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第三十一話

魔法砲撃を凍らせた挙句、要塞から発射された砲弾を脚で弾き飛ばすという離れ業を成したアドリアン。

この戦場にいる誰もがアドリアンの力を目の当たりにし、言葉を失くしている。


「感動的な花火ショーをありがとう。これがキミたちの言う『戦争』ってわけか。子供の砂場遊びの方がまだマシかも」


丘の上にいるアドリアンは大げさにやれやれと肩をすくめると帝国軍の方を向き、挑発するような仕草を見せた。


「悪いけどそんな紙吹雪みたいな砲撃じゃ俺の髪の毛一本だって傷つかない。──さて、次は何をしてくれる?これから本気を出してくれるんだろ?」


アドリアンは帝国軍の陣地を見下ろしながら、不敵に笑う。

ドワーフたちの反応は即座に現れた。彼らは顔を真っ赤に染め、口々に怒声を上げ始める。


『テメェ何者だぁ!砲弾を蹴り飛ばす化け物なんて聞いたこともねぇぞぉ!』

『舐めやがって!命令さえ出ればテメェみたいなガキ、一瞬で挽肉にしてやる!』


次々と威勢のいいセリフが聞こえてくるが、襲い掛かってくる様子はない。

恐らくは『命令』が彼らを縛っているのだろう。そう察したアドリアンは最後の一手に出ることにした。


「しょうがない。『命令』という首輪に繋がれた、かわいそうなワンちゃんたちに、道を指し示してやるとするか」


彼は地面に置いてあった物を手に取り、高く掲げる。

その瞬間、帝国軍の陣地から息を呑む音が聞こえた。アドリアンが手にしているのはドワーフの象徴とも言える戦鎚、ウォーハンマーだ。


「随分とお利口さんな戦士様たち!どうやら俺の言葉が難しすぎたみたいだね!せっかくだから赤ちゃんでも分かるように説明してあげよう!」


彼は掲げた戦鎚をゆっくりと、しかし確実に逆さまにする。その瞬間、帝国軍全体に緊張の波が走った。


「──戦士であるならば、この戦鎚の逆さ掲げを見逃すわけにはいくまい!!」


アドリアンの声が、雷鳴のように響き渡る。


「お前たちの力、そして名誉を試す時が来た!!怯えるならば退け!!このアドリアンに挑みたくば、全てを懸けてかかってこい!!」


──『戦鎚の逆さ掲げ』。


この行為の意味を理解したドワーフたちの顔が驚愕に染まった。

鍛冶と戦争の神に愛されたドワーフにとって、戦鎚の逆さ掲げは神聖にして犯すべからざる決闘の宣言だ。血と魂が戦いを求める彼らにとって、この挑戦を無視することは決して許されない。

アドリアンは拡声魔法を最大限に使い、その声を平野全体に届かせる。


「我が決闘の申し出を受けるのなら、ここでその覚悟を見せろ!!戦士としての誇りを賭け、今すぐ決着をつけようではないか!!お前たちが受け入れなければ、この大地に立つ資格はない!!」


