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第22回

 隼人たちがそれを聞いたのは、山にある西森の小屋へ向かう途中だった。


 山に入ってすぐ気付いたのだが、さまざまな所に術が施されていた。

 相手の霊能力に反応する、術士に向けての警報であったり、小屋が目的であった場合その目的意識を失わせるものであったり、道自体を見失わせるものだったり。何気なく道に置かれた石、道から見えない木の幹の裏側、木箱に入れて斜面に埋め込まれた物まで、山道に沿って巧妙に隠された御幣を見つけては取り除いていく。


「周到なヤツだ。西森で確定だな」

 道の端にあった岩を蹴り転がしてどけ、その下に隠されていた弊をあらわにして隼人が言う。

 もっとも、今までも最有力候補だったが。

 くわえていた牛乳パックのストローをかみつぶす。


 これで何個目か。面倒だが西森に気付かれないためにも警報は切っておくに越したことはないと、いら立ちながらも対処しつつ、着実に歩を進めていた最中のことだった。


 進んでいた道の先からかすかに聞こえてきた、女性の悲鳴のようなものに、3人はぴたりと動きを止める。

 声のしたほうに視線を向け、そして次の瞬間申し合わせたように同時に走りだした。


「今の、鳥の声じゃないよね?」

「ああ」

「菜摘ちゃん? どうしてここに……」

 困惑しながら、未来は民宿を出るときの菜摘の父とのやりとりを思いだしていた。

 警察が西森を今回の殺人事件の重要容疑者と見ていることもあって、未来は、今日は西森宅へ料理を届けるのを控えるように菜摘に言うつもりだった。しかし時すでに遅く、厨房へ行くと板前の父親しかおらず、菜摘はすでに出たあとだった。

 西森は普段山にいて、家にはあまり帰っていないようだし、気の回しすぎかもしれないと思うことにしていたが……。


「それにしたって、どういうこと? 今は夜じゃないし、首切り地蔵は4つの首を手に入れたから動くはずないよ」


 術士がわざわざ術を使って殺人を行うのは、術という行為を間に挟むことによって直接的な殺人を回避するためだ。

 まじない等によって人が死ぬなどあり得ない、という理論から不能犯とされ、刑罰の対象外となる。


 西森が最重要容疑者と見て警察は動いているものの、立件できる見込みは厳しい。最初の被害者が地蔵を蹴ったとき西森がその場にいて、面識があったのではないかというのは推察にすぎず、それで殺人に至るなど動機が薄すぎることや、西森が山﨑少年に与えた骨は人骨かもしれないがまだそれが被害者の骨とは断定できておらず、また西森がそれを手に入れた経緯が不明など、全て情況証拠であり、確たる証拠は何もないのが現状だ。

 唯一の目撃者、山﨑 陽太から得られた調書も「首切り地蔵が姉を殺した」というものであり、周囲の住民から取れた目撃談では、現場にいた人間は隼人やアレスタたちとなっている。先の折、アレスタが「警察へ行ってくる」と言ったのはこれが理由で、犯行現場にいたことの調書作成のためである。


 アレスタは国際機関の人間であり、専門家という立場で首切り地蔵は呪物でそれを用いる術士がいる、という説を推している。普通の警察官なら取り合わない。しかしそれをたびたび聞かされ続けてきて、そして実際、時間的・距離的に実行不可能な殺人が起きた場合、警察官の中にもアレスタの説について一考する者が現れ、犯人は西森説を強める結果になっている。


 だが結局は、刑法上、それは不能犯なのだ。

 西森が逮捕される可能性はほぼないと断言していい。ゆえに機関が動き、適した人材が送り込まれる手筈となったわけだが。


「西森が手口を変えた? ずっと首切り地蔵を使ってたのに」

 綾乃が犯人は西森と確信した理由の1つが首切り地蔵にあった。

 首を切断されて死んだ娘、美千惠と同じ目にあわせたいという、ゆがんだ考えから、助かった少女たちを標的にした。菜摘は事故当時バスに乗っていなかったが、助かったという点では同じで、同一視された可能性は十分考えられる。


「……首切り地蔵は4つの首で止まるとしても、背後にいる西森の目的が首4つとは限らない、ってことかもな。

 あるいは――」


 最初の殺人が、計画外のものだったとしたら?

 西森の標的は最初、裕子、由紀、美保子、菜摘の4人だったのかもしれない。そこに、佐々木 健太というイレギュラーが挟まった。

 その場にいただけというなら、山﨑 陽太のように見逃してもいいはずだ。首切り地蔵が裕子を殺したということを強化する目撃者にもなる。

 計画を変えてまで、佐々木をどうしても殺さなければいけない理由は、まだ見当もつかないが……。


 首切り地蔵は4つで止まった。しかし菜摘がまだ残っている。だから菜摘を直接手にかけることにしたということか?


