目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
第5回

 民宿・真砂まさごは、古き良き田舎の民家と紹介されても信じて納得するような外観をしていた。

 周囲に自然と溶け込んだそのたたずまい、門や各部屋にともった黄色い明かりなどに温かみを感じて、心をほっとさせる。


「では、またあしたお迎えにあがります」

 民宿が見えたところで安藤は案内としての役目を終えたと思ったか、アレスタたちに軽く頭を下げてあいさつを終えると来た道を戻っていく。寺へ戻り、車で役場へ戻るのだろう。


「じゃあ行きましょうか」

 とのアレスタの言葉に従って、年季を感じさせる重厚な門をくぐり、飛び石と玉砂利の敷かれた小さな前庭を通って玄関へ入る。すると

「お帰りなさい」

 玄関の開く音を聞きつけて奥の部屋から出てきた中年の女性が、やわらかな笑顔で出迎えてくれた。

「ただいま帰りました」

「はい。お疲れさまです」

 アレスタが「こちらはここの女将の加藤 真佐子さんよ」と4人に紹介する。

「まあ、女将なんて。そんな、たいそうなものじゃありません。予約が入ったときだけお客さんをとる、家族4人の小さな民宿ですから。でも、うれしいわ」

 ふふと笑う。おっとりした、笑顔が優しい、穏やかそうな女性だった。

「すみません。電話でお話ししたように、人数が増えてしまったのですが」

「ああ、はい。大丈夫ですよ。お部屋はご用意してありますから」

「お世話になります。よろしくお願いします」

 斉藤の言葉で3人が軽く頭を下げると女将はうふふと笑い、「今、お部屋にご案内しますね」と言った。


 中庭に面した廊下を奥へ向かって歩く。途中で綾乃が「あたしたちはこっち」と言い、女性3人は部屋に入っていった。

 隼人たち4人が案内されたのはそのとなりの部屋で、一番奥の部屋だった。

「こちらのお部屋です」

 ドアを開けてくれた女将の前を通って室内に入る。奥行きのある和室で、4人よりもう少し大きな団体のための部屋なのか、広々としていた。奥の六畳の和室にはソファと椅子が置かれており、さらにその先に板張りの二畳ほどの床と窓が見える。

「うわー、すっげー」

 荷物を放り出してばたばた窓まで行き、そこからの景色にはしゃぐ田中。斉藤はふうと息をつくと田中の分の荷物も一緒に邪魔にならないよう脇へ寄せる。

 和室の中央に配された一枚板で作られた重厚な長方形の座卓にはお茶の準備と一緒に和菓子が置かれていて、歓迎の言葉が書かれた一筆箋があった。

「突然お邪魔することになってしまってすみません」

 恐縮する憂喜に、女将はにこやかに首を振る。

「いえいえ。それより、お疲れでしょう。まずはお風呂に入られてはいかがですか。うちのお風呂は山の源泉から汲んできたお水を沸かしているんです。血行をよくしてくれて、筋肉痛や疲労回復にいいんですよ」

「ありがとうございます。そうさせていただきます」

「お風呂に入るために必要な物は浴室にそろっていますし、洗濯物はカゴに入れておいてくだされば、朝までに洗ってお返ししますからね」

 会釈する憂喜と斉藤に、礼儀正しいお客さんとの好印象を持ったのだろう、女将はうれしそうな笑顔でそう言葉を付け加えて、風呂のある場所を教えると戻って行った。



 みんなと同じ場所へ荷物を下ろした憂喜は、畳に直に座っている隼人のほうをチラチラと盗み見た。道中、安藤の話で綾乃と未来がアイコンタクトをとっていたことについて訊きたいと考えていたが、どう切り出せばいいのか分からなかった。

 それでも意を決して「隼人」と呼んだのだが。

「温泉温泉♪ さっそく行こうぜ!」

 運悪く、喜々として言う田中の声にかき消されてしまった。

 隼人も田中のほうを向いてしまう。

(まあいいか。急ぐことじゃなし)

 そう思い直して、立ち上がった。

「行くか。今日はほんとに歩いたからな、足をよくほぐさないと」

 両手を上に伸ばし、軽く背伸びをする。

「そーそー」

 田中は椅子の上に用意されていた浴衣と帯を3人に手渡して意気揚々と戸口に向かったが、隼人が微妙に引き気味なのに気付いて「どした?」と不思議そうに訊いた。


「……俺は、いい。おまえたちだけで行ってこい。俺はあとから入る」

「なんだそれ? 付き合い悪いな。こういうのはみんなで入るからいーんだぞ」

 それでも行くのをしぶっている隼人をさらに問い詰める田中。

「まさかおまえ、ヘソが2つあるとか、体に墨入れてるとかじゃないんだろー?」

 との軽口に隼人も苦笑して「まさか」と答えると、観念したように言った。

「こういうのは、初めてなんだ」

 普通なら、ここでいろいろ察してそれ以上追及したりはしないだろう。少なくとも憂喜はそうだと思った。しかし田中は違った。

「こういうのって?」

「……だからっ」隼人は少しためらうように言葉を切り。ふいと視線をそらして、その先を言葉にした。「……他のやつと、旅行とか、一緒に……風呂とかっ」


「おまえ、かっわいーなあっ!」

 突然頭を抱えこまれ、こぶしでぐりぐりされて、隼人はあせった。

「やめろ! ばかっ!」

「そうかーこれが隼人の温泉デビューかー。

 んじゃ、なおさらみんなで行くべきだろ!」

 がしっと腕を組まれ、「さあ行こうぜ!」と強引に引っ張られる。

 隼人はますますあせり、どうしたらいいか分からないといった様子で憂喜や斉藤に目で助けを求めたが、2人はニヤニヤ笑うだけで隼人を助けようとはしなかった。むしろ2人の心中としては、田中よくやった、と田中の味方だったろう。




「背中流してやるぞ! 髪も洗ってやろうか?」


 人前で脱衣するのもためらっていた隼人の様子を面白がった田中から、「脱ぐの遅っせ! 手伝ってやるぞ~」と服を引っ張られながらもなんとか脱衣して、浴室へ入ったら入ったでこれである。

「ほらほら。こっち座れってー」

 半笑いを浮かべた田中のからかいという猛攻の手をかわしてどうにかこうにか体を洗い、湯船につかった隼人は、見るからにぐったり疲れていた。肩まで湯に沈め、浴槽の壁に背を預けて上を仰いでいる。

「お疲れさん」

 先に湯船に入っていた憂喜が気の毒そうに笑いかけたが、隼人からの返答はない。

「あいつはすぐ調子に乗って、悪ふざけに走るからなあ」

 その後、斉藤にぽかりとたたかれて反省するまでがワンセットだ。

 そんな2人をなんとなし、眺めながら、ふと今なら話せるかもしれないと憂喜は思い立った。

「なあ」

「……なんだ?」

「ここへ来るまでの道々の話でさ、藤井さんたちが何か気付いたような反応をしてたんだけど、おまえ気付かなかった?」

 隼人は目を閉じたまま「あいつらのことなんか知るかよ……」とつぶやいたが、少し考える素振りをして、答えた。「たぶん、『太夫たゆう』という言葉に引っかかったんだろう。『太夫』ってのは、いざなぎ流の使い手に使われる称号だからな」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?