9月某日。田中、斉藤、憂喜、隼人の4人は、茨城県の利根川にやって来ていた。
今夜、ここで開催される花火大会が目的である。
先日、4人のもとへアレスタから手紙が届いた。そこには、知らぬこととはいえ4人の予定をつぶしてしまったことへの丁寧な謝罪と、そのお詫びにと、この花火大会のチケットが入っていたのだ。
「すげーよな! これ、発売即完売した人気の花火大会チケットなんだぜ」
そう熱弁されても、ほかの3人はピンときていなかった。ただ、遠出になるため二の足を踏んでいた斉藤、憂喜も田中が興奮気味に話しているのを聞いて、じゃあせっかくもらったんだし行くか、となったわけだが。
いざ来てみて、その混雑ぶりに3人は圧倒されていた。
花火大会は18時開始だが開場は13時からのためか、結構余裕を持って来たつもりだったのにバスを降りた瞬間から周囲は大勢のカップル、家族連れでひどく混雑しており、目印となるような周囲の建物や看板などがよく見えないほどだった。
考えてみれば、観客席が完全予約制のイベントで、シャトルバスや臨時送迎バスが12台も運行されていてしかもその全部が貸し切り。チケットを持っていないと乗れないというだけでなく、一般車駐車場まで予約制で前もって予約を取っていないと入れないとか、そんな花火大会聞いたことがない。つまりはそれだけすごいイベントなわけだ。
「こんなに人が来るってことは、きっとすごいものが見られるんだろうなあ」
すっげーを連発する田中は言わずもがな、憂喜が田中のように目を輝かせて後ろの隼人に同意を求めた。
斉藤までも、周囲を見渡す姿はいつもと変わらず無表情のように見えてその実口角が少し上がっている。
友人たちのそんな姿につられるように、隼人も気分が上向きになっていくのが分かった。
「そうだな」
応えて、ズコーっと牛乳を吸い込んだ。
4人とも利根川は初めてで土地勘はない。バスの終着地点から河川敷までの道がよく分からず少しまごついたが、一緒のバスに乗っていた人たちが同じ方向へ歩いているのを見て、田中が言った。
「たぶんこっちだ」
人波に乗って歩いていればそのうち着くだろう、と歩いていると、ほどなく前が開けて川が現れた。それとともに食欲をそそるおいしそうな香りが漂ってくる。
「屋台だ!」
こういったイベントにはつきものの屋台が、道なりにずらりと並んでいた。
「何か食おーぜ!」
「おーい田中。花火はまだ始まってないぞ」
くつくつ笑いながら憂喜が返す。
「ばっか。こういうのはな、始まる前に買いそろえとくんだよ。ギリギリで買おうとしたら時間かかって楽しめないぞ。
おまえら何食いてえ? 俺、ヤキソバ」
「たこ焼き」
「かき氷」
「バナナチョコレート」
「お好み焼き」
「バニラチュロス」
「フライドポテト」
「クリームソーダ」
「俺はアイスティーだな」
憂喜と斉藤の立板に水な返答に「いっぺんに言うなって!」と田中が笑う。
そして隼人が一言もしゃべっていないことに気付いた。
「隼人は?」
「……俺?」
そう聞かれても、返す言葉がない。
「早く決めろよ。早く、早く!」
足踏みして急かす田中だったが、ふとあることに気付き、無言でいる隼人に眉をひそめて、ずいっと近づいた。
「もしかして、屋台を知らないのか? 屋台というのはだな――」
「屋台が何かくらいは知ってる!」
説明を始めた田中に、頬を赤らめて反論する隼人を見てこっそり安堵する憂喜。彼も、もしかして……と疑っていたのだ。
「悪い悪い。さすがにそれは知ってるか」
「何があるかを知らないだけだ」
弁明するように隼人が言ったとき。風が吹いて、甘い香りが漂った。
そのにおいに反応した隼人を見てすかさず
「リンゴアメだな!」
田中が言う。そして
「よし! おまえはリンゴアメだ!」
と指をつきつけ宣言するやいなや返答も聞かずダッシュして、あっという間に人混みに消えてしまった。
「いや、俺は――」
遅れて返答をしようとした隼人に、後ろからぽん、と憂喜が肩をたたく。
振り向くと、ご愁傷さま、という顔で首を振っている。
「あきらめろ。あれは、自分が食べたいんだ」
斉藤がぼそり言う。
