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第97話「よるのふところへむかう」

「——で、これからどうするんだ?」


 靖が拘束され、遅れてやってきたデルタチームの面々に引き渡した誠一が颯真に尋ねた。


 たった五人で首相官邸に乗り込み、制圧してしまったわけだが、後処理には人員が必要と判断したと思わしき淳史の配慮に感謝しながら颯真は「そうですね」と呟いた。


「人類側の問題はひとまず落ち着いたと思います。となると、あとは【タソガレ】側の問題。でもどうすれば……」


 靖を拘束したとしても今のままではいけないという思いは颯真にあった。いくら裏の世界の資源を独占するという計画が阻止されたとしてもそれはあくまでも靖個人を止めただけであり、資源のことを知るものがいればこの計画は再燃する。

 その前に全てを終わらせなければ意味がないが、ここから先どうすればいいか、颯真は漠然としか考えられていなかった。


 一つは裏の世界や【タソガレ】のことを公表すること。しかし、今このタイミングでこれを行うと、人類は【タソガレ】によって攻撃されている真っ最中ということで大きな混乱が生じてしまう。それどころか【タソガレ】を滅ぼそうとする動きも出てくるのは容易に想像できた。


 それならば、で出てくるもう一つの方法は颯真たちが裏の世界に行き、魂の資源利用計画を完全に阻止すること。


 アキトシの話を聞いた限り、この計画を立案したのはミツキただ一人であり、【タソガレ】の長がそれを承認、ミツキとその周囲が動いている、と判断できる。それならミツキを倒し、長を説得すれば計画は頓挫する。

 そもそもミツキが魂の資源利用を考えたのは魂がエネルギー源として有用だと判断したからである。そのきっかけが裏の世界のエネルギー枯渇問題であれば、今なら解決方法を提示できる。


 「ヴェスペリ石」、裏の世界には普遍的に存在する、表の世界で言えば道端に落ちている石ころ同然の鉱石が問題解決の鍵となる。

 アキトシはヴェスペリ石を「ただの光る石ころ」として認識していたが、靖が解析した結果は全く違うものだった。


 エネルギー源にも素材にもなるこの石の有用性を【タソガレ】が認識すれば、人間の魂などエネルギー源として取るに足らないものになる。【タソガレ】が表の世界に侵攻する理由はなくなり、どちらの世界にも平穏がもたらされる。


 欲を言うならヴェスペリ石を表の世界に輸出してくれれば人類側も靖が目指した宇宙開発の発展を願うこともできるが、と颯真は思ったがそれは最終的に政治家が決めればいいし、人類と【タソガレ】がこれ以上関わらない方がいいと誰かが言うのであれば颯真もそれに同意する。

 そう考えると、今颯真たちが打つべき手はミツキの打倒である。


「裏の世界に行って、ミツキを倒す、が今の僕たちに打てる最善の手でしょうか」

「そうだな、私もそう思う」


 少し考えて発された颯真の言葉に、冬希も同意する。

 冬希にとってはミツキは母親の仇ではあるが、それを差し引いてもミツキの計画は止めなければこれからも犠牲者は出続ける。


 もしかしたら、ミツキもヴェスペリ石のことを知れば人間を攻撃することをやめるだろうか、と颯真はふと考えてみた。

 できれば【タソガレ】とは穏便に全てを解決したいところではある。ミツキが攻撃しないと言った場合どうするか、と考えてみて、颯真はいや、と首を振った。


 ミツキを許すわけにはいかない。

 それはミツキが今までに大量の人間を殺してきたからではない。竜一父親を殺した、そして冬希の母親を死に至らしめた、という感情で、ミツキを許すわけにはいかない、そう感じていた。


 世の中には親を殺されても相手が改心するなら許す、と言う人間もいるだろう。だが、颯真はそこまで聖人君子ではなかったし、それは冬希も同じはずだ。

 もし、冬希がミツキを許すと言うのであればその意思は尊重するが、もし冬希も同じ気持ちであるのならミツキだけは倒さなければいけない、そう、颯真は思っていた。


「なるほどな」


 颯真と冬希の言葉に、アキトシが頷く。


「わたしとしてはミツキは裁かれるべきだと思っている」

「それは、僕たちの感情を考えてのことですか」


 思わず颯真はそう尋ねていた。

 その問いに、アキトシははは、と笑う。


「どうだろうな。わたし個人としてはミツキの計画は止めるべきだった、と思っている。今は長も賛同しているし、長が推進するから多くの【タソガレ】もそれに従うべき、となっているはずだ。もしミツキがエネルギー問題を解決できると知って人間への攻撃をやめると言っても、それでもそれ以前に犯した罪は償うべきだ」


