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第八話

──時は少し遡る。


市場のど真ん中で奴隷を連れていることを責められ、逃げるようにしてその場を後にした男……。


「……くそっ」


彼は手に握りしめた金銭の入った袋を見て、舌打ちする。

奴隷がいなくなった。それは別にいい。あのエルフの奴隷は二束三文で買ったものだし、いなくなったところで困ることもない。

それに自分に言い掛かりを付けてきたあのガキはあの奴隷の価値以上の金を渡してきたのだ。


「ふん、馬鹿なガキだ……あんな奴隷を哀れんでこんなに金を寄越すなんてな」


奴隷なんて使い潰して、最後には捨てる。それが常識だ。

それをあのガキは偽善者ぶって、あの奴隷に大金を払った。

馬鹿としかいいようがない。


「もし、そこのお方」

「ん?」


男は背後から声を掛けられた。

振り向くとそこには、黒いローブを羽織った女が佇んでいた。

ローブに顔が隠れているのに何故女かと分かったのか、それは声と、そのローブから零れる長い金髪が目に留まったからだ。

男は訝しげにその女を見る。


「何だ貴様。私に何か用か?」


男のぶっきらぼうな答えに女はくすりと、口許だけで微笑んだ。


「いえ、実は私……さっきの市場でのあなたと青年のやり取りを見ていた者の一人でして」

「……なに?」


それを聞いた瞬間、男の眉がぴくりと吊り上がる。


「ふん、私にまた言い掛かりを付けようというのか? 不愉快な奴しかいない街だな、ここは。だが、残念だったな。もうあの奴隷は売ったんだ。言い掛かりを付けるならあのガキに……」


