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第九話

一瞬の閃光が街中を引き裂いた。耳をつんざくような轟音が街中に響き渡り、激しい衝撃波が周囲を襲う。

灼熱の風がアドリアンを包み込み、彼の髪と服を激しく揺らした。爆発の中心から、オレンジ色の炎の舌が天に向かって伸び上がる。


「アドリアン!!」


ザラコスもまた、爆発の衝撃から身を守るために、地面に這いつくばった。

如何なリザードマンと言えど、今の爆発は常軌を逸している。


「ぐっ……!」


瓦礫と破片が四方八方に飛び散り、近くの建物の窓ガラスが一斉に割れ、鋭い破片の雨が降り注ぐ。

アドリアンのいた場所は灰色の煙に覆われ、その姿は見えない。

ザラコスは爆心地から少し離れていたため、爆発の衝撃から身を守ることが出来た。

しかし、あの爆心地にいたアドリアンはどうなったのだろうか。


「アドリアン!無事か!?アドリアン!!」


煙が徐々に晴れていく中、そこに立っていたのは……。


「随分、派手なお出迎えだな」


そこにはけろっとした顔で立っているアドリアンの姿があった。

彼の周りには薄い青い光の膜が漂っていおり、髪の毛一本すら乱れていない様子で肩をすくめていた。


「おぉ、無事だったか!防護魔法が間に合ったのだな!」

「別に防護魔法なんていらなかったんだけどさ。服を守るために仕方なく」


そしてアドリアンは「裸で戦うなんて間抜けすぎるからな」とおどけて見せる。

ザラコスはそんな飄々としたアドリアンを見て溜め息をつきながらも、安堵の表情を浮かべた。


「お前な、本当に……まぁいい」


そうして二人は男を見据える。

明らかに正気を逸している男を見て、アドリアンは呟いた。


「あのオッサンがこの騒動の犯人かな?」

「そうだろうな。だが、様子がおかしい……」


警戒を強める二人に男はクククと笑い声をあげた。


「ククッ……アハハハッ!お前を殺して、俺が正しいことを証明するんだ……!」

「……なに?」


男の言葉にアドリアンは眉を潜めた。

彼は何を言っているのだろうか。思わずザラコスに視線で問うも、同じようにザラコスも首を傾げている。


「アンタ、何を……」

「殺せ……!その男を、殺せ!」


ズズズと歪な音が響く。地面から闇が這い出て、それは人の形を成す。

それは異形の兵士……シャドリオスであった。


「こいつらは……!」


地面から湧き出る闇の兵士はまるで湧き水のように次々と現れ、あっという間にアドリアンとザラコスを取り囲んでいく。

──この男がシャドリオスを生み出していたのか?

