「しっかしさー、おまえも変わったよなあ」
3人での帰り道。話が屋上でのことになって、斉藤に彼がいなくなってからのことを説明していたら、不意に田中がそんなことを言った。
「変わった?」
「安倍に怒ってたじゃん。悔しがってたっていうか。前はそうじゃなかっただろ?」
「だな。距離を置いて、適当に流していた。俺は別にそれでいいと思うが」
「……気付いてたのか」
「そりゃねー」
田中は笑う。
「おまえさ、あのとき安倍に同意してもらいたかったんだろ。自分と違う考えなのが腹立ったんだ。
おまえって、あいつのことヒーローっぽく見てるもんなぁ」
「……見てない」
ちょっと、そうなのか? とか思ったけど、ニヤニヤ笑って言われたりしたら反発心がむくむく起きるというか、素直に同意できない。
(ヒーローって何だよ。そりゃ、助けてもらったけど、あいつはクラスメイトだぞ?)
「俺が感じてるのは恩! それだけ!」
肩のスクールバッグを担ぎ直す。
「そうかぁ?」
「そうだって!」
「へーえ」
「なんだよ?」
「ぶつかるぞ、憂喜」
斉藤から注意が入ったが遅かった。「え?」と聞き返した瞬間、ゴチンと電柱に激突する。
「……っ」
「大丈夫か?」
無事だけど、できればもっと早く言ってほしかったことではある。
それに、気遣う斉藤はまだいい。
「うひゃひゃひゃひゃ! 漫画みてーーー!!」
田中は気遣うどころか腹抱えて笑っている。
まあ、いい。田中の軽口にむきになった自分も悪い、とぶつかった左のこめかみをさすっていたときだ。
「憂喜くん、大丈夫!?」
前のほうから気遣う女性の声と、かけ寄ってくる軽い足音がした。
心配そうに下からのぞき込んでくる未来はやっぱりかわいくて、ドキッとする。
「佐藤さん。
とんでもないとこ見られちゃったな。大丈夫、どっちかっていうと驚いただけだから」
そうか彼女も帰り道こっちなのか、と内心うれしく思っていたら。
「伊藤憂喜。ちょっと顔貸してもらえる? あと、他の2人も」
少し先で立ち止まっていた綾乃が、くいっと後ろを親指で指した。
今日はよくよく呼び出しを食う日だと思った。
◆◆◆
数分後、憂喜たち3人は、3人もよく利用するファミレスで、未来と綾乃、そしてアレスタと向かい合わせで席についていた。
金髪美女と美少女高校生が2人という組み合わせはとても目立つ。ましてや、未来や綾乃もかなりの美少女だが、アレスタは別格の美しさだ。洗練の度合いが違う。たとえて言うならば、かわいい読モ2人とスーパーモデルだろうか。
ちょうど夕方の混み始めの時刻だったが、彼らが入店した直後、男たちの目が釘付けとなって騒々しかった店内が一瞬のうちに静まったのも当然だろう。
憂喜が彼らと会うのはこれが初めてじゃないとはいえ、この距離で真正面から見られていると、それだけで緊張というか、プレッシャーを感じてしまうのだ。初めての田中や斉藤がカチコチに固まるのは無理もない。
田中はともかく、斉藤がこんなに緊張しているのはめずらしいな、と考えていたら。
「……周囲の視線にいたたまれない」
ぼそっとつぶやいていた。
襟をぐいっと引き、
「おまえ、こんな美人だなんて聞いてないぞ」
田中がひそひそ声で文句を言ってくる。
「言ったよ、すごくきれいな人だって」
「言ってねーし! こんな超絶セクシー美女なおねーさんなんて!」
「おーーーほっほっほ!」
いくらひそめていたって、この距離ではほぼ意味なし。
アレスタはうれしそう、というより楽しそうに高笑って、
「かーわいいわねえ。わたし、かわいい子大好き。
何でもいいわよ。好きな物頼んでちょうだい」
と言ってきた。
「え? いいんですかぁ。やったぁ」
田中は喜々としてメニューを広げる。さっそく普段だったら開きもしない、高い肉メニューを見て、「なあなあ。おまえら何にする?」と両脇の斉藤や憂喜に訊いてきた。
なんでファミレスのメニューってこんなに大きいんだ。
視界を遮るメニューを、邪魔だな、と思いつつ、憂喜は正面に座るアレスタを見る。
「そんなこと言っちゃ駄目ですよ、アレスタさん。こいつ、胃袋底なしだから」
「あらぁ。さすが男子高生ね。
いいのよ、気にしないで。経費で落とすから」
これとこれとこれな、と本当に遠慮なく注文している田中を、むしろ好ましそうに見たアレスタは、自分の横に座っている未来や綾乃に「あなたたちも好きなの頼んでいいのよ」と言った。
「あ、はい。ありがとうございます」
と未来は頭を下げる。
「ありがとうございまーす。
じゃああたしこれねっ」