「いえ、そうではありません」

「……?」


女の言葉に男は動きを止めた。


「あなたが悪いとは思っておりませんよ。むしろその逆……。あなたが正しいと、私は思っています」

「……はぁ?」

「奴隷なんて、所詮は物と同じ。その命に価値など無いのです。奴隷は使い潰して、捨てるもの……それが常識です」

「なにを言って……」


女はそう言うと、ローブの懐に手を入れ何かを取り出し、男に差し出す。

男は警戒しながらも、中を確認するとそこには幾つかの魔法のアイテムが入っていた。


「な……」


男の目が驚きに見開かれる。

その魔法アイテムは、物騒なものばかりだったからだ。投げれば爆発を引き起こすものや、火柱を生み出すもの。

魔法に疎い男でもこれらの道具は知っていた。戦争に使われるような強力な魔法の道具は、どれも希少性が高く値段もそれなりにする。

そんなものをポンと出してくるこの女は一体……。


「な、なんで私にこんなものを……」


男はいつの間にか後退りながら、目の前の女を見る。

フードの暗闇から覗く女の口許は、三日月のように吊り上がっていた。


「あなたが市場で受けた侮辱に対して、私も同じ気持ちを抱いているのです。あなたにはその恨みを果たして欲しい……いや、果たすべきなのです」


女の甘美な声は、男の心にすっと入り込んでいく。

彼女の言葉には不思議な力があり、男の怒りと憎悪が徐々に増幅されていくのを感じた。


「恨みを、果たす……」

「そう。世間知らずの、偽善者たちにその報いを……」


女の言葉に男は瞬間的に反発を覚えたが、同時にその言葉の魅力に引き寄せられる自分を感じていた。

怒りが沸騰し理性が薄れていく中で彼は頷いた。


「そうだ……。そうだ! 私は悪くない! あの若造は俺に恥をかかせたんだ。この報いは受けさせなければならない!」

「そうです、あなたにはその資格がある……」

「なら、どうすれば良い?」


男は目の前の女の甘言にのめり込んでいた。

それは女の思惑通りかもしれなかったが、もはや男にはどうでもいいことだった。

男の様子に女は口許を歪める。そして……。


「この街を破壊し尽くし……あの魔法使いの青年を殺すの」

「あのガキを?」

「そう。あなたの手で、ね……」

「わ、私が?」


女は頷く。男はゴクリと唾を飲んだ。

しかしあの青年は魔法使いだ。それも強力な。

男には戦闘経験はない。それどころかまともな喧嘩すらしたことも無い。


「魔法使いっていうのはね、接近戦に弱いの。懐にさえ入れればナイフでも殺せるはずよ」

「しかし……そう簡単に近付けるとは……」

「心配ないわ。あなたには強大な軍勢がついている……」

「え?」


女がパチンと指を鳴らす。

すると、影から何人もの人影が現れた。

それは闇を纏ったような、得体の知れない存在であった。

生気も何も感じない、まるで人形のような……。


「な、何だこいつらは……?」


男が狼狽えるのも無理は無かった。

それは人というにはあまりにも異質で不気味な姿だったからだ。しかし女はその集団を気にする様子もなく、淡々と言葉を紡いでいく。


「あなたの忠実な兵隊よ」

「なに……?」

「そう。彼らはあなたの命令を忠実にこなすわ。そしてあなたの力になる」

「力、だと」


男は女の甘言を反芻する。

そして、目の前の闇の存在を見た。

それは男にとって、とても魅力的で魅惑的なものに思えたのだ。


「さあ、この軍勢を率いてあの魔法使いを殺しなさい」

「……わかった」


男の心は女の言葉に支配されていた。

フラフラと、おぼつかない足取りで男は女から距離を取ると、闇の軍勢に向かって命令した。


「あの魔法使いを殺せ! あいつを殺して……私はこの街で英雄になるんだ!」


男の叫び声に反応するように、闇の軍勢は散開し行動を開始した。

最早言っている事も支離滅裂で、自分が何を言っているのかもわからない。

だが、彼にはもう全てがどうでもよくなっていたのだ。


「さて……」


女は男が走り去っていくのを確認すると、ローブを翻して歩き出した。

その口許には笑みが浮かんでいる。


「もっと混乱を広げて。もっと憎悪を増幅させて。そして、あの青年の正体を暴き出して……」


女は邪悪な笑みを浮かべると、闇に溶け込むようにその場から姿を消した。



♢   ♢   ♢



「うわぁぁぁ!」

「逃げろぉぉぉぉ!!」


阿鼻叫喚の地獄絵図がそこにはあった。

逃げ惑う人々と、それを押し潰さんばかりの勢いで燃え広がる炎。

人々で賑わっていた市場は、今や悲鳴と絶叫で埋め尽くされ、地獄と化していた。


