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第12回

 西森は昨日見たときと同じ格好をしていた。


 しわだらけのワイシャツと裾やひざのすり切れたズボン。違うのはその上に夏用の薄いコートをはおっていることだが、これもやはり何年も着古されたと分かる物で、型崩れしてほつれ糸が飛び出し、あちこちに何とも分からない染みがついていた。


 西森もすぐに自宅前にたむろする4人の男子高校生に気付いた。一瞬、目に胡乱うろんげな光が浮かんだが、すぐに消える。

 隼人たちへの興味も失ったように、彼らを無視して家に入ろうとするかに見えた、そのときだ。

 玄関のドアががちゃりと開いて、菜摘が出てきた。

「お待たせしました、皆さん――おじさん? 帰ってらしたんですか」

「菜摘ちゃん」

 菜摘を見た瞬間西森の表情が一変した。生気のない無気力な浮浪者然としていた顔に感情が浮かぶ。

「来てたのか」

「はい。いつものお使いです。お料理は傷むといけないから全部お皿に移して冷蔵庫に入れてあるので、食べてくださいね」

「いつもありがとう。それで」西森の、かすかに警戒を宿した視線が2人のやりとりを見守っていた隼人たち4人へ流れる。「きみたちは? 村の子じゃないよね」

「この人たちはうちのお客さんです。お地蔵さんを見に来たんだそうです」

 菜摘の無邪気な紹介に、西森が「そうか」とほほ笑む。

「おじさん、この後もお山ですか?」

「そうだけど、どうして?」

「田中さんが、おじさんの工房を見てみたいって」

「そう!」

 思いだしたように田中が声を上げた。

「西森さん、剥製師なんでしょ? 作ってるとこ、見せてもらいたいなーなんて」


「だめだ!!」


 田中の語尾にかぶせるように、西森が拒絶した。

 突然の大声に驚く菜摘と目をぱちくりさせた田中を見て、西森も自分の反応が唐突で大げさだったことに気付く。そしてそれをごまかすように早口で補足した。

「あそこには、危険な薬品がいっぱいあるからね。それに、今作業しているのは野生動物で、感染の危険もある。何かあったら事だから」

「……そうなんですね。

 ごめんなさい、田中さん」

「あ、ううん。いいって。俺も理解したから」

「じゃあ、あたしたち、これで失礼しますね。さよなら、おじさん」

 ぺこっと頭を下げて、菜摘は西森に背を向けて来た道を戻ろうとする。4人も菜摘に従って歩きだしたとき。

「待って、菜摘ちゃん」

 西森が菜摘を呼び止めた。

「何ですか?」


「もうじきあの子が戻ってくるから。そのときは、また友達になってやってくれ」



◆◆◆


「あれ、どういう意味だろーな」


 あのあと。菜摘の案内でひととおり村を散策して、宿に戻ってきた早々に田中が話を切りだした。

 ずっと言いたくてしかたがなかったのだろう、部屋のドアを閉めやいなやの田中に、憂喜と斉藤はかばんに伸ばしていた手を止めて振り返る。

「ずっと静かだから変だなと思ってたが、そんなことを考えていたのか」

 かばんを引き寄せ、荷造り――といってもほとんど中身は広げていなかったので大した物はない――の片手間に斉藤が返す。

「悪かったな。おまえらだって気になっただろ」

「そりゃまあそうだけど」と憂喜。「娘さんを亡くされてから、ちょっとおかしくなってるっていうし」

 菜摘と普通に話しているのを見て、外見はアレだが案外普通のおじさんなんだなと考えていたところで急に大声出されたり、あんなことを言い出されて驚いたが、ああやっぱりなと、どちらかというと憂喜は納得していた。

 やっぱりあの人は、どこか壊れてしまっているんだと。


 子どもを失った親は、いつまでも『そこ』から抜けだせないのかもしれない。憂喜の母がそうだったように……。

 西森もそうなのかもしれないと思うと、憂喜は彼の言動を肯定的に許容できていた。


「おまえは?」

 田中は、座卓で頬づえをついてミカンが描かれた牛乳パックを飲みながら考え込んでいる様子の隼人に話を振ったが、隼人は素っ気なく肩をすくめただけだった。

 顔の上半分をおおった前髪のせいで相変わらず何を考えているのか読めないことに、ちょっとイラつく。

「いざなぎ流ってのは、死人を生き返らせることができるのか?」

 との質問には、隼人は明確に「できない」と答えた。

「いざなぎ流は自然信仰だ。自然と対話し、自然の持つ力の流れを借りて何かを探したり、封じたり、人の目をそらさせたりはできても、基本的に自然のことわりに逆らうことはしない。

 どんな生き物でも生と死は最も自然なことだからな」

 とは言うものの、隼人もあの言葉は疑わざるを得なかった。

 本気で言っているのか、それとも狂人のたわごとか。


 あるいはどちらもか。


(娘が戻ると信じている? 8年もたって、どうやってだ)


「……いざなぎ流に反魂の術はない、はずだ」

 手で隠れた口元で、独り言のつもりでつぶやいた言葉に、田中が反応した。

「なんだ? 自信ないのか?」

 その言い方にカチンとくる。

「俺は専門家じゃねえんだよ」

「肝心のとこで頼りねーの」

「うるせえ」

 卓上の牛乳パックをつかんで投げる。牛乳パックは宙を舞い、田中の額にクリーンヒットした。

「いてっ!」

カラが痛いわけあるか」

「いきなりだから驚いたんだろ。第一、人に物を投げるやつがあるか!」


 おまえにも味あわせてやるというように牛乳パックを手に向かっていく田中とその行動に驚きつつも応戦する隼人。がっしと手を組み合わせ、押し合ってばたばたしている2人にあきれ顔で憂喜が言った。

「じゃれあってないで、いいからおまえらも帰る準備しろよ」

「じゃれあってなんかない!」

 顔を真っ赤にして隼人は否定したが、憂喜は取り合わない。

「ハイハイ。もういいから。バスに乗り遅れるぞ」

 見ろ、というように壁時計を親指で指されて、田中はしぶしぶ戦いを中断し、自分のかばんへ向かう。

 一方で、隼人は座り直して3人に言った。


「おまえらは帰れ。俺は残る」

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