●第4話 人形塚
そこは、ホラースポットというより観光スポットというのが正しいような場所だった。
山を越えた先、ふもとにある町の中にあって交通の便が良く、行き来しやすいことから気軽に人が訪れる。
元は公園だったらしい。いや、今も正しくは公園なのだが、もうその役目を果たせないほど中には人形がぎっしり置かれていた。
「……うわ。
悪いけど、俺、ここはパスっ」
蒼白した憂喜が早々にリタイアを宣言した。返答を待たず、「あそこで待ってる」と街路樹の下まで走っていき、そこで両腕をさすっている。真夏で寒いわけはないから、おそらく鳥肌でも立ったのだろう。
つまりそれだけやばい場所ということかと、田中と斉藤は隼人にもの問いたげな視線を向ける。しかし隼人は無表情でいつものように牛乳パックをズコーっと飲んでいて、何も言わない。
「おまえは?」
田中が問うと、気乗りしない様子だったが、それでも「平気だ」と答えた。
隼人も駄目と言うなら田中はやめる算段だったが、平気と言うなら大丈夫だろう。
「じゃあ俺たち行ってくるな!」
憂喜に手を振って、田中たちは公園の中へ進んだ。
◆◆◆
「昭和の終わりごろ、ここで女の子が行方不明になった」
うねうねとした道に沿って歩きながら、田中が説明を始める。
外から見ても一目瞭然に公園内は人形だらけでもはや子どもが遊べる場所ではなくなっていたが、うわさを聞きつけて見物に来る者への配慮か、あるいは人形を置く者への配慮か、公園の中は人が歩いて回れる程度のスペースがかろうじて確保されている。
「正確には、この公園で行方不明になったかどうかは分からない。おばあさんが迎えに行ったとき、姿がなかったことから娘の友達に聞いて回ったところ、ここで友達数人で夕方まで遊んでいて、それから解散ってなったそうだ。他のみんなは帰ろうとしたが、その女の子だけブランコを漕いで帰ろうとしないので訊いたところ、「おばあちゃんが迎えにくることになってるから」って返事したらしい」
「祖母の迎えが待てずに1人で帰宅したとかは?」
斉藤の質問に、田中は肩をすくめて応えた。分からないのだろう。
「その子の身に何が起こったかは今も分かってない。公園内でか、あるいは斉藤が言ったみたいに1人で帰宅途中に変質者にさらわれたか。死体は見つからなかった。
とにかく最後の目撃証言はここでブランコを漕いでいたこと。警察や町の者たちが何日も捜したけど、女の子は見つからなかった。
で、友人と話し込んで遅くなった自分のせいだと思い詰めて衰弱したおばあさんは、孫はまだここにいると思い込んだ。そのころ、この公園は危ないということで一時閉鎖されてて……ひとりぼっちでかわいそうだと、女の子の部屋にあった人形をここへ持ってきて、置きだしたんだ。リカちゃん人形とかバービーとか、その手の人形、はてはぬいぐるみまで。家にあった物だけじゃなく、新しい人形を買ってきてはそれを置いていく。それも毎日だ。
県からの委嘱で公園を管理してる町の人がやめさせようとしたんだけど聞き入れてもらえなかった。たぶん、孫を失ったかわいそうな老女ということもあって、強く出れなかったんだろうな。息子夫婦からもすごく罵られたてたそうだし。
やがておばあさんは病気になった。それでも公園に行こうとするから、彼女を
「それでこんな数になったのか」
人形は地面や遊具の上に置かれているだけにとどまらず、木の枝や幹にまでくくりつけられていた。その数はおそらく千体を軽く超える。
斉藤の言葉に、田中は首を振った。
「いや、大半はその後持ち込まれた人形らしいぞ。今でも毎月結構な数が持ち込まれてるってさ」
すぐそばの木から逆さまにぶら下がって揺れているマスコットを見て、感心しないというふうに目を眇める。
「ここは要らなくなった人形を捨てる場所だと思ってるやつもいそうだな」
「それって不法投棄じゃ……」
「勝手に置いてかれるからどうしようもないみたいだ。運良くその場を押さえられたら、説教して持ち帰らせてるみたいだけど」
「1日張り付いているわけにもいかないか」
周囲の人形を見渡して、斉藤は呆れたようにため息をつく。よくもここまで、と言いたいのだろう。
公園は決して広くない。遊具は端のほうにブランコが1台と中央に手足をかけて登る小山型のジャングルジムが1基。それに、人形のせいで見えないが、おそらくは砂場が1面。そのどれもにびっしりと、隙間なくさまざまな人形が置かれている。汚れて手足が欠けたりぼろぼろになった物と真新しいきれいな物が混在しているところからして置き方に法則性はなく、ここに来た者が隙間を見つけて置くか、あるいは強引にねじ込んでいっているのだろう。
じっと立っていると、なんだか見られているようで落ち着かない気分になる。
人形からではない。人形と人形の隙間にできた日陰、その暗がりにひそむ何かからだ。その何かは闇のような
「人形は」と、めずらしく訊かれもしないのに隼人が口を開いた。