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第5回

「あそこよ」


 コンコンと絃葉がリアガラスをたたいて知らせてきたので、4人はそれぞれ荷台から身を乗り出して前方を見た。

 アレスタと綾乃は上から、未来と隼人は左右からだ。

 夜の闇に各戸の明かりが浮かび上がっている。村としては大きなほうだろう。

 山の谷間にあり、寒暖差の激しい秋から冬にかけての早朝、山から下りてきた濃霧が村を覆う。その濃さは数メートル先に立つ者の影も見えないほどだ。そこから霧嶺村きりがねむらという名前が付いたのだと、あとでアレスタが教えてくれた。


 このとき隼人の視界に飛び込んで彼の注意を引いたのは、そんな村を囲むようにそびえる3つの山の気だった。左右の山もだが、中央の山が特にただならぬ気を放っている。


だ)


 お山(霊山)にもいろいろあるが、特にここの山は、激しい、気性の荒いお山のようだ。古代の支配者のように威圧的で、よそ者に厳しい。

 村の者2人の同道と歓迎の意思によってだいぶ緩和されているようだが、よそ者である自分たちに対して懐疑と拒絶の意志をひしひしと感じる。そういったお山の気を長年浴び続けてきている村の者たちの意識も、当然影響されているだろう。


 厄介そうな村だ――そういった懸念は、車が村へ入った瞬間にさらに深まった。


 まっすぐ続く1本道。その道を大道たいどうとして、両側にぽつぽつと家が建ち、枝のように横道が伸びている。他の場所と違い、この道沿いだけ、ほとんどの家に明かりがついておらず、玄関には板が打ちつけられていた。

 人の住む場の成り立ちとして、まず人の往復する道が出来、それに沿って家屋が建てられるというのがあり、どこでも見られる構造と言えばそうだが。


「典型的な縄筋なおすじだな」


 一目で隼人は解した。

 縄筋とは、人ならざるが通る道とされ、それが人の道と重なっている状態を表す。

 人ならざるモノとは、大抵の場合、悪霊やあやかし、不浄な場に沸く怪生けしょうなどを指すが、中には天狗や神霊といった高位のモノを指すこともある。『筋』とは、そういったモノの通り道を表す言葉だ。

 道に沿って建っている家がほとんど空き家なのも当然だった。この筋を通るモノが何であれ、住んでいるだけで家人に『障り』が出たのは間違いない。それでも住み続けられる者は……。


 隼人は身を起こし、前にいた綾乃に場を譲れというような身振りをしたあと、運転席の久利に尋ねた。

「この村について教えてくれ」

「村? この村は、明治時代のはじめにできたんだ。士族授産事業って知ってる?」

「えーと。明治維新の政府が公布したやつです?」

 答えたのは綾乃だった。

「日本史で習いました。たしか、全国的に未開拓地の開墾を奨励したんですよね。北海道が有名ですが」

 当時、新政府は武家制度廃止によって職を失った士族(武士)、庶民の扱いに困っていた。その打開策として考案されたのが士族授産事業である。

 新政府の奨励に従い、己の食い扶持を稼ぎ、家族を養うために彼らは一斉に未開拓地へと向かい、野生動物と闘いながら荒れ地や山野を切り開いて、耕作地や移住するための敷地とした。

