「教えてください、井上総理は本当に【タソガレ】を滅ぼして裏の世界の資源を独占するつもりなんですか」
単刀直入に颯真が尋ねる。
「……資源のことは本当にごく一部のメンバーにしか伝えていなかったんだがな」
靖は否定しなかった。
その言葉を肯定と捉え、颯真は眉を寄せる。
「否定しないんですね」
ああ、と靖は頷いた。
「元からプロジェクト【アンダーワールド】は裏の世界に大量にある未知の資源を全て日本に持ち込み、世界に売り込むための計画だ。まぁ——まさか君が人類を裏切って世界を衰退に導こうとしたのは誤算だったが」
あくまでもプロジェクト【アンダーワールド】は表の世界のためのものだ、そう靖は主張していた。颯真がそれを阻止することは人類を衰退させることだぞ、と。
「人類の発展を望むのが間違っているとは言いません。ですが、そのために【タソガレ】に犠牲を強いるのは間違っている、と言いたいんです」
「それは偽善だよ、南颯真」
颯真の言葉を、靖は一言で切り捨てる。
「人類と【タソガレ】の共存? 限られた資源しかない世界で、相容れないもの同士が共存するなんて不可能なのだよ。それが分からないのか?」
靖の主張を、颯真は否定することができなかった。
その主張は理解できる。限られた資源を分け合うなら、分け合う人数が少なければ少ないほど一人当たりの取り分は増える。【タソガレ】を滅ぼせば人類の取り分は格段に増える。そんなこと、割り算を覚えていれば小学生でも理解できることだ。
「人類も【タソガレ】も」という颯真の主張の方が間違っている、と靖が指摘するのは正しい。この世界を発展させるには人類か【タソガレ】、どちらかを選ぶ必要があるのだ。
しかし、それでも颯真は靖の主張を受け入れることができなかった。
靖の主張は理解できる。理解できても、受け入れるのは別の問題である。
本当に人類のために【タソガレ】を滅ぼしていいのか、という疑問が颯真にはあった。
そう考え、颯真はふと違和感に気づく。
——井上総理の真意は、そこではない?
何か大切なことをはぐらかされているような、そんな違和感。
確かに一人当たりの取り分は減るかもしれないが、それでも「分け合う」ことが絶対的な悪とはいえない。それに日本人の多くはかつてあった大規模災害の時にも互いに助け合い、分け合ったと聞く。一部の心無い人間は買い占めたり転売して自分だけの利益を追求しようとしたが、それが日本人の総意ではない。
それなのに、靖の言葉の端に見え隠れする転売屋のような悪どさは何なのだろうか。
そこまで考えて、颯真は忘れていたことに気がついた。
——僕としたことが!
話の主題は「人類か【タソガレ】か」ではない。もっと浅いところにある。
それは——靖が資源を
そうだった、卓美たちと話していた時にこの結論は出ていたはずだ。
単純に【タソガレ】を滅ぼすなら裏の世界に核を撃てばいい。それを
それを日本が独占し、世界に売り込もうとしているという話は散々議論されたはずだ。
靖は裏の世界の資源を分け与えようとは考えていない。ただ自分の利益のためだけに独占し、高値で売りつけようとしている。その資源がどのようなものかは分からないが、少なくとも「表の世界には存在しない」という一点で貴重だし、独占を考えるということは人類にとって何かしらのメリットがあるということだろう。
「井上総理の真意はそこにないですよね?」
靖の真意を思い出した颯真の一言は鋭かった。
颯真の一言に、靖が一瞬怯む。
「何を——」
「一人が得られるパイを大きくするために【タソガレ】を滅ぼしたいという考えを僕は否定しませんよ。【タソガレ】だって人間の魂を収穫したのは同じようなものだと思いますし。ですが、それと資源を独占販売したいという井上総理の考えは別だ。井上総理がやっていることは転売屋と同じ、ただの強欲だ!」
はっきりと、颯真は言い切った。
颯真がプロジェクト【アンダーワールド】を否定した根拠を口にしたことで他のメンバーもそうだった、と思い出す。
確かに人類と【タソガレ】が手を取り合えれば最高の結末になるが、それが叶わない場合は仕方ない。しかし、そこの一人の人間の思惑が混ざり込んで歪めてしまうのは人として見過ごしてはおけない。
颯真に指摘され、靖はぐっと言葉に詰まったようだった。