 そう言ったアキトシの面持ちは少し辛そうだった。少なくとも颯真にはそう見えた。


「……本来なら、わたしも裁かれるべきなんだろうな」

「えっ」


 ぽつり、とそうこぼすアキトシに、颯真が声を上げる。


「どうして」


 アキトシに何の罪もない。それなのに何故そんなことを言うのか。

 もしかして、と思うところがないわけではなかったが、それでもアキトシが裁かれるべきとは颯真は全く思っていなかった。


「何言っているんだソウマ、わたしはミツキを止められなかった。ミツキを思いとどまらせていればこんなことにはならなかったし、人間側も不便を被ることはなかった。ミツキを野放しにしたわたしの罪は大きいよ」

「そんな……」


 どこまで優しいんだ、と颯真は呟いた。

 アキトシの真意は分からない。それでもこのようなことが普通に口から出るのはあまりにも人格者で、颯真はとても真似できない、と感じてしまう。


「……とにかく、裁く裁かないは後で考えよう。ソウマ、きみはミツキを止めたいんだね?」


 今は感傷に浸っている場合ではない、と気づいたアキトシが颯真に確認する。


「はい」


 はっきりと、颯真は頷いた。


「それならわれわれの世界へ移動する、という話だがその手段が人間にはあるのか?」


 アキトシが尋ねる。

 黄昏時から始まる表と裏の世界の揺らぎを利用して通路を開くのはさほど難しいことではない。しかし、今まで人類側が裏の世界に侵攻してこなかったことを考えると人類はその方法を確立していないはず。その状態でミツキを止めるために裏の世界へ移動する、と言ってもどうするつもりなのか。


「……手段……。確かに、僕は【タソガレ】が開いた通路を通る以外の方法を知らない」


 打開策は見えた。しかしそれを実行するための手段がない。

 そうは思ったものの、颯真の中には一つの違和感があった。

 靖は軍を編成し、裏の世界に攻め込むことを考えていたはずだ。裏の世界へ行く方法を見つけていなければこんなにも早くプロジェクト【アンダーワールド】を進めようとするなどできない。


 そう考えると人類側にも移動方法――【タソガレ】が作り出したゲートのような装置があるはず。

 ちら、と颯真は誠一を見た。


 今ここにいるメンバーで、プロジェクトに一番近しい人間は誠一だ。いくら真実を伝えられていなかったとしても、何かしらの情報を持っていると考えた方が妥当だろう。


「私が何かを知っているとでも?」


 買い被られたものだな、と誠一が自嘲する。


「私は真実を何一つ知らされなかった身分だぞ? そんな、プロジェクト参画の中でも下っ端同然の人間が裏の世界への通路なんて」

「……ですよね」


 ほんの少しでも期待したのが間違いだった、と颯真がうなだれる。

 裏の世界へ行くことができればミツキを止めることができる。行く方法が見つけられなければいつまでも【あのものたち】の襲撃に対する防戦をすることになる。プロジェクト【アンダーワールド】も誰かが引き継いで再開するかもしれない。そうなる前に、終わらせたいのに。


「――と言うと思ったか?」


 その言葉に、颯真は頭を上げた。

 嘘だ、と言った面持ちで誠一を見る。

 方法を知っているのか? 知っていたとしても、どうして。

 まさか、と自分を見つめる颯真に、誠一は苦笑する。


「まあ、確証はないが、心当たりはあるんだ」

「それは――」


 その心当たりとは、一体。

 言葉の続きを促す颯真に、誠一は一つ頷いて口を開いた。


「井上総理が出資している研究所――【ナイトウォッチ】の装備開発や【タソガレ】研究を行っている場所、そして――君の生まれた場所なら、恐らく」


 ゲートのプロトタイプくらいならあるかもしれない、と誠一は断言せずともそう言った。


「颯真君、君にとっては始まりの場所だ。そこから、全てを終わらせよう」


 【タソガレ】との戦いも、颯真自身の願いも全て。

 全てに決着を付け、君はごく普通の人間として生きるべきだ、誠一はそう続けた。

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