「そう。それで、うちのご先祖たちはここを開拓して、移住したんだ。始まりは林業で、今もそっち方面で成功している人が大勢いる」


「くりちゃん家がその典型だよねー、他人事みたいに言ってるけど。

 石動林業株式会社って知ってる? 林業業界では結構大手」

「いえ」

「そっか」

「不勉強ですみません」

「あはっ。気にしなくていいよ。関係者でもない限り、林業の会社なんて知らないよねえ。

 くりちゃんはそこの三男で、お父さんの久行さんが社長さんやってるの。これでも社長子息のボンボンなんだよー」

 全然そんなふうに見えないよねー、と肩を指でツンツンされて、久利は避けるように左肩を竦めるとほんのり頬を赤くした。

「そんなの……関係ないよ。父さんたちはほとんど村に帰ってこないし。

 それに、絃葉の家だって。きりがね農園の卸業が順調なんだろ? 靖史さんが副社長になってからも新しい契約をどんどん結んで、農園もかなり広げたそうじゃないか」

「それをしたのはお兄ちゃん。あたしはあたし。あたしはお父さんたちみたいに農産業なんてまっぴら。そんな土臭いことするより、都会で楽しく暮らしたいの」

「……無理だよ」

 久利の声が低くなり、ハンドルを握る手の力が強まった。


「絃葉には祭でのがあるじゃないか」


「またそれ? でもそれって、べつにあたしじゃなくてもいーじゃん。美奈ちゃん家だって、孝助くん家だって、代理を立ててすませてきたじゃない」

「それは、彼らが跡継ぎだったからで――」

「くりちゃんだって、それで今回あたしの代理捜しの求人広告に付き合ってくれたんでしょ?」

「……そうだけど……でも、やっぱり昔からのしきたりは、守ったほうがいいに決まってるんだよ。ずっと続いてきたっていうことには、きっとそれなりの意味があるんだから」

 どうやら2人は、町に求人の広告を出しに行っていたらしい。だが久利が絃葉の提案に納得している様子がないところからして、おそらく絃葉に強引に押し切られて、しぶしぶ車を出したというところだろう。


 久利の言葉に絃葉は口先をとがらせた。

「くりちゃんってば、頭かたーい。まだ若いのに、もう村のおじさんたちみたい」

「えっ?」

「まあ、まだ見つかるかどうか分かんないんだけど。

 ――そうだ!」

 いいこと思いついたというように、ぱちんと絃葉が明るく手をたたく。


「ねえ! あなたたちのうちの誰か、あたしの代わりにお役目やってくれないかなっ?」


 窓から顔を出して、アレスタ、綾乃、未来にそう提案をする。直後、久利に引っ張り戻された。

「危ないからそういうことはしないの。子どもじゃないんだから」

「むーーーっ」


「お役目って何デスカ?」

 アレスタが興味津々訊き返す。

「あ、興味ある? あのね、山の神様を祀るお祭りでね、村の代表として、これまで村を見守ってくださってありがとうっていう感謝の気持ちと、これからもよろしくお願いしますっていうお願いを神様に伝えるの。それがお役目ってわけ」

 外人のアレスタにも伝わるように、分かりやすく説明した。


「それを、イトハさんがするデスカ?」

「そう。10日前に、あたしの家に赤羽根の矢が立ったの。赤羽根の矢が立った家から、そのお役目を出すのが昔からの習わしなのね。だから、東京の本社でCEOやってる父さんが急きょ戻ってきて頭屋になって、あたしが神嫁かみよめ役をすることになったんだけど、究極、『家』から出るならあたしじゃなくてもいいのよ。

 気になるならアレスタさん、やってみる?」


「着いたよ! 4人とも、降りる準備して!」


 喜んで代わるわよ、と言う絃葉の声にかぶせて、久利が言った。

「それと絃葉は無茶を言わない。彼らは明日、俺が町まで送っていくから。

 あなたたちも、それでいいよね?」


 叱られて、ぷく、とほおを膨らませる絃葉を無視して、久利は4人に強い視線を向けた。反論の余地のないものだった。また、車の故障で一晩だけの借宿を受ける身で、無理を言う権利はない。

 だが話を聞くうち、3人の目的はおそらくその祭りにあるのだろうと見当がついていた隼人は、一瞬、アレスタが「祭りを見たいから村に滞在します」と言いだすかと思ったが、そんなことはなく。

 アレスタは「ハイ」とニコニコ顔で久利に応じていた。


 アレスタらしくない。綾乃も口を閉じてすまし顔をしている様子からして、まだ何かありそうだ。


 やれやれ。

 早くここへ連れてこられた理由を聞きたいような、聞きたくないような思いで心の中でため息をつきつつ、停車した軽トラから飛び降りる。


 軽トラが横付けされた、いかにも年代物で黒々とした古い武家屋敷風日本家屋の玄関門には、まさしく、山から感じるのと同じ、異様な気を漂わせた赤羽根の矢が打ち込まれていた。


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