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第三十七話

青い空、白い雲、そしその下を行軍する帝国兵の軍勢……。

その中に一際豪華な馬車が一台。


「う~ん、いい天気だ」


馬車の中からアドリアンが外の光景を満足そうに眺めている。

彼の横ではメーラが、視線を何処に移せばいいのか分からないのか、窓の外とアドリアンの顔とで視線を右往左往させている。

その原因は彼女の正面の席に座っているドワーフの女性……トルヴィアだった。


「メーラ姫。行軍用の馬車で乗り心地が悪くて申し訳ないけど、帝都に着くまでの間辛抱してくださるとありがたいわ」

「ひ、ひゃい!」


トルヴィアに話し掛けられてメーラは上ずった声で答えた。

何しろ彼女は帝国の皇族……地位で言うと、レオンやガラフィドを上回る本物のお姫様なのだ。

対してメーラはお姫様の振りをしているだけのただの一般魔族……緊張するなと言う方が無理だった。

しかも彼女はアドリアンと壮絶な一線を繰り広げた一流の戦士。その身から放たれる圧がメーラを縮こまらせていた。


「トルヴィア、この馬車本当に乗り心地悪いな。お尻にキミとの戦いよりダメージを受けてる最中なんだけどどうにかならない?」


トルヴィアはギロリとアドリアンを睨む。


「アンタには言ってないから。ていうかなんでアンタまでこの馬車にいる訳?この馬車は貴人用の馬車なんだけれど」

「そりゃ、俺はメーラ姫の忠実なる騎士様だからいつも彼女と一緒にいる誓いを立ててるのさ。ね、姫?」

「え?あ、そう、そうなのです。私とアドリアンは常に一緒にいますの」


アドリアンに同意を求められ、メーラはこくこくと頷いた。


「そうそう。寝る時も、お風呂も、トイレもずっと横にいてメーラ姫のお世話を……んぐっ!?」


アドリアンの軽口は途中で遮られた。顔を真っ赤にしたメーラが彼の足を思いっきり踏んだのだ。


「アドリアン。あることないこと言わなくてもよろしいですわ」


にっこりと笑うメーラを見て、姫の役が板に付いてきたなと思い苦笑いするアドリアン。

その二人の様子をトルヴィアは頬に腕を当て、訝しげに眺めていた。


「魔族の姫君と、人間の騎士、ね……」


トルヴィアとてその話を簡単に信じる程馬鹿ではない。しかし、そのことを深く追求するつもりはなかった。

興味がないし、そもそも今はこの二人を父である皇帝に会わせなければいけないのだ。


「でも小さい頃は一緒にお風呂に入ってたし、一人でトイレに行くのは怖って言って俺も一緒に行ってただろ?」

「もうその軽いお口のチャックをお閉めになってよろしいですわよ。次開いたら、私の魔法で溶岩を口の中にお入れしますから」

「おぉ怖い」


トルヴィアは馬車に揺られて下らない会話を繰り広げる二人を見ながら、これまでの経緯を思い出していた。


──戦争がドラゴンの登場により終わった……というより、うやむやになった後。

王国軍はドラゴンを見るなり撤退の準備を始め……というか勝手に撤退していた貴族達もいて最早軍勢としての体を成していなかった。

ランドヴァール侯は残った軍勢を纏め、帰路に付いた。


『英雄殿の言った通り、戦争は起こらなかった。俺の身体は戦争したくらい酷いがね』

『いいじゃないか。戦士って感じで格好いいよ』

