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エピローグ(後編)

 アレスタと、そして辻である。


(またあいつかよ)

 もてあそんでいたストローをかみつぶす。

 隼人が顔をしかめるのを見て、察しをつけた未来が「パートナーの澤田さんがまだ入院中なので、手の空いてる彼に護衛役をお願いしたの」と説明した。


 つまり、それだけ重要な人か物があの車には乗っているということだろう。

 隼人は未来をちらと見て納得したようだが、辻をにらむ目つきは変わらない。

 そんな隼人に気付かない、というか無視して、にこやかにアレスタが声をかけた。


「隼人くん、悪いわね、こんな所まで来てもらって」

 お詫びというように牛乳パックを渡してくる。発売されたばかりの期間限定・抹茶プリン味だ。

 それを見たときだけ、隼人はちょっとうれしそうな気配を発する。

 いそいそとストローを刺して口をつけながら言った。

「まったくだ。早く戻りたいからさっさと用件を言ってくれ」


 愛想のあの字もない態度だが、アレスタは変わらず微笑を浮かべたまま、「こっちよ」彼を車の後ろへ案内した。ハッチバックを開いて、中を見せる。

 そこには白木で作られた木箱が置かれていた。

 木箱の形状から――先ほど話していたこともあって――太刀が入っているのだと見当をつけた隼人は、ますます渋面になる。


「あなたがあの穴で見つけたというこの剣について、綾乃たちから話を聞いたと思うけれど、この剣は破敵剣はてきけんといって、かつて百済くだらの王がの王に献上したという伝承のある物だったわ」

「年代が合わなくないか? それ。たしか百済って平安よりずっと前だろ」

「そう。この剣は960年に宮中で起きた火事によって1度焼身したの。その後、時の陰陽師・安倍晴明が44本の剣を献上、そのうちの1本が鍛冶師の白根安生によって再鋳造された破敵剣だと言われているわ。鞘の模様も刻まれた銘文も全て晴明がデザインしたものだとか。そして1094年の火事で、完全に焼失したの」

「焼失したならここにあるこれは何だ?」

「分からないわ。鍛冶師が試作した物かもしれないという推測もあるけれど、それなら霊威は込められていないはず。

 あの地の伝承と照らし合わせての推測になるけれど、本物はあの地に隠されて、そのおかげで焼失を免れていたのかもしれない、というのが技研の出した結論ね」

「隠したってだれが?」

「安倍晴明しかいないんじゃない? もしくは、彼の意図を汲んであの地に運んだ何者か。

 あの地に派遣された術士の名前は残されてないから、これはもう本当に推測でしかないわ」


 隼人は、わずかに目を眇め、顎を引いた。

 それに気付いた者は何人かいたが、どの言葉に対する反応かまでは分からず、またその微妙な差異、それが表す意味までも察することができる者はいなかった。


 ズコーっと牛乳を吸う。

「面倒くさいことをしてるな。この剣はしゃべるんだから、剣に聞けばすむ話じゃないか」

「それがね」アレスタはため息をつく。「一言もしゃべらないのよ。いくらご機嫌を取ろうとしてもだめ。このまま話さないなら壊すとおどしもしたけれど、本気じゃないと見抜かれているみたいで」

 お手上げ、というように両肩をすくめる。

「実際本物なら超国宝級だもの。でなくても意思を持つ霊剣なんて貴重な物、壊せるわけないわ」

 ふーん、と隼人は全く気のない様子で後ろに一歩下がった。

「で、それが俺と何の関係があるんだ?」

「この剣の声を聞いたのはあなたと綾乃、未来だけ。綾乃と未来にはもう試してもらったけど、やっぱり剣はしゃべらなかったの。

 あとはあなただけってこと」


 ああそうか、とようやく隼人は納得した。

「つまり、こいつにおまえらと話せと言えばいいんだな」

「まあ、そうね」

 それくらいなら楽なものだ。さっさと終わらせて3人のところへ戻ろう。

 身を乗り出して刀箱のふたを開ける。中には、移動中の衝撃を考え太刀の形状に合わせてあつらえられたと思われる刀受け駒でしっかり据えつけられた太刀が鎮座していた。


「よお。おまえ、あれからしゃべんないんだってな。結構おしゃべりなやつだと思っていたんだが」


――そうしていれば、こいつらは必ずおまえのもとへ連れていくと考えていた。


「なるほど。そういうことか。頭いいな、おまえ」

「隼人くん? 何か聞こえるの?」

 アレスタに訊かれて、初めて太刀の声が自分にしか聞こえていないのだと気付く。


――我の声が聞こえるのは、我に触れて、我が許した者だけだ。


「そうか。だからあのとき、おまえの声が聞こえなかったんだな」

 初めて声を聞いたとき、隼人にはノイズのようにしか思えなかった。

 見た感じでは、アレスタには全く聞こえておらず、霊能がある綾乃、未来はあのときの隼人のようにノイズを感じているようだ。

 辻は…………無表情なので読めない。


「おまえは周りの声が聞こえるのに、おまえの声が聞こえるのは俺だけってわけか。

 おまえが決められるんなら、ここのやつら全員に聞こえるように話すこともできるんじゃないか?」


――できる。その2人も、ここへ来るまでに我に触れているからな。だがその前におまえと話したかった。


「へえ。どうしてだ?」


――我があるじと認めたからだ。ゆえに、おまえにのみ聞かせる言葉がある。


「は? 主? ちょっと待――」

 ぎょっとなって、あわてて止めようとしたが、太刀は聞いていなかった。


――の者は、生まれたばかりの我にこの太刀に入るように言った。創造主の言葉だ、我に異論はなかった。そしてあの地の祠に太刀を納めるとき、こう言った。『この地には、ここで死んだ男の霊が地縛されている。おまえの霊威を浴びて、いつかあの霊は面倒を起こすかもしれないな』


