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第19回

 植村 由紀と山﨑 美保子の首は、アレスタから連絡を受けた見回りの巡査によって発見された。残る2体の首なし地蔵の上に乗せられていたという。


 由紀は村にいなかった。数日前から家族で他県の祖父母宅へ行っていて、その夜は川岸で行われる花火大会を観に妹たちと出かけていた。人混みの中、姉の姿が見えないことに気付いた妹たちは30分ほど探したあと、両親に電話をしてそのことを報告。家族総出で捜索していたところに警察からの訃報が入ったということだった。

 その後、人目につかない壁際の暗がりで大量の血痕と由紀の髪飾りが見つかり、おそらくそこが殺害現場ではないかと推定された。血液鑑定など、現地警察が特定に急いでいる。


 問題は、そこは車で片道5時間はかかる遠距離にあり、由紀を殺害したあと村まで戻って美保子を殺すのは不可能ということだった。

 美保子が襲われた時刻は午後8時ごろ。殺害現場付近の家人が争う声や物音を聞いていて、アレスタからの通報もあり、ほぼ間違いない。

 由紀が行方不明となったのは午後7時ごろで、首が発見されたのは午後8時半だ。

 警察は複数犯説を唱えたが、たとえ複数人いたとしても由紀の首が片道5時間の距離を1時間半で移動するのは物理的に不可能ということで頭を抱えているようだった。



「……そういったことを、なぜ私はあなたから聞かなくてはいけないのでしょうかね」

 アレスタは電話口の奥津城おくつき たがねに不満を漏らした。

 耳元で、くつりと鏨が苦笑する。低いバリトン。眠たげに少しかすれた声はセクシーだった。アレスタの好みではないが。

『おまえがおどかしすぎたからだろう。

 ああ、それともう1つ。興味深い報告があった。最初の犠牲者の葛木 裕子だが』

「家出少女ですね」

『なんと、その村の出身だった。8年前のバス事故の直後に村から引っ越している。引っ越し理由は、田舎でのバス通学が危険だと考えたからのようだ。さもありなんというやつだ』


「それは興味深いですね」

 興味深いどころではない、とアレスタは思った。犠牲者4人中3人がこの村の少女であり、8年前のバス事故を経験しているということになる。しかも1人は、この村から遠く離れた地で殺害された。

「これが無差別でなく、被害者に共通点があってのことだとすると、最初の犠牲者の佐々木 健太がなぜ殺されたかという疑問が生じますが」

『今のところ、少女たちと佐々木 健太に共通点はない。

 最初の被害者だからな、本当のねらいを隠すためのブラフだった可能性があるぞ。あるいは、単に葛木 裕子と一緒にいたために巻き込まれただけかもしれない』

 巻き込まれ。それは大いにあり得た。1人だけ村外の者で、1人だけ大人で、1人だけ男性で、1人だけ首から下が見つかっている。どれもが佐々木は標的ではなかった証拠となるだろう。

 ではなぜ、山﨑 陽太は見逃されたのか。

『どちらにしろ、これは警察の考えることで俺たちがどうこうすることでもないな。あとは……と』紙をめくる音がする。『警察は、山﨑 美保子と直前まで一緒にいた弟から事情を聴取しているが、ショックが大きすぎてまだうまく話せないでいるようだ。地蔵がどうこう言っているということだ。この辺についてはそこにいるおまえのほうが詳細を得られるんじゃないか。

 俺としては、だ。ちょいと気になる報告を1つ見つけたんだが』


「何ですか?」

 長い付き合いだ。訊き返しつつも、その口調から大体内容に察しはついていた。

『山﨑 美保子殺害時、現場に高校生ぐらいの少年がいたことが複数人の証言から出ている。そしてその少年は、おまえたちと一緒に行動しているとあるな』

「ああ、その子でしたら、未来のクラスメイトです。夏休みの小旅行で友人たちと一緒にうわさの首切り地蔵を観に来ていて、偶然会ったんです。小さな村ですからね。宿もここしかないですし。自然と一緒に行動しているように見えたんでしょう」

 真実とうそを織り交ぜて、さらりと答える。

『一般人の、しかも子どもを巻き込むのは感心しないな』

「若い子は好奇心と向こう見ずの塊です。今度の事件を刺激のある冒険と捉えたようですね。自身が危険な目にあうとは考えず、事件を知って、首切り地蔵が徘徊する姿を見たいと考えて、宿を抜け出していたようです。

