西森家は、ごく普通の、どこにでもある住宅だった。乳白色のモルタル外壁、黒いスレート屋根。2階建てでベランダ付き。
公営の借家なのだから当然といえば当然だ。
菜摘は西森との表札のかかった玄関前フェンスのチャイムを鳴らしたが、返答はなかった。2階にいて、階段を下りてくるような音も気配もない。
「おじさん、やっぱり山にいるみたい」
ため息を吐く。ポケットから合鍵を取り出し、フェンスを開いて中へ入ろうとして振り返った。
「あ、じゃああたしはここで……」
他人の家だ、昨日知り合ったばかりの4人を中に招き入れるわけにはいかないのだろう。
「いいよ、待ってる」
田中がにぱっと笑って言った。
田中は悪意や他意を感じさせない、裏表のなさで妙に人に好かれる特性がある。いわゆる、憎めないやつというやつだ。
「え、でも……」菜摘は語尾を揺らしたが、もう一度田中を見て「じゃあ、すみません。なるべく早く済ませてきますから」と断って、家の中へ入っていった。
廊下を奥の部屋へ、ぱたぱたと小走りで遠ざかっていく足音が消える。
田中はくるっと振り向き、隼人を見た。
「んで、どうよ? 向こうは」
「……向こう?」
無言で家を見上げていた隼人が顔を田中へと移し、小首をかしげる。
「首切り地蔵! おまえが呼ばれたってことは、つまりそーいうことだろ!」
隼人は少し考え、黙っている意味はないと判断して、首切り地蔵であったことを話した。
被害者が全く見知らぬ者たちでなく、昨夜の2人と知った田中から笑みが消える。
「……そっ、か。じゃああのあと、襲われたんだな……」
下を向き、大きく息を吐き出した。
「おまえが追い出したわけじゃない。宿泊を拒否した女将さんのせいでもない。襲われるなんてだれにも分からなかったことだ」
「そりゃそうだけど」
がりがりっと頭をかく。
『あいつらが泊まらなくてよかった』
ただの軽口だが、そう口にしてしまったすぐあとに相手に死なれたとあっては、田中がやるせない気分になるのも仕方ないのだろう。
あのとき同意した憂喜も気持ちは同じらしい。
無言で落ち込んでいる2人にかける言葉が思いつかずにいると、齋藤が「それで」と話を切り替えてきた。
「おまえがついて来たのは、西森さんが犯人だと思っているからなのか?」
「え? 犯人は首切り地蔵だろ?」
驚いた様子で田中が顔を上げた。
「4体目の首が落ちてたんだろ? だから地蔵が動いて首を刈ったんじゃねーの?」
「どちらも当たりだ」
「って?」
「首を刈ったのはあの地蔵で間違いない。4体目の首が落ちると地蔵が動きだす、というミームのせいだ」
「ミーム? って、あれか? 社会的、文化的な情報の伝達行為だったか」
「概念だな」
「つまり……伝承を知る俺たちみたいなやつが『4体目の首が落ちると地蔵が動いて首を刈る』と信じているから動いたってことか?」
憂喜の言葉に、隼人は首を振った。
「信じること、そしてそれに沿った行動をとることだ。
地蔵は術具だ。人の作った物は全て術具になり得る。術具が発動するには前もって定めた条件があり、それは術具によってさまざまだ。
あの地蔵の場合はそれが『4体目の首が落ちる』だった。だが――」
何かいい物はないか、隼人は視線を巡らせ、斉藤が肩にかけていたバッグの持ち手に付いた、リール式のキーホルダーを引っ張った。キーホルダーから外さずに鍵を開けられる仕様の物だ。
ただし隼人に用があったのは鍵でなく、部活で帰りが遅いときなど鍵穴を照らすために一緒に付けていた小さなライトのほうだった。
「たとえばこれだが、これは光を発する物だ。おまえたちは全員それを知っている。これが地蔵のミームだ。そして発動条件として『押す』と光る。おまえたちはそれを知っているから、光らせるために押す。
だがそれでは光るだけだ。対象物に向ける必要がある」
隼人は光らせたライトを『西森家』と書かれた表札へ向けた。
斉藤はふむと考え。
「つまりおまえや彼女たちは、地蔵のスイッチを入れて、それを被害者に向けた者がいると考えている?」
その質問に隼人は首を振ったが、今度は自信がないようだった。
くしゃりと前髪をかき上げる。
「分からない。昨夜の話ぶりからして、あの男が4体目の首を落としたんだろう。それによって発動した首切り地蔵が無差別に襲撃した相手がたまたまあの2人だった可能性もある。こんな田舎で、夜に外をぶらつく者は少ないだろうからな。
ただ、もし発動後に指向性を与えた者がいるとしたら、可能性が高いのは昨日の男じゃないかと思ったんだが」
隼人はそこで言葉を切ったが、彼が何を言わんとしているかは3人にも伝わった。
それで隼人はここへ『確認』に来たのだ。だが確証に足るものはつかめないでいるのだろう。
先ほど隼人は分かりやすさ重視でライトを例に出したが、知識のない者でも簡単に使用できる科学と違って、術というのは知識あるいは才能――もしくは両方――を必要とする。誰にでも扱えるというものではない。
可能性としてはやはりスエの孫が一番高いが、スエは村の者と幅広く交流を持っていた。彼女を太夫と呼んで、慕う者も多かったようだ。その者たちに請われて技を教えたかもしれない。中には弟子となり、師資相承の技を受け継いだ者がどこかにいるのかもしれない。スエは老いていた。自身の死後、いつの日かまた4体の地蔵が壊れたときの用心として、それは十分あり得ることだ。
(そういったことを鑑みても、若くて、自分の血を受け継いだ孫を選んだ可能性が高いが)
隼人はもう一度、確認するように家を見上げた。
だが家からは何も感じ取れない。短時間近くにいただけの安藤にすら絡んでいた程度の
(ということは、やはり術士は西森以外の者か?)
あるいは――。
そこまで考えたところで、隼人は思考を中断した。道の先へと顔の向きを変える。
隼人の動きにつられるように、3人もそちらを振り返る。
そこには、こちらへ向かって歩いてくる西森の姿があった。