アドリアンが男を見やると、男は狂気に満ちた目でシャドリオスに命令を下した。


「殺せぇ!!」


男の言葉に呼応するように、シャドリオスたちが一斉にアドリアンとザラコスに襲いかかる。


「考えている暇は無いぞ、アドリアン!」

「そうみたいだな!」


アドリアンを迫りくるシャドリオスたちを一瞥すると身体の中の魔力を練り上げ始めた。

その瞬間、彼の周りの空気が重く、濃密に変わっていく。青白い光が彼の体から発せられ、その光は次第に強さを増していった。

彼はそのまま両手を地面につけた。地面に青い光の筋が走り、まるで蜘蛛の巣のように広がっていく。


「少し踊ってもらおうかな!」

「■■■!?」


アドリアンの声が響き渡るや否や、地面が激しく揺れ始めた。

その揺れは、まるで海の波のように、シャドリオスたちに向かって押し寄せていく。轟音と共に地面が波打ち、亀裂が走る。


「自我がないみたいだからしょうがないけど……もう少し優雅に踊れないもんかな」


アドリアンの皮肉めいた言葉と共に、パチンと指を鳴らした。その音が合図であるかのように、地面から土の槍が無数に突き出した。

それらは光の筋を纏いながら、シャドリオスたちを次々と貫いていく。


「■■■──!?」


数十体もの闇の兵士が一瞬にして消え去り、戦場は一瞬の静寂に包まれた。


「いちいち癪に障る奴だ……!何をしている、早く殺せ!」

「■■……ッ!!」


男の怒声が響き、再びシャドリオスたちが地面から湧き出る。

そして、その声に呼応するかのように再びシャドリオスたちが押し寄せてきた。


「おっと。ワシを忘れてくれるな!」


しかし今度は、ザラコスが一歩前に踏み出した。

巨大な剣を煌めかせながら、彼はフンと鼻を鳴らす。


「行くぞ!」


ザラコスの声が響き渡ると同時に、彼の姿が一瞬で消えた。

次の瞬間、彼はシャドリオスたちの真ん中にいた。


「■■■!?」


巨大な剣が風を切る音が鋭く響く。切り裂くというよりかは叩き潰すという表現が相応しいほど彼の剣技は荒々しかった。

剣が振るわれるたびに、シャドリオスたちの体が黒い霧となって消散していく。地面には深い溝が刻まれ、衝撃で周囲の瓦礫が粉々に砕け散っていった。


「竜の剣、受けてみよ!」


ザラコスの怒号が空を震わせる。彼が再び剣を振り回すと、剣から衝撃波が放たれた。

衝撃波はシャドリオスたちを飲み込むように広がり、その体を呑み込んでいく。衝撃に飲まれたシャドリオスたちは黒い霧となって霧散していった。

まるで竜が力任せに暴れたかのような光景に、アドリアンは感嘆の声を上げた。


「ザラコス、お坊ちゃん設定はもうやめたのか?」

「ワハハ!武門の家のお坊ちゃんだ!幼少期から竜人様と戯れてきたんだ、この程度の奴らに遅れは取らんよ!」


ザラコスの誇らしげな声に、アドリアンは軽く肩をすくめた。


「じゃあ俺も、少しだけ本気を出そうかな」


アドリアンはそう言って微笑むと、空に向かって両手を掲げ魔力を集中させ始めた。

彼の周りの空気が急激に変化し、まるで生き物のように脈動を始める。

炎の魔力が赤く、雷の魔力が青白く、風の魔力が透明に輝き、それぞれの属性が彼の手の中で渦を巻いていく。


「さあ、楽しい舞踏会の始まりだ!参加費は無料だから、みんなどんどん踊ってくれよ!」


アドリアンの声が響き渡ると同時に、彼は両手を大きく広げた。集められた魔力の塊は、まるで花火のように天高く舞い上がる。

無数の光の粒が、突如として方向を変え、雨のようにシャドリオスたちへと降り注いだ。


「■■■!!」


魔力の雨に打たれたシャドリオスたちの反応は様々だ。

炎の魔力を浴びたものは、悲鳴を上げながら青白い炎に包まれ、焼け焦げていく。

雷の魔力に打たれたものは、体中から火花を散らしながら激しく痙攣し、その姿が闇と光の狭間で浮かび上がる。

風の魔力は鋭い刃となって彼らの体を切り裂き、土の魔力は重力の鎖となって彼らを押しつぶす。

戦場は魔力の嵐と化し、地面は揺れ、空気は唸りを上げる。

シャドリオスたちは、その圧倒的な魔力の奔流になす術もなく呑み込まれていく。


「おぉ……なんと壮大な魔法か。ワシも負けておられん!」


魔力の暴風の中、ザラコスの声が響いた。彼はその巨体に似合わぬ機敏な動きで、まるでダンスを踊るかのように次々とシャドリオスたちを薙ぎ払っていく。

ザラコスの動きは力強く、かつ優雅だ。大剣で敵を一刀両断し、その巨躯で押しつぶし、時には長い尻尾を鞭のように振るって薙ぎ払う。

彼の鱗が炎に照らされ、赤く輝く。その姿はまるで火の竜そのものであった。


「ザラコス!やっぱアンタの尻尾は最高だな!野性味溢れるそのダンス、惚れ惚れするよ!」

「そうだろう!殺し合いという名のダンスレッスンをワシは欠かしておらんからな!」


二人は笑い合いながら戦い続ける。

アドリアンの魔法が光の渦となって敵を包み込み、ザラコスの剣技が風を切って敵を薙ぎ倒す。

炎の中で踊る二人の舞踏家は、まるで舞い踊るように戦場を駆け巡っていた。


「な……なんだ、こいつらは……?」


シャドリオスたちは次々と倒され、黒い霧となって消えていく。その霧が立ち込める中、アドリアンとザラコスの姿だけが、まるで光の中心にいるかのように輝いていた。

この光景を目にしている男はただ呆然とするばかりだった。

彼の目に映る光景は、もはや戦いというより芸術に近い。恐怖と畏怖が入り混じった表情で、男は二人の「ダンス」を見つめ続けた。


「早く……早く殺せ!!ただのガキと老いぼれだぞ!何故、何故殺せないんだ!」


男の叫び声が、戦場の喧騒を突き抜けて響く。その声には、焦りと恐怖が滲んでいる。

シャドリオスたちは、まるで操り人形のように一斉に動き出した。彼らの赤い目が不気味に輝き、低い唸り声が地面を震わせる。

アドリアンとザラコスは、瞬時に背中合わせの態勢を取った。二人の息遣いが一つになり、まるで長年の戦友のように息が合っている。


「懐かしいな。『あの時』もこうして一緒に戦ったよな」


アドリアンの声には、どこか遠い記憶を懐かしむような色があった。

彼の手から放たれた魔法が、シャドリオスたちを蹂躙していく。その光に照らされた彼の顔には、懐かしさと哀愁が混ざっていた。


「ほぅ。誰とだ?」

「アンタとさ、ザラコス……」

「?」


アドリアンの言葉にザラコスは首を傾げる。

だが、彼の疑問を他所にアドリアンはポツリと呟いた。


「そろそろフィナーレにしようか。長引きすぎたからな」

「同感だ」


絶え間ないシャドリオスの攻撃が続く中、アドリアンが魔力を身体に漲らせる。

彼の周りの空気が急激に変化し、そして再び様々な属性の魔法が彼の周囲に展開された。炎、雷、風、土、水、それぞれの属性が異なる色を放ち、アドリアンの周りで渦を巻いている。


