「な——バカ、な……」
ミツキの口からかすれた声が漏れる。
コアを打ち砕かれ、【タソガレ】としての生命維持ができなくなったミツキの身体が先端から崩れていく。
その足元で、颯真と冬希が静かに崩れるミツキを見つめていた。
「ミツキ、敗因は何だと思いますか?」
颯真が、ミツキに尋ねる。
「それ、は——」
崩れながらもミツキは考える。
何が悪かったのかと。
自分は完璧だったはずだ。【タソガレ】の中でも最強の立場にいる長をうまく取り込み、誰よりも強くなったはずだ。
それなのに、この人間は、いや、人間もどきはそれを打ち破った。
ただ計画のためだけに作られた、人間でも、【タソガレ】でもない半端者に。
颯真がゆっくり首を振る。
「貴方は何も信じていなかった。自分を絶対だと思い込んでいた。人間も他の【タソガレ】も取るに足らないものとして、全て自分が支配すればいいと思っていた。それがどういうことか分かってるんですか」
淡々とした颯真の言葉。
その言葉にミツキは考えようとするが、もう思考するほどのエネルギーは身体に残っていない。
ひびの入った唇を震わせるだけのミツキに、颯真は「答え」を提示する。
「確かに僕たちは貴方からすれば取るに足りないものだと思いますよ。だけど、取るに足らないものでも力を合わせればそれは大きな力になる」
そう言い、颯真は冬希の手を握った。
「……前に言われたんです。僕と冬希が力を合わせればそれは足し算掛け算じゃなくて乗算だって。僕一人の力じゃ貴方には勝てなかった。他の人だけでも勝てなかった。だけど——」
「『愛は地球を救う』とかふざけたことを言うなよ」
辛うじて、ミツキが言葉を搾り出す。
表の世界で時折目にしたキャッチコピー。元々はチャリティー番組で使われていた言葉だったか。
だが、そんなものクソ喰らえ、とミツキは思っていた。
愛という概念は理解している。人間とは違う生態であっても他者を思いやり、慈しむという心はある。人間に宿る「魂」というものが強い力を秘めているのなら、【タソガレ】には「感情」というものが全てを突き動かす原動力となる。
ミツキがここまで来れたのもその「感情」を燃やし続けてきたからだ。
人間も【タソガレ】も管理したい、という感情で動いてきたが、それはひとえにこの地球という世界の行く先を見据えてのことだ。
このままではいけないと思ったから、ミツキは動き続けてきた。
それを、颯真は真っ向から否定した。否定した上でミツキの感情を上回る感情で打ち砕いた。
それでもミツキは認めたくなかった。
「愛」というものが全てを覆すなど。
颯真がゆっくりと首を振る。
「『愛』じゃないですよ。ただ、『みんなで幸せになりたい』と思っただけです」
「は——はは、」
颯真の言葉に、ミツキは乾いた声で笑った。
——こいつ、本当に鈍感だな。
愛以外の何物だというのだ、その感情は。
颯真は多くの人間に欺かれ、裏切られてきたはずだ。それなのに「みんなで幸せになりたい」と願うのは愛以外の何物でもない。
気づけよ、この鈍感野郎と思いながら、ミツキは唇を震わせた。
「この鈍感野郎にワタシは負けたのか……」
呟いてから、納得する。
だからこそ、この鈍感野郎は勝てたのかもしれない、と。
変に肩肘張ることがなかったからこそ、惑わされずに戦えたのだ、と。
ぼろり、とミツキの顔が崩れていく。
「ならば——この世界を、正しく導いてみせろ」
オマエにできるものか、精一杯の虚勢を張ってそう呟き、ミツキは完全に崩れ去った。
「終わった……」
ミツキの最後の一片が塵となり消え去ったのを見届けて、颯真が呟いた。
「でも……『鈍感野郎』ってどういうことだろう」
「そういうとこだぞ!」
ミツキ崩れ去ったところで颯真に駆け寄っていた卓実が、その呟きに鋭いツッコミを入れ、頭をぽかり、と叩く。
「痛いな、卓実君」
「言ってやれ瀬名! 『お前は鈍感野郎だ』って!」
卓実が冬希をけしかけるが、冬希はただ苦笑だけを浮かべて首を振る。
「颯真はそういう人だよ。その鈍感さが愛おしい」
「ごちそうさまです!! もういい、お前らそういうバカップルだった!」
