闇を固化したかのような黒い靄は颯真を突き飛ばし、五人の前に立ちふさがる。
「【あのものたち】!」
颯真が声を上げた。
【タソガレ】とは呼ばない。確かに知性の有無にかかわらずこの種族は総じて【タソガレ】と呼ばれるものではあったが、それでも知性を持たずにただ攻撃してくるだけのものは従来通り【あのものたち】と呼んだ方がしっくりくる。
一歩下がって刀を抜き、颯真は【あのものたち】を睨みつけた。
できれば倒してしまいたくないが、攻撃してくるのであればその限りではない。知性があるのならば対話したいが、知性のない個体であるならそれは無意味だ。
どちらだ、と颯真は注意深く【あのものたち】を観察する。
ただ、気になるのはこの【あのものたち】が
徹流は無事なのか、という思いと、まさか【タソガレ】は既に徹流を殺してなり替わっていたのか、という思いが颯真の中でせめぎ合う。
しかし、仮に後者だった場合、【タソガレ】が自分の種族を危機にさらすような発言をするはずがなく、その時点で矛盾が発生する。
となると恐らく徹流は無事。だが、そうなると今度は何故【あのものたち】が徹流の執務室から出てきたという疑問が生じる。
一体何が起こっているのだ。【あのものたち】は電磁バリアが発生する前にこちら側に来て【ナイトウォッチ】を攻撃したのか、という可能性にたどり着き、颯真と颯真と共に来た四人は身構えた。
「いや待て颯真! あいつ——なんか付けてる!」
不意に、卓実が叫んだ。
何か付けている? と颯真が改めて目の前の【あのものたち】を凝視する。
今まで戦ってきた【あのものたち】は特に何かを装備することもなく、自前の爪や牙で攻撃していた。ミツキのような上位の個体はその限りではないが、目の前の【あのものたち】はそのような上位の個体であるようには見えない。
だが、目の前の個体は卓実の言う通り、首のあたりに首輪のようなものが取り付けられていた。
まるで野生動物を追跡するために装着するGPSトラッカーのようなものが取り付けられた首輪——それがあるだけで、目の前にいる【あのものたち】が通常の個体ではないと物語っている。まるで——。
「もう気が付いたのか。察しのいい隊員は嫌いだよ」
隙間が開いていた状態の扉が開け放たれ、その向こうから徹流が姿を現す。
「叢雲新司令!」
颯真が徹流を呼ぶ。
徹流は薄ら笑いを浮かべて颯真たちに視線を投げた。
「まさか、私の方針に従えないとクーデターを起こすとは、愚かな」
そう言い、徹流がパチンと指を鳴らす。
すると、徹流の後ろから数体の【あのものたち】が姿を現し、徹流の周りに整列した。
「な——」
そう声を上げたのは誰だろうか。いや、五人が同時に声を上げる。
【あのものたち】は今、確かに徹流の指示に従うように動いていた。人間を敵と認識し、殺すだけの【あのものたち】が徹流を攻撃せず、付き従う、それはつまり。
「【あのものたち】を、制御している——?」
かすれた声で颯真が呟いた。
そんなことができるのか? という疑問は生じるが、【ナイトウォッチ】も敵を知るために【あのものたち】の研究は行っていたはずだ。その一環で【あのものたち】を制御する術が発見されていてもおかしくない。
そうだ、と徹流は低く笑った。
「制御装置を使えば【あのものたち】は意のままに操ることができる。ただ、捕獲が難しいから軍勢を作るためにはまず人間の軍隊を整備して、人海戦術で裏の世界に攻め込んでから、という話にはなるがな」
「そうはさせない!」
刀を【あのものたち】ではなく徹流に向け、颯真が叫んだ。
「裏の世界に攻め込ませたりしない! 【タソガレ】には【タソガレ】の——」
「生活がある、とでも? 知るか、そんなもの滅ぼしてしまえばあとは人類が思うままだ!」
徹流が颯真の言葉を引き継ぎ、そして否定する。
「井上総理が言っていた、『裏の世界』には未知の資源がある、と。そして日本がそれを独占して、今度こそ大国になるのだ、と! そんな素晴らしいプロジェクトを、私がみすみす見逃すと思うか?」
行け、と徹流が周囲の【あのものたち】に指示を出す。
【あのものたち】が一斉に五人に襲い掛かる。
「く——!」
【あのものたち】の
彼らが徹流によって操られているのなら殺すわけにはいかない。何とかして解放しなければいけない。
首輪が【あのものたち】を制御しているのは分かる。恐らくは、この首輪を破壊すれば【あのものたち】は解放される。
しかし、【あのものたち】の攻撃は激しく、首輪を狙うどころではない。【あのものたち】は再生できないレベルにダメージを与えるか、コアを砕かない限り死なないので一旦首を落として首輪を取り外すという手は使えるだろうが、それでもできるなら傷つけたくない、というのが颯真の本音だった。
「どうする颯真!」
颯真を援護するように【あのものたち】の動きを鈍らせる弾を放ちながら卓実が叫ぶ。
「ぶっちゃけ、こいつらかなり上位だぞ! 俺の弾が効かねえ!」
卓実の言う通りだ。卓実がいくら援護しても【あのものたち】の動きは鈍らない。
だが、卓実の言葉は一つのヒントになった。
颯真の中でいくつかの点がつながり、一本の線になる。
——これは知性のある個体だ!
【あのものたち】は知性のレベルで等級が付けられる。そして、知性がある個体は知性のない個体に比べて攻撃のパターンが複雑化する。
例えば、攻撃手段も爪や牙と言った原始的なものではなく——。
颯真の刀が【あのものたち】が振り下ろす刃を受け止める。
そう、この個体は
そう気づいた瞬間、颯真の中で怒りが燃え上がった。
【あのものたち】をただの道具として自我を奪い取る暴挙を許してはおけない。
それを実行した徹流も、指示した靖も許してはおけない。
自分に二人を断罪する権利はないが、二人は裁かれなければいけない、颯真はそう思った。
颯真が自分の周りで【あのものたち】と戦う四人を見る。
「なるべく傷つけないで! 何とかして首輪を壊して!」
「っても、どうすれば——」
卓実がそう反論するが、すぐに思い直したように「わかった」と頷く。
「ええい、要は拘束すりゃいいんだろ! おい真、俺が【
「了解、瀬名、お前も颯真と組んで【
卓実の指示に、真が【あのものたち】を蹴り飛ばして距離を取る。
冬希も頷き、【あのものたち】を振り切って颯真の隣に立った。
「颯真、どうすればいい?」
「僕は【
「颯真君、私は?」
バディがいない誠一も【あのものたち】を押しのけ、颯真に尋ねる。
「神谷さんの分も僕が増幅します!」
五人から押しのけられ、徹流を守るかのように移動した【あのものたち】を見ながら颯真は意識を集中させた。
【あのものたち】が分散せずに一か所にまとまったのは都合がいい。こちらの作戦は向こうに筒抜けになっているはずだが、徹流は二人がかりでも拘束することは無理だと高を括っているのだろう、それならその油断が勝機だ。
「どうした、こいつらを倒さなければ私を止めることはできないぞ?」
余裕綽々、といった様子で徹流が颯真を見据える。
「うーわ、いかにもな悪役発言」
卓実がそう呟きつつもニヤリと笑う。
「いてまえ颯真! 【あのものたち】を止めて叢雲新司令も拘束するぞ!」
「言われなくても!」
刀を納め、颯真は両手を【あのものたち】の群れに向けた。
「皆、行くよ!」
その言葉に、全員が【あのものたち】に手を向ける。
『【
『【
五人が、同時に声を上げた。