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第101話「よるはぶんさんする」

「なんかよく分からん茶番を見せられたが!」


 ミツキの分身が両手に刃を展開、周囲から棘を射出しながら颯真に迫る。


「茶番とか言うな!」


 射出された棘を切り払い、颯真が刀を叩き込む。


「お前を倒すためなら!」


 冬希も刀を叩き込むが、二人の刀は分身の両の手にある刃が受け止め、軽く弾く。


「——やっぱり、こいつ強い……!」


 卓実の強化があればそれなりに楽にはなるが、それでも「無いよりマシ」という程度である。その強化も卓実の魂を削って行われるものだから乱用はできないしそこまで負担をかけたくない。


 せめてこの分身は自分たちだけでなんとかしなければ、と二人は同時に床を蹴った。

 左右から挟撃する形で分身に迫るが、それは両手の刃で凌がれることは経験済み。

 それなら、と二人は同時に魂技を解放した。


『【拘束Bind】!』


 蒼白い光と黒い筋の入った金色の光の帯が分身に迫る。


「その程度!」


 分身が両手の刃で光の帯を切り払う。


「まだまだ!」


 光の帯を切り払った一瞬の隙をついて、颯真は鋭い突きを分身に繰り出した。


「——っ!」


 反応が遅れ、分身の左肩を刀が貫く。


「その程度!」


 このままでは冬希の追撃を受けると判断した分身が貫かれた部分から左腕を切り離し、身を翻す。

 切り離された左腕が霧散するが、その闇はすぐに分身の左肩に集まり、腕を再生する。


「くそっ、厄介だな!」


 左腕を切り離して体制を整えたことで追撃を捌いた分身に、冬希が悪態をつく。


「元々の【タソガレ】はそう簡単に再生できないみたいだけど、遠隔操作している分身はその限りでは無いってことか」


 一旦後ろに下がり、颯真も唸った。


「多分、コアがない分多少の無理は利くんだろうね。となると、身体を構築できないレベルに全体にダメージを与えるしかないか——」

「そうかな。コアがないと言っても遠隔操作なら何かしらの端末が必要だと思うけど」


 颯真の横に立ち、冬希が分身を睨みつけながら意見する。

 人間の常識で考えれば遠隔操作には必ず親機と子機が存在する。相手は【タソガレ】だからその常識で考えてはいけないことは分かっているが、それでも受信する側に何もない状態でここまで完璧に制御することは可能なのか。


 あるいは【タソガレ】を構築する闇そのものが子機扱いになるのかもしれないが、それでも今ここで分身を構築するための「何か」があると思いたい。

 どういうからくりだ、考えろ、と颯真は分身を凝視する。



 その背後では誠一、そして真とアキトシが他の分身と戦っていた。

 分身と激しく斬り合いながら、誠一もまた分身の構造について分析していた。


「そういえばオマエはリュウイチの護衛だった男だな」


 誠一と刃を交えながら分身が言う。


「それがどうした!」


 分身の刃を弾き、誠一が一歩踏み込む。

 にやり、と分身が口元を歪ませた。


「リュウイチをろくに護衛できなかったニンゲンがワタシを倒せるとでも?」

「——っ!」


 分身の言葉に、誠一の動きが一瞬鈍る。

 その隙を逃さず、分身は誠一の横から棘を出現させた。

 咄嗟に身を捻る誠一。

 しかし、至近距離からの不意の一撃を完全に回避することができず、鋭い棘の一撃は誠一の右脇腹を掠めていった。


「ぐ——!」


 全力で後ろに飛び、脇腹を押さえる誠一。

 咄嗟の回避のおかげで棘は少し深めに掠めただけ、内臓が損傷するようなダメージではない。だが、刃物で斬られたものとは違い、傷口は決して小さくない。

 傷口から滲む血が誠一の手を汚す。


「くそ、この程度——」


 皮膚を破り、皮下脂肪をわずかに抉っただけなので出血自体は大したことはない。痛みはそれなりにあるが戦意を失うほどではないし戦闘に影響が出ることもない。


 それでも誠一はわずかに自身の限界を察してしまった。

 いくら原型チップの呪いで不老になったとはいえ、実年齢は五十に届くほど。鍛錬は怠っていないがそれでも肉体の成長には限度がある。


 ミツキに後れを取るほど弱くはないが、ここで勝利をもぎ取るにはさらなる成長が必要。こんなところで限界を察している場合ではない。


「私は——まだ負けない!」


 弱目の【雷撃Lightning】で傷を灼いて止血、手についた血を服で強引に拭い、誠一は刀を握り直した。


「確かに私は竜一を守れなかったが! だからと言って誰も守れないわけではない!」

「はっ、強がっても無駄だ! オマエは誰も守れやしない!」


 無数の棘が誠一に向かって繰り出される。

 それを、誠一はぐるりと刀を一回転させてその全てを打ち砕いた。


「この程度!」


 分身——ミツキの攻撃パターンは大体理解した。距離と状況に合わせて棘と球体を使い分け、近接では手にした刃で受け止める。対する誠一も【雷撃Lightning】で遠隔攻撃も可能なので射程外から一方的に攻撃されることはないが、視界の端で見えた颯真、冬希組の戦いから察するに分身は一撃で致命的なダメージを与えない限りいくらでも再生されそうである。