「だ、誰か……!」


そんな中、必死に逃げ惑う親子の姿があった。

母親と子供だろうか。母親は子供が転ばぬように必死に手を繋ぎながら走っている。

しかし子供の足がもつれて、その場に倒れてしまう。


「あっ……!」


母親の叫びが響く中、炎に包まれた瓦礫が今にも子供の上に落ちようとしていた。

だが、そこに一陣の風が吹く。シュン、と母親の側を通り過ぎ、それは瓦礫を一瞬にして両断した。


「え……?」


母親が一瞬、呆けた声を出す中、ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の音が響き渡った。

親子が見上げるとそこには黒髪の青年……アドリアンがいつもと変わらぬ微笑を浮かべ、立っていた。


「危ないところだったな!次からは空から瓦礫が降ってくるかどうか、ちゃんと上を確認するんだぞ。特にこういう熱い日はね!」


アドリアンは震える子供を抱えると、母親の元へと優しく降ろしてあげた。


「あ、ありがとうございます……!」

「ここはもうすぐ火に包まれる。早く避難したほうがいい」


その言葉に親子は頷き、アドリアンに一礼してその場を後にした。

親子が去ったのを確認するとアドリアンは振り返り、燃え盛る市場を見る。


「酷いな……一体誰がこんなことを」


アドリアンは眉を顰めながら呟くと、いつの間にか横にいたザラコスが答えた。


「分からぬが……市場の中心から未だに爆発が続いておる。中心になにかあるやもしれん」

「ザラコス?おいおい、避難してくれって言ったじゃないか」


ザラコスの姿を見てアドリアンは目をパチクリとさせる。

彼にはメーラと共に避難するように言った筈だ。しかし彼はフッと笑ってアドリアンを見た。


「メーラのことは心配するな。信頼できるワシの部下に預けてある」

「部下なんていたのか?」

「お坊ちゃんだからな。それより、街の住民を助けなければ」


アドリアンは頷き、遠くを見る。

市場全体が炎に包まれ、街の各所から火の手が上がっている。

木造の家々は次々と火に呑まれ、黒煙が空を覆い尽くしていた。

至る所で爆発音が鳴り響き、地面が揺れる。砕け散るガラスの音、崩れ落ちる建物の轟音。

それらが人々の悲鳴と混ざり合い、混沌とした音を奏でているのだ。


「くっ……火の手が強すぎる!ただの火事じゃねぇ!」

「逃げろ!早く逃げるんだ!」

「お、俺の店が……!」


市場はパニックに陥り、人々は我先にと逃げ惑っていた。

市場の露店の果物や野菜が焼け焦げる匂いが漂う中、二人は共に市場の狭い路地を進む。

煙と炎が巻き上がり、視界が悪くなる中、助けを求める声が幾つも聞こえてきた。


「助けてくれぇ!」

「子供がまだ中にいるんだ!」


ザラコスはその声を聞き逃さなかった。彼はすぐに声の方へ駆け寄ろうとすると、アドリアンに制止される。


「待て、ザラコス」

「なにを……!?」


ザラコスが振り返ると、そこには掌を突き出し詠唱するアドリアンの姿があった。

魔力の奔流が荒れ狂い、アドリアンの周りに風が巻き起こる。


「シルフィード。キミの力を貸しておくれ」


アドリアンが詠唱を終えると同時、彼の掌から淡い光が現れた。それは次第に形を成していき、鳥の形となってその場を飛び立った。

それは一匹ではなく、次々と現れる風の精霊たちだった。

アドリアンの指示を受け、風の鳥たちは炎の中に飛び込んでいく。


「わっ……!?」


二階に取り残された子供がいれば、風の防壁で身体を包みそのまま鳥の背に乗せて、助け出した。

また瓦礫の下敷きになっている人がいれば、風の刃で瓦礫を切り裂き、救出していく。

燃え盛る街に光る風の鳥たちが舞い、彼女らの存在は炎の中で煌めいていた。

炎の海を切り裂く風の翼。その神秘的な光景に、逃げ惑っていた人々も思わず天を仰いでいた。


「て、天使さま……?」

「おお……!?あの鳥たちは一体……」


誰かがぼそりと呟く。

その呟きは伝播するように広まっていき、やがて大きな歓声となって炎に負けぬほど響き渡った。


「アドリアン、お主は一体……」


精霊……それも、最上位の精霊を事も無げに使役するアドリアンの姿に、ザラコスは唖然としていた。

精霊の召喚魔法は高位の魔法であり、膨大な魔力と優れた呪文詠唱が必要となる。

しかし彼の使う風の精霊は、まるで自身の手足のように自由自在に操っているように見えた。


「本当は風の精霊じゃなくて、水の精霊を召喚したかったんだけどさ。ここには水気がないから、シルフィードに頼んだんだ」