『ちっ、憎たらしい奴だ。……ったく、レオンはどうしてこんな奴を寄越したんだか』

『帰ったらレオン卿と、可愛いメイドさんが出迎えてくれると思うから楽しみにしておきなよ』

『はぁ?』


ランドヴァール侯爵はメーラたちの提案を受け入れた。ただし、帝国が了承するならば……という条件付きで。

対して、トルヴィアは答えを出せなかった。何故なら、彼女は皇族ではあるが外交権を持たないからだ。

故に皇帝である父に判断を仰ぐことにしたのだ。


『と、いう訳だから。メーラ姫、帝国で父と会ってくださる?』

『──え?』


当然、連合の中心となる魔族の姫が皇帝と直に話した方が話は早い。

だからトルヴィアは帝国の軍勢を引き揚げさせると共に、メーラを帝国へと誘った。


『おぉ、それはいいね。帝都まで勇猛なドワーフ兵たちの護衛ともなれば安心だ!彼等を襲う存在なんてドラゴンくらいしかいないしね』

『アンタは別に来なくていいわよ』

『それにそろそろ皇帝のヒゲ面も見たかったところなんだ。いやぁ、キミは気が利くね。流石は麗しの皇姫様だ』


アドリアンの軽口に殺気を籠めた視線を送るトルヴィアだが、アドリアンはどこ吹く風で視線を逸らしている。

無駄だと悟ったトルヴィアは渋々アドリアンも付いてくることを了承した……。

しかし、まさか貴人用の馬車の中にまで付いてくるとは予想だにしていなかったのだが。

──ちなみに、ザラコスは巨体すぎて馬車に入れなかったので兵士たちに混ざって徒歩で移動している。


『ドワーフのものはワシには小さすぎる……はぁ、帝国に向かうのが憂鬱だな』


リザードマンの老人を歩かせるのは可哀想であったが、馬車に乗れないものは仕方がない。

アドリアンが窓から顔を覗かせて哀れなトカゲの老人の姿を思い出していると……不意に、帝国軍の兵士達が野次を飛ばしてきた。


「おうおう、人間の英雄さんよぉ。姫様たちと同じ馬車に乗るだなんていいご身分じゃねぇか!」


それに対し、彼はにこやかに手を振りながらこう返す。


「良かったら代わろうか?ドワーフの姫様の皮肉と、魔族の姫様から漂う恐ろしい魔力を交互に味わえる素晴らしい席だ。どうだい?」


アドリアンの言葉に、兵士たちは一瞬きょとんとした表情を浮かべる。しかし、すぐに大笑いが起こった。


「ぎゃっはっはっはっは!面白れぇ兄ちゃんだ!」

「おいおいおい、勘弁してくれよ?英雄様よぉ!」


アドリアンも笑いながら兵士たちに向かって茶目っ気たっぷりに舌を出す。その様子を見て、トルヴィアは溜め息を吐きながら首を横に振った。

この男、やけに兵士受けがいい。あのような大立ち回りを演じたのだから当然かもしれないが、アドリアンの勇敢さ、強さ、そして気取らない態度がドワーフたちの琴線に触れたのだ。

仇敵であるアルヴェリア王国が人間を主種族とした国なので、当然人間に良い印象は持っていないはずの兵士たち。

そんな彼らすらも魅了するアドリアンに、トルヴィアは感心すると同時に警戒心も抱いていた。


「ホント、厄介な奴ね」


彼女の呟きは馬車の駆動音に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。

一方、メーラは帝国の馬車に驚愕の目を向けていた。生まれて初めて馬車に乗る彼女だが、それでも馬車というのは馬が引くものだという常識は持っていた。しかし、目の前の馬車はその常識を覆すものだった。

