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第1回

 高校が夏休みに入ってすぐの日曜日。隼人、憂喜、田中、斉藤の4人はホラースポット巡りをしていた。


 主催はもちろん田中だ。夏休み前の食堂で話し合った――というか、3人は田中のやる気に押される形で、場の勢いでなんとなくそうなっただけだったのだが――その後、田中は驚くほどの手際の良さでその日のうちにバスの運行から1日で回れるホラースポットの場所を割り出して、回る順番まで完璧に決めてしまった。

「この順番で回るぞ! 28日、朝8時! バス停前に集合な!」

 と翌日喜々として作成された予定表を見せられたら、これはもう、つきあうしかないじゃないか。


 かくして、そういうノリで始まった『ホラースポット巡り』だったが、数時間後、憂喜と隼人は早くも激しく後悔していた。




●第1話 ささやくトンネル


 最初に向かったのは、バス停から片道1時間の所にある黒崎川トンネルだ。


 山の中腹にあるかなり古いトンネルで、昔はよく隣の県への行き来に使われていた。だけど下で新道が開発され、整備されたおかげで利便性も上がり、人はめったにここを使わなくなった。とにかく昔の道だから横幅は狭いし、舗装も甘い。斜面になっているほうはガードレールがあったりなかったり飛び石化している。途中のカーブでぐにゃりとへしゃげている所もあって、それを見た田中などは

「おー! もしかするとここで事故って下に転がり落ちてたりするのかな?」

 と、はしゃいだりもしていたが、徐々にその元気もなくなって、全員無言になっていった。

 何しろこの道はほぼ使われなくなった旧道、バスなんて通っていない。徒歩で行くしかないのだ。しかも山道ということで緩い上り坂になっている。さらに今は8月。山中とはいえ、道路のような開けた場所では木々の枝葉という天蓋てんがいもほとんどなく、直射日光が降りそそいでじりじりと彼らの頭を焼く。

 余力がありそうなのは、剣道部で普段から走り込んで鍛えている斉藤、そして最後尾を行く隼人だけだった。

(……こいつ。帰宅部のくせに、なんで汗の一つもかかないで平然としてるんだよ……っ)

 肩越しにちら見した隼人の涼しげな無表情に、恨み言が1つ2つ3つと浮かんできた、そのときだ。


「見えたぞ! あそこだ!」


 先頭を行く田中がうれしそうな声を上げる。

 声につられて顔を上げると、トンネルの上の部分が、確かに道の先に見えてきていた。




 山をくり抜いて作られたそのトンネルは、見るからに古ぼけていて小さかった。一見レンガを組んで造られているように見えるが、よくよく見ればそれはコンクリートの表面を削っただけの飾り彫りで、おそらくこのトンネルを造った当初、レトロな雰囲気に見えるようにと意図して施された意匠なのだろう。

 しかし今ではレンガ色の着色は全て剥がれている上、山からにじみ出る雨水で濡れて、カビやコケ、ツタが飾り彫りに沿ってびっしりと生えている。上部のアーチ部分に金属の長板が貼られていて、何か文字が書かれていたようだが、経年で消えてしまって部分部分でかすれた跡がわずかに残っているだけだった。全く読めないが、おそらく『黒崎川トンネル』と書いてあったに違いない。


 真正面から見て、黒々として陰鬱いんうつそうに見えるのは、そういった長いこと整備されずに放置されている外見のせいだけだろうか。それとも、ここへ来るまでのバスの車中で田中から聞いた、ここがホラースポットと言われる由縁ゆえんのせいか。


 ここのトンネルは、徒歩で通ると「引き返せ」「死ぬぞ」とのささやき声が聞こえてくるという。オカルト好きの者たちの間では、通称『ささやくトンネル』と言われているそうだ。

 おそらくこのトンネルか付近の道、あるいは山中で事故死した者の霊ではないかと推測されているが、田中の調べによると、事故死の新聞記事は見つからなかったという。霊を目撃したとの問い合わせが一定数来たためか、道路公団の告知でもそう出ていたとのことだった。


 つまり、出所不明の霊がいるか、はたまたただの眉唾話というわけだ。


 日陰での小休止の間、スポーツドリンクを手にトンネルを眺めながらそんなことを考えていると、暇そうにしていた隼人が道から少し外れた場所で、何か見つけたように草むらをガサガサし始めた。

「どうかしたのか?」

「これ」

 隼人がズポッと引き抜いたのは、工事現場などで警告用に道に立てられているのをよく見かける、プラスチック製の三角ミニスタンドだった。表には『崩落の危険 立入禁止』と書かれている。

「前に来た誰かが捨てたんだろう」

 ひょいと後ろからのぞき込んできた斉藤が言う。

「崩落の危険か。入るのはやめておくか?」

「じょーだん! せっかく来たんだぜ? 入り口だけで帰るなんてできっかよ!」

 ボディバッグから取り出した懐中電灯を振って、田中は即座に却下した。

 田中の言うことももっともだ。こんなにへとへとになってまで来たのに入り口で回れ右なんてしたくない、という気持ちは斉藤もある。

「じゃあ入るか」

 スタンドを入り口の目立つ位置に置き直して、4人はトンネルの中へと進んだ。




 トンネルの中は暗く、ひんやりとしていた。

 どちらかというと寒いくらいだ。おそらく――というより間違いなく――崩壊が進んでいるせいだろう。外から見ただけでは分からなかったが、あまり高さのない天井部からは絶えず雨垂れが落ち、壁はまるで大雨のあとのように湿気ている。場所によっては大きく走ったひび割れから水があふれ、水たまりを作っていた。

 狭い、小さい、しかももう何年――何十年?――も整備されずに放置されてきたトンネルだ。ちょっと強めの地震でもくれば簡単に崩落して生き埋めになりそうで、憂喜は落ち着かない気分になる。奥から流れてくる冷気にむき出しの腕を無意識にさすりながら、前を行く2人に目を戻した。

 よくまあためらいもなく入っていけるものだと感心した直後。田中がくるっと振り返った。

 考えを読まれたかと憂喜は一瞬あせったが、もちろんそんなことはなく。


「おーい、2人とも! そろそろ何か視えるんじゃねー?」


 というものだった。

 「何も」と答えたあと、憂喜は隼人を見たが、隼人も首を横に振った。

「ちぇっ。やっぱ、こういうのは夜に来なくちゃだめかー」

 ぶつぶつつぶやくも、

「夜にこんな所来れるか、ばか」

 即座に斉藤に否定される。

「バスも通らないような旧道だぞ。電気も止められて、電灯もついてない。

 大体、ここに来るまでに外灯を見たか? 真っ暗闇の中を歩いて来るなんて、俺は絶対付き合わないからな」

「でもさー」

 などなど。聞くともなしに聞いていた2人の会話に、ふと疑問が浮かぶ。

「なあ。やっぱり夜のほうが出やすいのか?」

「なぜ俺に訊く。おまえも視えるだろ」

「まあ、そうなんだけど。他のやつのも参考にしたいからさ」

 その言葉に、しばらく隼人は何も答えなかった。信じていないのかと思い始めたころ。

「関係ない」

 ぼそり、つぶやいた。

「昼だろうが夜だろうが関係ない。関係があるのは、場所だ。あいつらは縁のある場所から移動できても長く離れられない」

「そっか」

「今もいる」


「そう――えっ!?」


 さらりと流しそうになって、あわてて憂喜は再び隼人を見た。

「いるのか!?」

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