TUKUYOMI機関の
機関の
アレスタは常に人目を引く。こんな田舎には不似合いな、しかし絶世の美女である彼女にふさわしい、空色のエレガントラグジュアリーなスーツを着こなした彼女が彼らと同じ道へ出てきたとき、アレスタの後ろに続いて現れた男に注目したのはおそらく隼人だけだっただろう。
「アレスタさん。アレスタさんも来ていたんですか!」
憂喜はうれしそうに名を呼ぶ。「ええ」とアレスタはにこやかに答えた。
「ということは、もしかして事件ですか?」
ようやくその可能性に気付いて表情を曇らせた憂喜に、アレスタは親しみやすい笑顔のまま首を振る。
「今回は定期巡回よ。機関はリストを持っていて、それに記された危険度に応じて、問題がないか確認に来ているの」
「何もありませんよ、地蔵の首は落ちませんからね」
そう言ったのはアレスタの後ろにいた黒縁眼鏡の中年の男だった。
誰だろう? 機関の人? と疑問に思っているのを察したか。アレスタが4人に彼を紹介する。
「
「地蔵は寺の物じゃないんですか? てっきりそうだと」
その質問に答えたのは安藤だった。
「この地蔵は先代の和尚から村に寄贈されて、村の所有物となっているんですよ。ですから、維持管理は村役場が行っています」
「管理ねえ」
地蔵を見下ろして綾乃がつぶやく。
「全然できてないじゃん」
4体のうち3体の首が落ち、残る1体もひびが入っていることを言いたいのだろう。
その言葉を聞いて、安藤の眼鏡がキラリと夕日をはじいた。
「この状態がいいのですよ。3体目まで首が落ちて、4体目もあやうい、いつ落ちるか分からない、いつ首切り地蔵が動きだしてもおかしくない――そういう不安感や何か起きるかもしれないという期待感などが、ひとに「見に行きたい」という気持ちを起こさせるのです。いわば、観光客誘致です」
「ふーん。なるほどねえ」
綾乃は横目で田中たちを見た。
恐いもの見たさの好奇心でこうして釣れているのだから、確かに効果はあるのだろう。
田中は何とも思っていないようでそのまま綾乃を見返していたが、斉藤と憂喜は少し恥ずかしそうに目線をそらす。隼人は最初から彼らの会話に興味が持てず、耳に入れている様子すらなく退屈そうに小さくあくびをしながら地蔵やその周辺を見て暇つぶしをしているようだった。
「でも、4体目がこの状態というのは、危険じゃないですか」
未来が控えめに言葉を返す。
機関のリストに載っていて、定期巡回が必要とされているということは、かつて相応の事象が確認されたということだ。
しかし安藤は鼻で笑った。
「何も起きませんよ。お若いあなたは知らないかもしれませんが、25年前にも4体全部の首が落ちたことがあったんです。ちょうど私が役場に採用された年でしたから覚えています。村の老人たちは血相を変えて役場に抗議に来ましたからね。
でも、そのときも結局何も起きませんでした」
「そうなの?」
綾乃がアレスタに訊く。アレスタは肩をすくめた。知らないということだろう。
「それが管理者であるあなた方の判断であるなら、われわれが口を挟むことではありません。
ですが、4体目の修復については前回の巡回のときに言っておいたはずですが」
「ああ、はいはい。覚えていますとも」
安藤は両手をぱっと広げて、降参というふうに笑って示す。まるで、くだらないことで機嫌を損ねた女性をなだめてとりなそうとしてるかのように。
「あなた方のご要望は、きちんと報告書に記して上に上げました。ですが、なかなか予算がつかないんですよ。昨年度は役場の改築もありましたし……公民館の補修とかご老人の住まわれる村営住宅の改修といった、他にもいろいろと優先しなくてはならないことが村にはあって、どうしてもこういった物の修復は優先順位が低いというか、あと回しになってしまうんです」
言い訳する安藤を、アレスタは笑顔のまま、冷めた目で見ていた。
こういったことは特段この男に限ったことではない。霊現象どころか霊の存在自体を疑う者は多い。何事も科学で解明し、測定、確定しようとする現代においてはむしろ安藤のような人間のほうが圧倒的多数なのは間違いなく、そういった者たちは、石の地蔵が首を切って飾るなどという伝承を現実に起きたことと信じる者のほうこそどうかしていると思っているのだろう。
表向き、アレスタたち機関の訪問を歓迎しているようなふりをして、その実心の中ではいかがわしい存在だと考えている。
それなのに、ではなぜそうしているかといえば、彼らが政府に認められた国際組織だからに他ならない。機関には省庁から派遣されている者もいて、高額寄付者の中には財界の有力者もいるというのがもっぱらのうわさだ。だから訪問時だけ
アレスタはいっそうほほ笑みを深くし、それを見た綾乃を一歩退かせ、安藤を赤面させた。
「勝手にそのような判断をされては困りますね。われわれは要望したのではありません。
「それは、大変申し訳――」
「判断をするのはわれわれであり、決定に従うのがあなたたちです。
分かりますか? あなたはわれわれに無駄足を踏ませているのですよ?」
安藤の言い訳を遮ってアレスタは言う。表情は笑顔で声も柔らかいが、言っていることは厳しい。
安藤は「は、はあ」と力なく言葉をこぼしたあと、自分はきちんと報告書に書きました、とまたもや弁明をした。予算については村議会が決めることで、予算案を提出するのは上司だと。
へどもどになって、今度はもう少し強い言葉でそちらの意図を必ず上司に伝えておきます、というようなことを言って、安藤は「和尚に伝え忘れていたことを思い出したので」と、また寺のほうへ引っ込んだ。
アレスタの顔からすうっと笑みが消え、いら立ちがとって代わる。
「使えない男ね」
チッと大きな舌打ちの音がする。
「こっちの言葉に従ってもらわなくちゃ、巡回する意味がないじゃないの。まったく。これだからばかは嫌いよ」
使えない男・安藤は無視して直接彼の上司に言うという手もあったが、それでは次回から差し障りが出てしまう。面倒だが彼に動いてもらわなくてはならないだろう。
まだぶつぶつ言っているアレスタに未来が声をかけた。
「でもアレスタさん。25年前に4体とも壊れたのにこの地蔵が動かなかったというのが本当なら、もう脅威はないと考えてもしかたないんじゃないですか」
「そうだよね。今もあたしたち、特に何も感じないし。
あいつの肩持つわけじゃないけどさ、ちょっと機関も大げさすぎっていうか――」
「そのことだが」
それまで黙って事の成り行きを傍観していただけの隼人が、初めて口を開いた。
自分には関係のない話だとして傍観する気でいたが、かといって見つけたものを黙っているのも気が引ける。
全員の注目が集まる中で隼人は3人の元へ行き、今しがた見つけた物を見せた。
「おそらくこれが封じてたんだろう」
それは手のひらにちょうど収まる大きさの、壊れた木箱だった。