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第16回

 夕刻。日が落ちる時刻になるのを待って、隼人たちは宿を出た。


 歩きながら、寝ていた間の話をアレスタから聞く。

 村では朝から首切り地蔵の話でもちきりで、昼には村じゅうに広まっていた。警察はどうにかしてそうなるのを防ぎたかったようだが、小さな村で、人口も5000人足らずという場所では、どだい無理な話だ。しかも、4体目の首が落とされたら首切り地蔵が動きだして代わりになる首を刈るというのを子どものころから聞かされて育った者たちばかりなのだ。

 伝承をまねた殺人事件が起きたらしい、と考えるのは若者ばかり。25年前のようにさっそく信心深い村の大人たちが村役場へ押しかけて、「どうしてくれるんだ!」と一悶着ひともんちゃくが起きた。

 彼らからすればこれは村役場の管理がずさんだったために起きた事件で、そのせいで村の者が首切り地蔵に殺されるかもしれないとなれば、憤慨するのも当然だろう。


 この件に関して、村役場では手に余るということでアレスタを通して機関が介入、殺人現場をいじることについては警察が強く反対したが、本当に殺人が行われた場所は事故のあった場所ということで、結局2~3日中に新しい地蔵と交換することが決まった。

 地蔵が交換されるまで村の人たちは日が落ちてからは外に出ないこと、ということで決着がついたのだという。



「それでか」

 隼人はぐるりと周囲に視線を巡らせた。

 まだ8時にもなっていないのに、誰ともすれ違わない。全員家にこもっているのだろう。

「そう。これでやりやすくなったわね。狙われるのはわたしたちというわけよ」

 アレスタの言葉に隼人はちらと彼女を見て、その言葉が本心からのものであるか、量るように目を細める。

「怖くないのか? あんたに霊能はないんだろ?」

 隼人はアレスタが術を使うところも、力を発動させるところも見たことがなかった。彼女は常に動向を見守るだけだ。そしておそらくそれは間違っていないと考えていた。

 アレスタも、隼人の言葉を否定しない。

「そうねえ。ちょっと視えるくらいね。でも、これが裁定者メディエーターの職務だから。

 それに、能力の有無はあまり関係ないわ。あなただって首を切られれば終わり。ほら、わたしと変わりないでしょう?」

「……そうか」

 隼人は苦笑し――そして唐突に歩くのをやめた。



「隼人くん?」

「どうかしたの? 安倍隼人」

 その問いに、隼人は答えなかった。さっきまでの緩い雰囲気は跡形もなく消えさり、表情が一変している。2人の声が耳に入っている様子はなく、先ほど感じ取った何かに集中しているようだ。

 無言で見守る彼女たちの前で隼人は突然きびすを返し、反対方向へ走りだした。

 すぐさま3人もあとに続く。

「こっちなのね」

 何が、とは訊かない。

「ああ」

 短く答え、隼人はスピードを上げた。

「ちょっ!? はや!」

 驚く綾乃たちを振り返って告げる。


「先に行く! おまえらはあとから来い!」


 案内役だ、というように白狐のお屋代の試験管を綾乃に向かって放った。

 一緒に、とは言えなかった。それだけ彼が感じ取った事態は切羽詰まっているということなのだと3人も分かっていたからだ。

 彼女たちが何も言わないことを了承ととって、隼人はさらに走る速度を速める。


「……あーくそっ。くやしいなあ」

 あっという間に見えなくなった背中に綾乃は歯がみした。


◆◆◆


 さかのぼること約2時間前。山崎 陽太はこっそりと家を抜け出した。


 細心の注意を払って部屋のドアを開け、階段を下り、玄関のドアを開けて外に出た。だから、家族のだれも、少年が外に出たことに気付かなかった。

 家のどこにもいないと気付いたのは、夕食のときだ。

『美保子、陽太。夕飯の準備ができたわよ』

 と母親が階段の下から呼んでも下りて来なかったので部屋へのぞきに行ってみると、部屋の中はもぬけの殻だった。


『どうして!? 夜に外へ出ちゃだめって、あれほど言ったのに!』

 置き手紙を手に、母親はパニック状態だった。

『分かったって、あの子……。それに、今までだれにも言わないで外に出るなんて、一度も……』

『いいから、とにかく落ち着きなさい』

 父親が肩をとり、なだめている脇で、美保子は母親の手から置き手紙を抜き取った。そこには大きな字で『宝物を見つけてくる。すぐ戻るね』と書かれていた。

 母親には何のことか分からなかったようだが美保子にはすぐピンときた。


『わたし、あの子がどこにいるか、分かるかも』

『美保子?』

『わたしのせいだ。わたしが捨てさせたから……。

 わたし、連れ戻してくる!』

『美保子! 待ちなさい! 美保子!』


 美保子は両親が止めようとするのを振り切って階段を駆け下り、玄関から飛び出した。

 外は、ぞっとするほど暗かった。

 玄関からの光が強いからかもしれない、外灯が弱いからかも、と美保子はなんでもない理由を見つけようとする。

 それほどに月明かりは彼女から遠く、周囲の闇は肌に染み入るほど恐ろしい。


『4体目の首を落とされると、新しい首を求めて夜な夜な首切り地蔵が徘徊するんだよ』


 子どものころに何度も聞いた村の伝承がよみがえったのは、昼に車中で母から聞かされた殺人事件のせいだ。頭の落ちた地蔵の上に、よそ者の首が2つ乗っていたという。

 しばらくは夜外に出るのは控えなさいと言われて、美保子は『夜に外へ出る理由なんかないわ』と、答えたばかりだった。


 脳裏に首切り地蔵の姿が浮かびそうになって、頭を振って退ける。

「……おとぎ話だから、そんなの。石のお地蔵さんが、動くわけ、ないんだから……」

 早く陽太のばかを見つけて連れ戻さなくちゃ。


 美保子は恐怖を振り切って、夜の山へ走った。

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