一匹の風の鳥がアドリアンにじゃれつくように、彼の頭上を舞う。


「風を起こすと炎が余計広がるから、なるべく風を起こさないように……ってシルフィードにお願いしてね。だからちょっと魔力の消費は激しいんだけど」


そしてまた一匹、空高く舞い上がっていく。人々を、炎から守りながら。


「お主……いや、なんでもない」


ザラコスはそこで口を噤んだ。彼の正体を気にしていてもしょうがないではないか。

今はこの騒乱を収めることが先決だ。

彼は誤魔化すように、口を開く。


「お主はいつもこんなに派手に人助けしてるのかね?」

「いやぁ、これでも今日は控えめな方だよ。普段は空から光の矢が降り注いで、悪党を一掃するシーンとか用意してるんだけど、今日はあいにく予算不足でさ」


アドリアンは微笑みながら肩をすくめる。

それを聞き、ザラコスは笑って返した。


「なるほど、次回は期待しておるぞ」

「期待されるとプレッシャーがすごいんだよ。まぁ、観客の拍手があったら頑張れるけど」

「お主、本当に愉快な奴よの」


そうして二人は炎の市場を駆ける。

風の鳥が人々を救出している中、二人は市場の奥へ、そして中心へと向かっていく。


──その時であった。


「!?」


アドリアンの加護『危険察知』が彼に告げる。

そして反射的に彼は空中に身を翻し、身を捩った。

一瞬遅れてアドリアンがいた場所を何かが通過し、空間を斬り裂いた。


「グルゥっ……!?」


ザラコスが唸り声を上げる。

彼の視線の先には、黒い鎧に身を包んだ闇の兵士たちが立ち塞がっていた。

顔は影のような闇で覆われており、赤い瞳が光るその姿はまさしく異形の魔物。


「こいつらは……」


アドリアンは初めて見るその異様さに驚愕する。

姿形は勿論、雰囲気も、そしてその身に纏う魔力も……。

今までに感じたことのない禍々しさを彼らは持っていた。


「はっ!」


だが、彼の身体は自然と戦闘態勢に移行していた。

地面に着地すると、アドリアンは両手に魔法を発現させ、目の前の異形に対峙する。

ザラコスも大剣を構えると、その異形の兵士たちを鋭く睨み付け、そして叫んだ。


「アドリアン!こいつらは命の無い人形のようなものだ!躊躇なく魔法をぶっ放せ!」

「こいつらを知ってるのか、ザラコス!?もしかしてアンタを攫おうとしてる不届き者とやらじゃないだろうな!」

「そいつらは別にいる!説明は後だ!今はこいつらを何とかするぞ」

「別にいんのかよ……」


ザラコスの言葉にアドリアンはやれやれと頷くと、目の前の異形の兵士たちに向かって駆け出す。

その速さは風のように素早く、そして一陣の風のようであった。

アドリアンは身体に魔力を浸透させ掌を翳し、魔法の火球を生成した。

彼の生み出した魔法の火球は、まるで小さな太陽のように燃え盛り、周囲の炎を吸収して大きくなっていく。


「周りに火がある場所で火の精霊を呼ぶと、はしゃぎすぎて火の手が広がっちゃうからな。地味だけど、俺の魔法で我慢してくれ」


アドリアンの声が、崩れ落ちる建物の轟音と炎の唸りを越えて響く。

それと同時に撃ち放たれた火球は高速で飛翔し、地面を焼き尽くしながら異形の兵士へと迫った。


「■■■!?」


火球は異形の兵士たちに向かって飛んでいき、接触すると共に爆発した。

激しい衝撃波が周囲を襲い、近くの半壊した建物がさらに崩れ落ちる。


「アドリアン!お前の魔法が凄いのはよく分かったから、少しは抑えろ!街が粉々に吹っ飛ぶぞ!」


火球が着弾した場所では爆発で生じた小さなクレーターからまだ熱気が立ち昇ってはいるが、周囲の建物に火の手が広がる様子はない。


「大分手加減してるから大丈夫さ!本気でやったら街だけじゃなくて、国ごと吹っ飛んじゃうからな!」

「こんな時でも冗談が言えるとは、やはりお主大物じゃのう」

「俺は冗談が下手なんだけどな」


ザラコスの呆れたような言葉に、アドリアンは飄々とした態度で答える。

しかしそんな会話を繰り広げながらも、彼は横目で異形の兵士の亡骸を観察していた。

魔法によって焼け焦げた異形の兵士の残骸はシュウシュウと音を立てて、徐々に黒い霧となって消えていく。


「……消えた?」


アドリアンはその異様な光景に眉を顰めていた。

生気というものを微塵も感じられなかった上に、死体が消滅するとは尋常ではない。

まるで実体のない存在を相手してるかのような、そんな感覚を彼は感じていた。


「ザラコス、こいつらは一体……」


アドリアンがそう言い掛けた時であった。

不意に、悲鳴がアドリアンの鼓膜を激しく震わせた。


