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第1回

「次はー大利寺おおとくじ地蔵前ー、次はー大利寺地蔵前ー」


 バスのアナウンスが入って、「あー、ここだ、ここ」と田中が降車ボタンを押した。

「大利寺地蔵って? 首切り地蔵じゃないのか?」

「首切り地蔵ってーのはあとから付いた呼び名で、正式名称は大利だいり地蔵なんだよ、大利寺の敷地内にあるから。別の漢字をあてて、代理地蔵とも呼ばれてる」

 斉藤の質問にすらすらと答える。事前にいろいろと読み込んできているのだろう。

 彼らが降り立ったのは、両側に広がるのは畑ばかりという、完全な田舎道だった。田中はプリントアウトした地図を見、「あっちだ」と歩き出す。そして地蔵のある場所へ向かうまでの間、田中は地蔵について話した。


「天明(1781~1789)の間、大火とか大飢饉ききんとか、日本各地でいろんな厄災事が起きただろ。この地でもひどい飢饉があって、もともとこの地蔵たちはこの地の有力者がその飢饉で亡くなった妻と子を供養するために作られたんだ。

 大きい1体が母親で、小さな4体が子どもたち。でも年月がたつうちにこの地で亡くなった母子全員を供養する物として祀られるようになった。特に子どもだなー。わが子をお守りください、って」

「それなのに、首切り地蔵なんて物騒な二つ名がついたのか?」

「そのきっかけになった事の起こりは、天保だ」

「天保。……飢饉か」

「そ」


 享保、天明、天保。高校生なら絶対に習う、江戸時代における三大飢饉である。天保は天明の教訓を生かしたおかげで餓死者は少なかったようだが6年も続いた最長の大飢饉でもあり、人心が荒れて各地で一揆や打ちこわしが起こり、農村部では盗賊がはびこった。


「ここの村も襲われて、たくさんの人が殺された。盗賊たちは殺しだけじゃなく、破壊も行った。目立つ寺が狙われて、その入り口にあった地蔵も頭部を砕かれた。農民たちが救済を求めて地蔵に祈りを捧げると――」

「翌朝、破壊された4体の地蔵の頭部の代わりに盗賊の首が置かれていた、と」

 話の先が読めた斉藤が締めくくる。言葉の先を奪われても田中は嫌な顔一つせず、むしろうれしそうににかっと笑った。

「あたり。んで、それ以来大きな地蔵は首切り地蔵と呼ばれて、この地の人たちは守り神みたいに信仰してるってわけ。

 ほら、見えてきたぞ。あそこ――ん?」

 見通しのいい視界には、いつしか緑青色をして軒先が大きく外側に反った入母屋屋根の小さな寺の姿があった。寺を囲う塀と並んで、道の路傍にある5体の地蔵――左端の1体は100センチほどもあり、他の4体は80センチほどで、かなり大きさに差がある――を指さした田中は、地蔵の前に立つ女性の姿に足を止めた。

 こちらに背を向けているが、肩に触れるか触れないかの長さでの明るい茶色のくせっ毛と背筋がぴんと伸びた後ろ姿には見覚えがある。

「あれ、藤井じゃん」

「え? あ、ほんとだ」

 憂喜も見留める。

「おーい、藤井ー!」

 田中が手を振りながら声を張ると、女性が振り返った。

 やっぱり藤井ふじい 綾乃あやのだ。


 綾乃は4人と同じ学校に通う女子高生で、TUKUYOMIという怨霊退治専門の機関の執行人ブレイカーでもあった。4人とはつい先日、異界駅にまつわる事件で共闘した仲でもある。


 綾乃が身じろぎしたことで、影に隠れていた佐藤さとう 未来みらいの姿も見えた。地蔵の前にしゃがんで何かしていたようだが、4人が近づくのを見て笑顔ですっと立つ。おそらく幼いころからしつけられてきたに違いない、とても自然で美しい所作だった。

