「どういうこと!?」
全てを理解したような隼人のつぶやきを聞きつけて、綾乃が問う。
「いざなぎ流に反魂の術はないんだよね?」
「いざなぎ流にはな。だが他の流派にはある。8年間で、あいつはそれを探したんだ。娘をよみがえらせる反魂の法を」
「……反魂と呼ばれるものは、いくつも見つかった」
隼人の言葉を肯定するように、西森が言った。
「だけどどれも、うちと同じで、美千惠が本当によみがえるものじゃなかった。
魂だけじゃだめだ。完全にもとの美千惠じゃなきゃ意味がない。
僕は、美千惠に会いたいんだ」
お父さん、と呼ぶ声を聞きたい。瞳が自分を映して、花のように咲く笑顔を見たい。両手を前に出して駆け寄ってくる美千惠を抱きしめたい。
そのためなら、何だってする。
西森は上掛けを半分剥がした。それによって布団の中があらわとなる。
そこには首切り地蔵を使って西森が手に入れた少女たちの骨を寄せ集めて組み立てられた、1人分の少女の骨があった。
その骨にじわじわと、肉がつき始めている。最初に形を成したのは、肋骨に守られた心臓だった。そこから伸びた大小の血管が骨に絡みつくツルのように走り、全身に広がって、足元から肉芽が盛り上がり、じわじわと受肉が始まっているのを確認した西森の顔に笑みが浮かぶ。
対照的に、隼人はその光景に目を
どんな小さな骨も欠けることのない、完璧な人骨――それがこの反魂の術の条件の1つだ。衛生観念が緩く、火葬が法制化される以前の日本なら人骨は楽に手に入った。戦争で、病気で、飢餓で。人間は簡単に死んで、野ざらしも少なくなかった。
だが現代で人骨を手に入れるのは難しい。火葬された骨はもろく、骨つぼに納められる時点で粉々に破壊されてしまう。墓をあばいたところで無駄だ。
だから西森は自らつくりだすことを選んだのだ、首切り地蔵を使って。首切り地蔵が欲するのは首だけ、西森が欲しいのは娘と同じ歳の少女たちの体で、ちょうど良かったのだろう。
だがそれは――……。
ぎり、と奥歯を軋らせ、西森に向けて隼人が何かを言わんとしたときだ。
突然小屋に人が入ってきた足音がしたと思うや仕切り布がパッと払われて、菜摘の父・加藤が現れた。
「! どうして――」
てっきり白狐が白弊を見つけて巫神を鎮めた未来とばかり思っていた綾乃は、驚きに目を
実際未来もいたが、加藤の後ろで室内の様子に驚愕し、口元を覆って息を呑んでいた。
加藤を見て、西森の顔から笑みが消えた。なぜここに、との驚きと困惑、ほんの少しの後ろめたさ、そういったものが面をよぎり、視線が泳ぐ。しかしすぐに決意にこわばった表情であごを引き、加藤を見返した。
加藤は、ここへ来るまで、まさかと思っていたのだろう。子どものころから西森を知っている。彼は気の弱い男で、優しい男だ。とても人を殺せるような男じゃないと、家に集まっては妻を相手にうわさ話に花を咲かせる者たちが、警察が西森じゃないか疑っていると話していても信じなかった。西森は村で変わり者で通っている。それでよそ者の警察は孤立した彼を簡単に疑うのだと、反感すら持っていた。
だから、いつものように今朝も娘を送りだしたのに。
彼らのほうが正しかったなんて。
加藤は自己嫌悪と悲しみと娘を失うかもしれない恐怖がないまぜになったぐちゃぐちゃの胸で、ともかくも「西森」とのどから声を押しだした。
「……西森。おまえが……、由紀ちゃんたちを……。生き残った彼女たちを、憎んでしまったのは、分かる。だけど、彼女たちには、何の罪も――」
「憎んでなんか、いない」
西森は表情と同じ、硬い声音で加藤の言葉を遮った。
「だが――」
「彼女たちに罪はない。だけどこの世界は、罪人だけが死ぬわけじゃないだろう? でなきゃ僕の美千惠があんなふうに死ぬわけないじゃないか。
彼女たちは、ただ、必要だっただけだ。僕の美千惠をよみがえらせるのに」
西森は目を落とし、美千惠の青白いほおに指の背をあて、愛おしげにこすった。美千惠は受肉を完了させていた。胸が呼吸で上下し、すうすうと鼻で息をしているのが分かる。
安らかな表情で、ただ眠っているだけのように見えた。今にも目を覚ましそうだ。
だがそうでないことは、この術に詳しくない加藤にもうすうす悟れていた。
(
隼人は先日行った公園の人形を思いだしていた。
消えた孫娘を取り戻すため、老女は孫娘がかわいがっていた人形を
西森は人骨を用いて娘を黄泉返らせようとしている。
そして菜摘をここへ連れてきた。美千惠と縁のある菜摘を呼び水として使い、美千惠の魂を黄泉から呼び戻すつもりなのだ。
片手は愛しげに美千惠をなでる一方で、もう片方の手はいつの間にか小刀をにぎり、うつ伏せに倒れたままの菜摘の首にその刃を当てている。
加藤は、ごくりとつばを飲んだ。
慎重に言葉を選びながら情に訴える。
「……西森。娘を、菜摘を返してくれ。菜摘はおまえにいつも優しかっただろう? いつも独りのおまえを心配して、おまえのために食事を運んで、気遣っていた。とても優しい子なんだ。おまえも知っているだろう」
加藤の訴えを、西森は小さく鼻で笑った。
「そうだな。おまえたちはそうやって、いつも僕を哀れんでいた。僕が気付いていなかったと思っているのか?
