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第20回

 隼人はじっとスマホ画面を見つめ、すっと息を吸うと覚悟を決めて保留を切った。


「……憂喜か」

『お、出た。そう、俺』

『俺もいるぞー!』

 田中の声が割り込んだ。

『ちょ、おまえ』

 憂喜の声が少し遠くなる。

『斉藤もいるぞー』

『そういうのいいから。割り込んでくんなって』

 ばたばたと音がする。スマホを奪い返したか、再び憂喜の声が近くなった。

 相変わらずの様子に、寸前まで気負っていたことも忘れて肩から力が抜け、隼人は忍び笑う。

『ごめんごめん。――隼人?』

「聞いてる。

 なんでおまえ、茶髪女のスマホなんかにかけてるんだ? おまえが気があるのは黒髪のほうだろ」

 がふっと変な息をする音がした。

『……藤井さんと佐藤さんな。おまえ、そんな失礼な呼び方、彼女たちにしてないだろうな?』

 してると言ったら説教が始まりそうだったので、隼人は沈黙する。

 憂喜は、沈黙から察したのだろう、はーっとため息を吐く音がした。

『……今はいいか。

 なんでって、おまえのスマホにかけても出ないからだよ。何度もかけたのに』

 スマホ? と隼人は考える。

「そういや、マナーモードにしてかばんに放り込んだままだったな」

『勘弁してくれよ。出ないから、何かあったかと心配するだろ』

「心配?」

『するさ! あんな状況でおまえだけ置いてきちまったんだから。それで――』

『おまえ、ゆうべ相手の術士に完敗したんだって?』

 再び田中が話に割り込んできて。

『あんだけ大見得きっといて、ざまーねえなあ!』

 きゃはははっと笑った。

「……切るぞ」

『わー、待った待った! 田中、おまえなあっ』

『当然リベンジすんだよなあ? 昨夜はしてやられたみたいだけど、相手の土俵でやったんだし、向こうの手札も分からない状態での手合わせじゃあ1本取られるのはしかたねえ。斉藤もそう言ってる。

 でもまだ1本途中だ。あきらめない限り、終わってねえ。今度はおまえの土俵に引きずりこんで、分からせてやれ。そうして最後に勝てばおまえの勝ち。だろ?』

 それは隼人に、向こうの術士と同じになるな、と言っているように聞こえた。



 金と社会的成功のために自分の保護を引き受けた烏眞からすまの当主を筆頭に、いろんな者たちを見てきた。集団で1人を平然といじめて、追い詰める者たち。自分の望みが一番大切で、相手がどうなろうと歯牙にもかけない者。そんなやつらばかりだった。


 生みの親からしてそうだった。人を護って、なんて。自分の願いが最優先。勝手に押しつけて、勝手に自己満足して、置き去りにした。「新しい飼い主にかわいがってもらうんだよ」と押しつける捨て猫と、どう違うのか。

 されたこっちがどう思うかなんて、まるで考えてやしない。


 どいつもこいつも、傲慢で、身勝手で、わがままで、無責任で、自己中心的で……。

 人なんてロクなもんじゃない、本当に助ける価直なんてあるのかと、疑問に思ったのも1度や2度じゃない。


 だけど。


(だけどこいつらは、俺が人を殺したら、きっと失望するんだろう)


 相手が人殺しのクズだとか関係ない。

 隼人がそのクズになったことを残念に思い、きっと、こんなふうに接してはくれなくなるに違いない。



 それだけはいやだと、思った。



◆◆◆


 帰ったらまた4人で集まる約束をして。


 電話を切って顔を上げると、壁にもたれて腕組みをした綾乃がいた。

「おまえがあいつらにかけたんだろ」

「なんのこと?」

 しらを切っているがお見通しだった。でなかったら、昨夜のみっともない出来事を田中が知っているはずがない。

 おかげで大いに自負心に傷がついたが、意外と、さっぱりした気分だった。


 綾乃は隼人の顔をじろじろと見て、

「憑きものが落ちた顔してるじゃん」

 と笑った。

 笑われても不思議といやな感じは受けない。ただほんの少し、決まりの悪さを感じながら、差し出された手にスマホを乗せて返す。

「それで? どうするの?」

「まだ分からねえ。術士の姿は視えたが、背中で、顔は視てないからな。

 ただ、声と一緒に強い風に木々が大きくしなる音が聞こえた。竹林かもしれない。山を歩けばそれらしい場所が見つかるかもな」

 いざなぎ流は祈祷後、呪詛すそ封じを行う。決まった場を構えてあって、そこに祭壇みてぐらを埋めるのだ。

 それを見つけて掘り起こせば、あるいはそこからたどれるかもしれない。


「ふーん。山、か」

 意味ありげな綾乃のつぶやきに振り返る。

「おまえらには関係ないだろ、帰るんだから」

「あ、そんなこと言う? じゃあ教えてあげないよ?」

「……何だよ」

「有力容疑者の最新情報。あんたが探そうとしてる場が分かったかも」

「何だと!?」

「アレスタが出かける前、警察と話してたの。昨夜の被害者と弟が夜に外出してた調書が取られててね。その中で、西森から野ネズミのしっぽの骨だと言ってもらった骨が、どうも野ネズミには少し大きいんじゃないかって。専門家の分析を待たないと確定はできないけど、人骨じゃないかって警察は疑ってるみたい」

 綾乃たちはアレスタの決定に不満を見せず、素直に従っていたから、アレスタも2人が聞いていても気にしなかったのだろう。


「少年が西森からもらったっていう場所なんだけど――」

「どこだ!!」

 ドン、と顔横の壁に手をたたきつけ、今まで見たことのない真剣な表情で迫られて。綾乃は驚きつつもそれを面に出さなかった。これまでの平然とした態度を崩さず、挑発的に隼人を見返す。


「言っとくけど、今度のことに腹を立ててるのはあんただけじゃないの。失敗したのはあんただけじゃない、彼女を助けられなかったのは、あたしたちも同じ」


 一語一語に静かな怒りをこめて、綾乃は言った。

 あのとき。被害者の首が落ちるのを綾乃も見たのだ。

 何もできなかった。もう少し、あと少しだった。あと少し早く到着していれば……。

 ぎゅっとスマホをにぎる手を強める。


 式王子は綾乃の符に打たれて消えたように見えたが、真実は違った。首切り地蔵が首を落とし、目的を達したから引き上げたすぎない。攻撃した綾乃が、それを一番よく知っていた。


「他のやつが引き継ぐからおとなしく帰れって? 冗談じゃないっての」


「でもこれからのことを考えると、やっぱり上の決定には従わなくちゃいけないから」

 未来の声がして、隼人は彼女がいつの間にか部屋から出てきていたことに気付いた。

「アレスタさんが戻ってくるまでしかわたしたちには時間がないの。だけどわたしたちだけだと、あれだけの式神を操る人には……」

 唇をかみしめる。自分の無力さに歯がみする思いは、未来にもあった。

「そういうこと」

 隼人の腕の下をくぐって、綾乃は未来の元へ行く。

「だから安倍隼人。あんたも来るっていうなら、連れて行ってあげる」

 どうする? と首をかしげる綾乃と互いを見合う。



 何を考える必要もない。

 することは決まっていた。


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