対照的に綾乃はスイーツフェアのページを開いて、そこで一番高い特盛り抹茶パフェを指さした。
「ほら、あんたもちゃっちゃと決めなさいよ」
「え、と……わたし、何でも……」
「もう、煮えきらないなあ。じゃ、あたしと同じのね」
「抹茶パフェ2つ、っと。
憂喜は? いつものやつでいいのか?」
「いいよ」
端末を持った田中が代わりに入力し、憂喜と斉藤の分も入力すると送信する。
「いつものやつって?」
興味津々といった様子で身を乗り出してきた綾乃に答えたのはやっぱり田中だった。
「クリームソーダ。こいつ、どこ行ってもクリームソーダ頼むの」
「へーえ」
「悪かったな。好きなんだよ。
それより、俺たちに何か用があるって話ですよね。何ですか」
アレスタはふっと笑った。
魅力的な笑顔だが、長く豊かなまつげの奥の緑の瞳は常に憂喜たち3人と、この奥まったテーブルに関心――美女、美少女がいるという好奇の目以外――を持つ者はいないか、探りを入れている。
「そうねえ。こちらの2人とも話したんだけど、こんなことであなたの信用を失うのはばかげているし、意味もないと思うから、単刀直入にいかせてもらうわ。
この前憂喜くんを助けたのは、2人のうち、どちらかしら」
「あー、あれは安――ぶっっ」
答えようとした田中の口を、ぴしゃっと憂喜が乱暴にふさぐ。
「……2人ともです。おびえていた俺に、解決の糸口と、手助けをしてくれました」
うそではない。
「そう。いいお友達を持っているのね、安心したわ。
それと、憂喜くん。そんなに警戒しなくてもいいのよ。私たちはあなたやあなたのお友達に危害を加えたりしないし、むしろあなたたちを護りたいと思っているわ。もう知ってくれていると思っているけど」
「それは……」
わかっている。実際に綾乃と未来には助けてもらったし、アレスタから紹介してもらったカウンセラーには父親共々世話になった。
ただ、安倍にも恩があるのだ。
アレスタから視線をそらし、無言を貫く。すると突然右足のすねに衝撃がきた。
激痛を感じるほどではなかったので最初は何かと思ったが、どうやら憂喜の態度にイラついた綾乃がつま先で蹴りを入れてきたらしい。
「あああ、綾乃ちゃん!?」
驚きに目を丸くした未来に、ぴっと人差し指を立てる。
「黙って。
昼休み、あんたたち見てたでしょ」
やっぱバレてたか、と心の中で舌を打つ。
「なんか、昔の事件が再現されてたらしーね、俺視えなかったけど」
とは田中。
配膳ロボから料理を取り出してテーブルに起きながら
「俺はいなかった」
斉藤がぼそっとつぶやいたが無視された。
無視されても何とも思っていない様子で、2人にパフェ用のロングスプーンを差し出す。
「ありがと。
アレスタは、佐藤玄水がかけた人よけの結界に影響されずにあそこにいたあんたたちに興味があって、場合によってはスカウトも考えてるみたい」
「スカウト? って、内定?」
憂喜たちのクラスは一応進学コースだが、大学に行ってやりたいことが特にあるわけでもない田中が食いついた。斉藤は母親の影響で医療技師を目指していると言っていたことがあり、興味はなさそうだ。定番メニューの明太子スパを黙々と食べている。
「買収ですか」
「どちらも得するならいいじゃない」
アレスタは悪びれもせずにっこり笑った。
「無駄ですよ。2人に霊は視えないし、俺は視えるけど声は聞こえない。あそこに人よけの結界が張っていたなんて気付けてもなかったし。
俺たちは何十年も封鎖されてる屋上に興味本位で行ってみただけで、そしたら鍵が壊れていたから入っただけです。
今日隠れてたのも、見つかって先生に報告されたら面倒だと思ったからで」
「あたしたちも同罪になるのに?」
「初めての転校生と常習犯の俺たちじゃ、同罪とは言えないだろ」
「でも――」
言い返そうとした綾乃をアレスタの手が制した。
「じゃああなたは、あくまで偶然って言うのね?」
「そうです」
憂喜は結界が張られているなんて本当に知らなかったし、1年前、興味本位で屋上へ上ったのも事実だ。
(そういや、それで安倍と初めて会ったんだったな……)
「ふぅーん。ま、そういうこともあるかもしれないわね。張られたままメンテナンスもなしに38年も放置していれば、ほころびがあっておかしくないわ。憂喜くんの霊能力が無意識に作用したのかもしれないわね」
よかった、納得してもらえたようだと思いかけたときだ。
「じゃあもう1つ。
綾乃たちは憂喜くんの他に2人いたと言ってるんだけど、斉藤くんじゃなかったのならもう1人は誰だったのかしら?」
「それ、は……」
どう言ったらごまかせるだろう?