一瞬の静寂。


そして──。


『野郎!ぶっ殺してやる!』

『アドリアンだと!?上等だ!その決闘受けてやらぁ!!』


帝国軍の陣地から次々と怒号が上がり、前線の兵士たちが丘の上目掛けて進軍を始める。

彼らはアドリアンの挑戦を受けるつもりなのだ。


「指揮官どの!前線の兵士たちが暴走して……!」

「……進軍せよ。あの男に、我々の誇りを見せつけてやれ!」

「し、指揮官どの!?」


今まで平静を保っていた前線の指揮官たちも今のアドリアンの挑発を受け、命令を下した。

年長のドワーフたちの顔に厳しい表情が浮かぶ。『戦鎚の逆さ掲げ』を目の当たりにして、何もしないことは彼らの誇りが許さない。

儀礼を重んじ、名誉を何より大切にする彼らにとって、この挑戦を無視することは許されないのだ。

魔導機械兵が一斉に動き出す。駆動音が地面を震わせる。重厚な鎧を纏った巨躯のドワーフたちが、戦鎚を振り上げながら地面を踏み鳴らして駆け出していく。


「お!全員参加とは嬉しいね!」


アドリアンを囲むように帝国軍が陣形を組み、各々の武器を構えた。

突如、陣の中から一体の魔導機械兵が姿を現す。

身の丈3メートルにも及ぶ魔導機械兵。剣も弓矢も通じない頑強な鎧に覆われ、小型の魔導砲まで備えたその鎧はまさに歩く要塞だ。

アドリアンは目の前に聳える鋼の巨人を不敵に見上げる。その瞳には恐怖の色は微塵も見えない。


「アドリアンとやら!まずはこのワシが相手だ!!」


魔導機械兵の中から響き渡る野太い声に、アドリアンは「おや?」と首を傾げた。


「一人ずつでいいのかい?俺は一斉に掛かってきてもらっても構わないんだけど」

「がはは!言うたな若造めが!!神聖な決闘に複数でかかる奴があるか!」


魔導機械兵が巨大な剣を天高く掲げた。

そして──。


「我こそは戦士ファティマ!我が剣の前にひれ伏すがいい!!」


その言葉と共に巨大な剣が大地に突き刺さる。地面が激しく揺れ、周囲のドワーフたちも足元を揺らす。

アドリアンはその衝撃を軽々と避けた。彼は優雅に宙を舞い、まるで蝶のように機械兵の頭上に舞い降りる。


「俺はアドリアン!しがない英雄だ!君たちの華々しい軍団に比べたら、ほんと取るに足らない存在さ。さあ、決闘を始めよう!」


アドリアンの動きは、稲妻のように速かった。彼の拳が空気を切り裂き、魔導機械の兜に突き刺さる。


「ぐおっ!?お、おのれ!!」


ファティマの驚愕の声が響く。彼は必死に反撃しようと剣を振り上げるが、アドリアンの動きの方が遥かに速い。

アドリアンの膝が閃光のように突き出され、魔導機械兵の胴体に激突する。凄まじい衝撃と共に、巨大な機械兵が吹き飛んだ。

轟音と共に砂煙が立ち上り、それはそのまま動きを止めた。


「魔導機械を素手で……?う、嘘だろ……?」

「砲撃を脚で蹴飛ばす奴なんだからそれくらいはするだろうが!!」


帝国軍が動揺する中、動かなくなった魔導機械兵の胴体が左右に開き、そこからドワーフの兵士が這い出してくる。

ファティマと名乗った髭面のドワーフはそのままアドリアンへと突進し、拳で殴りかかった。


「よくもやってくれたな若造が!だがまだ終わっちゃいねぇぞ!」

「お、いいね!おもちゃの鎧に頼らず、自分の手足で戦うのは素晴らしい!少なくとも、ガラクタの操縦士からちゃんとした戦士に昇格したよ!」

「ほざけぇ!!」


ファティマの拳が唸り、アドリアンに襲い掛かる。しかし彼はそれを紙一重で避け、腹部に蹴りを叩き込んだ。


「がっ!?」


ファティマの腹部にアドリアンの蹴りが炸裂する。轟音と共に、ファティマの体が地面に叩きつけられた。

砂埃が立ち上る中、彼の体は動かなくなった。


「さぁ、お次は誰だ?できればオモチャに頼らない戦士さんがいいけど」


アドリアンの声が響く。その声で呆然と決闘を見ていたドワーフたちはハッと我に返った。

『次は俺だ!』『いや、俺がぶっ殺してやる!』と次々にアドリアンへと殺到していった。



──そんな奇妙な光景を、王国軍の陣地の後方で観戦している一団がいた。

ガラフィドたち王国将兵、そしてメーラとザラコスである。


「わぁ~!アド、すごい!……じゃなくて、流石ですわね。うふふ」

「相変わらずの重い一撃だ。奴の軽口も少しは重くなってくれるといいんだがな。まあ、期待はしていないがね」


アドリアンの力をよく知っている二人は、彼の活躍を当たり前のように、そして我が事のように喜んでいた。

しかし周囲の者は違う。

ガラフィドは信じられぬものを目にしたように呆然と立ち尽くしていたし、王国軍の兵士も呆然自失とアドリアンを見つめている。


「な、なんなんだあの男は……」


ガラフィドの呟きと共に、アドリアンの拡声魔法が響き渡る。

アドリアンの声が聞こえる度に、一人、また一人とアドリアンの方からドワーフが空高く打ち上げられていく。


