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第103話「よるをみさだめる」

「ミツキ!」


 真っ先に声を上げたのは冬希だった。

 怒りもあらわにミツキを睨みつける冬希に、普段学校で呼ばれていたような「氷のプリンセス」の面影はない。


 一人の人間として、親を殺された子として、裡に秘めていた感情をミツキに叩きつけていた。


 それを、颯真も他のメンバーも止めなかった。

 冬希の感情は理解できる。それを止める権利がないことも分かっている。

 もし、止める必要があるとすればそれは感情のままに冬希が攻撃を仕掛けることだ。


 ミツキは強い。それは今まで何度も戦ってきて理解している。

 今はただ、冬希が一人で暴走しないように見守るだけだ。


「もう逃がさない! 今ここで、お前を倒す!」


 刀を構え、冬希が叫ぶ。


「ふん、誰かと思えばあの時の娘か」


 楽しそうにミツキが嗤う。


「オマエの母親はいい資源だったよ。【黄昏協会】もたまにはいい仕事をしてくれる」

「く——!」


 冬希の奥歯がぎりぎりと鳴る。

 今すぐにも飛び出して斬りかかりたいが、それは全力で自分を抑え、冬希はミツキを睨みつける。

 これは挑発だということくらい頭に血が上っていても分かる。自分が先行して編成が乱れることを目論んでいるのを分かっていて飛び出すほど冬希も猪突猛進ではない。


 それでもミツキに対する怒りを抑えることはできなかった。

 冬希の全身を包み込む蒼白い光が安定せずに激しく揺らめく。

 その隣に立ち、颯真は冬希の肩に手を置いた。


「——冬希」


 颯真の静かな声が冬希の光をわずかにだが安定させる。


「落ち着いて、冬希。大丈夫、僕もはらわたが煮えくり返るほど怒ってる」


 声は静かだったが、颯真の顔は険しかった。

 父の仇、冬希の母の仇、そして数多くの人間を殺すことを示唆した張本人。


 許しておけないのは颯真も同じだった。

 だが、今、感情に任せて動いてはいけない。ミツキの隣には長らしき【タソガレ】がいる。


 颯真は【タソガレ】を滅ぼしたいわけではなかった。【タソガレ】と戦争を起こす気もなかった。

 ただ、【タソガレ】に裏の世界にも可能性に満ちた鉱石があることを、人類と手を取り歩いていける可能性があることを伝えたかった。その障害になるミツキは倒す。ただそれだけだ。

