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第90話「よるにてをとる」

 冬希の申し出に、誠一がああ、と即答する。


「君たちが来たということは……。特に颯真君、君は国を敵に回したとしても【タソガレ】と共に歩く道を選ぶ覚悟ができたということだな」


 小走りで廊下を走りながら、誠一が確認すると、颯真はそうですね、と頷いた。


「これが覚悟かどうかは分かりません。だけど、僕は【タソガレ】を滅ぼしたくない」


 それに、皆と話して出てきた「井上総理が裏の世界の資源を狙っている」という話も気に食わない、と颯真が続け、それに対して誠一が苦笑する。


「なんだ、私怨か?」

「そう思うなら思ってもらって構いません。ただ、個人の欲のために【タソガレ】を滅ぼすというならそれは僕の敵です」


 私怨かと問われても、颯真はそれで構わないと即答した。

 私怨かどうかは颯真にとって些末な問題だった。ただ気に食わない、そう思われても構わない、それ以上に颯真は自分の心にある「井上総理の考えは間違っている」という考えに従った。靖の考えは人類にとっては大きな可能性を秘めるものであるかもしれない、それは一応理解している。そう考えると颯真の行動は人類を敵に回しかねないものではあったが、そうしてでも颯真は【タソガレ】を守らなければいけない、と思っていた。


 靖が狙っている資源がどのようなものかは颯真も知る由はない。もしかしたら資源ではないのかもしれない。それでも、人類の利権のために【タソガレ】を滅ぼすことを、【タソガレ】の利権のために人類を利用することを、颯真は許すことができなかった。


 颯真の答えに、誠一はそうか、と低く呟く。


「それで? ここに来たのは君たちだけか? いや、騒ぎを聞く限りデルタチームを巻き込んだのか」


 はじめに聞こえた地響き、そしていまだに玄関の方で聞こえてくる怒声や銃声を考えるとここに来たのは颯真と冬希の二人だけではない、ということはすぐに分かった。そうなると誰を巻き込んだか、という話になるがそれも簡単な話で、颯真が所属しているデルタチームが動いたのだろう、と推測できた。


 はい、と颯真が頷く。


「鏑木隊長が『一枚噛ませろ』と」

「あー……」


 颯真の言葉に、誠一は完全に納得した。

 もうかなり前の話だが、淳史もまた新人として誠一の下で訓練をしていた一人だ。当時のことを思い出すと淳史が「一枚噛ませろ」と申し出てきたのも納得できる。


 淳史は淳史でリーダーシップはあるものの同時に間違ったことは間違っているとはっきり言う人間であった。それ故に昇進は難しいだろうと誠一は思っていたし、実際、年齢の割にデルタチームの隊長という立場に甘んじているところもある。そんな淳史だから徹流の、いや、靖の考えは気に食わない、間違っていると颯真に協力するのは十分に考えられた。

 逆に言うと、颯真の直属の上司が淳史であったからこそ起こせた今回のクーデター。颯真が所属したチームの隊長が徹流に賛同する人間だったら颯真は不穏分子として拘束されただろうし、そうでなかったとしても力を貸すといったことはなかったはずだ。


 いい上司に恵まれたな、と思いつつ、誠一は颯真と共に玄関に横付けされた兵員輸送車の前に駆け寄る。

 車をバリケード代わりに撃ち合うデルタチーム有志と徹流に賛同し、誠一を軟禁した隊員たちだったが、誠一が現場に到着したことで戦況は大きく変わった。


「そこを、通せ!」


 誠一が刀を抜き、峰打ちで見張りの隊員を叩き伏せていく。

 颯真と冬希も刀を抜き、徹流側の隊員に斬りかかった。


「殺すなよ!」


 誠一の言葉に、颯真と冬希が「もちろん!」と答え、相手の懐に飛び込んでいく。

 颯真たちが合流したことで徹流側の隊員は挟撃される形となり、どちらを優先すべきか、と一瞬判断に迷う。

 その迷いを隙として、颯真たちと淳史たちは容赦なく攻撃を加えた。

 颯真の刀が相手のアサルトライフルを打ち砕き、冬希が解放した【拘束Bind】で動きを封じていく。


「冬希!」


 その冬希を狙う銃口に気づき、颯真が冬希の前に躍り出る。


「颯真!」


 放たれる銃弾。それを、颯真は咄嗟に【防御Protection】を解放することで防御する。

 防御しつつも颯真は床を蹴って射手に肉薄し、刀を叩き込んだ。当然、殺すわけにはいかないので峰打ちである。いくら相手が殺すつもりで攻撃したとしても、颯真までそのつもりで攻撃していい理由にはならない。悪いのは靖であり、それに賛同する徹流だ。靖が「【タソガレ】は滅ぼすべし」と公表する前に止めることができれば無駄な血は流されなくて済む。