「想像できていたのに放置していたってのか!?」


――いや、ああなるとはっきりとは分かっていなかったと思う。ただ、我もあのときおまえと同じようなことを考えた。それならばあの霊を滅するべきではないかと。しかし彼の者は『あの男はすでに裁かれてああなっているのだ』と答えた。こののち訪れることが悪しきことか善きことか、不定のことで悪と断定し、裁きたくはなさそうだった。


「…………」

 その考えは、隼人にも分からなくもなかった。訪れたのはやはり最悪の出来事で、そのとき霊を滅していれば避けられたのに、というのは結果論でしかない。そうでなくなる可能性もあったのだ。たとえば最初の巫女によって開眼し、改心するとか。


――それに、彼の者はおそらく、このことによっておまえのような者があの地を訪れるのではないかと、それを期待していたようにも思う。なぜなら立ち去る間際、彼の者は伝言を我に頼んだからだ。


 突然太刀から霊気が立ちのぼった。

 霧のように不安定でぼんやりとしていたそれは徐々に収縮し、そのまま再び太刀の中へ吸い込まれるかと思いきや、高さ20センチほどに圧縮されて、人の形をとる。

 白く光る人形のようなそれは、狩衣をまとった40代の男性のようだった。


 隼人の目が前髪の下で大きく見開かれ、釘付けになる。


 おもむろに人形の口が開き、発せられた言葉は。

 太刀から聞こえてきたが、太刀の声とは全くの別物だった。


『はるか遠き先の世は、おそらく景色も、そこに生きる人の心も、何もかも違っていよう。

 はたして何者がこの地を訪れ、この太刀を手に取るかまではわたしにも見通せないが……それがおまえであることを願っているよ』


 男性は、そのあとにも何か、人の名前のようなものをつぶやくように唇を動かし、そして隼人を見つめたまま、ほほ笑みながら消えていった。


「……ハヤト?」


 目を見開いたまま硬直し、ぴくりとも動かなくなった隼人に綾乃が声をかける。だが隼人はその声も耳に入らない様子で太刀をじっと見つめている。

 太刀は話を続けた。


――この地を訪れ、我を手に取る者がだれであれ、主と定めるかどうかは我次第だと彼の者は言った。

  その言葉に従い、我はおまえを主と決めた。


「……なぜ」


――あのとき、おまえは我の言葉に耳を貸す義理はなかった。我の身勝手な要求など無視してもよかったのだ。それを、おまえはしなかった。あまつさえ、我の意を汲み、我の願いを己の願いより優先した。


「感謝の念か」


――いいや。あの闘いで見せたおまえの強さもある。だが何よりは、そのような男ならば、我が仕えるのに不服はないと思ったからだ。

  我を取れ、主。さすれば我は主に従い、どこまでも主と一緒だ。そして全力で主を支えよう。


 今まで以上に強い感情のこもった真摯な言葉だった。

 隼人はためらわず即答した。


「いらねえ」


――なんと!?

  なぜだ? 主! 我では不足というのか!?


「太刀なんか持ち歩けるかよ。職質されたら一巻の終り、銃刀法違反で捕まるじゃねえか」


 山奥の穴の中で数百年を過ごした太刀は、銃刀法違反という言葉が何を意味するか全く分からなかったが、その前の「持ち歩けるか」という言葉で隼人が何を言いたいかは察することができた。


――むうう……今の世では、我の姿は主の妨げとなるのか……。


「だからおまえはこのまま機関で預かってもらってろ。それで、だれかいいやつが見つかったらそいつを主にして――」


――ならばこうしようではないか。


 何かを決めた口ぶりで言葉を発した次の瞬間、太刀の姿が光り始めた。

「おまえ、ひとの話聞かないやつだな!」

 そう言う間にも太刀の鞘に亀裂が走る。


「!?」


 驚く隼人たちの前で亀裂はどんどん増えていく。鞘、柄、そしてひび割れた鞘から見える刀身にまで。

「ちょっと隼人くん、何言ったの!?」

 顔の前に手を上げてまぶしい光から目をかばいながらアレスタがあせり気味に言ったが、隼人にも分からない以上返す言葉がなかった。


 やがて太刀はさらさらと崩れて、まるで蝶の鱗粉のような光る粉になってしまう。そしてそうなって初めて宙に浮かび上がり、光の帯となって隼人の両腕に巻きついたと思うや黒いグローブに変わった。


――主にとって扱いやすい形に変わってやったぞ。これならば文句はあるまい。


 自分のした行為に満足そうな、自慢げな声がグローブからする。

 隼人は信じられないと自分の両手にはまっているフィンガーレスグローブを見つめる。脱ごうとしても貼り付いたようにぴったりとして脱げなかった。どうやらグローブの意思によって、着脱が決まるようだ。

 それが分かって、脱力したようにがっくりと車の後部に両手をついた。


 ひゅるるるるると何かが上空へ駆け上がるような音がして、パッと周囲が虹色に明るくなる。


「あ、花火!」

「始まったみたいね」

「きれい……」

 綾乃やアレスタ、未来がこぞって上を向き、次々と上がり始めた花火へと見入る。


 その後ろで。


「…………どいつもこいつも、そろって、勝手なことばかり……」


 隼人はそれ以上言葉を続けられず、唇をかみしめていた。






【第5話・言問の娶嫁 了】

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