『お、『怪力』と『剛腕』の複数加護持ちだって?素晴らしいね!でも、属性耐性って言葉知ってる?』


電流に包まれた巨躯のドワーフがまるで人形のように宙を舞い、地面に叩きつけられる。

その様子を見てメーラが息を呑んだ。


「あのドワーフさん、気絶してる……?まさか、死んで……」

「ご安心を。電流を浴びて昼寝がしたくなっただけでしょう。ドワーフは無駄に頑丈ですから心配するだけ無駄ですぞ」


ザラコスが冷ややかにそう言った。メーラは「まぁそうなの。じゃあ安心ね。お昼寝から覚めたら、また楽しく遊べるわ」と微笑む。


『おや、お次はオモチャか?全く、最近のドワーフは玩具に頼りすぎて頭まで玩具になっちゃったのかな』


その言葉と共にアドリアンの手から渦巻く風が生まれる。

やがて竜巻と成長したその風は、まるでゴミを掃くかのように、魔導機械兵を次々と吹き飛ばしていった。

先程のドワーフが乗っていた個体とは違い、中には誰も乗っていないようだ。


「ほぉ、無人の遠隔操作タイプか。さすが帝国軍。最新技術で立派に負けていくのぅ」

「中に誰も入っていないのに動くなんて、不思議ね。お人形さんみたい。でも壊れるのもお人形さんみたいに簡単ね」


二人はまるで公園のベンチでピクニックを楽しむかのように、この一方的な「決闘」を眺めている。

その態度は、周囲の緊張感を嘲笑うかのように楽観的だ。

ガラフィドは眉をひそめ、困惑した表情でメーラに問いかけた。


「メーラ姫よ。彼の力は分かった……のだが、一体彼は何をしようとしているのだ?戦争を止めると聞いた筈だが、逆に煽っているように見えるのだが」

「うん、確かに……あ、いや、違いますよ。彼には彼なりの考えがあるのです。きっと」


思わず素が出そうになったメーラだが、慌てて取り繕う。

ガラフィドはここまできてしまった以上、成り行きを見守るしかない……そう判断し深い溜息を吐いた。

そんな彼に副官の一人がこう言った。


「閣下。ドワーフ共は陣形を乱しております。今攻撃を仕掛ければ容易く帝国軍を……ひっ!?」


突如として副官の言葉が途切れた。彼の顔から血の気が引いていく。

その原因はザラコスから放たれる凄まじい殺気だった。


「ほう、王国軍は神聖な決闘に横やりを入れるおつもりか」


ザラコスが戦士としての覇気に包まれ、周囲の将兵が後退る。

リザードマンの武人が放つ殺気、そして戦士の覇気は並大抵のものではなく、並みの兵士では耐えられるものではないのだ。


「あの場に下らぬ理屈など持ち込むのは無粋の極み。皇国、魔族の国、そしてあの化け物のような若造をも完全に敵に回してもよいと仰るなら……私はそれを止めはせぬが」


ザラコスの覇気にあてられた副官たちは顔を青ざめさせ、慌てて首を横に振る。

ガラフィドは厳しい表情で副官たちを見つめ、きっぱりとした口調で言った。


「……余計な口を挟むな」


そしてザラコスに向き直り、丁重な態度で話しかける。


「ザラコス殿、申し訳ない。俺も武人の端くれ、彼らの心意気は理解できる」

「おぉ、ランドヴァール侯。貴殿が崇高な戦士で良かった」


微笑むザラコス。彼はそのままガラフィドに向き直ると、「おや?」と目ざとくガラフィドの腕を見て言った。


「ランドヴァール侯、腕が震えているようだが……どうなさったので?」

「っ!?い、いや……なんでもない」


ザラコスは意味ありげに顎に指を当てる。その目には何かを見抜いたような光が宿っていた。


「おや、そうでしたか。儂はてっきり、卿があの決闘を見て昂って『自分も混ざりたい』と仰るのかと……」

「な、何を言っておられるのだ。軍の総大将が、最前線であんな騒ぎに参加できるわけがないだろう」

「そうですな。いや、儂の早とちりでしたな。うむ」


ガラフィドは冷や汗を流しながら乾いた笑い声を上げた。

しかし彼の身体の震えは止まらない。

──彼は戦いたがっているのだ。あの闘争の中に身を躍らせ、戦いたいと願っているのだ。

しかしガラフィドはそれを必死に押し殺した。そうしなければ、王国軍の総大将としての威厳が崩れてしまうから……。


──その時であった。


突如、アドリアンが戦っている方角から轟音が鳴り響いた。

全員の目が、一斉にその方向に向けられる。そこには粉塵を巻き上げ、一人のドワーフが空高く跳躍している姿が在った。


「──あれは」


ガラフィドの瞳に小柄な女性ドワーフの姿が映る。

陽光に照らされ、燃えるような赤い髪を風になびかせるその姿は戦場に異彩を放っていた。

その姿を認めた瞬間、ガラフィドは身体を硬直させた。


「ば、馬鹿な。どうして彼女が……」

「あの女性を知っておいでで?」

「あ、ああ……彼女は……」


ガラフィドは一瞬躊躇するが、すぐに口を開き、こう言った。


「彼女は、帝国の皇女トルヴィア。敵軍の……総大将だ」


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