「まあいろいろ買い込んでテーブルに並べるだろうからその中から好きなやつを食べればいい」
「そうそう。先に席に行って、待ってようぜ」
河川敷に設置された観客席は、イス席、テーブル席ともにすでにかなりの人入りでにぎわっている。
チケットに書かれたテーブル席へさっさと向かおうとする2人に、後ろから、隼人はとまどいながらも言葉を返した。
「いや。俺、リンゴアメって食べたことないから、それがどうとか分からなくて」
そんな隼人に、今度は2人のほうがとまどった。
「マジか」
マジだった。
中学時代からずっとぼっちで、家族や友人と一緒に楽しむようなこういったイベントとは無縁の日々を送ってきていた隼人は、屋台で定番のメニューとか言われても何があるかピンとこないし、普段行く店といえばコンビニぐらい。コンビニで売っていない物は分からないのだ。
「なんだー、隼人は初めてが多いんだなー」
両手に買い物袋を提げて戻ってきた田中は、買ってきた品をテーブルに出しながらニヤリと笑う。
「しかたないなー。ここはひとつ、リンゴアメの食べ方を俺がレクチャーしてやろう」
2個のリンゴアメの片方を隼人に押しつけ、もう1個を自分が持つ。
「いいか? リンゴアメというのはだな――」
そのときだ。
「あー、いたいた。
おーい、ハヤトー!」
綾乃の声がしたような……と思って振り向くと、そこにいたのはやはり綾乃だった。
手を振る綾乃の後ろには、控えめに未来も立っている。
なぜここに? と最初は驚き、眉をひそめた隼人だったが、考えてみればこの席のチケットを送ってきたのはアレスタだった。それに綾乃はこの花火大会に興味がある発言もしていたから、来ていてもおかしくはない。
2人とも浴衣姿だった。綾乃は赤色の下地に蝶、未来は水色に朝顔だ。髪もゆるくまとめられていて、浴衣と同じ、蝶と朝顔の髪留めを付けている。
すかさず憂喜が立ち上がり、未来のもとへ行った。
「佐藤さん、こんにちは。その浴衣、いいね。すごく佐藤さんに合ってる」
「こんにちは、伊藤くん。ありがとう」
はにかみながら、でもうれしそうに未来が笑顔で応える。
だがその視線は憂喜越しに隼人へと向けられていた。
未来を振り返り、綾乃が言う。
「ほんと、今日の未来はすっごくかわいいよね。
で? あんたは? 何かないの?」
「……何が?」
そんな隼人を綾乃はまじまじと見て、見て、見て。
はーーーっと息を吐き出した。
「なんだよ」
「ま、いーわ。
はい、これ」
提げていた紙袋を渡してくる。
「何だ?」
「この前、座敷牢で迷惑かけちゃったでしょ。そのお詫び」
中を覗くと、3つ入っていた。2つはメロンバウムと書かれていて、もう1つにはおみたまプリンと書かれている。
「同じ物が2つあるぞ」
「あ、よけるの忘れてた。メロンの片方はあたしの分ね。見てたらあたしも食べたくなってさー」
こう、メロンの形してるんだよ? それでメロン果汁を丸ごと1個使用とか書かれてて、と説明をする綾乃に、ぷっと隼人が吹き出す。
「なんだそりゃ。単に自分が食べたかっただけじゃないか」
「そんなこと! ……まあ、少しはあるかも……」
照れ隠しのように口先を尖らせる。
「でも、ちゃんと買ってるんだから! あげるつもりだったけどやめたって言わない分、いいじゃん。
それにプリンは4人分あるからみんなで食べればいいよ」
「こっちはいいのか?」
「そっちは未来と食べてきたからいいの――って、そうだ! 甘い物、大丈夫だった?」
「今ごろそれ言うのかよ。前もって調べとくもんだろ」
「痛いとこ突くなあ。今度からはちゃんとそうする。
それで? 平気?」
「ああ、平気だ」
「ま、そうね。それ持ってるし」
綾乃がリンゴアメを指さしたことで、隼人も自分がまだ持ったままだったそれを思いだす。
そして左手に持った紙袋と交互に見て、リンゴアメを綾乃に差し出した。
「やるよ」
「え? いいの? ありがと」
そんな2人のやりとりを見て、未来の胸にモヤモヤがたまり始める。
座敷牢については綾乃から聞いていた。毒にやられて意識が
あれは一生の不覚だった、と綾乃はちょっとした失敗事のように笑って話していた。
でも、本当にそれだけ?