 さてどうする、と分身を見据えながら誠一は次の一手を考えていた。



「おりゃぁ!」


 真の拳が分身に叩き込まれる。


「ぐっ!」


 分身は盾を展開して拳を受け止めるが、切断攻撃と違い、打撃攻撃は衝撃そのものが攻撃となって分身をよろめかせる。


「こいつ、重いな!」


 気を抜けば衝撃だけでなく打撃で吹き飛ばされてしまう。しかも、少しでもよろめいて隙を見せればアキトシが即座に追撃してくる。


 真とアキトシのコンビは即席で組まれたもののはずなのに、連携が乱れることなく合わせられていることに分身は苛立ちを隠せなかった。


「付け焼き刃のくせに!」

「ふざけんな、こちとら誰かと組むのは慣れてんだよ!」


 普段から卓実と組んで戦っている真は「誰かが隣にいる」状況は当たり前のものだった。波長の合う卓実と組むに越したことはないが、真もそんな卓実に頼りっきりではない。常に周囲の動きに気を配り、他のバディの邪魔にならないように、他のバディの援護ができるように動いている。


 今、アキトシと戦うのも同じだ。卓実の援護は望めないが、相手が一体なら真一人でも状況の把握はできる。

 あとはアキトシの動きに合わせて動けばいいだけだ。決して難しい話ではない。


 アキトシはアキトシで常に真の動きを把握しており、互いが互いの邪魔になるようなことは一切ない。


 アキトシがちら、と仲間の【タソガレ】たちに揉まれている卓実を見る。

 卓実は優秀なサポーターだが、ミツキの策にかかり全力を使い切ってしまったが故の一時離脱である。本来なら今この立場にいるべきは卓実だったが、贅沢は言っていられない。それに、ミツキが分身を利用して攻撃していることを暴くきっかけになったのは卓実である。少しくらいは労う必要はあるだろう。


 当の卓実は【タソガレ】流の疲労回復術に悶絶しているようだが絶叫を聞く限りかなり回復している。今、目の前にいる分身を撃破する頃には完全回復しているだろう、と判断し、アキトシは真に視線を戻した。


「マコト、作戦がある」


 真の隣に立ち、アキトシが囁く。


「わたしは以前ミツキにコアを傷つけられて全力が出せない。だから援護に回るしかないが、きみのその力を信じて前に出よう」

「どういうことだ」


 分身を睨みながら真が尋ねる。


分身ミツキの攻撃は基本的に面攻撃だ。その面攻撃を突破すれば隙ができる」

「——つまり、あんたはその面攻撃を凌ぐから俺に突撃しろと?」

「話が早くて助かる。きみたちの魂技を見ている限り、ミツキの面攻撃はわたしが凌いできみが魂技で攻撃した方がダメージ効率はいい。それにわたしも今は防御が精一杯でね」


 アキトシの言葉に真はなるほどと頷く。

 突発的に組んだバディではあったが、真も気づいている。

 アキトシは攻撃も行ってはいるがどちらかというと真に向けられた攻撃を軽減する方に力を注いでいた。つまり、決定打になる攻撃は繰り出せない、ということ。


 それならアキトシの提案に乗り、アキトシが防御したところを真が攻めた方がいい。

 しかしそれにも懸念点はある。


 一つはアキトシが攻撃を凌ぎ切ることができるかどうか。

 分身の攻撃はかなり激しい。一人で全てを受け切る、ましてやコアにダメージを受けて全力が出せないアキトシにそれが可能なのか。


 次に、仮に攻撃が凌げて真が攻撃できたとしても、それを分身が捌く可能性がある。今までもわずかな隙をついて攻撃を行ったが、その全てを分身は捌き切っている。


 もし、この二つの懸念点がクリアされなかった場合、二人は分身の反撃を受けることになる。


 ——が、すぐに真は首を振ってその考えを振り払った。

 そんなことは攻撃が失敗した時に考えればいい。攻撃する前から失敗することを考えていれば成功するものも成功しない。

 分かった、と真は力強く頷いた。


「あんたを信じる。分身の攻撃は俺に任せとけ」

「頼もしい言葉だよ。それなら、二人で紛い物退治と行こうじゃないか」


 真の言葉に安心したような顔をして、アキトシは両手に刃を展開させた。

 その顔が引き締まり、鋭く分身を見据える。


「行くぞマコト!」

「応よ!」


 決して負けない、その意思に魂を燃え上がらせ、真は全身に気合を巡らせた。

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