 案外あなたも身に覚えがありませんか?」

『なるほど』

 それは、アレスタの説明に納得しているようでもあり、今はそういうことにしておいてやろう、と言っているようでもあった。


 鏨は西日本支部を一手にまとめている調律者アジャスターであり、機関創設の初期メンバーの1人だ。機関創設のきっかけとなった怨霊事変の数少ない生き残りでもある。普段は飄々として、馬・船・自転車と、賭け事で身を滅ぼしかねないような自堕落な生き方をしているうだつが上がらない中年男でも、油断ならない。

 隼人の存在に気付いていて、すでに必要十分に調べ上げた上で言っている可能性もある。

 無言で次の言葉を待つアレスタに、鏨は先までと変わらない口調で告げた。

『いずれにしても、だ。

 おまえたちの仕事は終わった。戻ってこい』

 それで通話は終わった。


◆◆◆


「撤収よ」


 アレスタからそう聞いても、綾乃と未来は驚かなかった。むしろ綾乃は「ほらね」と言うように未来と、そして開けはなした窓枠に片足を乗せて座った隼人を見た。

 隼人は3人のほうを見ようともせず、上げた足のひざに頬づえをついて窓の外へ顔を向けている。


「地蔵の手配を早めてもらって、今日の夕方には新しい地蔵が設置される確認がとれたわ。4つの首を手にしたことで、首切り地蔵も落ち着くでしょう。術士の存在が確認できたことからこの事件は別の部署が担当となります」

 アレスタの説明は隼人に向けてのものだった。

 自分たちは霊障を主に扱う部に所属していると知る綾乃と未来は、こうなると予想がついていた。ここへ来たのはそもそも定期巡回であって、術士を捕らえることではない。それが目的であれば最初からそういったことを専門に扱う部署の者が来ていた。


「私はこれから警察と村役場へ行ってくるわ。あなたたちはその間に荷造りをすませておきなさい。

 聞こえた? 隼人くん」

 無反応の隼人に向かって言う。

 隼人はちらとアレスタを見た。


「勝手に帰ればいい。俺は残る」


 その目、声。あれから半日以上たったというのにまだ怒りがくすぶっているのを見てとり、アレスタは目を細める。

「もう頭は冷えたと思っていたけど、まだのようね」

 力の強い者にありがちなことだ。自身の力に対する自負心が強く、そこを傷つけられるといつまでも執着する。

「いいこと? あなたはあのとき物騒なことを口にしていたけれど、私はそれを、頭に血が上ったために思わず口にしてしまったこと、と解釈してるわ。もしそうでなく、アンガーコントロールできずにその恨みを抱き続けるというのなら、こちらもそれなりの対処を取らざるを得ないわよ」

「何をするって?」

 は、と嗤う。

 おまえたちに俺を止めることなどできないとの冷笑だった。

 綾乃はむっとした表情をし、未来ははらはらした様子で心配そうに隼人を見ている。

 アレスタはその挑発に乗らず、淡々と告げた。


「あなたを警察に引き渡します。

 あなたはあの殺害現場にいて、不穏な発言をしていた姿を複数人に目撃されているのよ。警察は、この不可解な連続殺人事件の解決にあせっていて、あなたを容疑者の1人と見ている者もいるわ」

「俺じゃない!!」

「ええ、そうね。私たちはそれを知ってる。本当の犯人は、いざなぎ流の術士よ。でも、あなたがその怒りを自分でコントロールすることができないというのなら、大人である私がそれを止める手伝いをしなくてはいけないの。

 あなたに人殺しをさせるわけにはいかないから」

 どこまでも毅然としたアレスタの態度に、隼人はすっと息を吸い込む。

 無言で互いににらみ合っていたときだ。

 突然スマホの着信音のような音楽が部屋のどこかで鳴り始めた。


 それは綾乃のスマホからで、電話に出た綾乃が「ちょっと待って」と保留にする。

「安倍隼人。あんたによ」

 綾乃は自分のスマホを隼人の手にパシッとたたきつけるようにしてにぎらせ、そのまま背を押して強引に廊下へ出す。

 隼人はわけが分からないまま手の中にスマホに視線を落とし、ぎくりとなった。


 発信者の名前は、憂喜だった。

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