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第3回

「今度は何だ」

 いら立った様子でスマホを出した隼人が、画面を見た瞬間ぴたりと固まる。

「誰から?」

 すすす、と背後に回って肩口から覗くとそれは田中からのLINEだった。


『おまえらどこいんのー?

 『Origin Sin』の夏イベ第2弾始まるぜー

 スタートガチャ決めようって言ったろー』


 (`Δ´)マークまで付いている。

 それまで発散していた怒りをしぼませ、黙って返信を打ち始めた隼人を見て、憂喜はやれやれと息をついた。


 憂喜にはすごく意外だったが、隼人は憂喜たち3人の中で、田中に対する扱いが少し優しい。

(教室でも胸ぐらつかまれて揺さぶられてたのに無反応だったし)

 それは、田中のあの気さくな性格に起因しているのだろう。田中は笑顔が絶えず、人と距離を作らない。誰とでもすぐに打ち解け、あっという間に友人になってしまう。

 隼人は田中と正反対だ。無口で、しゃべるのは授業で先生にあてられたときぐらい。顔の上半分を隠した前髪のせいで表情がないに等しく、感情表現も乏しくて、何を考えているかさっぱり読み取れない。

 中学のときに何かが起きて、そのせいでみんなから遠巻きにされるようになったらしいが、それだけじゃなくてこの無愛想さも大きな理由なんだろう、と憂喜は考えていた。


 そしてそういう者は得てして自他の線引き、パーソナルスペースを重視する。


 だからむしろ田中のように悪気なくぐいぐい来るやつは苦手なんじゃないかと思ったし、実際初めのうち、そう見えていた。

 転機は、やっぱりあれだったと思う。

 田中は今自分たちがハマっているソシャゲー『Origin Sin』について話し、グループに隼人を誘ったのだ。


『これ、俺のLINEのQRコードな。さっさと返信しろよ、ホラ。

 よし。登録、っと。

 んで、おまえも一緒にこれやろうぜ! 絶対ハマるから!』

 この有無を言わせない強引さに怒りだすかと思いきや、隼人は黙々と「こうやるんだよ」と言う田中の指示どおりにゲームをダウンロードして登録するなど、スマホを操作していた。


 推察するに、おそらく隼人にとって田中は、初めてのLINE交換相手だったのではないだろうか。


(ちょっとうれしがってるように見えたもんなあ)

 そんなこと口にしようものなら蹴られること必須なので、口が裂けても言わないが。



「田中、何だって?」

 頃合いを見計らって尋ねた。

「2限目がもう始まる、2人してサボか? って」

「げッ!? やば!」

 忘れてた、とあわてて下の屋上へ下りる単管パイプへと向かう。

「急いだところで間に合わないぞ」

「おまえはどうか知らないが、俺は内申書気にするんだよ!」

 言い返す間も惜しいというように最後の数段を跳んで着地し、大急ぎでドアを抜けて階段を駆け下りていく。

 そんな憂喜をあきれ顔で見送った隼人は、さてどうするかと考える。

 もうすでに2限目は始まっていて、そんな教室へ入っていったら注目を浴びてしまうだろう。あの未来とかいう女子にも記憶される、それはできるだけ避けたかった。


 彼女が所属する機関TUKUYOMIとは、憂喜の件に限らずこれまでにも結構な頻度でニアミスを起こしてきていた。向こうも隼人の存在に気付いているのは間違いない。憂喜はああ言ったが、あの件から憂喜の周辺に狙いを絞ってきているのかもしれなかった。

「6人片付けたのは、ちょっとやり過ぎたかもな」

 巫女が1人しか姿を現さなかったら、そりゃばかでも気付く。もう2~3人、目こぼししてやっていたらごまかせたかもしれないが……。

 こんなこと考えても、今さらあとの祭りだ。


(俺は、頭が悪いからな)

 先々を見越して行動するなんて器用さは持ち合わせていない。

「チッ、面倒くせえ」

 どさっと尻をつけて座り、片膝を抱く。

 どだい、人助けなんて柄じゃないのだ。

 こうなったらもう絶対に校内で力を使うのはやめよう。

 そもそも人など、本当に助ける価直があるのかも分からない存在だ。


「おまえらを見てると、それがよくわかる」


 隼人は緑色のフェンスの前にずらりと並び立つ女子高生たちに向けてそう言った。

 しかし彼らが隼人の言葉に耳を貸す様子はなく、全員が前だけを見つめている。それは、ゆうに3メートルはあるフェンスを果たして乗り越えられるのか思案しているようでもあり、ただひたすらに金網の向こうのはるか青空の彼方を見ているようでもあった。


 1人、2人、3人と、彼らはおもむろにフェンスに手をかけ、わしづかみ。フェンスを埋め込んだ膝の高さのコンクリートステップに上がるや次々とフェンスを登り始める。風や揺れをものともしないその動きに年頃の女性らしい恥じらいやためらいなどはみじんもなく、壁を這い上がるクモを連想させる。

 そうして返しのついた部分も難なく乗り越えた彼女たちは、ただの1人もためらうことなくフェンスの途中から飛んだ。まるで背に翼が生えていると確信しているかのように。

 しかし彼らは鳥でも天使でもない。宙に投げ出された体は重力に引かれて落下してゆく。



 彼らはこれを毎日繰り返している。

 時刻は9時45分。

 人数も数えた。32名、全員が女子だ。


 彼らは怨霊ではない。

 霊ですらない。


 ここに焼きついた、ただの残像――――。

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