おまえたちは僕のためにしていたわけじゃない、自分のためにやっていたんだ」
「それでもだ!」
たまりかね、加藤は叫んだ。
「それでも、俺も菜摘も、おまえのために毎日食事を作り、おまえのために運び続けた。それを食べ続けたおまえには、俺たちに借りがある! 恩があるはずだ!
その借りを今返してくれ! 頼む!」
加藤は何でも使う決意だった。娘が助かるなら、何だって言う。どんなことでもする。
その場に腰を落とし、両手をつき、頭を下げた。このとおりだと、床に額をこすりつけた。
だがその姿に、西森は反対に逆上したようだった。
「やめろ! おまえにどうこう言う資格はない!」
全身全霊。ほとばしる感情に全身を大きく波打たせ、かすれた震え声で叫ぶ。
「あのとき、おまえは絶対思わなかったと言えるのか? 俺の子じゃなくて良かったと!」
現場に駆けつけた西森に、警察は彼が美千惠の父親だと確認を取ると目を伏せ、『ご愁傷さまです』とだけ言った。
案内された場所で、かぶせられた布をめくり、それが美千惠だと確認した西森。
膝をつき、切断された娘の頭を抱いて揺すり、身も世もなく何度も美千惠の名を呼んでは泣き叫ぶ西森。
取り乱した彼の姿にその場にいた全員が痛ましげな視線を向け、彼に同情を寄せながらも、心の中では安堵していたのだ、自分の子じゃなくて良かったと。
目を合わせるのを避けた加藤からも、西森ははっきりとそれを感じ取っていた。
「どうして、僕の娘だったんだ……他の子じゃなくて。おまえの娘じゃなくて。バスには他にも子どもは乗っていたのに。なぜ、僕の美千惠が死ななくてはならなかったんだ……!」
どうして……どうして……!
頭に血が上った西森の意識が完全に自分や菜摘からそれたその瞬間。
西森にさとられないよう、じりじりと距離を縮めていた綾乃が、さっと動いた。
菜摘の服をつかみ、自分のほうへ引っ張り寄せる。勢いが強すぎて後ろへそっくり返りそうになったが、背後にいた隼人が2人を抱きとめる形で倒れるのを防ぎ、すばやく前に出て2人をかばった。
「形勢逆転だな。
あきらめろ。その方法で彼女をよみがえらせるのは不可能だ」
西森は己の失態に小さくチッと舌打つと、今度は刃を自身の首へとあてがう。
「まだだ」
「何を……ばかなことはやめるんだ、西森!」
驚きに目を瞠って、加藤が立ち上がる。
「……おまえ、怨霊になる気か? 怨霊になったら今度こそ容赦しねえぞ」
感情の消えた声で隼人がおどしをかける。
西森は2人を見、ぐしゃぐしゃの泣き顔で、それでも勝ち誇ったように笑って刃を持つ手を一気に前へ引いた。
切断された動脈から噴き出した大量の鮮血が、壁や床、天井に飛び散って赤く染める。
同時に。
西森の体を中心に、それまで凝縮していた何かがほとばしるように激しい風が吹き荒れた。
「くそッ! 西森のやつめ、ナイトフォールを開きやがった!!」