「さて、どの属性でシメにするかな。どれが好きだろうか?シャドリオスさんとやらは」


アドリアンの周りで渦巻く魔力が、さらに強さを増していく。その光が周囲を照らし、シャドリオスたちの不気味な姿を浮かび上がらせた。

彼の言葉にシャドリオスは反応する訳もなく、その赤い目には感情の欠片も見られない。

それを見てアドリアンはフッと笑うと、両手を天高く掲げた。


「喋れないならしょうがないな!じゃあ、特別に全部一緒にプレゼントしてやろうか!」


アドリアンが再び両手を広げると、今度は全ての属性が融合した巨大な魔力の奔流が吹き荒れる。

空気が重く、濃密になり、息をするのも困難になるほどだ。それを見たザラコスは目を見張った。彼の鱗が、魔力の波動に反応して青白く光る。


「フィナーレだ!」


アドリアンの魔力が天に昇り、そして一気に降り注いだ。そ炎・雷・風・氷・土……様々な属性の魔法が虹色の光となって辺りを包み込んでいく。

眩い閃光が辺りを覆い、轟音が大地を揺るがす。その全てがシャドリオスたちに叩き込まれた。彼らの黒い体が、魔力の洪水に飲み込まれていく。


「■■──」


一瞬の静寂の後、凄まじい爆風と衝撃波が彼らを襲った。

その威力は想像を絶するもので、周囲の建物はまるで積み木のようになぎ倒され、大地は深く抉られ、地面は蜘蛛の巣のように割れていく。


「予算不足にしては派手な宴の締めくくりだな!」

「言ったろ?少しだけ本気を出すってさ!」


闇の兵士が吹き飛び、四散する光景を二人は満足げに眺めていた。魔力の残滓が空中に漂い、破壊の跡に幻想的な光景が作り出されていた。

やがて、襲ってくるシャドリオスはいなくなり、残るは男を庇うように陣取る数十体の闇の兵士だけだった。


「ぐぬぅ……おのれ……おのれぇ……!」


男の声が、歪んだ怒りと共に響く。彼の目は血走り、顔は憎悪で歪んでいる。

その眼差しはアドリアンに向けられているが、彼は全く動じる様子もない。


「──さて。終わりにしようか」

「そうだな……だがあの男は殺すなよ、口を割らせなければ」


静かだが確固たる決意に満ちたアドリアンの言葉に、ザラコスの低い声が応じた。

その言葉を聞いた瞬間、男の目に狂気の色が広がった。


「捕まえろ!そいつを拘束して、魔法を使えないようにしろ!」


男の叫び声が、静寂を引き裂く。その声に呼応するかのように、残されたシャドリオスたちが一斉に動き出した。

黒い影のような彼らの体が、アドリアンに襲いかかる。瞬く間に、アドリアンの身体は闇の兵士たちに覆われ、拘束された。

アドリアンの周りで渦巻いていた魔力も徐々に弱まっていく。


「……」


その瞬間、アドリアンの表情が変わった。これまでの余裕は消え、一瞬の驚きが浮かぶ。

それを見て男は口元に小さな、しかし勝利を確信した笑みを浮かべる。


「接近さえしてしまえば、魔法使いなど恐れるに足らんわ!」


男の手に握られた短剣……その刃が拘束されたアドリアンに向かって突き出される。

そして、刃先が空気を切る音が鋭く響いた。


「なっ……!」


ザラコスの叫び声が響くが、彼とアドリアンの間には数メートルの距離がある。

魔法使いというのは、接近戦に弱い。それはこの世界の常識であり、誰もがそう信じている。


(やった……!)


男の短刀が無防備なアドリアンの胸に突き刺さろうとしたその瞬間、世界の時間が緩やかに流れ始めたかのように感じられた。


「アドリアン──!」


彼の巨体が、スローモーションのようにアドリアンに向かって動き出す。

間に合わないと知りつつも、必死に腕を伸ばすザラコスの姿。

彼の尻尾があのように激しく揺れるのは本当に焦っている時だ。


「──あぁ」


アドリアンの目に、懐かしさと哀愁の色が宿る。

記憶の中でかつて見たザラコスの姿が重なった。

世界を越え、時を越え、変わらぬ戦友の姿。まるで古い絵画を見ているような、そんな気分に陥る。


「世界がどんなに変わっても」


刹那の世界の中で、アドリアンは呟いた。


「変わらないお人よしがいるね。ザラコス──」


アドリアンの唇が小さく動き、口元が僅かに緩む。

それは笑みなのか、それとも哀しみの表情なのか。

短刀の刃が胸元に迫っているといのに、アドリアンの表情には恐れの色はない。

ただ、遠い過去を懐かしむような、静かな諦観が浮かんでいた。


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