あかん、となる卓実。一瞬、キョトンとして顔を見合わせるものの、すぐに笑い合う颯真と冬希。
ぎりぎりの戦いではあったが、最終的には颯真の「思い」がミツキを打ち砕いた。その「思い」が自分だけのものではない、ということは颯真は理解していた。
周りの皆が人間と【タソガレ】の未来を信じたから、その「思い」が繋がったから、たった一人で暴走したミツキを上回った。
いや、この場にいる皆だけではまだ足りない。
「……父さんも、無茶するなんて」
ぽつり、と冬馬が呟いた。
その瞬間、颯真の身体がほんのりと光り、颯真の目の前に赤みを帯びた金色の光の人影が現れる。
『気づいていたのか、颯真』
人影が照れ隠しのように頭の辺りを掻く。
「え——」
人影と会話する颯真に、冬希が驚くが、すぐにああそうか、と納得する。
以前、颯真が意識を失った時に現れた人格。
こうやって目の当たりにしてすぐに理解する。
颯真の父親は死んだと聞かされていたが、こうやって颯真に宿っていたのだと。
父親の話はそこまで詳しく聞いていなかったが、それでも颯真の父親が【タソガレ】だった、ということは知っている。【タソガレ】が人間とは異なる生態で文明を築いているのなら殺されたとしても精神体のような形で宿ることもできるのだろう。
それに、颯真に埋め込まれているチップは特殊なものだ。自分たちのような汎用品では無理かもしれないが、颯真のものならそれくらいの余地はあったのかもしれない、と冬希は納得してしまった。
学校の成績は首席かもしれないが、冬希は難しいことをああだこうだと考えるのは苦手だった。「目の前に敵がいればぶっ飛ばす」、それくらいのマインドがちょうどいいことくらい自分でも分かっている。
「……お義父さん、はじめまして」
冬希が人影に向かって会釈する。
途端に、人影が動揺したようにブレ始める。
『いやぁ、そんな、お義父さんだなんて』
その人影——竜一の様子に、颯真は安心した。
竜一がどのような人柄だったか、といったことは全く知らなかった。それでもこうやって気さくにしているところを見ると本当にごくごく普通の人間、【タソガレ】と変わらない。
「父さん、紹介するよ。冬希、僕の大切な人」
『言うようになったなぁ、父さんは嬉しいぞ』
竜一を構成する金色の光の赤みが増したような気がするが、誰もそれを気にしない。
竜一は冬希の方に向き、少しだけ頭を下げた。
『愚息が世話になったな。ついでだ、これからもよろしく頼む』
「不肖の息子で悪かったね、父さん」
今はまだ、竜一には敵わないかもしれないが。
それでもいつかは超えてみせるとばかりに、颯真が笑う。
「ありがとう、父さん。父さんが力を貸してくれたおかげで勝てたよ」
『いいぞ、もっと崇めてくれ——という冗談はさておき、お前たちがミツキに勝てたのはお前たちが人間と【タソガレ】の未来を信じてくれたからだ。俺はそれにほんの少し力を貸しただけだ』
そう言い、竜一はゆらり、と揺らめいた。
『これからはお前たちの時代だ。自分たちで未来を決めていけ』
うん、と颯真が力強く頷く。
それを見て竜一も満足そうに頷き、それから誠一に視線を投げた。
『——誠一、』
「ああ、分かっている」
清一が頷き、竜一の隣に歩み寄って拳を掲げる。
「後は任せろ、っても何かあったらお前の力、借りるぞ」
『えー、成仏してもいいだろ』
「ダメだ」
笑いながら誠一が言い、竜一が掲げた拳に重ね合わせる。
「それに、本当は見たいんじゃないのか? この二人の結婚式」
『——ッ!』
真っ赤になる颯真と冬希を尻目に、誠一は言葉を続けた。
「というわけでお疲れ様。でも勝手に成仏するなよ」
『えぇ……』
そんなぁ、と呟きながら、竜一ははいはい、と続ける。
『まぁ、颯真のこれからを見守るのはやぶさかではないな。若人は若人で、と言いたいところだが、颯真の中で見守らせてもらうよ』
その言葉を残し、竜一の姿が掻き消える。
「——父さん……」
素直じゃないなあ、と思いながら、颯真は改めてこれからのことを考えた。
——戦いは終わった。あとは双方のエネルギー問題を解決すれば全てが終わる。
しかし、長を巻き込んでミツキが消えたことで、【タソガレ】側には新たな問題が発生しているのでは、と颯真は漠然と不案を抱えていた。