──馬が引いていないのだ。まるで魔法にかけられたかのように、一人でに動いている。


「ア、アド。この馬車、勝手に動いてる……」


メーラはトルヴィアに聞こえないようにそっとアドリアンに尋ねた。

アドリアンは優しく微笑みながら説明を始める。


「あぁ、この馬車はシャヘライトの動力で動いているんだよ」


アドリアンが説明してくれたことはこうだった。

シャヘライト……魔力を膨大に含んだ鉱石で動くこの馬車は、魔力の補給さえすれば永久的に走ることが出来るという。

馬も御者もいらない、まさに夢の乗り物だ。


「俺が平野で戦った大きな鎧……ドワーフたちが魔導機械兵って呼んでる兵器も、全てシャヘライトで動いてるんだ」


グロムガルド帝国は他国に先駆けてシャヘライトの確保に成功した国家だ。

ドワーフたちの卓越した技術とシャヘライトの力が融合し、魔導機械という新たな力が生み出された。

それこそが、帝国の力を飛躍させ、世界に名だたるドワーフの帝国を作り上げた原動力だった。


「まぁ、俺からすればあんな玩具に頼ってるドワーフたちはお子ちゃまだけどな」

「お子ちゃまで悪かったわね。本当に馬車から叩き出すわよ」


どうやらトルヴィアに聞こえていたようだ。アドリアンは肩を竦め、窓に目を向けて景色を眺める。

馬車の窓から見えるのは行軍するドワーフたちの兵士。人間とは違い、背が低く、少年のように見える者も入れば歳を重ねヒゲを蓄えている者もいる。


「トルヴィア。『お子ちゃま』ってのは誉め言葉なんだよ」


見た目は人間の子供の背丈しかない彼等は規律と強さと誇りを何より大事にしている。

そして、どんなに下らないことにでも全力を尽くし、命すら懸けられる……まさに夢見る子供そのものだ。

だからこそ彼はドワーフという種族が大好きだった。


「へぇ。じゃあアンタの軽口もお子ちゃま並みってことね。聞いてるとイライラしてくるわ。まるで砂糖をたっぷり食べたわがままな子供のおしゃべりみたい」

「おぉ、誉め言葉ありがとう」


アドリアンは、まるで本当に褒められたかのように嬉しそうに答える。


「キミの皮肉もまるで大人になりきれない子供のように可愛いよ。もっと言って欲しいね」


トルヴィアは大きな溜め息を吐くとアドリアンの言葉に反応するのを止めた。どうやら何を言っても無駄だと理解したらしい。

そうこうしているうちに、馬車の揺れが大きくなってくる。山を越え、谷を跨ぎ、そして辿り着いたのは空を穿つような巨大な岩が乱立する荒野地帯。


「さ、メーラ姫。随分と時間が掛かったけどようやく帝都に着いたわ。もう少しでこの酔いそうな魔導馬車の揺れとはお別れよ」

「え?」


トルヴィアの言葉にメーラは窓から辺りを見渡すが辺り一面荒野で街のようなものは何もない。

どういうことだ?とメーラが首を傾げているとアドリアンが微笑みながら言った。


「メーラ姫。ドワーフさん達の都市は地上にはないのですよ」


その時だった。

馬車と軍勢の目の前にある巨大な岩……崖と見間違うような岩が、地鳴りと共に動き始めた。

最初は僅かに振動するだけだったその巨大な岩は次第に揺れを大きくし、まるで扉のように左右に開いていく。


「……!?」


トルヴィアの歓迎の言葉と共に、巨大な岩は地響きと共に完全に開ききった。

メーラは息を呑む。彼女の目の前に広がるのは、巨大で整然とした地下への通路だった。

床と壁には凹凸一つなく、天井には一定間隔で灯りが備え付けられている。それは、地下都市を照らすためのものだろう。

馬車は、この驚異的な地下都市への入り口をゆっくりと通過していく。そしてその通路の先にあるこれまた巨大な扉が開くと同時に、メーラの目に信じられない光景が飛び込んできた。


「こ、これが……ドワーフの……国!?」


広大な地下空間に広がるドワーフの帝都。

天井は遥か上空にあり、無数の青白い光が星のように瞬いている。よく見ると、それらは巨大な水晶のようなものだった。その光が地下都市全体を柔らかく照らしている。

中央に聳え立つドワーフの城は、まるで山を削り出したかのような巨大さで、その表面には精巧な彫刻が施され、シャヘライトの光を反射して輝いている。城の周りには、何層にも重なる円形の街並みが広がっていた。

通りには、ドワーフたちが行き交い、魔導機械が滑るように移動している。遠くからは鍛冶の音が聞こえ、どこからともなく蒸気の匂いが漂ってくる。


呆然と目を見開くメーラに、トルヴィアは自慢げに言った。


「ようこそ、我らが帝国『ドワーフの国・グロムガルド』へ」


その言葉に呼応するように、カンッ!と何処からともなく鍛冶の鎚で金属を叩く音が聞こえた。


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