ホールの両側には、魔導機械の騎士が整然と並んでいる。その目が青く光り、来訪者を見守っているようだ。


「皇姫様、お帰りなさいませ」


次いでメイドや使用人たちが一斉にトルヴィアを出迎える壮麗な景色が広がった。

アドリアンはその光景を見て皮肉気に言う。


「この光景を見るとキミが本当にお姫様だったんだって実感できるね。まるで童話の一場面みたいだ」

「ふん、アンタにはお姫様の気品なんて分からないでしょうね。まあ、お伽噺の道化役くらいなら務まりそうだけど」


二人のやり取りを聞きながら、メーラは周囲の壮麗な光景に目を奪われていた。

しかし突然、ホールの奥から整然とした足音が響いてきた。一団の騎士たちが近づいてくる。

最初は出迎えかと思われたが、騎士たちの表情には奇妙な緊張感が漂っていた。

騎士団が三人の前で止まると、その中の一人が一歩前に出た。


「皇姫殿下、お帰りなさいませ」


騎士は一礼し、続いて他の騎士たちも一斉に敬礼した。


「……ご苦労様」


トルヴィアは軽く手を挙げて応じた。しかし、彼女の声には僅かな緊張が混じっていた。

騎士は深く息を吐き、言葉を続けた。


「皇姫殿下、エルム平野での独断による軍の撤退について、重大な軍規違反の疑いが持ち上がっております。皇帝陛下と公爵会議が、この件について殿下の弁明をお聞きするため、謁見の間でお待ちです」


その言葉に、ホール全体が静まり返った。

アドリアンの目が一瞬鋭く光った。


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