 颯真の視線がミツキから長へと流れる。


「ほう、」


 人の形状をした闇の塊だった長が颯真の視線に気づき、そう声を上げる。


「人間、いい目をしているな」


 それならこちらもそれに応じなければ、と長が立ち上がり、姿を変えた。

 長にふさわしい、堂々とした男性に姿を変えた長がデスクの前へと移動する。


「ミツキから人間は我々の資源になるとは言われていたし、実際に見てきた人間は取るに足らないものだったがお前は——お前たちは違う。我々が恐ろしくないのか?」

「はい、僕は貴方を恐れていません」


 真っすぐに長を見据え、颯真はそう言い切った。


「僕たちは貴方たちと戦争をするつもりはありません。同時に、貴方たちのエネルギー問題を解決する方法を提示しに来ました」


 颯真がそう言った瞬間、長が表情を変える。


「エネルギー問題を解決する方法、だと?」

「はい、人間の魂を使わずとも、貴方たちは自力でこの世界のエネルギー問題を解決できる」


 嘘でも何でもない。その可能性は靖から聞いたし、実際にそれが使われているものも確認した。

 提示するには一度信頼してもらう必要はあるが、それでもこの取引はどちらにも不利益は出ない。


 ふむ、と長が低く呟く。


「ミツキ、この人間はああ言っているが本当か?」


 長に話題を振られ、ミツキはまさか、とそれを否定する。


「ニンゲンの出まかせでしょう。知恵のあるニンゲンはすぐに嘘をつきますから」


 涼しい顔でミツキが答えるが、長はその言葉が信じられないようだった。

 そうか? とミツキから颯真に視線を戻し、全身を舐め回すように見る。


「私にはこの人間が嘘をついているようには思えないがな」

「信じてください、と言ってすぐに信じてもらえないのは分かっています。それでも——もし、この世界にある石が貴方たちの知らない可能性を秘めているとしたら?」


 颯真が自分の手の内にある手札を躊躇うことなく提示する。

 【タソガレ】が道端の石ころ程度にしか思っていないヴェスペリ石の話を持ち出すのは逆効果だったかもしれない、と思いつつも、この石に秘められた可能性に気付いてもらいたい、その思いが颯真を突き動かす。


 颯真の言葉に長は少し驚いたようだった。


「この世界の石に可能性が?」


 あんな、外に出れば当たり前のようにあるあの石が、と長が繰り返す。

 はい、と颯真は頷いた。


「僕たちがこちら側に来るために作ったゲートにも使われているくらいにあの石は有用です。それに気づかないなんて、【タソガレ】は損をしている」

「出まかせを言うな! ヴェスペリ石にそんな可能性があるわけ!」


 即座にミツキが否定の言葉を上げる。

 だが、ミツキがそう声を上げた瞬間、長は振り返ってミツキを見た。


「ヴェスペリ石、だと?」

「——ッ!」


 長の言葉に、ミツキは自分の失言に気が付いた。

 颯真は長に対して「ヴェスペリ石」とは一言も言っていない。

 ヴェスペリ石という単語を口にしてしまったことで、長はミツキに疑いの目を向けた。


「何故お前がこの人間が言ったことの詳細を知っている」

「それ、は——」


 思わずミツキが後ずさる。

 実は、ミツキも気づいていた。ヴェスペリ石の可能性に。それはもう、リュウイチが人間の魂を研究するために人間の世界に行って間もない頃に。リュウイチが裏の世界にはこういう鉱石がある、人間はどう分析する、と持ち込んだヴェスペリ石が成分分析した結果途轍もない可能性を秘めていることは分かっていた。