上手な返し言葉が見つからず、言葉に詰まったままでいる憂喜を横目で見て、リブロースステーキを食べていた田中が突然爆弾発言をした。
「もうじき来るから本人に訊けば?」
「はあ!? おまえ、まさか!!」
「さっきLINE入れといた。夕飯おごりだから来いよって」
「なんでそんなうそを!」
「うそじゃないさ、おごるのが俺たちだなんて1文字も書いてない。
あのさ、このおねーさんたち、もう知ってんのよ。調べてないはずないじゃん、おまえつながりで。その上で、俺らに探り入れて、あわよくば安倍の名を出させようとしたわけ」
言われてみればそのとおりだ。
怒りが一気に冷めて、あっけにとられている憂喜に、田中の向こう側で斉藤も同意するようにうなずく。
田中はにかっと笑い、「でしょ?」とアレスタにフォークを振った。
「彼ね、なかなか捕まえられないのよ。過去に何度か接触してみようとしたことがあるんだけど、不思議と、すぐ気付かれちゃうの」
アレスタは否定せず、コーヒーを飲んで、目を細めて笑む。
「俺たちを利用したんですか」
「いいえ? 今日はあなたたちと話をしたかっただけ。呼んでくれるなんて思ってなかったわ。そんな不誠実なことをすればあなたからの信用を失う。それはいいことじゃないから」
(……安倍の不信を買うから、だろ)
だから自主的に名前を出させようとしていたのだ。以後彼らが動いても、その全てが憂喜たちの責任になる。
ある意味、それを田中が先んじてつぶしたというわけだが、結局自分のせいで安倍が出て来ざるを得なくなったことは変わりない。
ぐっとテーブルの下でこぶしをつくる。
嫌な気分だった。
(アレスタさんの言っていることはうそじゃない。彼女は悪い人じゃないし、俺のことも助けてくれた。彼女たちが所属する機関は、本当に霊障に困らされている人たちを保護するための組織だ。そんな彼らが、安倍と接触したいと考えるのは当然で。
話すくらい、いいじゃないか。なんで逃げ隠れしなきゃいけない? 嫌なら嫌と、はっきり言えばいいだろう。
何も悪いことなんかないのに、なんで俺は責任を感じてるんだ? こんな思いまでして、ピエロみたいなことしなきゃいけない?)
そこまで考えたところでファミレスの自動ドアが開く音がして、いつものように牛乳パックのストローを咥えた隼人が店内に入ってきた。
「おーーい、安倍! こっちこっち!」
店内を見渡していた隼人に、田中が腰を浮かせてぶんぶん手を振る。
テーブルまでやって来て、そこでようやく憂喜たちの前に座っているのが綾乃たちだと知った隼人は、直後、くるっと回れ右した。
「帰る」
憂喜の頭にカッと血が上る。
「あーそうかよ! じゃあいいんだな! おまえのいないとこで、おまえについて俺らが勝手に話しても!!」
ぴたりと隼人の足が止まった。振り返って憂喜を見下ろす目は冷たい。
彼からこんな冷たい視線を向けられるのは初めてだったが、怒り心頭の憂喜はひるまなかった。
「それが嫌ならここにいて、ちゃんとおまえが話せ!! 逃げんな!!」