「あたしも、美千惠ちゃんとは幼なじみだったんです」
道すがらの話題で、菜摘がそんなことを話し始めた。
「美千惠、って、西森さんの亡くなった娘さんだったっけ」
となりを歩いていた憂喜が聞き返す。
「はい。彼女がバス事故で亡くなるまでは、一緒に学校へ行ったり、放課後も一緒に遊んだりしてました。西森のおじさんもすごくいい人で。2人で遊んでいると、よくお菓子をくれたり、お山の工房を見せたりしてくれました」
「工房? 何かの職人さん?」
「えっと、剥製師さんです。大学で
「剥製師! すっげー! 見てみてー!」
目を輝かせて興味津々の田中に、菜摘はふふっと笑う。
「機嫌が良かったら見せてもらえるかもしれないですね。ただ、作業場は危険だからって入れてもらえないかもですが」
そして一転して表情を曇らせ、
「美千惠ちゃんが亡くなってからは、ほとんどお山で過ごされてるみたいです。一応、食事のために家に戻ってはきてるみたいなんですけど」
ぽつりとこぼした。
「ここ、子どもの数が少ないでしょう? 昔はとなり町の学校まで、送迎バスが出てたんです。皆さんも通ったと思いますが、山道でカーブが多くて……」
その日、菜摘は風邪をひいて咳がひどく、大事をとって学校を休むことになった。
『ごめんね、美千惠ちゃん』
マスクの下でこほこほ咳をする菜摘に、美千惠は首を振る。
『ううん。それより、治ったら、また遊ぼうね!』
学校の先生に渡す手紙を受け取って、美千惠は父親の手を借りて送迎用の小型バスへ乗り込んだ。
『行ってきまーーす』
車窓から身を乗り出して、見送る自分たちに手をぶんぶん振っていた元気な美千惠の姿を思いだすたび、菜摘の胸はきゅうっとなって目尻に涙がにじむ。
「……何があったかは、詳しくは分からないそうです。相手の車は通報もしないで逃げてしまったから。ただ、道路に残っていたタイヤ痕から、たぶんカーブで対向車が車線をはみ出してきたんだろうって」
小型バスは横転し、路上をすべったあとガードレールを突き破って斜面の下へ落ちた姿で発見された。
下の木に激突して、割れたフロントガラスを貫通した枝で運転手は即死。引率の女性も窓から放り出され、外で仰向けに倒れた状態で見つかった。おそらくシートベルトを外して子どもたちの元へ向かおうとしていたのではないだろうか。頭の骨が砕けて、彼女もほぼ即死していた。
車内に残されたのは泣き叫ぶ子どもばかり。そのほとんどが切り傷程度のけがで済んだのは幸運だった。ただ1人、西森 美千惠を除いて……。
美千惠は倒れた運転席側の席に1人で座っていた。事故の衝撃で割れた窓ガラス片が首に刺さったらしい。7歳児の小さな体にガラス片は大きすぎ、首はほとんど切断状態だった。
通路を挟んだ同列の席に座っていたため、助かるまでの数時間その光景を見続けることになった少女・山崎 美保子は、8年経た今も悪夢にうなされ、町の精神科に通院している。
事故を知らされた村の大人たちは総出で救援に向かった。その中には西森もいて、現場へ駆けつけた西森は娘の訃報を知るとその場に力なくくずおれ、気も狂わんばかりに泣いて、娘の頭を抱きかかえて揺すり、菜摘の父がどんなに声をかけても放そうとしなかった。
菜摘は当時7歳で、発熱で寝込んでいたため、そういった一切を知らなかった。風邪が治ってからも、幼い彼女にそんな悲劇を詳しく語る者はおらず、ただバスが事故を起こして美千惠が亡くなったとだけ知らされた。菜摘が当時の状況について詳しく知ったのは、何年もたってからだった。
『よかったわね、菜摘ちゃん。命拾いしたわね』
親戚の者からそう言われたことがある。
『幸運だったわね』
彼女は知らなかったから、そんなふうに言えたのかもしれない。ただ同じバスに乗って通っていただけだと、深く考えずに。
バスの座席は2人掛けで、だれがどこに座るか決まっていなかったが、毎日同じバス、同じ子どもたちということもあり、みんな、ここが自分の席だと決めていた。菜摘と美千惠は運転席側の3列目の席で、菜摘の『自分の席』は美千惠のとなりで窓際だった。その日、菜摘がいなかったから美千惠だけがその席にいて、窓際に座っていたのだ。
もし菜摘が休まずバスに乗っていたら、ガラスに首を切断されて死んでいたのは菜摘だったかもしれない。
(あたしの代わりに美千惠は死んだんだ……)
そんな後ろめたさがあるためだろうか、それ以来欠かさず毎日西森家に料理を届けてきた。小学生のときは母と一緒に、中学に上がってからは菜摘1人で。
そしてたぶん、父も同じ理由で彼のための料理を作り続けているのだろう。
「菜摘ちゃん……?」
話の途中から黙り込み、俯いて黙々と歩く菜摘になんらかを感じた憂喜が脇から遠慮がちに声をかける。その声に、菜摘ははっと夢から覚めたようにひゅっと短く息を吸い込み、憂喜を見返して、一人考えに没入していたことについて「すみません」と謝った。
「いや、大丈夫ならいいけど、黙り込んじゃったから何かあるのかと思って」
「いえ、何もないです」どこまで話しただろうか、思いだそうとしながら答える。「あたし、小さかったし、バスには乗ってなかったから、さっき言ったことぐらいしか知らないんです。ごめんなさい」
そして、話題を変えるように明るい声で強く「あれ!」と、前方に見えた赤い屋根の一軒家を指した。
「あれが西森のおじさんの家です!」