「ぐはぁ!」


 颯真の峰打ちに耐え切れず、相手の隊員が昏倒する。

 それが、誠一の家に控えていた隊員たちの最後の一人だった。


「急げ! 増員が来る前にずらかるぞ!」


 淳史がそう周りに声をかけ、デルタチームの面々が即座に兵員輸送車に乗り込む。

 颯真たちも乗り込んだところで車は急発進した。


「……で、どうするつもりだ」


 誠一が淳史に問いかける。

 淳史があぁ、と頷いた。


「んなもん、南に訊け。俺は個人的に叢雲をぶっ飛ばせばそれで文句はない」

「……君も不器用だな」


 苦笑し、誠一は颯真に視線を投げた。

 鏑木淳史という人間はそういう奴だ。徹流の方針が間違っていると判断し、行動しなければいけないと勝ち筋も何も見えない状態で動こうとした颯真に手を貸し、それでいて決して手柄は横取りしない。


 だからこそ信頼できる人物だと誠一は思っていたが、まさかこの期に及んで計画の全てを颯真に委ねるとは。


「【ナイトウオッチ】本部に行き、叢雲新司令を止めます。それから首相官邸に行き、井上総理も」


 誠一の視線をまっすぐ受け止め、颯真が答える。


「だろうな。君ならそう言うと思った」


 そう言った誠一の声に咎める色はない。むしろ良く決断した、という賞賛が含まれている。


「しかし、【ナイトウォッチ】本部勤めの隊員は一筋縄ではいかないぞ。エリート中のエリートの集まりだし、全員が全員叢雲の考えに反対しているとは思えない」

「逆に、全員が全員賛同しているとも思っていません」


 きっぱりと颯真が自分の考えを口にする。


「叢雲新司令に従うのであれば無力化しますが、そうでないなら敵ではありません。僕の敵は【ナイトウォッチ】ではなく、叢雲新司令の思想ですから」

「ってことで、俺は叢雲をぶん殴るだけだ。まぁ井上総理が何やらプロジェクトを動かしているらしい、ってのは南が話しているのを立ち聞きして知ったが詳しくは知らん。今のうちに情報を共有してくれ」

「え、立ち聞きしただけで今回の作戦を【ナイトウォッチ・アンダーワールド】にするって言ったんですか!?」


 颯真が驚きを隠せずに声を上げる。

 出発する少し前、淳史が「一枚噛ませろ」と乗り込んできたときに口にした作戦名、【ナイトウォッチ・アンダーワールド】。淳史はプロジェクトのことも全て知っていてその作戦名を考えたのだと颯真は、いや、颯真を含めた初期メンバーは思っていたがそうではなかったのか。

 いやぁ、と淳史が頭を掻く。


「なんかプロジェクト【アンダーワールド】って言葉が聞こえて、んでもって【ナイトウォッチ】内のアレコレにも関わっている感じだったからな。それならその二つを合わせた【ナイトウォッチ・アンダーワールド】が適切だと思ったんだよ」


 だからプロジェクト【アンダーワールド】について詳しく教えろ、と淳史は続けた。


「分かりました」


 後ろから追ってくる増援の車の影もないことを確認し、颯真は頷いた。


「神谷さん、僕が知るプロジェクトの詳細のほとんどは神谷さんから聞いたものです。だから補足をお願いします」


 そう言い、颯真は淳史たちデルタチームの面々に説明を始めた。

 その説明によってやはり颯真たちが間違っている、と思う隊員が出てくるならそれでも構わない。あくまでも自分の意志で今後どうするか決めてほしい、その願いを込めて。

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