(いや、それなら式王子を使えばすむ話だ)

 それに、この前見た西森と菜摘のやりとりでは、西森に菜摘を憎んでいる様子は全くなかった。


 疑問符のつくことだらけだが、少なくとも今、菜摘が危機的状況に陥っているのは間違いない。


 隼人は走る速度を上げた。

「おまえたちはあとから来い」


「ちょっと! あんた、また――」


 振り向いて目を合わせた隼人に、綾乃は言葉を止める。

「綾乃ちゃん、きっと、彼も、分かってると思う、よ」

 後ろから、息を切らせながら隼人をかばう未来の声がした。

「そうかもね。

 ……でもやっぱり、くやしいなあ」

 追いつけないスピードで、あっという間に道の先に消えていった隼人の背中に、帰ったらトレーニングを増やそうとひそかに綾乃は決意した。



◆◆◆



 の黒い靄をたどって隼人が小屋の前に着いたとき。西森は彼の到着を待っていたかのように、白弊を手に5体の式王子ともどもドア前に立っていた。


 警報を無視して走ってきたのだから気付かれて当然と、隼人も驚かない。

「やはりおまえが術士だったな」

「ああ、きみか」

 ほんの数分の出会いで、口もきかなかったが、西森も隼人のことを覚えていたようだ。

「あのときはだまされたが、今はごまかしようがないほどにおっているぞ」

「ああ、うん。あのときは、まだだれにも気取られるわけにはいかなかったからね。念入りに消したつもりだったが、内心ヒヤヒヤしていたよ」

 本心か謙遜か。どちらともとれる軽い物言いに、隼人は目をすがめる。


「あの子はどこだ。小屋の中か?」

「あの子? 菜摘ちゃんのことか?」

 ふ、と西森の柔和な顔に優しげな笑みが浮かぶ。

「菜摘ちゃんなら今、美千惠と一緒にいるよ。ちょっと僕が急ぎ過ぎたみたいで、驚かせてしまったようだ。いよいよと思うと、つい、我慢できなくてね。

 でも、もう少しすれば美千惠も目覚めるから、そうしたら菜摘ちゃんに魂降たまくだしを手伝ってもらおう」


「……塚起こしか」

 以前、隼人は憂喜たちに「いざなぎ流に反魂はない」と言った。あれは半分真実で、半分うそだ。いざなぎ流は死んだ霊を同じ家人の守護霊として黄泉返らせることがある。その儀式を塚(墓)起こしと呼ぶ。

 ただし、対象の死者は死後33年以上経ていなければならず、肉体もない。斎弊、つまりヒトガタに地獄から取り上げた魂を入れて、御先様おんざきさまとして棚に祀るのだ。はたしてそれを『反魂』と呼べるかは疑わしいと隼人は考えていた。


「おまえの娘は死後8年だ。荒人神あらひとがみとして取り上げるには早すぎる」

 隼人の言葉に西森は軽く目を見開き、そしてくつりと意味深に笑う。

 その反応を怪訝けげんに思った隼人の気をそらすように、西森は言った。


「きみはいくつだ。17か、18か。僕はきみよりずっと若いころから祖母について、教わってきた。祖母は言ったよ、「人は死ねば地獄へ落ちる」と。「地獄で溺れ続けるのだ」と」


「らしいな」

 地獄も極楽浄土も同じ。それがいざなぎ流の教義だ。


「そんなことってあるかい? 僕の美千惠が地獄にいるなんて! 美千惠はまだ幼くて、あんなにも愛らしくて穢れない無垢な存在だったのに! 地獄で溺れているなんて!

 そんなのは間違っている!」


「だから取り上げることにしたっていうのか」

 そう返しながらも、おかしいと隼人は考えていた。

 塚起こしに他者の命は必要ない。代償(生贄)を必要とする儀式ではないのだ。

 ではなぜ西森は4人の命を奪った? やはりバス事故で自分の娘だけが死んで他の娘は生き延びたことへのゆがんだ復讐か? なら、佐々木はそこにどう関係している?


 8年前のバス事故――――。


「……そうか。事故を引き起こしながら通報もせず逃げた車。運転していたのが佐々木か!」


 娘の月命日に寺へ来ていた西森は、地蔵の前で佐々木たちと思いがけなく行きあった。そこで2人からどんな会話を耳に入れたかまでは分からないが、西森は気付いたのだ、佐々木が8年前に事故を起こした人物だと。


 隼人の言葉を西森は否定せず、うっすらと笑みを浮かべた。

「無免許運転だったそうだよ。数カ月前に事故を起こして免停になっていた。それがバレるのがいやで逃げたと、土下座しながら泣いて謝って、命乞いをしてきた。

 もちろん許したりしなかったよ。やつの骨などいらない。野の獣に食われてしまえと思ったが、残念ながら、そうはならなかったようだ」

 事故が起きた時点で美千惠の死は確定していた。謝罪しようが佐々木が生き残れる可能性はゼロだったろう。


「……骨?」


 隼人のつぶやきに、西森はさっと手の白弊を振った。

 隼人の注意が再び西森へ向く。

「ともかくだ。僕は菜摘ちゃんをきみに渡す気はない。美千惠が黄泉返るには、彼女の魂降しが必要不可欠だ。それを邪魔しようとするなら、きみにも死んでもらわなくてはならない。

 忘れて立ち去れ。きみには関係のないことだ」

 白弊を振る西森の動きに呼応するように式王子が動き始めるのを見て、隼人もプッとストローを吐き捨て、指を鳴らして構えをとる。


「いいぜ。再戦といこうじゃないか」

「またずいぶん自信があるようだな。昨夜は僕の式王子に手も足も出なかったくせに」

「昨夜は昨夜、今は今だ」

「同じだ。またきみがやられるだけだ」

「なら、おまえの言葉が正しいかどうか、やってみないとな」

 隼人は軽く両肩をすくめ――そして、背後を見るように一瞬視線をそちらへ流すと、西森へ向かって真っすぐ走り込んだ。

 その動きに反応して、棒をにぎった式王子たちが隼人を囲う動きをとる。

 隼人は白のメッシュが現れた前髪越しに、黒面を付けた1体1体に金の視線を巡らせ。



「同じ手が通じると思うな」



 不敵に嗤った。


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