「……アキトシさん、」
ふと、気になって颯真が振り返り、アキトシを見る。
アキトシはついてきていた他の【タソガレ】と一緒に話し合っていた。
「——新たな長を決めないとな。人間の世界に倣って選挙というものでもやってみるか?」
「いや、アキトシさん、あなたがなるべきだ」
アキトシの言葉に、隣に立つ【タソガレ】がそう言い放つ。
目を丸くしてアキトシがその【タソガレ】を見た。
「何を、わたしには何の力もないよ」
「いいえ、あるじゃないですか。『人間と【タソガレ】の架け橋になる』力が」
仲間の説得に、アキトシがさらに目を丸くする。
「このソウマという少年を見て思ったんです。世界を良くするにはただ力があるだけではいけない、可能性を見出して引き出せる存在が必要だ、と。そしてアキトシさん、あなたにはその力がある」
熱心な仲間の言葉に、アキトシは苦笑した。
——そうか、わたしはいつの間にか魅了されていたんだな。
「可能性」というものに。
分かった、とアキトシは頷いた。
「それなら頑張ってみるよ。——セイイチ、きみも手伝ってくれるか?」
「勿論。私も人類と【タソガレ】のために尽力するよ」
そう言い、誠一は自分たちを見る颯真たちに視線を投げた。
「というわけでここからは大人の話だ。いつか君たちに託せる土台を作っておくよ」
——ここからは政治などが絡んだ話となってくる。
颯真たちにはまだ早いが、いつかは直面する問題、その道が少しでも楽に歩けるものにしよう、と、誠一は固く心に誓うのだった。
◆◇◆ ◆◇◆
夜八時。
いつも鳴るサイレンが鳴らず、人々が違和感を覚えたところでサイレンを鳴らすスピーカーが一斉に地域放送を流し始める。
『【夜禁法】は一時的に停止します。皆さん、外に出て空を見上げてください』
その放送はテレビやラジオ、インターネットのウェブサイト、それも普段なら広告が表示されないサイトにまで一律で表示され、人々は【夜禁法】、そして「夜間、外に出てはいけない」という常識に何かあったのだと実感させる。
それでも今まで出ないのが当たり前だった夜の外に出るのは怖い。
かなりの数の人間は今までの常識を急に変えられず、家の中にいたが、放送の言葉に興味を持った人間が恐る恐る外に出ていく。
街灯が道を照らしているが、それでも暗い夜の街。
外に出た人々はそこで、普段は夕方から数を増やす警らドローンや巡回ロボットが街にいないことに気がついた。
何だ、何が起こっている?
町内放送の指示のままに、人々は空を見上げる。
「あ——」
街のそこここで声が上がった。
漆黒の空に輝くいくつもの光の粒。
プラネタリウムでしか見られない空が、頭上に広がっている。
学校の授業や、プラネタリウムで見た「月」は空に上がっていない。かつての文化を忘れないようにと天気予報に掲載されている月齢は新月を目前としていたので見えるわけがない。
だからこそ、月の光に邪魔されず、夜空の星々は鋭く輝いていた。
「おい、外に出てみろよ!」
まずは試しに、と外に出て空を見上げていた人々が慌てて家に戻り、家族を呼び出してくる。
道路はすぐに人で埋め尽くされていく。
「うわぁ……」
初めて夜空を見上げた少年が目を輝かせる。
その少年の視界を、一筋の光が通り過ぎていった。
ほんの一瞬の光の演出。
それは一瞬だったにも関わらず、少年の心に焼きついていた。
『本日はオリオン座流星群のピークです。極大時間は二十三時から明日の明け方ごろまで、約三十年ぶりの天体ショーをお楽しみください』
その町内放送に、街中がざわざわとどよめく。
「外に出てみろ」という放送自体驚きだが、「天体ショーをお楽しみください」とは。
まさか、と外に出た一人が携帯端末を開き、ニュースを確認する。
そこには【速報】として一つのニュースが掲載されていた。
『【夜禁法】廃止へ』
見出しを見た人々からそのニュースが波紋のように広がっていく。
何があったのかは分からない。だが、夜を禁じられた時代が終わりを告げたのだと、人々は夜空に瞬く星を見て、そう実感した。
二〇八二年十月、人々の歴史が大きく変わる瞬間だった。