 それでもなおヴェスペリ石ではなく人間の魂をエネルギー源にしようとしたのは——。


「クソッ、まさかこんな些細なことでバレるとは」


 心底悔しそうにミツキが吐き捨てる。

 その全身を黒い靄が包み込んだことで、颯真たちが身構える。


「ああそうだよ、ワタシはヴェスペリ石の可能性を知っていた。知っていて、ニンゲンの魂を利用すると決めた!」


 ミツキの周囲に球体が現れ、颯真たちに向け射出される。


「【雷撃Lightning】!」


 真っ先に誠一がコマンドワードを解放し、球体を迎撃する。


「颯真君、これ以上の交渉は無理だ! ミツキはやるつもりだぞ!」

「——ですね!」


 颯真も床を蹴り、ミツキに向かう。

 冬希もそれに追従し、二人は同時にミツキに向けて刀を振り下ろした。


「甘い!」


 ミツキが両手の刃で二本の刀を受け、弾く。

 同時に二体の分身を出現させ、誠一たちに向けてけしかけた。


「今は二体が限度か——!」


 そう言いつつもミツキは颯真と冬希と刃を交える。


「いいでしょう、オマエたちはワタシが直接!」

「望むところだ!」


 ミツキの挑戦に颯真も応じる。

 この戦いが最後の戦いになる、そう確信し、颯真は自分の魂を、そして感情を燃え上がらせる。


『俺の力も使え!』


 颯真の内なる声もそう言い、颯真の全身を包む金色の光にわずかに赤みが差す。


「颯真、その色は——」


 ミツキと斬り合いながらも、颯真の魂の色を見た冬希が声を上げた。

 この色に見覚えがある。いつだったか、颯真が意識を失った際に彼の肉体を使い【あのものたち】を撃退した謎の存在が身に纏った色。


 何者だ、と思いつつも、今は考えている場合ではない。

 目の前の敵を、追い続けていた仇を、今ここで討つ。


「【増幅Amplification】!」


 全力で行く、と冬希がコマンドワードを解放する。


「颯真、冬希、受け取れ! 【増幅Amplification】!」


 後ろから、分身と戦いながらも卓実がコマンドワードを二人に向けて解放する。


「颯真!」


 冬希の声に颯真も頷く。


『お前だけは!』


 二人の声が重なる。

 同時に繰り出された二本の刀がミツキの首を狙う。


「く——!」


 すんでのところで棘を展開、刀を受けたミツキが後ろに跳んだ。


「どうしてワタシの邪魔をする!」


 忌々し気に叫ぶミツキに颯真が即答する。


「はじめから答えは見えているのに私利私欲で無辜の人々を傷つけるからだ!」


 颯真が左手を突き出し、赤みを帯びた金色の帯をミツキに向けて解き放つ。

 コマンドワードを詠唱せず繰り出された【拘束Bind】の帯がミツキの腕に絡みつく。


「こんなもの!」


 絡みついた帯は即座に切断されるが、切断した瞬間、ミツキはその顔に驚愕の色を浮かべた。


「これは——この感情は……!」


 驚愕の顔のまま、ミツキは颯真を睨みつける。


「まさか、キサマ——」


 駄目だ、この力は危険だとミツキの脳裏を警鐘が鳴り響く。

 目の前にいる少年——颯真だけでも今ここで殺さなければ、殺されるのは自分だ、とミツキの背筋を冷たいものが走った。

 どうする、とミツキは自問する。

 どうするもこうするもない、打てる手を全て打つだけだ。

 ミツキの視線が長に向けられる。


 長は戦いに参加することなくミツキと颯真たちの戦いを静観していた。

 ミツキも颯真も信用するに足りない存在だと言わんばかりに長は黙って戦いの行方を眺めている。


「くそ、舐めやがって——」


 咄嗟にミツキは長に向けて手を突き出した。

 その手が黒い触手のように姿を変え、長に向かう。


『颯真、ミツキを止めろ!』

「——!」


 ミツキの動きに反応した声が颯真に警告する。

 声を聞いて颯真も長に向かった触手を切り捨てようとするが、間に合わない。

 あっという間に黒い触手は長に絡み付き——浸食を開始した。


「な——ミツキ!?」


 まさか自分を攻撃すると思っていなかった長がミツキを睨む。


「こうなったらワタシが新たな長になる! ニンゲンに絆されるような長などいらぬ!」

『まずい、融合する気だ!』


 声に背中を押され、颯真が再度触手に斬りつけるが、触手もそれを阻むかのように硬質化し、刀を弾く。


「硬い——!」


 颯真がそう声を上げる間にも触手は長に侵食し、長の身体を構築していたものをミツキに流し込んでいく。


「ふ——」


 ミツキが低く嗤う。


「ソウマ、キサマを仲間にしようと思っていたがもうそれもどうでもいい! 裏切り者ともども殺してやる!」


 ずん、とミツキの脚が床に亀裂を作る。

 長を取り込み、融合し、ミツキは人間の姿から巨大な【あのものたち】へと姿を変える。


「ヴェスペリ石がなんだ! ニンゲンの魂の方がはるかに有用だ! ワタシはニンゲンを狩り尽くし、ニンゲンの世界も手に入れる! ニンゲンの世界の方が有用な資源だらけだからな!」

「本音が出たな!」


 それが本音か、と颯真が姿を変えたミツキを睨み付ける。


「もうこれ以上人間を傷つけさせない! 【タソガレ】も苦しめない!」


——だから、お前を倒す!


 全てを守るために。全ての幸せのために。


「冬希、力を貸して!」


——力を貸して。


 冬希と、自分の裡に宿る魂に、颯真は語り掛けた。

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