2人の間の雰囲気がこれまでと微妙に違っている気がして、胸がざわついた。気分が落ち着かなくて、そわそわしてしまう。
見ているのがいやで、やめさせたくて。気付いたときには声に出して呼びかけていた。
「安――隼人、くん!」
2人がそろって未来を見た。
未来は聞いていなかったが、それまで未来に話しかけていたらしい憂喜も驚いた顔で言葉を止める。
「……綾乃ちゃん。そろそろ行かないと、時間、なくなっちゃう」
必死に考えて、思いついた理由を口にする。
「あ、そっか」
綾乃も思いだした様子であらためて隼人のほうを向いた。
「あたしたち、あんたを呼びに来たんだったわ」
「俺を?」
明らかに用心する声だ。
またどこかへ連れ去るつもりじゃないかと疑っているのだ。そうと察して、綾乃は笑った。
「あっはは。違う違う。まあ、前のことがあるからあんたが警戒するのも分かるけどさ。
花火が始まる前に戻すから。ちょっとの間、付き合ってよ」
「ごめんなさい。そういうことだから……」
「あ、うん……」
まごつく憂喜に申し訳なさそうに会釈して、未来は彼のもとを離れて隼人の横についた。そして綾乃と2人で隼人を挟むようにして歩きだす。
「また、あとで」
と力なく声をかける憂喜の背中を、斉藤がぽんぽんと慰めるようにたたいた。
◆◆◆
道中、綾乃は霧嶺村の人たちのその後についてを話した。
彼らが村を去るのと入れ替わりに機関の者たちが村に入り、政府がこの村を廃村にすることを決定したと正式に通達した。詞為主がいなくなってしまっては村に残る意味もない。村人たちはさして抵抗せず、それぞれ都会に住む子どもたちの元で暮らすことに同意したという。
「おとがめなしか」
「追及するための証拠が何もないからね。荷物は全部処分されてるし、女性たちは全員ナイトフォールに連れ込まれてるから骨なんかも残ってないし」
「あの協力者の証言があってもか」
「そうなるね」
次に、綾乃は久利と絃葉についてを話した。
病院に運びこまれた久利の傷は浅く、重要な臓器を傷つけていなかったことから数日の入院で済み、昨日退院していた。刺した相手は友人だったこともあり、久利は警察の介入を望まず、事件には発展しなかった。
本来病院にはこういった傷で運び込まれた者について通報義務があるが、ここは機関お抱えの病院だった。機関では理由を話せない――怨霊との戦いで負傷したなどと正直に話したところで理解してもらえない――傷病者が出るのは毎度のことであるため、こういった施設を幾つか押さえているのだ。
当然ここで働く医師や看護師たちは、機関の協力者である。
「過去に怨霊の被害にあった人だったり、そのご遺族だったり、巻き添えをくった関係者だったり。その縁からこうやって協力者になって、いろいろバックアップしてくれる人、結構多いんだよ。
絃葉さんもそう。あんたに、ありがとう、感謝してるって伝えてって言ってたよ」
綾乃はそこでいったん言葉を切って、隼人の反応を待った。
しかし隼人は無反応で、黙々と歩いている。口を開きそうな様子はない。
突然綾乃が耳を強く引っ張った。
「いってーーー!!」
「綾乃ちゃん!?」
驚く未来。
「何するんだいきなりっ!」
「聞いてないみたいだったから」
「聞いてたよ!」
「そっか。だってあんた、無反応だから」
「何言えってんだよ! あの野郎を助けたのは俺じゃねえし、第一、あの怨霊をやったのも俺じゃねえ、あの太刀だろ!」
自分の手でとどめを刺せなかった、おそらくそれはまだ隼人の中で完全に消化できないまま、くすぶっているのだろう。だけどもう終わったことで、こればかりは時間の経過を待つしかない。
「それはそうかもだけどさ。でも彼女は、彼女の味方になって動いてくれたあたしたちに感謝してるんだから、ちゃんと受け取りなさい」
「……分かったよ」
しぶしぶと応じる。
そんな隼人を見上げて、今度は未来が話し始めた。
「その太刀についてなんだけど。あのあと、隼人くん、あそこに置いていこうとして、それをTUKUYOMIが預かったでしょ」
「ああ」
「あれからいろいろ、技研とか超現研とかが調べた結果、炭素放射性同位体測定で、あれは1000年以上前、おそらく平安時代中期くらいに造られた物だと特定されたの」
「へえ。ま、すごい汚かったからな。それくらいたってても不思議じゃないな」
「それだけ?」
と綾乃。
「ほかに何があるんだよ」
「ほんとーに知らないの? あんた」
「何をだよ」
「あれが何か」
「知らねえ」
「想像もつかない?」
「くどいぞ。知らねえったら知らねえ」
綾乃は未来と視線を合わせ、肩をすくめた。何か隼人のことで2人だけで通じる話をしているようで、妙に気になる。
「だから何だよ?」
「X線で柄の内部を見たり、鞘に刻まれた文様から、あれの銘が分かったの。
「へー。それが?」
「聞き覚えない?」
「まったく。
それより、どこまで歩かせるんだよ?」
いつの間にか人の通りが少なくなって、ちらほらになっている。
花火大会で一時封鎖された道路を抜けて、普通の道までやってきていた。
「あそこよ」
綾乃は駐車場にある黒いバンを指さす。彼らの接近に気付いたか、ちょうど中から人が出てくるところだった。