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第6回

「人の形を模して作られる。だから人形と言うんだが。人の形をしながら魂を持たない入れ物。ゆえに古来より人形ひとがたは、うつし身とされる。持ち主である人を写し、映し、遷し、現す。

 そのばあさんがしたことは、だ。御魂みたま遷しという。知っててのことかは分からないが。人形に移っていた魂を呼び水に、娘の魂をび戻そうとした」


 この場所には何の興味も湧かないといった様子で周囲の人形たちには一瞥もくれず、淡々と語られるその言葉に、2人の背筋がぞくりとする。


 斉藤はそれを悪寒と覚えたのだが、田中は別の意味で興奮したようだ。

「それで? それで? どうしたんだ?」

 好奇心でいっぱいの表情で鼻息荒く詰め寄ってくる田中に気圧されて、隼人は少し後ろに引き気味になる。


 これが田中以外の者だったなら、隼人は応じなかっただろう。そういった好奇心を向けられるのは面倒くさいと思い、無視をするか「うるさい」とにらんで黙らせるのが隼人の常だ。どころか、そもそも先のようなことを口にしたりもしなかったはずだ。


 ぽかりと斉藤に頭をたたかれた田中を眺め、こいつといるとどうも調子が狂うと思いながら隼人は新しいレモン牛乳のパックにストローを挿す。一口飲んで、答えた。


「どうもしない。情報に不確定要素が多すぎる。そもそもその子どもがここで死んだのかも、どこかで生きているのかも分からないからな。

 死んだと仮定して、成功していたなら子どもは祖母が連れ戻しているはずだが、まあ、まず失敗してる」

「失敗? どうして」

「死の間際まで、人形を置けと言ってたんだろ。成功してたらそんなこと言うわけがない」

「あ、そっか」

「詛は成功しなかった。術師が死に、中途半端なまま残されて、こんな状態になってるんだろ。

 今ここにいるのは、どれも雑多な低級霊どもだ。中には子どもの霊もいるにはいるが、この公園に縁のある者じゃないな。どいつもこいつも空っぽのうつし身に惹かれてやってきてとどまってるだけだ。

 この場所は、そういった有象無象の低級霊のたまり場、塚だ。――ろくでもねえ」


 両目から金色の光が消えて、いつもの目に戻る。「もう十分だろ、出るぞ」と言って、隼人は背を向けた。そのまま入り口に戻って行こうとする背中に、田中が問う。


「どうにかできるのか?」


「あ?」

「だって、死ぬまでやり続けたんだろ? おばあさんは。結果的に呪いになっちまったかもしれないけどさ、それだけ孫娘のことを想ってたなら、もしかして、死んだあともここにいるんじゃないかって思ったんだ。

 孫娘がここにいないなら、どうにかできないか? 話して分かってもらうとか」

「……それが唯一できそうなやつは、そもそもここに入ることもできないヘタレなんだが」

「あ」

 巫女の家系の憂喜は霊媒師としての才があるらしい。特定の霊を降ろし、霊の声を聞き、霊と話す。

 が、いかんせん、無意識のときしか能力を発揮できないポンコツで、しかも訓練もしていないので、離れた場所から見知らぬ霊を召喚して会話し、説得するなどまず不可能だろう。

「そっか」

 困っている様子の田中に、隼人がぽつっと言う。

「ここにいる霊たちを解放するだけなら俺のやり方でできなくもないが、やりたくない」

「なんで」

「うつし身の人形を全部ぶっ壊せばいいだけだが――」

「警察を呼ばれるな、間違いなく」

 斉藤が後ろの言葉を引き取って、ため息をついた。

 人形は放置物で、間違いなく不法廃棄物だが、ここが長年ずっとこのままだったということは、もしかするとこの公園の土地は県や町が所有者ではないのかもしれなかった。所有者が別にいて、公園にするために借り受けている私有地としたら、この状態を許している以上へたをすると器物破損で逮捕ということもあり得る。

 たとえ訴えられなくとも、警察の世話になるということは受験生として一番避けたいことである。

 結局、ここはこのままにしておくほかない、という結論に達して、3人は入り口で待つ憂喜のもとへ戻ったのだった。


◆◆◆


 バスの停留所に設置されたベンチに座ってバスを待ちながら、田中は、「次はいよいよ今日のハイライト、首切り地蔵だぞ!」と、楽しそうに予定表を開いてあれやこれやを確認していた。


「なんであいつ、あんな元気なんだ?」

 朝から4カ所も回って、こっちはいいかげんへとへとなのにと、つい、憂喜は不満を漏らしてしまう。

 隼人が余裕なのは(人外だから)分かる。

 斉藤も疲れが見えてきているが、普段から鍛えているため、まだ余力はありそうだ。

 なのに、帰宅部の自分と同じ田中があんなに元気なのはなぜだ?


 納得がいかない、と不服そうな憂喜に、「アドレナリンが出てるんだろう」と田中とは小学校のころからの付き合いの斉藤が言った。

「子どもがよくなるアレだ。そのうち電池が切れて、ばったり倒れるかもな」

 田中ならあり得そうだと、これには憂喜も納得するしかない。が。

「……これだとなんだか俺1人が、すっげー情けないやつみたいじゃないか」

 やっぱりもうちょっと部活続けるべきだったか。

 ジムに通うべきかな、受験だって体力がいるっていうし、と真剣に検討している憂喜の横顔がほほ笑ましく、つい、斉藤は笑ってしまう。

「なんだよ?」

「いや。

 次はバスでかなり移動するみたいだから、その間休めるんじゃないか? なんだったら休憩でどこか店に入ってもいいし」


「そうなんだよ、かなり移動するんだ」


 斉藤の言葉を小耳に挟んだか、くるっと田中が予定表から顔を上げて、3人のほうを向いた。

「予定がちょっとずつずれ込んで、1便逃しちゃったのが痛いよなあ。あんまし本数ないのに」

「じゃあもう今度にするか」

 斉藤の提案に、ぱああっと笑顔になる憂喜。

「いや、そこまでじゃない」

 田中の返答に、しおれる憂喜。


 田中はそれからも何か考え込んでいる様子でしばらく黙り込んでいたが、

「バスが来たぞ」

 との斉藤の促しですっくと立ち。

 3人に向かって宣言した。


「決めた! 俺、夏休みの間に免許とるわ! 親父に車借りるから、今度は俺の運転で行こうな!」

 やっぱ、車ないと不便だからな!



 おそらく今日一番3人を震え上がらせた言葉は、田中のこの言葉だったに違いなかった。








【第3話・夏のホラースポットツアー 了】

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