「た、助けてくれぇ!」

「!」


どうやら逃げ遅れ、シルフィードの救助が間に合わなかったのだろう。

咄嗟にその方向に視線を向けると異形の兵士に襲われている男たちの姿があった。


「逃げ遅れた住民がいたかっ!」


ザラコスの言葉と共に、アドリアンは再び風のように駆け出す。

瓦礫と炎の間を縫うように素早く移動し、今まさに剣を振り下ろさんとしていた異形の兵士に向けて叫んだ。


「雷光一閃!迸れ!」


アドリアンは両手を空に掲げ、指先から青白い光が走る。

瞬時に、空に渦巻く暗雲から稲妻が奔り異形の兵士たちを貫いた。


「──■■■!」


雷撃の衝撃で近くの建物の窓ガラスが粉々に砕け散り、周囲の地面にパラパラと降り注いだ。

轟音と共に、青白い雷の直撃を受けた闇の兵士は次々に四散していき、やがて跡形もなく消滅する。


「大丈夫か?……ってアンタらは」

「……あ、ありがとう……って、アンタは!?」


逃げ遅れた男たちに声を掛けると、彼らはアドリアンの姿を見て驚愕の表情を浮かべる。

アドリアンもまた、その男たちを見て目を丸くしていた。

二人の獣人と巨漢の人間……酒場でアドリアンに絡んできたあの三人組だ。


「ここは酒場じゃないぞ。早く逃げた方がいい」


そんなアドリアンの言葉に三人の男たちは顔を見合わせると、急に恐縮した様子で頭を下げた。


「昨日はすまなかった……!アンタが大魔法使い様だったなんて知らなかったんだ!」

「は?大魔法使い?」


何を言っているのか分からず、アドリアンが首を傾げる。

三人は今のアドリアンの強烈な魔法を間近で見ていた。

異形の化け物を一撃で葬り去るその力に、彼らは恐れ慄き、アドリアンのことを大魔法使いと勘違いをしているのだ。


「昨日は酔っぱらっていたとは言え、大魔法使い様にあんなことをして本当に悪かった……!」

「あの恐ろしい化け物からも助けてもらって……このご恩は一生忘れねぇ!」

「ありがとうごぜぇますだ!大魔法使い様!」


三人の男たちは何度も頭を下げながら涙ながらにそう叫ぶ。

その様子にアドリアンは苦笑し、自身の頭をポリポリと掻いた。


「アンタたち、今は酔っぱらってる場合じゃないぞ!大魔法使い様とやらを崇めてる暇があったら早く逃げるんだ!」


アドリアンは周囲を指差した。燃え盛る建物、崩れ落ちる瓦礫、遠くで鳴り響く爆発音。

自分たちが置かれた状況を、彼らはすぐに理解した。


「ありがとう……ありがとう……!」

「大魔法使い様も気を付けてくだせぇ!」


そう言うと三人は慌ただしくその場から立ち去った。

そんな彼らの背中を見つめながらアドリアンはやれやれと溜め息を吐く。

英雄だ勇者だと持て囃されたアドリアンだが、大魔法使い様と呼ばれたのは初めてだ。

酒を入れると表現力も豊かになるのかもしれない……。


「流石だのう、シャドリオスを一蹴するとは!」


振り返ると、そこにはザラコスがいた。

彼も異形の兵士と戦っていたようで、大剣を構えながらワハハと笑っている。


「シャドリオス?」

「あぁ、あの兵士たちの名だ。奴らはシャドリオスと呼ばれる闇の兵士よ」


ザラコスは大剣に付着した黒い影のようなものを振り払う。

その影は飛び散ると、虚空に消えていった。


「こやつらはある時を境に突然、この世界に現れた。世界中の国に現れては人々を襲い、騒乱を起こしてはその命を奪っている……」

「……」


──なんだ、それは。

そんな存在、前の世界では見たことも聞いたこともない。

何らかの召喚生物?いや、そんな魔力は感じられないし、奴らからは何も感じない。

ザラコスの言葉を聞きながらも、アドリアンの頭の中は疑問で一杯になっていた。


「ザラコス、詳しく聞かせ……」


アドリアンがそう言った瞬間、鋭い殺気が彼に向けられる。


「──っ!」


纏わりつくような殺気にアドリアンは咄嗟に振り向いた。

そこにはいつの間に現れたのか、とある男の姿があった。


「アンタは」

「ヒ……ヒヒ……」


ぶつぶつと呟きながら、不気味な笑みを浮かべる男。その目は血走り、明らかに正気ではない。

まるで死人のような様相だが、アドリアンを見つめるその瞳には確かな欲望が感じられた。


「殺してやる……!」


男の手から放り投げられた光る玉が、アドリアンの足元にコロコロと転がり落ちる。


「──っ!?」


──その瞬間、玉が弾け、眩い光と凄まじい衝撃がアドリアンを飲み込んだ。

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