だがそれも一瞬、すぐにその顔に不敵な笑みを浮かべて颯真を見る。
「そうだよ、それが資本主義というものだよ! 個人が利益を追求して何がおかしい? 見つけた可能性を独占して何が悪い?」
「井上総理、開き直るつもりか!」
誠一が颯真の横から口を挟む。
「ああ、せっかく見つけた資源をみすみす手放すものか! 知らないのか? 裏の世界にあるあの資源は鉱石でありながら莫大なエネルギーを持ち、金属のように加工が容易で、あの鉱石で作ったものは燃料補給の必要もなく稼働し続ける! しかも太陽光と反応してさらにエネルギーを生み出すから宇宙開発には最適の素材なのだよ!」
これさえあれば遅れていた日本の宇宙開発は飛躍的に進歩する、それこそ外宇宙への人類の移民も可能になるかもしれない、と靖は続けた。
「……ヴェスペリ石にそんな可能性が!?」
そう、思わず声を上げたのはアキトシだった。
「あれは確かにわれわれの世界を照らす照明石としては有用だが、ただそれだけで、使い道としては発光塗料くらいだと思っていた。それが、そんな——」
無理もない、【タソガレ】にとってはただの石ころ程度にしか思っていなかったものがそんな莫大な可能性を秘めていると言われれば驚かざるを得ない。こんなにも可能性を秘めているのであれば【タソガレ】側もその技術力で解明できるはずだが、それができていなかったということは【タソガレ】には持ちえない人類側の技術力がそれを成し遂げた、ということか。
「人類と【タソガレ】が技術提携すれば人類も【タソガレ】もどちらも発展できます! 人類が資源を独占するのではなく、技術提携して双方高みを目指すべきだ!」
靖が狙っていた資源は颯真が想像していた以上に大きな可能性を秘めたものだった。こんなものが明るみに出ればどの国も喉から手が出るほど欲しがるだろう。
だからこそ靖に独占させてはいけない。ただ一人、ただ一国が技術や資源を独占する状態では人類全体の発展にブレーキがかかる。
この際、【タソガレ】が資源を手放したくないと考えるのも、人類がその資源を得たいと考えるのも仕方がないだろう。そうなるなら靖が資源を独占してしまったほうが平和にことが進む可能性すら見える。
それでもそのために【タソガレ】を滅ぼすのは反対だ。
偽善であったとしても双方が正しく歩むための道を、颯真は選択したかった。
「だから、僕は井上総理を止めます。夜のことも公表して、人類と【タソガレ】が共にあるめる道を、模索します!」
「それを、私がさせると思うか!」
颯真の言葉を、靖は真っ向から否定する。
同時、颯真の後ろが騒がしくなる。
「こいつら、魂技を——!?」
真の声に、颯真が思わず振り返る。
颯真の後ろ、執務室の入り口で卓美と真が光に包まれた刀を受け止めていた。
だが、その刀を握っているのは【ナイトウォッチ】のメンバーではない。
「私が何の用意もなく君たちを迎え入れると思うか! 私の直属のSPにはチップを埋め込んでもらっている、少なくとも魂技を使える時点で君たちと互角、だが彼らには増幅装置を渡している。君たちはそれに勝てるかな——?」
室内に雪崩れ込んできた数人の
増幅装置を使って魂の出力を底上げし、さらには死なば諸共とばかりに切り掛かってくる彼らを、颯真たちは斬り捨てることができない。
それよりも、【ナイトウォッチ】以外で既にチップを埋め込んでいる人間がいるということが驚きだ。靖は「直属のSP」と言っていたから信用できる護衛にのみ埋め込んだのだろうが、それはそれで【ナイトウォッチ】の、そしてチップの私用がすぎる。
そこまでして【タソガレ】の資源を奪いたいのか、と颯真は靖を睨みつけた。
そこで考えなしに怒りの感情を爆発させてはいけない。【タソガレ】としての力、感情を原動力とする力は魂以上に繊細な制御を求められる。
ただ怒りのままに感情をぶつけても最大の効果は得られない。怒りを理解し、制御し、ぶつけるべき相手にぶつける。そうすれば、人間としての力、魂とシナジーを起こし、奇跡を起こす。
颯真が抜いた刀に金色の光がまとわりつき、それを漆黒の靄が補強するように包み込む。
「僕は負けない! 皆が幸せになる道を探す!」
——たとえそれが茨の道になろうとも。
颯真の強い意志が、光となって味方を包み込んだ。