 彼と同じく家が代々神社だと聞いたことがある憂喜は、身に覚えがあることから彼女もそうなのかもしれないと、親近感が湧いてちょっとうれしくなる。

「こんにちは、佐藤さん。こんな所で会うなんて、奇遇だね」

「こんにちは、伊藤くん。それに、田中くん、斉藤くんに……安倍くんも」

 未来は笑顔で4人を順に見たが、綾乃は探るような目で、特に一番後ろにいる隼人をうさんくさそうに見て眉をしかめている。

「佐藤さんたちはどうしてここに? もしかして、やっぱりこれは本物ってこと?」

 憂喜は、彼らが来るまで彼女が祈っていた地蔵を見た。地蔵といっても、先日の話で聞いたとおり4体のうち3体は首から上がない。取れた頭部は後ろの草むらに落ちていた。手のひらの上に乗るほどの大きさだが、石の塊なので重量はかなりありそうだ。残った首の付け根を見る限り、誰かが故意に破壊したとかいう感じにも見えず、風雨にさらされた結果の経年劣化で自然と割れて落ちたようだった。しかもずいぶん前らしく、割れ口にはコケが生えている。かろうじて引っかかっている赤い前掛けも、すっかり色あせてしまっていた。


「本物? ああ、首切りのことね」

 憂喜の視線を追って、未来も地蔵たちを見る。

「うん。4体目の首が落ちると代わりの首を求めてこの大きい地蔵が動きだすって伝承があるんだって」

「そうみたいね。でも、私も綾乃ちゃんもここへは今回初めて来たんだけど、何も感じられなくて。だからほんとかなって話していたら、伊藤くんたちが来たのよ」

 以前は距離感の感じられた未来の話し方が、クラスメイトということもあって日々接しているうちにだんだん打ち解けて、普通に話してくれるようになったのが憂喜はうれしい。

(できたら名前で呼んでほしいんだけどなあ)

 少し残念に思うが、それはさすがに望みすぎだとの自覚はあった。


「ここの村役場の人の話だと25年くらい前にも4つ落ちたことがあったみたい。でも、そのときも何も起きなかったそうだから、案外本当にただの伝承かも」

「そんなはずないって言ったでしょ。機関が危険度ハザードリストで定期巡回先に入れてるんだから」

 綾乃が否定する。

 未来はちょっと考えるそぶりをして、あ、と何か思いついたふうに隼人のほうを向いた。

「もしかして安倍くんなら、何か感じ取れるものがあるとか?」

「ない」

 隼人は即答した。地蔵たちには全く関心を持てないというように一瞥すらせず、最後尾で秋限定と赤字で書かれた栗牛乳を飲んでいる。

 なぜそう思うのかの説明も感想もなし。

 出会ってから1カ月近くたつのにいまだ1ミリも変わらない、その愛想のない態度に未来は会話の糸口を見いだせず、少し困った笑顔で無言になり、綾乃はふんと鼻を鳴らす。


「で? あんたたちはどうしてここに?」

 綾乃の質問に答えたのは、やはり田中だった。

「夏休みだし、ホラースポット巡りやってんだよ。ここで5カ所目!」

「ホラースポット巡り?」

「そ。過去に何かあって、ここでは霊現象が起きるぞーってうわさの場所を回るんだ」

 次いで、田中はこれまで回ってきた4カ所の話をする。特に3カ所目の廃病院では地下室なのに風が吹いて、ペンやらいろいろな物が飛び回ったという話を、彼は興奮気味に話した。

「なっ? すげーだろっ」

 と言う田中。てっきり綾乃も同じ熱量の反応を返してくれるとばかり思ったのだろう。が。

「……ふーん」

 綾乃はあまり関心を持ったふうでなく、冷めた表情でそう返し、再び隼人を見た。

「安倍隼人。あんたでもこんな子どもっぽいことするんだ」

「…………」

 隼人は答えず、新しい牛乳パックにストローを刺してズコーっと吸う。

 バスでは隼人自身、二度とごめんだと思い、後悔もしたが、それをここで、この女を相手に口にするのは違うと思った。

 とはいえ、綾乃は隼人から目をそらしておらず、返答を待っているようだ。さて何と答えたものか。「おまえには関係ないだろ」というのが最初に浮かんだ返答だが、それを口にしたらまた田中に頭をはたかれそうだ。

 考えあぐねていると脇のほうから声がかかって、答える必要はなくなった。


「あら。にぎやかだと思ったら、あなたたちだったのね」

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